出会いは新たな出会いを連れてくる
「……おっかしいねぇ〜……」
電話をかけても、一向に出てくれる気配無し。 ベリアルは困っていた。
椅子に腰掛けて、背もたれに上半身全ての体重を任せて足を組むというだらしのない姿。 電話を耳元につけておくのも嫌になり、それとにらめっこ。
「姫さん……なんで出てくれないんだよー……。 テレビ完成したってのに」
掛け先はバル。 彼女は自室のテレビが映りが悪くなって、ベリアルに新しく作ってほしいとお願いしていたのだ。
そして時は流れて完成した。 だからベリアルは連絡をしているーーーーが、全く出ない。 何回も聞くとうざったく感じる呼び出し音が繰り返されるだけ。
彼女は眉をひそめ、すぐ横の机に置く台に電話を立てかけた。
ーーいつもはすぐ出てくれるのになぁ。
心配混じりのため息を短く吐いて立てば、新調した薄型のテレビに目をやった。 そこには彼女同様、この状況に不思議を覚えるが如くつっ立っていた。 頭を軽く掻いて、まぁ思い悩んでいても仕方がない、次の受注品を完成させるか、と、工具が入っている棚に近づこうとする。
が。
刹那地響きがした。 棚に置いてある工具がカタカタ笑う。 不安に思い、辺りをキョロキョロ見渡したーーーー窓にも近づいて外の様子も見た。 身を乗り出して、何か変化はないかざっと確認する……が、何もなし。
ーーどこかで花火でもあげたのか……? でも、音が変だった……。 そんな複雑な感情を持ち続けたまま、次の依頼を済ますために定位置に戻ろうと、窓から身を離そうとした彼女だったが。
刹那、また大きな爆音が響いた。 今度は窓際にいたからか、単に先ほどよりも大きな衝撃だった所為かは知らないが、ベリアルの身体の芯まで揺らして見せ、驚いた。 そしてその爆音の発生源が分かった。 城だ。
ほら、ここだよ。 そう言わんばかりに前方にある木々の頭の上から、灰色の煙が立ち昇っているのだ。 ぼんやりと照らす街灯か何かが、この暗い空間にはっきりと浮かび上がらせている。
ーーなんであんなところから。 頬に一粒の汗を伝わらせながら唾を飲む。
電話に出ないバル。 突如起こった爆音……もしかしたら最悪の状況があそこにあるのかもしれない、そう強く感じた。
ーーーーー
二つあった爆音から身を隠すために、物置となっている部屋に一人ガクブルと震えている海斗。 部屋の隅っこで、段ボールに囲まれながら体育座りをする姿はなんとも滑稽だろう。 普段のたたずまいはどこへやら。
「あぁー……本当になんだよあれ。 あいつらあんなに凶暴だったっけ……? 他の戦闘シーンであんなに暴れてたっけ? あんなに強そうだったっけ?」
しかしながら彼自身、このままではだめだ、とは思っている。 だって元凶は彼なのだ。
おこなったことには責任を持ちなさいーーーー子供の頃、親から言われてきたことが彼の心の中で踊る踊る。
そして守ってくれたバル達のためにも、この最悪の事態を収束しなければならない。 彼は怯えるのをやめ、ゆっくりと立ち上がり、扉の前に立って右手をかざした。 動作一つ一つにはまだ恐れが見える。 それでも、まだなんとかやれる……彼は心を強く持った。
「そんな奴らを相手にして、どうやったら無事に終われる……。 どうやって……」
が、やはり先が見えない。 立っている道の先が不明瞭すぎるのだ。 まるで少しの草木もない、オアシスもない砂漠を歩いているような感覚が襲ってきて嫌になる。
苦しげな表情。 彼女達に悪いと思っているものの、やはり怖いのだ。
扉につけた手を徐々に下へと滑らせ、指の先が扉を伝うーーーーその時。 彼の頭にふっと、ある情景が走った。
それはバルの姿。 彼女の顔が目と鼻の先にあって、不機嫌そうな、でも相手のことをよく考えてくれているような表情をしている。
ーー彼女は俺に向かって口を開く。
「さっきから魔王様は自分のことしか考えていません」
そしてそう言った。
「相手のことはどうなりますか? 普段は貴方のことをどう思っているかは分かりませんが、今は貴方のことを愛しています……その意味、分かりますね?」
次にこうも言った。 俺に投げかけた質問ーーーーその意味を俺は理解していたつもりだった。 だから小さく相槌をうったはずだ。
「貴方は、彼女達の貴重な一ヶ月という時間を使ってハーレムを形成しているに過ぎないんです」
彼女は最後にそうつなげた。
これを聞いた時、俺は何も言い返せなかった。 言われたことは本当のことであり、俺はなんて悪しきことをしてしまったんだと思ったから。
そのあとも彼女は二つ三つ言ってくれたが、これが衝撃的すぎて、他はあまり覚えていない。 当時の俺もその重さに気づいた、が、たった今その意味を本当に理解できた気がする。
洗脳されたという状況下ではあるが、彼女達は本気で俺を愛してくれているということ。 自分をかばってくれたシウニー達の行動はまさにその表れ。
それは彼女達の貴重な一ヶ月を使っておこなわれているということ。 本心ではない本心によって生み出されているこの状況……明らかにその時間を無駄にさせてしまっている。
そして、それらは自分の所為でこうなってしまっているにも関わらず、俺はまた自分の保身のことしか考えられていなかった。
自分の愚かさは巨大過ぎた。
そう思えば、やることはただ一つ……自分の身を気にすることなく、この悲惨な状況を終わらせることだ。 彼は次に起こすべき一手を考え始める。
すると、ベリアルに連絡するという案が思い浮かんだ。 そも、彼女の発明品で洗脳したのだ。 今の惨劇をこと細かく報告すれば、洗脳状態を回復させる手段を考え、作ってくれるかもしれない。 彼女は優れたメカニックだ、できる可能性は十二分にある。
彼の心に大きな希望が芽生えた。 もう絶望などない、恐怖もない。
ただ、彼女に連絡をつけるための手段が今はない。 こそこそと外に出て彼女の作業場に向かってもいいが……それはできない。
想像する。 自分がいなくなった城内でひたすら自分をやみくもに探し、破壊を続けるルシファー達を。 やはりできない。
なら、電話という手段が適当だ。 魔界で使う携帯電話は持っていないために、城のどこかにある固定電話を探さなければならない。
それを探すために海斗は扉を少しだけ開けて、周りを見渡す。 左右に伸びる廊下には誰もいない。 薄くはなったが、まだ遠くの方で煙がうごめいているのみ。
現段階では誰も見えないが、できるだけ誰かとのエンカウントを避けるために煙とは逆方向に行くことにする海斗。 まるで忍びのようにこそりと退室し、すっと扉を閉めて、ぬきあしさしあしで移動を始める。
すると少し先、左に廊下が伸びるのを見る。 そこを曲がるか……彼はまず、顔を出してそちらの方を伺ったーーーーと。
「ァ……ァッタァ!!」
固定電話があったのだ。 小さな四角い机の上、赤い花が生けられた花瓶の横に白い固定電話があったのだ。 それを見て彼は目を見開かせ嬉々として小さくガッツポーズ。
しかしまぁ待て、と気持ちを落ち着ける。 受話器を取るのは、よくよく周りをもう一度確かめてからだ。 彼はせわしなく首を動かした。
それで何もいないと感じ、彼は音をたてずに近づいた。
受話器を取って、番号を押す。 前にベリアルから教えられた電話番号を思い出し、指を運ばせる。
心臓の鼓動が素早くなる、汗が吹き出てくる……今に誰かが背中に刃物を突き立ててくるのではないか? どこかからこれを覗いているのではないか? そう思ってしょうがない海斗。
その緊張感からか、一度打ち間違えてしまう。 だめだだめだ、焦っては何もいいことがないーーーーそう思ってもう一度トライ。
すると今度はあっさりと打てた。 あとは彼女からの返答を待つのみ。
……なのだが。
「……いやちょ……はや゛ぐ出てッ! 助けてベリアル……ッ!!」
まったく繋がらない。 というか、いつもなら何回か鳴る呼び出し音も聞こえない。 え、この城の電話ってこんなんだっけ? 海斗は困惑して電話をいろんな角度から見る。 すれば電話の後ろの壁に目が止まる。
なんと、電話線が切れているのだ。 信じられない光景に、海斗は息を詰まらせた。
ーーなんで線が切れてるんだ……!?
震えながら受話器を握りしめた右手が下がっていく……。 まさか、彼女らのうち誰かが想定外の事が起こるのを恐れ、考え付く限りのなんらかの手段になるものを破壊したのだろうか。
海斗は愕然とした。 つまりは次の電話を探さなくなってしまったから。
しかも電話はポンポンとたくさんあるものじゃない……しかも彼もそこまで城内を歩き回らないため、電話の位置を認識できているわけではない。
彼は肩を落として、受話器を戻してトボトボと歩き始めた。
もう少ししたところにまた、廊下が右に分かれている。 そこを曲がって探せば良いやーーーー彼は少しだけ肩を上げて小走りになる。
もう少しで曲がる。 あともう少し。 まずは顔の半分だけ出して様子を伺わなくちゃならない、そう思い足を運ばせ、壁に背をつけようとした時。
「あ、魔王様……っ!?」
「ワ゜ッ!!」
その廊下からラーファが姿を現した。
ラブコメでよくある、パンをくわえたヒロインと将来彼氏になる男が激突する……その寸前で二人は止まり、海斗は両腕を横に広げて強張らせ、ラーファは小さくピクリと身を跳ねさせた。
彼は男らしくない声をあげて少し恥ずかしがってラーファを見れば、震えている事が分かる。
「よ、よかった……魔王様だぁ……。 いきなり、おっきい音がして、私不安になって……」
少女は先ほどの事態に不安になって助けを求め、さまよっていたようなのだ。 海斗が焦り顔でしゃがむと、安堵感を得たいのか小走りに抱きついた。彼の鼻をほわりと髪がなぞった。
彼は、この状況に驚くという同類がいることに少し安心しつつも悩ましさは変わらず、ますます早急な事態収束が必要になったことを感じた。
「ま、まぁ、心配ねェよ。そんなに怯えなくてもいいんだ」
ーー言いつつ本人めっちゃ怯えてますけど。
海斗の額が汗で濡れる。
「でもっ……城の中が、壊れてるところがあって……こんなの、誰がやったんですか……!?」
「誰だろうな〜……」
ーー元凶俺です。
「分かんないからこそ、お前はどこかに隠れていてくれよ。 俺がとっちめてくるからさ」
ーー俺です。
「……本当ですか……?」
頬と頬を重ねて抱きついていた少女は、海斗と目を合わせた。 うるりと濡れそぼった不安げな瞳が、彼の心を刺すーーーー彼は笑顔で少女の肩を優しく抱いて、心配そうな言葉の返答として 「あぁ」 と答えたが、とにかく偽りの優しさを与えているようで辛くなった。
ーーまずはラーファを安全なところにまで連れて行くか……。 少女にここまでの不安を覚えさせたのは責任がある、そう決意し頭を一撫でして立つ。
「じゃあどこか安全な場所にまで行こう」 言って歩こうとする、と。 あることが思い浮かぶ。 今の彼には重要なこと……それは電話の位置。
自分は位置を把握できるほどここには住んでいない。 けれども少女は住んでいる。 人間の寿命よりも遥かに長い年月を、少女は住んでいる。
ならば電話の位置くらい覚えているに違いない、彼は確信した。 ラーファが自分を、みんなを救う者になることを。
その重要さに 「あっ!」 と言えばラーファはぴくりと驚いて彼の目を見た。 そんな少女の肩をがしっと抱いて目線を合わせ。
「ラーファ! お前電話のーーーー」
思いを伝えようとする……だが。
「海斗……お前……」
後ろから声をかけられ声が止まった。 爆撃を聞いたときよりも身体が跳ね上がり、声帯が無理やり閉じられるような感覚が襲い来る。
ぎこちないパラパラ漫画のように、後ろに顔を向ける……と、少し離れたところに札生が驚いた顔をして海斗を見ていたのだ。
しまった……見開かせた目に、強く合わせられる歯。 ラーファは不思議そうに彼と、札生の両方を見ていた。
何を言われるのか、はたまた何をされるのか、札生も一応洗脳メンバーの中に入っているために油断はできない。 戦闘、防御、逃走、あらゆる対処に移れるように意気込む。
若干わなわなと震え始めた札生。 もう始まってしまうのかもしれない、そう感じた海斗に、彼は少しずつ口を開かせて。
「お前……ホモやと思ったらロリコンやったんかい!!」
「どうやってその理論を展開させたんだァァァッ!!!」
そう言った。 海斗は理解できなかった。




