夢も現もろくなもんじゃねェ
いつのまにか心臓の声の停止を知らせていた心電図は、医師たちの手を慌てさせた。 うち一人の手と、バルの手は、ラーファの首近くでぶつかって目を合わせた。 ここは医師が適任だ、と瞬時に思ったバルは手を引っ込め、医師はすぐにラーファの脈を確認した。
「……脈、あります」
バルたちの目に、疑いの光がにじんだ。
「でも、確かに心電図には……」
バルが、ラーファの左手を、ぎゅっと優しく握ったときであったーーーー扉がノックもなく開いたのは。
四人の視線を浴びて入ってきたのは、腕を後ろに錠をかけられフードをはおった男を押し倒したアイナであった。 他の団員も、囲むようにはいってきて、騒然とした。
バルが口を開こうとした時、アイナが馬乗りになり、フード越しに男の髪を掴み上げて、バルに視線を向けた。
「容疑者のキー・コンノを捕まえました! 申し訳ございません、このような形で……。 ただ、こいつ、病の治し方を吐かないのです!」
「言うわけねェだろバァカ! 俺は……やっと、やっと組織の夢を現実にしたんだ!! やっとォォォ!!」
バルは、眉をひそませた。
アイナの視線は、若干申し訳なさそうに外れて、その代わり、心電図へと移ったーーーーと、突然、甲高い音と映し出されている線に気づき、少し顔を青くさせた。
「……間に合わなかったのですか……私たちは」
バルは首を横にふった。
「いえ、脈はあります。 夢に魂でも持って行かれたのかもしれませんが……生きていますよ」
いくらか安心した様子のアイナたちだったが、すぐにバルが、アイナにそこからどくよう指示をした。 きょとんとして見つめ返すアイナだったが、はっきりとしない意図を探すように、横に立ち上がった。
と、バルは、足を男の胸と床の間に滑り込ませて、蹴り上げた。 無理やり立たせられた形になったコンノの鳩尾を、すばやく突き蹴り、苦悶の表情のまま壁に押し当てたのだ。
その刹那、作った拳の人差し指と中指の第二関節のあいだにはさんだ、小さなナイフの切っ先を、コンノの目の前で光らせた。
「私は……自画自賛ではありませんが、かなり長い間生かしたまま、激痛を味わわせる手段を知っています。 その苦しみに耐えきれず自白するか、今言うか……どちらにしますか」
バルの青い瞳は、苦い顔をするコンノを寒々と突き刺し、赤い瞳は激怒をぶつけていた。
汗で顔を塗らせたコンノは、視線を床に落とした。
「治療方法を教えるか、薬があるなら今すぐ出してくださいッ!!」
*
泉から取り出されたものがラーファだと気付いたときには、シウニーはまた柄に手をかけていた。 だがまたしても海斗のほうが早く、木刀を握りしめて、泉の向こう側へと跳んでいた。 まわっていかずに一直線に向かった行動にも当然であるが、その人間離れした跳躍にもシウニーは驚いたが、ぐたっとしなびたように見えたラーファが奥に見え、なにか湧き上がるものを感じ、続けて跳んだ。
だが、やはり海斗には、この泉は広すぎたようで、ラーファに届く前に落ちそうになって、海斗は歯を食いしばった。
「魔王様〜! そのままの体勢で〜!」
苦い思いが浮き上がる最中、ベルフェの声が聞こえた。
ベルフェは、左の手首を口元に持っていき、手のひらを柔らかく吹けば、「Z」の形をしたピンクの雲が海斗をめがけて飛んでいった。 呼びかけられた海斗は後ろをチラと見て、流れてくるそれを見て悟った。 水面すれすれまで落ちた時、滑り込んできたそれを思い切り踏んで、勢いを取り戻した。 そして海斗の木刀が振り下ろされる寸前、手がラーファを包んで、地中へと姿を隠した。 木刀は儚くも空を切り、地面をえぐっただけで終わった。
舌打ちした海斗はあたりを見渡す。 シウニーも彼の背後に足をつけて、抜いた剣を前に構えて、相手の出方を必死にさぐった。
すると、泉の水がみるみると干上がっているのが見えた海斗は、それに釘付けになった。 シウニーも同じように、ありえないものを見た顔になっていた。 そして全ての水がなくなると、泉の中央から砂山が盛り上がってきた。
山がどんどんと高くなっていくのを見つめる二人の元に、雲に乗ったベルフェが合流。 三人は、大きくなる山に気圧され、いくらか後ろによった。
すると、さっきの手が、山の頂上で生えるのを三人は認めた。 親指と指し指で、まるで汚いものを持つかのようにつままれたラーファも見えた。 そして手のひらには真っ赤な目ができ、ラーファを見つめていてシウニーはぞっとした。
また手に向かおうとする海斗だったが、登ろうとした時、墓の白い手が山をぐるりと何重にも囲んで、その行いを阻み、止まらざるを得なくなった。 また、襲い掛かってくる手もあって、海斗とシウニーは苦しい表情でもがき始めた。
すると、大きな黒い鎌が、草刈りをおこなうように、大量に手を手首から刈った。 海斗は、鎌を持つベルフェを、驚いた視線で確認した。
「これは〜……いただけないですね〜。 夢なんだからもっと行儀よく私たちを笑顔にさせてもらわないと〜」
これを見た海斗は、ここを二人にまかせ、自分だけででもラーファを助けようと決心。 ベルフェを叫んで、あの雲をもう一度頂上に向かって流すように指示した直後、木刀で手をかきわけて、急な山の斜面を駆けのぼり始めた。
*
「多分そいつは、一週間前、二度目の中央街でばらまいた試作品の被害者だろうなァ。 やはり俺の研究は、町道の仕方は間違っていなかった! 豚箱の中でおちこんでいるあいつらの意志をつぐことができたんだ!! 俺たちがかかげた、睡魔による魔界征服!! もう少しで叶うんだァッ!!」
バルの視線はとがり続けていた。
「それに……夢の中にはいっていった奴らは、絶対にそのガキを救うことはできない! 必ず!!」
「なんでですか」
ぼこぼこと、痛いほど沸騰する怒りをおさえこんで、バルは尋ねた。
「そりゃあァ……なぁ? 救出の方法は、眠っているやつの脳天に、思いっきりキョーレツな衝撃をぶつけないといけないからだよ!! 起きるってそういうもんだろう? 外部からの、なんらかの影響でおきることが多々ある。 それを再現しなくちゃいけないのさ。 しかも夢で出てくる怪物たちも中々に強い! 律儀にガキを救おうとしてるヤツらにゃあ、一生かかっても無理なんだよォッ!!」
高らかに笑い始めた男に、バルの睥睨が刺さる。
*
山の途中にもはえてきた手を、海斗は木刀ではらって、一が良ければ踏み台にして山を登った。 しかし次第に増す手の量に対処できなくなり始めた。 もう少し……ほんのちょっと登ればラーファに届くのに、その距離をつぶせずにいて、これ以上自力では登れないと判断した海斗は、ちょうどよく流れてきた雲に乗って、ラーファをつまむ手の真上にまで跳んで木刀をぶちあてようとしたーーーーが、雲の感触に慣れていない海斗の足裏は、あろうことか少しすべってしまい、思うように跳ぶことができなかった。
「あ」
ほぼ一直線に、ラーファの元に進んでいく海斗。 その挙動によって振られ始めた木刀を止めることができなかった。
*
「そして、当事者が目を覚ますまで、夢から出られることはない!! そのガキもろとも! 永遠に眠るがいいわァッ!!」
男がそう叫んだ時、海斗の木刀がラーファの脳天を穿った。 シウニーは愕然として、ベルフェの笑顔は薄まった。
しかし、それがラーファを起こす正解の手段であったために、三人はラーファの額から飛んででてきて、床へと叩きつけられた。 そしてラーファも、ゆっくりと寝覚めた。
この部屋にいる者たち全員、痛がる海斗たちを見つめた。 特に主犯の男は、心が走り去っていったような顔で、見つめ続けていた。
*
「なるほどな〜。 眠ったヤツの頭を叩けば目がさめると……」
朝の日差しとともに、小鳥のさえずりが聞こえ始めた朝の魔界。 海斗やバルをはじめとした、事件に関わってきた者たちが全員、広場にあつまっていた。
バルは、海斗の言葉に頷いた。
「そうらしいですね〜。 運良くそうした魔王様は、間違いなくお手柄ですよ〜」
「私セクハラされておわったんですが。 初登場が悲惨なんですが」
海斗は腕を組んで、空を見上げた。
「んー……特効薬は無い、被害者はいっぱい。 じゃあ、俺らがラーファと同じように被害者を助けていけば、いろいろおいしいんじゃね?」
後ろで雲にのるベルフェは、微笑んだまま首を傾げた。
「どういう理由で〜?」
「今、この国の信頼はドン底なんだろ? じゃあそれで少しぐらいは回復できるだろうと思ってよ」
「あぁ〜、なるほど〜」
「良いと思いますが、私セクハラされておわったんですが。 あなたに対する信頼が皆無なんですが」
海斗は、これからの展望を思い描きながら、目の前に立つ巨大な木の十字架を見た。
「の、前にこいつの処理だ。 そんなにキノコが好きなら、山に帰って一生遊んでろ。 サタン、頼んだぜ〜」
そう言うと、サタンが十字架の前にいって、深く突き刺した地面からいとも簡単にひきぬいた。
十字架の中心には、キリストのごとく貼り付けられた男が、慌てふためいている。
「こいつをあっちの山に投げ捨てればいいんだな? よっしゃいくぞー」
「待って、サタン様待って。 俺の話を聞いーー」
サタンは男の言葉を最後まで聞かずに、向こうに小さく見える山にまでぶん投げた。 あっという間に点ほども見えなくなったそれを認めた海斗は、微笑んだ。 そしてぎゅっと、足元にすりよってきたラーファに笑顔をむけ、頭をなでた。
その後、夢に潜った三人と、バルからのお願いで加わったサタンとの四人で、夢の被害者となっている者たちの脳天を叩いてまわった。 少しは国のイメージ回復に貢献できたのではないか、と思う海斗。
ベルフェも安心したような微笑みを見せたあと、なんの前触れもなく倒れて爆睡し始めた。 百を超える夢をわたったせいか、疲れ果て、眠り始めたのだ。
「……え、もしかしてこいつも夢の被害者?」
「その子、疲れたら何日も起きないんですよ」
海斗の心配の眼差しを受けたベルフェは、丸々一週間眠り続けた。 二匹のあひるのおもちゃを、横に置いて。




