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     どうせ俺にゃあカッコいい必殺なんて作れない

「二、三番隊は、特別保護獣捕獲プロトコルを遂行! 一番隊は両ドラゴンを、被害減少のため誘導する! 残りは国民を保護! いいな!!?」


 アイナの命令に、騎士団団員は、ほぼ走り出すとともに大声で返事した。

 間も無く夕方が終わる頃、ドラゴンはアリフトシジルに降り立った。 サタンとルシファーが担ぐ子どもを奪還しようとして、メイン通りを、風舞い起こしながら飛ぶ、飛ぶ。

 それらを食い止めるのは、国を守護する騎士団の務め。 アイナは、先に走り出した団員の誰よりも速く、駆けた。


「ここまでする必要ありました?」


 ルシファーは、隣を飛ぶサタンに微笑を向けた。


「あるさ。 これで、アイツは前に出て来ざるを得なくなった……それに、御誂え向きな状況だろう? これで、アイツがどんな行動を起こすのか……どんな必殺技を覚えるのか、見ものじゃねェか」


 サタンは、ルシファに向かって顎を一瞬向けた。 ルシファーはこれに頷き、右にそれて、羽をしまい、数多の住居の屋根を跳び離れていった。 あっという間に遠くへ行ったことを確認したサタンは、反対方向へと、羽をしまわずにそれていった。

 両ドラゴンとも、自分の子どもをそれぞれ担いだ方へと追いかけはじめた。 デメリュウはサタンに、ハナリュウはルシファーに……それを遠目から認めた騎士団は、各々決められた役割を胸に、分かれていった。



 廊下を走る海斗の身体を、窓から差し込む夕日の光が素早くすべっていく。 ドラゴンが二手に分かれた様を見て、海斗は、全身を震わせるほどの悪寒を感じていた。

ーー蹂躙される。

 大きな大きな哀しみが、彼の胸にへばりついた。

 自分が一国の王になったことが、これほどまでに残酷だと思ってはいなかった。 関しない者であったならば、この国がどれほどの窮地に立たされようとも、見て見ぬふりができたかもしれない。 しかし、その国が自分の両腕のなかに仕舞われた今、どうしようもない焦りが、ぽっと浮かぶ。

 そしてそれは外道でもあって、遠慮せずに我が身を一瞬で飲み込むのだ。

 悪寒がいつのまにか冷や汗へと変化し、海斗は気持ち悪さを感じていた。


 今、走っている方向からして、ハナリュウの方が近かった。 大きな鼻を突き出して、襲おうとする先にいる泥棒が背負うのは、手足をばたつかせている子どものドラゴン。

 その泥棒の正体は、ちらと見ただけでもわかる。 ルシファーだ。 表情までは見えないが、きっと、昼と同じように不敵に微笑んでいるのだろうと、海斗は苛立ちを覚えた。


 彼女たちがやろうとしていることは、海斗もわかっていたーーーー自分の物語の再現だと。

 昼に、必殺技獲得の物語を語った。 それと、ほぼ同じ状況であることは、すこし考えただけでもわかる。

 でもこんなに早く、用意するもんかよ……!

 海斗は、ここからなら間に合うかと、決意を固め、窓ガラスを木刀で割って外に飛び出した。 ガラスの破片が四方八方に飛び散り、夕日を反射した。


ーー……一度背負ったものは、なかなか離れてくれないものです。 きっと、これから、あなたも誰かを背負うようになるでしょう。 その時は、一生懸命、背負ってあげなさい。


 海斗の脳裏で、一人の女性が微笑んだ。 海斗は顔を強張らせた。


ーーだって……彼らは、あなたを選んで、背負われに来たんですから。


 ……選ばれた覚えもねェし、背負いたいと思ってもいねェよ。

 海斗は頭をふって、女をかき消し、走り出した。


 アイナも、海斗と同じくハナリュウの方に走っていた。

 特別保護獣……そうじゃなければ、どれだけ楽だったか。

 ハナリュウとほぼ兵装の位置にまで辿り着いてた彼女の胸には、そのことばかりが浮かんでいた。 特別保護獣……あまり繁殖せず、数が少ない生物が対象になるそのくくりは、完全保護を決まりとするものであり、また、駆除を不可とするくくりでもあった。

すなわち、アイナたちが持つ得物、魔術を使って追い出すことができないのだ。 その傷による、感染症などの恐れがあり、絶滅に拍車をかけてしまうから。


 だから、彼女たちは、制定された捕獲プロトコルをもって、国を守ることしかできないのであった。


「テメェでてけコラァッ!!!」


 海斗がハナリュウの背中に木刀をぶち当てた。 保護獣なんてことを知らぬ彼の腕は、手加減なしでハナリュウの背中に思い一撃をくわえた。


「海斗ォォッ!! それはいけない!! いけないぞォッ!!」


 心配で声を上げたアイナ。 しんじられないものを見て目をかっと開いた。 しかし、ハナリュウは一瞬激痛で顔をしかめたようだったが、そこは親ーーーー子の安全が第一なようで、ルシファーへの進路は変えなかった。

 うまく受け身をとった海斗の足は止まること知らず、ドラゴン一直線に走り出して、これをアイナは追いかけた。


「海斗! あれに武力行使はダメだ!! 特別保護獣に指定されてるから、怪我を負わせたら刑罰が待ってるぞ!!」


「んなこた言ったって、どうアイツらを追いだしゃあいい!!? 捕獲でもするつもりか!?」


「そのつもりだ! それは私たちに任せて、おとなしく城で姫を守っててくれないか!!」


「俺が出なかったら、人手が足りなくて、ますます国がぶっ壊れるだろうが!! それは嫌なんだよ!!」


「気持ちは嬉しいし、王としては完璧だが」


「これ以上修理費かさんだらマジでバルに怒られる!!」


「そっちィィッ!!? ちょっと嬉しくなったのに心配そっちィィッ!!?」


 がむしゃらに道を辿る二人。 ドラゴンとの差をなかなか縮められない二人は、苛立ちを覚えた。

 ハナリュウはルシファーしか見ていない。 彼女を引き裂き、子を奪還することしか考えていないことは、火を見るよりもあきらかであった。 だが、ルシファーは早く、ハナリュウは追いつけてもいない。

そうなると、ハナリュウが手段を選ばず、例えば住居をえぐって投げるなどの、街を破壊する行為に走ってしまわないか、海斗は心配だった。


「ここは……わたくしの出番でしょうか」


 海斗とアイナは、ルシファーの先に誰かが立っているのを見た。 目を凝らして見ると、まさるだった。

 夕日を浴びて、きらびやかに優しく光る毛皮を、微風に揺らして、向かってくるドラゴンをまっすぐに見ていた。

そして目を閉じて、両足を天高く上げ、跳ね馬のような体勢になった。 眉をひそめ、不思議そうに見つめる海斗を知らず、勝は目をあけ、ひづめを地面に思い切り叩きつけた。

 すると、勝の背後から強風が、ハナリュウたちに向かって吹き荒れた。 ルシファーも目を細め、少々飛びにくくなりはじめ、またハナリュウも同じだった。

 なんだあれ、と呟く海斗に、アイナは、勝は自然の力を操る力があると言い出して、海斗は驚いて彼女を見た。


「私もよくは知らないが、ある日、姫が嵐の中にいた勝を連れて帰ってきたんだ。 その嵐が関係しているのか、勝は、あまり強力ではないにしろ、自然の現象を再現できる力を使えるんだ」


 アイナは目を鋭く尖らせた。


「強風を起こしている今が好機! なんとか二、三番隊へと誘導しなければ……ッ!」


 そして、彼女は屋根の上へと跳び移って、ドラゴンへと向かっていった。

 自然現象を引き起こす力……海斗は、これはまさしく必殺技であると、小さく胸を跳ねさせた。 また、そんな力、自分が想像できていないものであったため、嬉しさも感じて、次第に、水がタオルへ徐々に染み込んでいくように、身体中に広がっていくのがわかった。

 だが、それをもってしても、ドラゴンを完全に止めることは叶っていなかった。

 サタンたちは、自分がどう出るのか、うかがっているのだろうと、海斗はわかっていた。 しかし、物語のように覚醒なんてしないことをわかっているからこそ、どうこの状況を打破すればいいのか、わからなかった。



 デメリュウの方は、三番隊が捕獲しようとしていた。 一番隊の半分が、誘導しようと必死になっていたが、なかなかうまくいかず、いたちごっこのような状況が続いてしまっていた。


「……アイツが出てこないと面白くねェんだよなァ……」


 これを良く思っていないのはサタンであった。 王である海斗が、どのようにして、特別な立ち位置にあるドラゴンから国を護るのか、見たいからこそつれてきたのに、捕獲手順を知っている者たちが全部やってしまったら、つれてきた意味がなかった。

 始めは、一匹ずつ対処できるように、ルシファーと分かれたのであるが……騎士団が解決しようとするならば、しょうがない。

 ハナリュウの位置は、離れた位置からでも確認できたサタン。 彼女はそちらの方へと、進路を変えた。



 勝は、ドラゴンの翼によって弾き飛ばされた。 彼の力を使っても止められぬドラゴンの力……予想できたことだが、実際に目の当たりにしてしまった今、海斗の気分が重くなった。

 どうすればいいのか……わからない。

 ドラゴンの背を見ながら、海斗は頭を悩ませていた。 自分には、必殺技もないし、ここの生活に慣れたとはいえ、この国にある武力や特徴などを把握しきれているわけでもない。 魔王としての力量が不足していると、改めて痛感した。


 そして、彼の悩みに追い打ちをかけるように、遠くに離れていたデメリュウが現れたーーーーハナリュウを背中から潰すようにして、現れたのだ。 二匹の激突の前に、サタンが間から軽々と飛び出してきたのを海斗は見た。 どうやら、彼女がここまで誘導してきたようだ。

 少しのびている二匹……その隙に、アイナは捕獲しようとこころみるが、まだ二、三番隊が到着しきれていないために、手の出しようもなく、万が一のときのため、腰に差すつるぎの柄に、手をかけていた。 なにかあった時には、すべて自分の責任にするために。


 呆然と立ち止まる海斗に、子どもを未だ担ぐサタンとルシファーが、近寄ってきた。 ある程度距離が埋まったところで、のびていたドラゴン二匹は、ゆっくりと、のっそりと、起き上がり始めた。

 それが目に飛び込んできて、ますます混乱してしまった。 これ以上の行動を許してしまえば、確実に取り返しのつかない被害が出る。 そう考えるだけで、心臓が飛び上がった。

 起き上がった二匹のドラゴンは、とんでもない怒りを込めた目で、こちらを睨んで、近づいてきている。

 もはや、必殺技うんぬんではなくなっている。


「どうしたよ、海斗。 お前が望む状況を作り上げてやったぜ。 必殺技を覚えられそうか? どうやって……国を護るか、判断できそうか?」


 サタンも、ルシファーと同じように微笑を浮かべ始めた。

 しかし、そんなこときにする余裕もない海斗。 怒り狂っているものを、なんとかして鎮めなければならない……。

そうするには、必殺技なんてものではなく、もっとシンプルな方法が必要だ。


 そう思った海斗は、一つの方法をはじき出した。 行動するのは、やはり早かった。 気付いた時には、少しだけ跳ねて、膝を地面につけていた。


「すいませェェェェェん!!! 本当に、すいませェェェェェん!!!!」


 土下座だ。 二匹のドラゴンの前で、海斗は必死に、地面に額をこすりつけながら、謝罪した。

 サタンたちも当然、二匹のドラゴンも、目を丸くして海斗を見つめた。


「いやマジで、ほんとにすいませんでした! なんかうまく言えませんけど、泥棒がうちの国民ですいませんでした!」


 そう言うや否や立ち上がり、「お前らも頭を下げるんだよ!」 といってサタン、ルシファーの頭を掴んで、地面に打ち付けた。 子供のドラゴンは、その拍子に落ちた。

 海斗は、迷惑をかけてしまったと、その一心で二人の額をガンガンガンガン地面に打ち付け、自分も何度も何度も頭を下げた。

 その様を、合流した二、三番隊は、アイナとドラゴンとともに、目を丸めて眺めていた。


 そのあと、ドラゴンは海斗の嘘のない謝罪に怒りを鎮めたのか、子どもが無事とわかるや、国から去っていった。 間も無くすべて落ちる夕日に向かって、四匹は飛んで行った。

 海斗たちはそれを、姿が見えなくなるまで見守った。


「……なぁ、お前は本当に、なにモンだ」


 サタンは海斗を振り返って、そう言った。 海斗は、少し不機嫌そうな目を、彼女にむけた。


「普通の人間なら、ドラゴンの前に出てこねェ。 とくに、お前が生まれ育った世界の人間には、特別な力なんて持たないはず。 で、恐怖するはずだ。 だが……お前は果敢に対処しようとした。 それが不思議でならねェんだ」


 海斗は、口を閉ざして、下に視線を落とした。


「……まぁ、それはアタシがこれから紐どいていくとして……これで、必殺技がなくても国は護れるって、わかったろ? 信用はしねェが、なんとか護ろうとしたことは認めてやるよ」


 そう言って、サタンは海斗を背にして歩き出した。 ルシファーも、彼女についていこうと、顔をそちらに向けた。

 その時、バルが、海斗に近寄ってきて、一枚の紙を手渡した。


「……不信でいいや。 俺もお前を信じねェ」


 この言葉に、止まったサタンは振り返り、鋭く尖った横目で刺す。


「だがよ……お前らが連れてきたドラゴンが壊した噴水!!! 修理費一千万だコラァッ!!! お前らの手で払えボケェッ!!! せめて、お金の信用くらいさせやがれェッ!!!!」


 突き出した紙に書かれてあったのは、噴水の修理代。 一千万と大きく書かれてあって、サタンとルシファーは、それを見てしばらく固まった。

 そして二人とも、一斉に逃げ出して、海斗は怒りをあらわにして追いかけ始めた。


「人間が屋根の上を跳べるはずがねェ…… やっぱりその身のこなし! 人間じゃねェだろお前!!」


「鬼です〜、払いたくないです〜」


「これ払うまで鬼にでも悪魔にでもなってやらァッ!!! 明日雨だから修理できないんだぞ!!! 待ちやがれェェェェッ!!!」


 三人の鬼ごっこは夜がやってきても続いた。 その様は、他の者には、なんだか子供のじゃれ合いのように見え、バルは微笑を浮かべ、アイナたちもそれにつられて笑顔になった。

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