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男のプライド程しょうもないものは無いが ふとした時にこれ程役に立つものもない

跳ね上がる金属音ーーーー。


とんでもない重量を所持した金属音が大気をひた走った。

それを形作る元凶は二人。


『騎士団副団長 ブリュンヒルデ』 『元天界住民 現魔界地下街占領かしら 翠仙』


前者は三階の柵から後者が立つ位置にまで一直線に蹴り飛び、両者が手にする得物が激突したのだ。

それが轟音。

それが邂逅。

『ガギンッ!!!』 といった超重量斬撃音の次はそのままツバ競り合い。

『ギリギリ』 という不安定な、これまた重量を保存したままその音に変わり、互いが瞳と歯を剥き出しに。


騎士と悪党の誇りのぶつかり合いが、そこにあった。


「ッ……!……!!」


「ーーーー!ーー!」


どちらも引かぬ。

互いが今出せる全力を吐き出す。

そして拮抗ーーーー。

まるで電池が切れた時計の時針と分針だ。

それらは十二時の文字を指して嫌が応にも動かない。

どちらか十二を譲り、ずれたとすれば次に進むことができるだろうに、この時計は一向に動こうとはしない。



ところで、今は何時なのか、何分なのかーーーー時間を確認する時にはその二つだけを見る者がほとんどだろう。

しかし時計を想像してみれば、時計の内を決められた範疇で動いているのは、その二本ではない。


時計で一番動くのはなんだ。

最も動き、最も二つの針に影響を与えているのはなんだ。

細いながらも、懸命に大胆に、全てに絶対なる時間を刻んでいるのはなんだ。


「アァァァァァァッッ!!!」


それは紛れもなく『秒針』だ。

二本の力強さには敵わないが、一番動こうとしているのだ。


その秒針はーーーーーーーー現在のシウニー。

彼女は拮抗する二人を動かそうと、得物を構え自信を直進させた。

そこに単なる恐怖もなく、躊躇もなく。

彼女が持ちし一本の刀は綺麗に翠仙を捉えて上から真っ逆さまに斬り落とそうとしたのだ。


「!」


だがそれはくうを斬り落とす事になり彼の身体に傷を刻むには至らない。

斬撃を一つ回避した翠仙は一つの跳躍で五メートル程度離れてみせ、再び余裕を表情に乗せて構え。

そして二人はその余裕を崩さんがために二人は接近し始め、猛攻を絶やそうとはしない。

攻勢の意志を続ける。

相手が絶対なる優勢にならないために。

二本のつるぎとなって。


ーーーーしかしその剣は中々壁を貫けないでいた。

離れた翠仙に急接近、及び斬撃を浴びせてはいるものの…………。

彼の身体に傷は刻まれない。

二人の猛攻を一本の刀だけで凌いでいるのだ。


力強く、俊敏で尚且つ高い観察力。

手数を増させても、決定的な一手が無かった。


それを理解してかヒルデがそれになろうとし、少し跳ねて身体を捻り、木の床に向けて己の足を直進させる。

するとどうだーーーーその一撃は自分と翠仙の間にある床を砕いてみせた。

木と木が軋む音が瞬間放たれ穿たれるどよめきが拡散し、大きく割れ、砂埃が舞い上がった。

砂埃の大部分は丁度良く翠仙をすっぽり隠すように蔓延して目隠し状態。

これを狙っていたと、待ち望んでいたと言わんばかりにヒルデは身体の反応を良くさせる。

シウニーも同じーーーーヒルデが何かを瞬時に画策かくさくしたのだと判断して一歩小さく跳ね離れた。


そして歯を食いしばって渾身の、重圧が強く篭った剣戟けんげきを左方面から翠仙の身体をかっさばこうと振るわれるーーーー。


「……」


すると手ごたえあり。

動物的な、肉をった感覚が彼女に走った。

しかし変わらぬ引き締まった表情。

大きな希望を抱かずに前だけを見据えている。


「…………っ!?」


しかし現実は違った。

いや違ってはいないのであるがーーーー彼女が思っていた事にまでは至っていなかった。


ヒルデが振った剣は確かに翠仙の身体を斬っていた。

ただそれは一センチ程度横腹に入り込んでいただけ……右手で逆さに持った刀で、彼女の剣は防がれていたのだ。

歯を強く、静かに噛み悔しがるヒルデ。

思い通りにならないのを見て愉悦に浸る翠仙。


ここで事態が停止する事を懸念したシウニー。

離れた一歩を取り戻すために、再び足を動かし彼の元へと接近を行った。

眼光は睥睨し、剣は嘶くが如く殺気が篭っている。

その剣もヒルデと同じく彼の身体を襲うーーーーだがそれもまた、彼の元に届く事は無かった。

彼女の身体は彼の左の掌を、顔に突かれただけで吹き飛んで行ってしまう。

そして何度もバウンドしながら遠くにある壁に激突、煙を周囲に巻き上げて停止……。


それを一瞥したヒルデは防がれて微動だにしなくなった剣を引き戻し、また彼への攻め手を紡ぎ出す。

何度も、何度も、何度も、鋭い金属音が一秒と間を置かずに鳴り響き続ける。

翠仙を確実に仕留めようと血気極まる猛攻をめようとはしない。


しかしながら翠仙はそれすらも防いでしまっているーーーー。

ヒルデの猛攻だーーーー流石に軽々とはいかないようで、彼も強気の姿勢を全身で表している。


「ッ!!っ!ーーーー!......!!」


それでも彼女はやはり攻勢を止めようとしない。

幾ら受け切られようとも、幾らこちらが実力的に劣っていようとも関係はないーーーーーーーーただ最後には、自分が勝利を、本来の目的を果たせればいいのだ。

それだけを頭に入れ、残った判断能力は彼の動きを読み取り、その時その時に合った攻め手を行う、という事を言い聞かせながら。


……だが、物事はいつまでも一直線には進まない。

いつかは壁に突き当たり、停滞を余儀なくされる時が来る……彼女にとってはそれがたった今だった。


猛攻に専念するヒルデーーーーその彼女に、僅かな隙が生じたのだ。

彼女は剣で翠仙を斬り付けようとする……それを彼は単に防いでいただけであった。

しかし最後の防ぎは違った。

彼はただ防ぐのではなく、少し押し戻す力を加えて小さく弾いてみせた。


彼女もそれはいつか来るであろうと分かっていた。

それでも、理解していてもそのまま思い通りになるとは限らない。

理解し、押し戻されて元の体勢に戻るまでに少しの、本当にコンマ程の時間が生じてしまう。


それを彼は狙った。


僅かに全身が後退したヒルデに、防いだ時の力をそのままにして斬り付けようとした。


「ーーーーッ!!!」


彼女を斬り付けんとする刀身は光り輝くーーーー。

血を貪り、肉を食い千切らんとする。

ヒルデもそれに気付き更なる後退を行おうとするが時すでに遅し。

彼女の足よりも翠仙の刀の方が早かったのだ。


「ーーーーゥ!?」


しかしそれは中断されることになる。

中断の元凶は彼目掛けて飛んできた一本のつるぎ

寸分狂わず彼の左側から横顔目掛けて飛んできたのだ。

それを弾くために翠仙の得物はヒルデへの攻撃から自分の防衛へと変更される。


『ガキンッ!』 と真上に跳ね上がった剣ーーーーそのまま彼の後方へと飛んでいく。

命の道を潰えさせなかった翠仙。


けれどもそれを隙だと判断したヒルデが後退せずに前進ーーーー彼の身体を斬る選択をした。

一瞬だ。

ほんの僅かな判断だ。

その判断が勝利を掴むために必要だと信じ飛び込む。



それでもなお、彼を斬るには一つ足りなかった。

翠仙はこう来る事を悟っていた。

彼は剣を弾くために向いていた身体の方向を変えずに後方へと一歩飛んだのだ。

それによりヒルデの攻撃は外れてしまうーーーーそのまま翠仙の目の前を通過している彼女……その横腹目掛けて左の拳が深く入り込む。

一直線に、シウニー同様バウンドしながら離れていくヒルデ。

踏ん張りを聞かせていた故に壁に直撃する事は無かったが、それでも確かに床を揺らし響かせながらのバウンドは身体に負傷を刻み込んだらしく、激痛に耐え、いち早く次の行動へと移ろうと足掻く彼女。


それに追い打ちをかけようと翠仙は彼女に近づこうと足を動かし始める。

……しかしそれもまたもや中断させられるのだ。


「……ーーーー!」


それはシウニー。

先程飛んできた剣は言わずもがな彼女の得物。

そしてシウニーが、今度は己の拳を使い彼を止めようとしたのだ。


「……甘い」


「!?」


……さりとて、これも上手くいかない。

意表をついたまではいいが、そこで立て直さない彼ではない。

これにもすぐに反応して、彼女が突き出した右の拳をけて左手で腕を掴み、彼も同様に右の拳で肘をった。

よって彼女は真下へと墜落。

顔面から床に落ち、床が割れて頭を横から覆うようにめくれ上がった。


「ぐ…………エェ……っ……!」


そしてすぐさま肋骨を蹴り、うつぶせから仰向けへと転がらせーーーー彼女の腹を思い切り左足で踏んだのだ。


「アァァァァァァァァッ!!!!!?」


「ふん……身の丈に合わない戦い方はするものではないぞ? 小娘」


それにはシウニーも悲鳴をあげる。

表情は激痛と苦痛に歪み、両手は彼の足を掴んでいる。

激痛になんとか耐えようと食い縛られる白い歯……痛みに対するキャパシティが超えそうなのか、歯と歯の間からは唾液が漏れ出し、一本の筋となって口から漏れ出し始めた。


「思い切りは良かったがあれではなぁ……流石に通用せんよ」


「ギ、ぃぃ……が……っ」


次に声だ。

叫びにもなっていないブツ切りの声が切なく声帯から発せられる。

瞼も歯と同様、僅かな瞳の面積だけを晒してほぼほぼ閉じられている。

それも、左右非対称に。


「……それで、だな。 小娘。 私がこのまま足に力を入れ続けたならばどうなる?」


「ぐ…………?」


「答えは簡単だ。 お前は子を産めなくなる」


「!」


翠仙は無慈悲な質問と答えを短時間で彼女にぶつけた。


「当然だ。 腹が潰れるのならば子宮も潰れる。 お前は後十数秒で雌としての機能を失うんだ。…………クフ、ハハハハハハハハハ!!」


不安に駆られたシウニーの表情。

それを見て快感を覚えた翠仙は高らかに笑い始める。

これはどうみても優勢と劣勢が分かれている。

曲げられようもない現実。

現にシウニーもヒルデも、共に激痛で動けないでいるではないか。


「や……やめてくれ…………それだけ、は……」


だからこそこの状況の中でひたすらに足掻こうとするヒルデがいる。

まだ解けていない痛みの中心にいても尚身体を動かそうとする。

四肢を全稼働させて、一歩一歩進んでいくーーーー。


だがしかし、彼女と二人の距離は遠い。

この歩行手段では果てしなく遠いのだ。


少しずつ、少しずつ力が込められていく翠仙の左足。

後輩の悲痛の現状が、上司である自分の目の前で行われているというのに手すら出せないーーーー。

憤激。

ただ自分に対する怒りが胸中に募りに募る。


「ハハハハハハハハハーーーーーーーー……?」


だがここで、翠仙の笑い声が止まる。

何かの異変に気付いたように。

絶対の優勢の中では決して起こりようのない事実を察したように。


その事実の確認をするため、彼は違和感を覚えた先である足の方に視線を向けた。

そして、視線の先で起こっていた事は……。



ある一点、それはシウニーを踏みつけている足のふくはぎ部分からの大量出血。

横に傾いた噴水が如く、赤々とうねる血が彼の元から離れてゆく。

そうしているのはまごう事なき、シウニー。

彼女は自分が打ち付けられた床の、割れた木片を手にして彼の脹ら脛に強く刺してみせたのだ。


「わた……しが、! 雌としての……機能を、失うの、ならば……っ。 おま、えは……歩く機能、を……失え……っ」


「……」


なんたる度胸か。

振りぼった一抹の勇気だ。

彼女は腹部に激痛を抱えながらも、彼女は翠仙に念願の深手を与える事ができたのだ。

その彼女の表情たるや鬼気迫るものであった。

苦痛に耐えながらも、おのが運命を見定めながらもーーーーその手で至った現状。


「こっちは、子宮を失う……覚悟くらい、とっくにできてる……っ! だったら、そっちも……足、一本……ゥ……失う覚悟が、できてない、わけ……無い、でしょ、う…………?」


「……」


息も絶え絶えに、言葉を途切れさせて放出するシウニー。

彼女側からして見てみれば、間違いなくとんでもない勇姿だ。

賞賛されるべき行いだ。


しかし……翠仙はそれを見下した。

感覚的にも、もちろん状況的にも。

見下みくだし、見下みおろろし、蔑んだその瞳。

その瞳を持って、彼が次にする事はーーーー


「……小娘。 やはりお前は未熟者だ」


「……?」


「これくらいのことで……我が足がただの棒切れになるとでも思ったかァッッッ!!!!!」


「!?」


そうだ。

己の足元にある物を踏みにじる事。

先程行おうとした事をするだけなのだ。


「ぎ、ぃ……!?」


木片を刺された足に、いままでなにごともなかったかのように力を流し込んでいく翠仙。

それは段々であり、急でもあった。

なんの滞りもなく動かされたそれは、シウニーの腹部を容易く、重く圧迫し始めた。


「あ、ア゛ァ゛……!!?」


強く、強く、尚も強く。

大きな傷を負ったとは思えないほどの力を彼女にぶつけ続ける。

それは大きくなりすぎてまだ耐えているシウニーよりも先にーーーー彼女を支えている床が限界を迎えてしまった。

彼女を中心として床にヒビが入り同時に壊れてゆく。

数ミリ、数センチ……一メートル。

上品な、大きく高級感あふれる旅館に相応しい、自然的な黄金を纏わせる木の床がどんどんと割れてしまっているのだ。


「ぐ、ア゛ァ゛ァ゛……!!! ア゛ア゛……ーーーー!!」


しかし彼女は耐える。

その身に注入される力を必死に耐える。

額には汗、瞳は大きく露呈され口は閉じる余裕を無くしてかひたすらに悲痛なる声を上げる。


このままでは、本当に彼女の子宮は潰されてしまう。


「や、やめてくれ……やめてくれェェ!!! それだけはァッ!!」


痛みにうずくまるヒルデも、これを見て叫ぶ。

部下の悲痛など見たく無い。

見たいくないのならばその元凶を潰せばいいーーーーーーーしかしそれはできない。

今自分は激痛に耐え、一定の距離を置いた場所で蹲っている。

そこに飛んで行って排除など、できるはずもない。


だから歯がゆかった、故に震えた。

『女』 としての喜びを迎える事ができなくなりつつある部下を、何もできずに眺める事しか出来ない今が、どれほど悔しいか。


何もできない。

何もできない。

何もできない。


何も、やってあげられない。


それを痛感しながら、痛みを無理やり振り切り立ち上がって、足を進める。

とても遅い走り。

横腹を抑えながら、歯を食いしばりながら二人に近づく様は、なんとも無様か。

間に合わない。

手遅れだ。


それを今再び、ごく僅かな秒数をに置き、痛感したーーーー。



あぁ。

長く歩いてきた部下が、死んでしまう、と。



















ドァッ!!!!!


「ーーーー!?」


ヒルデがそう諦めかけたその時、二階部分の壁が一部木っ端微塵に弾け飛ぶ。

それは翠仙の左側、シウニーにとって足の方向。

見事に、しかし爆薬は使っていない破壊がそこに起きる。


するとどうだ。

その粉砕された壁の大きな瓦礫と、共に出現する濃い砂けむりの間を縫うように一本の何かが翠仙目掛けて飛来する。

翠仙はそれを察知、回避しようと試みる。

先程のシウニーの投げた剣と同じだーーーーそれと同様の要領で回避すればいいだけの話なのだ、と、彼は刀が自分の身体に打ち込まれるまでの刹那の間に考えてみせた。


「!」


しかし違った。

シウニーの剣とはまるで違った。

その刀が飛来する速度が、彼女のものとは果てしなく、段違いな程に速かった。

それは上記に示した通り 『刹那』 の事象。

とてもではないがその一瞬の間に避ける事など甚だ不可能であった。


故に刀は彼の身体に入り込んだーーーー刀を見るためにシウニーから足をどけ、身体をそちらに向けたがために、奇しくも彼が痛めつけていた腹部に。


「ガ……ッ!!?」


深く、深く。

そしてそれは彼の身体をただ単純に傷つけるだけでは飽き足らず、通った全てを斬り、貫通したのだ。

刀身よりも広い面を持つつばの部分も簡単に肉を貫いた。

それぐらいまでに刀は速度を持っていた。


結果的に刀は血をその身の全てに付着させ、刀身の二割程度を床に刺して静まった。

まるで、そこが初めから鞘だったかのようにーーーー。



「よう、翠仙。 さっきぶりだな」


「……?」


すると刀が飛んできた瓦礫と砂煙の中から声が発生した。

男の声。

決して現状に怯えず、自分が進むべき道をしっかりと直視して歩む、そんな男の声が。

翠仙は貫通し身体に出来あった不出来なトンネルを押さえ、その方向を睨み見た。

……そうして彼は声の主が分かったようで、瞼で驚きを小さく表現した。


「お前はあの時、俺にこう言ったな。 『お前が魔王達を倒せたのは実力なんかではない。 お前の周りにいる者の手助けと、良すぎた運があったからだ。 それに気づいていたものの、陳腐なプライドのために気付かないフリをしていた』 ってな……」


足音が舞い上がる砂を掻き分けて広い空間に木霊するーーーー。

迷いなく。

一定のリズムを刻む。

その足音の主は。


挿絵(By みてみん)


「あぁそうだ。 俺は陳腐なプライドの持ち主だよ、どんだけ笑われようともそれでいい。 その陳腐なプライドで……ここまで来ちまったよ」


高村海斗。

激痛に耐える二人の国の王である。

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