なにかに捕まる夢を見ても、最後になにかをされる前に起きてしまって、映画のラストを見逃してしまったような気分になる
バルはアイナたちに、眠ったラーファの夢の中に入って、原因を解決すると伝えた。 アイナは、夢の中に原因があるのですか、と疑問を投げかけたところ、ベルフェは緊張感のない声で、「まぁ〜、あるんじゃない〜?」 と言って、アイナとシウニーの眉を、少しだけひそめさせた。
また寝るの?ーーーー顕著に不安を表情に貼っつけたラーファ。 それに、横目で気づいたアイナは、立ち上がって口を開いた。
「では我々は、この病の出所はどこなのか、関与するものはいないのか、調べ倒してきます。 シウニー、お前は海斗と一緒に、夢の中で原因を探ってくれ」
目を大きくさせ、冷静なアイナを見るシウニー。 「え、私がですか」 という声が思わず飛び出た。
「海斗に知ってもらい、逆にもよく知るいい機会だと、気を楽にして挑め。 身体も頭もこわばらせて挑んでも、いい結果はでてこんさ」
アイナはポンと軽くシウニーの肩をはたくと、海斗のベッドに座る、暗い表情のラーファと視線を合わせ、頭を撫でた。 腰に差している剣の鞘の鐺が、床にコツンと当たった。
「きっと、海斗たちがなんとかしてくれるさ。 だから……今日は安心して眠るといい。 目覚めた時には、みんなの顔が見えるからな。 それに……お前の証言も、きっと役に立つ」
ラーファはやや戸惑った様子を続けたが、頷いた。 それからアイナは退室して、走っていった。
海斗は、シウニーに顔を近づけ、小声で話しかけた
「……証言てなんだよ。 わかる? ブラ」
「知りませんし、抜粋の仕方ムカつきますし」
それからアイナ以外は、ラーファの近くにいて、最低限不安を感じさせぬよう、遊びの相手をしていた。 中でボードゲームをしたいと言えば遊んでやったし、外でだるまさんがころんだをしたいと言えば、すぐに外に出た。 どちらもシウニーがビリをとって、ものまね罰ゲームでアイナとサタンのまねをし、スベり倒した。
ラーファは笑顔のまま、日中を過ごした。
しかし、太陽が夕日に顔を変えると、瞳の奥に、ズッと重い不安があることを、海斗たちは確認した。 バルの 「帰りますよ〜」 という言葉に反応して、ラーファは夕日に顔を向けて、しばらく動かなかった。
影が伸びた後ろ姿に、シウニーは心が締め付けられたように感じた。
帰って、夕餉を食べて、バルの膝に座って絵本の読み聞かせを聞いていると、ラーファは、日中の疲れからか瞼を浮き沈みさせていた。 怖さから寝たくないのか、必死に耐えていた。
現在、夜の八時ーーーーいつもより早くベッドが恋しくなったラーファは、海斗たちにうながされて毛布のなかに潜り込んだ。 バルが膝をついて、ラーファのお腹をリズムよく、優しく叩いてあげていたら、すぐに心地好さそうな寝息が聞こえてきて、ひとまず全員、胸をなでおろした。 その寝息は、病かもしれないという可能性を一抹も感じさせないものだと、海斗は感じつつ、ラーファを起こさぬよう抱き上げ、医務室の医療ベッドに横たわらせた。
以前のワイザとの戦いで負ったすさまじい海斗の傷を治した、国屈指の腕を持つ三人の白髪の医師が、慣れた手つきでラーファの身体にホルター心電図をつなげ、その他の救命に関わる器具を用意した。 「なんでそんな大掛かりな……」 という海斗のつぶやきに、あらゆる危険に対応できるようにしているのだと、長髪の医師は語った。
心電図は、規則正しく、ラーファの心臓の声を刻んでいた。
海斗は木刀、シウニーは長剣、ベルフェはなにも持たずに、ラーファのそばに立って、見下ろした。 そこから一歩引いたところで、バルは全員を見つめていた。
ベルフェは、ラーファの穏やかな寝顔を見て、微笑みを少しだけ大きくさせた。
「制限時間は〜、普通ならおおよそ夜明け〜。 ラーファちゃんが起きるのは〜だいたい七時くらいだと〜姫から聞きました〜。 ですが状況が状況です〜。 出入りが効かなくなってしまったり〜、ずっと起きずに〜夢の中にとどまってしまう可能性もあります〜。 おふた方〜……準備や〜、覚悟は〜、万端ですね〜?」
ベルフェは、二人に微笑みを向けた。
堂々とした海斗の頷きに、シウニーは少々戸惑いながらも、不安を押し殺して頷いた。
「では〜、夢の世界へ行きましょう〜」
二人は、ベルフェの肩を持った。 海斗は鋭くラーファを見つめ、シウニーはやはり若干不安そうに、でもできるだけ不安要素を考えないように、眉間にしわを刻まれ、今、彼女の頬に一粒の汗が流れた。
ベルフェは二人のそんな状況など気にもせず、ラーファの額に右手の薬指、中指と人差し指を置いた。 すると、三人は紫の渦につつまれ、一粒の光となり、ラーファの額の中へとゆっくり降りて、溶けた。
三人の医師は冷静に、バルの視線も静かに、ラーファにぶつけていた。
*
数多くの広葉樹が、身体の大きさに合わせられたゆりかごに寝かせられた海斗たちの周りを、距離をとって、すっくと立っていた。 薄暗い空模様の中、海斗たちはゆりかごから身を起こして、あたりを見渡した。
整備された道もなく、獣道もなく……どこを見渡しても、木の間には、人一人程度しか通れないほどの空間しかなかった。
そして無風の状況は、たやすく水の流れる音を、三人に簡単に認めさせた。 海斗がそちらのほうへと歩き出すと、シウニーは怯えた様子ですぐについていき、ベルフェはマイペースに、二人と少し離れてついていった。
こっちだよな、と、少しは恐れを抱きつつも、それをすぐに解消したいとという思いに蝕まれて進む海斗。 そんな海斗にぴったりとついていくシウニーは、恐怖しか感じていなかったが、自分の立場が無意識に足を動かしていた。
音を頼りに進んでいると、広い川を発見したーーーー絶えず、黄色いアヒルのおもちゃが流れる川を。
「本当にわけわかんねェ夢だな……」
シウニーの盾にされている海斗は、頭を掻いた。 ベルフェが遅れてやってきて、川のそばでしゃがみ、おもちゃを一つ掴み上げた。
「ラーファちゃんに一つプレゼントですね〜」
「なんか最低」
*
中央街が作り出す美しい夜景の中で、アイナは背の高いビルの上で立ち、眺めていた。 しかし向けていた視線は、夜景に完全にとらわれているわけではなかった。 やはり、どれほどのものが目の前に現れようとも、ラーファのことが頭から離れなかった。
ーーなんでラーファが……。
なぜ、あんな子供が病に侵されなくてはならないのか、胸にこびりついた疑問があった。 ただ、その疑問は、ほぼ全て怒りからくるものであった。
というのも、ほぼ原因はわかっていて、それも、誰かが病の元凶をバラまいているというものである。 昼のうちに騎士団の一、二番隊を動かし、目撃情報などを集めていると、フードで全身を隠した者を見たことがある、という意見がたくさん出てきた。 それどころか、とある範囲にいる人たちが一斉にくしゃみをしたことがある、という不思議な体験談も出てきたのだ。 これはやはり、誰かが意図的に病を作って蔓延させていると、確信していた。 それもなにか、そういった成分をもつ食物を使って。
その怒りを噛み締めていると、彼女の腰にかけている無線機に、団員からの通信がはいった。
「私だ……そっちの確証はついたか」
はい、エレイナさんとキノコのサンプルを取りにいってきましたーーーーという声がかえってきた。 それから続いて、こういった情報が語られた。
睡眠に関わるもので、一番手軽に入手できる食物は、あるキノコであるとエレイナに聞いた、というもの。 そのキノコは、「幻毒茸」。 山に入れば、手に入る毒きのこではトップクラスなのだと。 一気に15〜25程度かたまって生える、カラフルなシメジのようなものであると。 しかし最近、一つでも摂取してしまえば、丸一日眠ってしまい、且つ、本人にとってイヤな夢を見させてしまうその特徴を活かして、あるレストランの料理の中に混入させる、一種のテロを企てた、という最近有名な事件が起きたために、個人でとることを禁止。 それからその集団は禁固刑にふされたようなのだが……一人、最近脱走していた模様。 しかし、刑務所からは、人々に不安を覚えさせないよう、その情報は厳重に守秘されていたのだという。 名は「キー・コンノ」。
そのキノコの特徴として、なにかの毒と合わせると、毒の症状を高め、さらにべつの症状を追加することができるのだと言う。 まだ、一般的に広まっていない追加される症状を、彼がつくっていたのだとしたら……この病にも、説明がつくのだと。
ーーやっぱりか……。
アイナは後ろポケットから、一枚の紙をとって広げた。
「やはり、こいつが犯人か……わかった、ありがとう。 今から三、四番隊をこちらの一、二番隊と合流。 二番隊によると、犯人らしき人物を尾行中だということ。 包囲を完璧なものとし、捕獲する」
了解ーーーーその声を最後に、通信が切られた。
いつの間にか夜空に向かっていた、アイナの視線がもう一度、紙に落ちる。
「通行人を路地に誘って、違法なキノコや薬草の販売……その目撃。 ラーファが一週間前に、エレイナとともに中央街に言っていたという証言……これだけ揃えばもう逃げられん。 ラーファを……返してもらうぞ。 外道」
*
いつのまにか、海斗たちは赤色のジェットコースターに乗っていた。 いや、いつ乗ったのかは明確にわかっていたーーーーベルフェが二個目のアヒルのおもちゃを掴んだ時だ。 その時にサッと、快晴の空模様の下の遊園地という情景に変わり、コースターの安全装置がおりてきたのだ。
「なんだこれ」
「わかんないですね」
「たのしそうですね〜」
そして出発するという女性のアナウンス。 のろのろと進み始めたコースターに、海斗とシウニーは、ぐっと、心を硬くさせた。
「夢だから?」
「だからですかね?」
「たのしそうですね〜」
どうやら、ベルフェが大して戸惑っていないということは、夢の中でこういうことはよく起こるらしいというのが想像できた。
進んでいくコースターは、彼らの眼にうつる、建物や木などを小さくさせた。
シウニーはこれに、はたして安全に走るのか、無事に終わるのか、と頭を頻繁に動かして周囲を確認していたーーーーら、彼女の視線を釘付けにさせるものが眼に飛び込んできた。 それは海斗の顔。 さっきまでの冷静そうな、すましている顔は真顔になって青くなり、でもしっかりと平然を保とうとプルプル小刻みに震えていた。
もしかしてさっきの 「なんだこれ」 という言葉は、巨大な不安に駆られて放った言葉?
「……魔王様、こういう絶叫系ニガテなんですか?」
「苦手なわけないだろなに言ってんだまっすぐ前向いてろ」
ニガテが確定した。 普通ならば、一つや二つ読点が入り込む文章量を一気に、一呼吸でかむことなく言い放った。 これがニガテじゃないならなんなんだと思ったシウニー。 自分もそこまで得意なわけではなく、だから少しだけ恐怖も覚えているが、「海斗を知れ」 というアイナからの願い事を叶えられたように思えて、ほんの少しだけ、シウニーは嬉しくなった。
そう思っていたら、まもなく、頂上にさしかかるとこまで到達していた。
「もうほんとに楽しくなりますね〜」 という声に、姿は見えないがベルフェは通常運転だということが、シウニーは理解できた。 海斗の方に視線をぶつけてみると、青い顔をしているからヤバイことがわかる。
そしてシウニーが前に向いた瞬間、平坦になった途端急降下。 ぐっと大きなGと強風が身体に衝突し、のけぞった。
シウニーは、そこまで変なところはないと思った。 後ろからは 「わ〜」 という声が聞こえてきて、ベルフェは楽しんでいることがはっきりわかった。 強風に片目をつむりがちになった視線を横になげてみると、目を見開かせ、口をパクパクさせ、顔を肌色がないくらい青くさせていたので、ヤバイということがはっきり見てとれた。
ただ、本当に走りにはおかしなところは感じなかったシウニーは、このまま終わると思っていたら、ここが夢であるということを急に打ち付けられた。 坂を下った先に、道がないのが見えたのだ。 このまま行くと地面に激突してしまう。 なんとかしようと思ったが、慌てるだけで虚しく終わり、コースターは道から外れて地面が一気に接近。
「アアアァァァァァァァァッ!!!」
悲鳴をあげた途端、コーヒーカップに乗っていたという事態に発展。 わけもわからずハンドルに手を置いたまま、あたりを見渡した。 遊園地の敷地のはしっこに位置していて、柵が円をえがいて設けられており、隣には森があった。
なんでこんなことに……いつのまに?
まだ疑問が尽きぬシウニーは、景色が醜い回転する中、しきりに視線を動かした。 海斗も同じようで、絶叫の怖さがなくなった途端状況確認をおこなっていた。
ベルフェは一人でカップにのって、笑顔で、なされるがまま回っていた。
すると、急にあたりが薄暗くなった。 灰色の雲が、太陽の居場所をなくしたのだ。
えっ、と海斗とシウニーが思って、空を見上げた瞬間、遊園地の中央に高くそびえていた観覧車になにかが降って、真っ二つにした。 瓦礫があたりの建物へ傷をつけているなか、二人は観覧車のほうに目をむけていた。
そして急に地響きが始まり、次第におおきくなっていくそれに恐れを抱きながら、建物をかきわけ出てきたのは、巨大なひよこの形をした石像。 それは間違いなく、さっき川で流れていたおもちゃと同じ形であった。
二人は逃げようとするも、回転しているゆえになかなか出ることができない。 それどころか、だんだんと回転速度が高まっているではないか。
「なに回転させてんだよ!」
「なにもやってませんよ! 勝手に回ってるんですよ!」
口論が始まった瞬間に、崩壊した遊園地が、前方一直線に道を成すように、周りに散らばっているという状況に変化した。 またもや二人は意味がわからず混乱。
後ろには迫り来るあひるの石像ーーーー飛び跳ねで起こった地響きで存在を知らせ、海斗とシウニーは逃げろという本能で走り出した。 しかしベルフェはマイペースのんびり走りをしていたために、海斗が抱き上げて逃げた。
「おいあいつまだ追っかけてきてるぞォォッ!! 微妙に速度上がってきてるぞォッ!! おいベルフェ!! お前の持ってるあひるのおもちゃの親なんじゃね!? 返してやれよ!! 追いかけられずにに済むぞ!!」
「ヤです〜、これは私のモノです〜」
「あらやだワガママな子ねェッ!!」
まだ追いかけてきているが、ここまでくればーーーーというところで、足を踏み入れた地面がパカッと扉のようにあいて、落ちていった。
本当に落ちていっているのかわからぬぐらいの暗闇の先には、湖があった。 いや、湖と呼んでいいのか見当もつかないくらい、あたりは闇に包まれているところに、いびつなクラウン型の波をたてて、三人は着水した。
海斗は、一人で水をかきだしたベルフェを手の感触で確認すると、自分も泳いで顔を出した。 横にはシウニーも見えた。
なぜ、こんな……。
疑問は絶えなかったが、とりあえず陸地を見つけようとした海斗は泳ぎだした。 二人もそれに続いて泳いでいくと、案外、陸は近くにあって、三人は重くなった身体で這い上がった。
周りを見渡す海斗、膝に手をつくシウニーに、それでも表情を崩さないベルフェ。
ここからの進展は……あれから逃げ切ったんだから、なにか……。
進展を求める海斗は、しきりに周囲を確認する。 すると、濡れた身体に風が走り、すっと冷たくなった。 そしてそれは強風へと変わり、三人を襲った。 前をよく見ると、巨大な扇風機が、壁のように立っていた。
飛ばされぬように構える三人に、染み付いた水気がみるみるうちに飛ばされていく。 完璧に飛ばされたころ、風はやみ、扇風機はどこかに消えていた。
だけれども、うしろの湖は消えておらず、前に進むしかない状況。 海斗が二人に 「行くぞ」 という目配せすると、見返すだけで反応はなかったが、全員、思っていることは一緒らしいと判断して、海斗は先頭のまま歩き出した。
「ほんとに意味わかんないですね……。 複数の夢を一気に見てるような……ラーファちゃんも見ないし、今辿ってるルートが正解なんですかね……?」
「信じるしかねェ。 きっと、こんなバカらしい場面の連続でも、進んでることになってるさ」
海斗がそう言い終わった瞬間、暗闇の先から、ボロボロの掘っ立て小屋が現れた。 何秒か正面を眺めていたが、海斗が、錆びついた扉をひらくと、外観からは想像もできないくらい綺麗な和室が、中にはあった。 玄関はなく、畳が並べられた約七畳くらいの部屋。 正面には……物置だろうか、ふすまがあって、左の壁にはやわらかな光が滲み出している障子が一対、あった。
ふりかえったらもはや暗闇はなく、引き返すなと言わんばかりに、所狭しと木が立っていた。
「こういうところだったら怖くないですねー。 調べましょう」
「ですね〜」
シウニーとベルフェは、部屋を調べ出した。 しかし、結果はなにもなかった。 シウニーは畳をひっくり返そうとするも、なにかで固定されているのかまったく動かせていないようであったし、襖をあけたベルフェも、どうやらカラであったらしく、閉めて、不思議そうな顔をして振り返った。
シウニーは、この結果に不満を顔にあらわしつつも、進展を求めて、障子に手をかけた。 しかし、入室から一歩も動かずに、部屋の中を見渡すことしかしなかった海斗に変化があったことを横目で認めて、そちらに向いた。 すると、先ほどベルフェがあけた襖に、視線をとらわれているではないか。
「……なにか、そこが気になるんですか?」
じっと見つめる海斗に不思議に思って、シウニーはそう尋ねた。 海斗は頭を軽くふって、口を開いた。
「いんや。 ばあちゃんちのふすまに、よく似てるって思ってよ」
そう言って、二人に続き、障子をあけた。
すると、先ほど見た掘っ立て小屋の外見にふさわしい内装が視界を埋め尽くし、海斗たちの鼻を、ホコリがくすぐった。
白い壁はシミだらけ。 壁際のほうにボロボロの布団が敷かれた床は、ハゲていたり、弱くなっていたところになにか重いものでも落としたのか、小さく割れていたりしていた。 戸と玄関は左にあった……一対になっている、木の引き戸であった。
やはり海斗は不思議に心を苛まされながらも、なにかを探そうと動き始めた。 人為的に、なにかで切り刻まれた物置をのぞいてもなにもなく、ベルフェもそれ以外に見るものがないと判断し、周りを見渡していたーーーーが、シウニーの顔に異変を見た。 彼女の目は海斗を追って、顔を青くさせているのだ。
なんでだろう〜、とベルフェが不思議に思い、海斗がボロボロの布団をめくろうと手をかけた時、シウニーはふいに口元を手で塞いだ。 嗚咽をこらえるときのように、ぐっと即座に手をやった。 「大丈夫ですか〜……?」 と心配するベルフェの言葉に、
「すみません……なんかここ、ちょっと、気持ち悪いです……」
と、ますます青くさせて答えたシウニー。
さっきの遊園地でか……。
海斗もそうした心配の目を向けつつも、ベルフェが肩を抱き玄関に向かって、海斗に背を向けたとき、すきをついて布団をめくった。 なにもないことを確認すると、いそいで二人のほうに向かって、扉を引いた。 引く途中でゾロゾロと落ちてきた砂埃を、二人を気にしつつはらって、外に出た。
すれば、木々たちにはさまれている、先がぼんやりと霧がかった、一本の道が伸びていた。 木の並び方が打ち立てられた柵のように、奇妙なほど等間隔になっている。
「このまま進んでも、やっぱ問題ねェみたいだな」
「そうですね〜」
まるで自分たちを誘ってるーーーーそう感じてならない海斗は、腰に差した木刀に手をかけつつ、歩き始めた。
進んでいくにつれ、シウニーの顔色は回復していった。 ちょうどベルフェの介抱がいらなくなったころ、霧は晴れ、やわらかな太陽の光がふりそそぐ、泉にでた。 光景のせいなのか、本当なのかはわからないが、空気が新鮮になった気がして、海斗とシウニーは気が楽になった。
「……へ〜、こんなところも〜でてくるんですね〜」
ベルフェはにんまりと笑って、さきほどの川で拾ったあひるのおもちゃを浮かべた。 そして、青く、美しく光る水を両手いっぱいにすくった。 徐々に手から抜け出していく水が、陽の光をきれいに反射し、光の柱のようになっている。 それは次第に太くなっていって……でもあるところから細くなっていて……ベルフェは、それを見て、もっと朗らかに微笑んだ。
その後ろで、海斗とシウニーは雑談を広げていた。
「魚釣って食いたいな〜。 刺身が食いたい」
「釣っても調理器具がないでしょう」
「包丁の代わりならお前の剣があるし……まな板は……」
海斗は、シウニーの顔から、胸部に移した。
「お前一人で全部そろいそうだ」
「どこ見て言ってんだクソ魔王ォッ!!」
もう、ベルフェの手からほとんどの水が逃げ切ったーーーーその時、ベルフェの手を、水みの中から伸びてきた青白い手に掴まれた。 一瞬で表情をこわばらせたベルフェは、予想していなかったことゆえに、瞬時に動けなかった。
血が回っていないように見えるその両手は、ベルフェを泉に引きずり込もうと力を込め続けている。 驚くシウニーも、騎士である使命を手に、剣の柄をとって抜いた。 が、海斗の方が早く、思い切り振り下ろした木刀の切っ先が、片方の手首に直撃。 ひるんだ両手は、ベルフェを諦め泉の中に沈んでいった。
「……」
それからしばらく固まっていたが、次の一手がでてこなかった。 森の奥から、鳥のさえずりが何度か聞こえてきただけであった。 ホラーの気分のどん底まで落ちて、緊張でこわばった身体の芯には、いまのさえずりは大打撃で、一気に気がほころんだ。
「……な、なんだよ〜! びっくりしたわー。 そうだよここ夢じゃん、ああいうこと起こるわ。 無駄に怖がっちまったわァ」
「そうなんですか〜?」
「そうですよねー! 今までのことを考えてみると、夢なんだから、で解決できるようなことばっかり起きてますよね! だいたい夢って最悪な方には行き着きませんし、今のも今までのも驚かなくてもいいですよね!」
「そうなんですか〜?」
「お前が一番夢のことわかってんだろうが! 夢ってああいった怖いことが平気で起こるだろう?」
ベルフェは首をかしげた。
「わかってるから言ってるんですよ〜。 あの手は〜……夢の物体ではありませんでした〜……」
海斗とシウニーのほころんだ気は、一気に寒々(さむざむ)として、丸くした視線をベルフェにぶつけた。
するとどうだ。 森の奥から、小鳥の群れが海斗たちの頭上高くを飛び、越えた瞬間、一斉に撃ち殺されたように、ぼとぼとと泉に落ちたではないか。 ぎょっとした海斗たちは、疑うような目でそれを見た。
血、なのだろうか、黄色い波紋が広がって、間も無く泉を黄色にそめた。 あたりは薄暗くなって、海斗たちの鼓動をはやめた。
瞬間、天高くにあがっていた太陽に、音を立てながらヒビが入って、卵のように割れ、なにか白い液体がだらりと森の向こうの地面にのびていった。 ベルフェがさっき作った水の柱のようだった。
ーーこれが、夢のモンじゃない……?
海斗は木刀を強くにぎったーーーー途端、泉を囲む木々が、全て白い手に変化し、指先を、ひっくりかえった虫の足のようにせわしく動かし、それを見たシウニーは顔を若干ゆがませた。
そして、海斗たちとは反対側に、不自然に泉のそばで立つ手が、泉の中に手を突っ込んだ。
その手が、泉から取り出したものがラーファだと気付いた頃には、海斗は、泉の向こう側へと跳んでいた。




