第百八十七話 突然の爆乳 絶望のまな板
あれから海斗は、バルに連れられ部屋をあとにした。
面会の場所は当然彼の部屋で行うわけもない、とバルは無理やり彼の手を引っ張り出した。
どうやら時間はもうすぐそこまで迫っていたらしく、彼女は小走りで移動した。
そしてーーーー今、海斗は大きな巨きな部屋にいる。
城の中には間違いないのだが、彼には見たことのない部屋。
木製で作られた、縦五メートル、横に四メートルほどの両開きの扉からひたすらまっすぐ伸びた深紅のカーペット。
その末端には、海斗が座る大層な玉座が存在、非常に厳かな空気。
作りとしては何らかの灰色の金属が使われており、使用者の身体が触れるところには痛くないように、窮屈に感じてしまわないように赤いクッションが設けられていた。
部屋の中にあるのはだいたいそれくらいで、他に特筆すべきものは何もない。
あるとするならば、玉座の位置を少し高めにしている五、六段の階段と。
空間をーーーーそれらを光で照らすために、高めの位置に付けられた複数の六角形の窓だけだ。
ここで、パイモンという女王に会うらしい。
「……こんなところ、あったんだなー……」
現在、この部屋には海斗一人。
彼の独り言が、隔たるものが何もない部屋に、綺麗に反響する。
それはちょっぴりの寂しさを表現するが、彼はそんなものも気にせず視線をあちらこちらにやり部屋全体を観察し続けたーーーー
「……」
ここに来る前の時間で、バルからパイモンの人物像と、ここにやってくる目的を教えて貰った。
それを暇をつぶすために、改めて反芻するように思い出す。
ーーーーー
『なんでそんな大層な悪魔がここにやってくるんだよ。 来てもそこまで利益ないだろうに』
『それがあるんですよ。 彼女にとって、いえ、彼女が治める国にとっては』
早歩きで廊下を移動するバル。
いつもぐうたらを極めている彼女からすればとても早い移動。
忘れていたために準備を急ごうとしているのだろう。
海斗もそれに並び、彼女が言うことに耳を傾けている。
『魔王様はこの国の資金や経済状況についてはわかっているでしょう。 他国から蔑まれようが、サタンなどが引き起こすことにお金を回そうが、そこまで火の車ではありません。 むしろ、国を立て直すだけの財力はあるのです』
『うん、まぁ』
それは彼女の言う通りだ。
前回に彼は出費がかさんできつい、とは言っていたが、それでも余裕はあるのだ。
あまり表には出てこないが、この国の面積は以外と大きい。
それを使って資金を稼いでいるという点もある。
例えば前の戦いで、正門を含んだ国を囲む壁が壊された。
それはかなり甚大な被害であったが、三日も経たずにそれらは修復、壊されたという事実を感じさせないほどに完璧な仕事だった。
それらに動かす人員、そして材料を整える財力は持っているーーーーということになる。
『広い土地での食物生産もありますし、それを加工して得る手段もある……何より、ベリアルは機械にめっぽう強いので、それらを中央街に売り出しているという面もあります。 うちにはそう言った何かに抜きん出ている悪魔が多いので、他国から何を言われようが、大体は自立できる力を所有しています。 しかし……』
確かに。
食物加工、機器生産ーーーーこれらはかなりの武器となる。
そして国内には電力が通っているし、水脈もあったはず……広場に設けられている噴水の水は、それから引っ張り出しているんだと聞いた覚えがある。
そうだ、この国は結構な力を持っているのだ。
だが、バルは 『しかし』 といったと同時に、少し暗い顔をした。
『パイモンさんが治める国には、あまりそういった力がありません。 緑は一応ありますが、穀物を十分に育てる土地の栄養はなく、水源も乏しく、ベリアルほど機械工学に長けている者もいません。 その上、人口も少なく……それ故に版図を広げることもできないのです』
『そりゃあ……どうしようもない状況だな』
『でしょう? ここと同様に女性しかいないパイモンさんの国は、男性が権力を持つ他国に強く頼ることもできず……だから、ここに来るんです。 この国から支援を受けるため、一年に一度訪れるんですよ。 大丈夫です、パイモンさんはとても優しいですから、魔王様もすぐに打ち解けられると思いますよ』
ーーーーー
彼女はそう言っていた。
そうして海斗をここに連れてきた途端、あそこの椅子に座って待っていてください、と言い残しどこかに行ってしまった。
そして今に至る。
「パイモンなぁ……優しいとか言われても、やっぱり緊張するわ。 こんな、いかにも 『魔王』 みたいな感じに行う面会とか。 免疫ないわ。 初体験だわ」
彼は五分程度ここで待ち、感じることを言葉に出しながら部屋を観察していた。
おそらくバルはパイモンを迎え入れるために準備をしているのだろう。
急ぐ所為で焦ってうまく進められてないのだろう。
なら仕方ない。
自分はここで何もせずに待つだけなのだーーーーこれくらいの時間、なんてことはない。
彼は今一度落ち着きを身体に埋め込むため、そう心の中で呟いた。
「……待つのはいいけど暇すぎだろ。 誰か話し相手でも置いてくれても良かったのに……」
…………の、はずなのだが……やはり、何もしない時間というのは嫌になってしまうものである。
彼の身体はむず痒くなる。
暇つぶしのために本を探して読もうかとも思ってみるが、万が一、離れていた時に到着してしまえばどうだろう。
誰もいない玉座。
焦る皆。
そして開扉され、出てくる海斗。
彼の手には漫画……
『何やってるんですか』
『いや、あの……漫画を』
Q.となってしまえばどうだろうか?
A.死ねる。
A2.恥ずかしい。
A3.王の威厳などないだろう。
故にひたすら待つーーーー待って、我慢して待ち続ける。
しかし、そこまで待つ必要はなかったようだ。
彼が決心した刹那、扉が開かれたのだ。
「お待たせしました魔王様〜」
そこから、バルとシウニー、二人の従者が入室した。
前者二人は海斗の両側に一人ずつ並び、後者は扉の両側についた。
「あれ? 以外と早いじゃねェか。 パイモンさんは?」
「まもなくここに来ますよ。 では! 魔王らしい表情と態度で迎えてくださいね〜」
「たまにはシャキッとしてくださいよ〜」
「いつもしてるわ! お前はシャキッとしなくていいんだぞ? しすぎて胸が膨らんでないからよ」
「胸と態度の関係性は皆無ですから……!!! 科学的根拠ないですから!」
どうやらパイモンは城内にはいるらしい。
海斗にとっては、初となる正式な面会。
あまり深いことは考えずに迎え入れればいいのだろうが、初体験ということで緊張を抱えてしまっていた。
だがそんな緊張など、周りにいる彼女達は露知らずーーーーいつも通りの顔で迎え入れようとしていた。
そして、扉が二回ノックされる。
遂にやって来たのだ。
扉の向こう側に、面会の当事者がいるのだ。
すると、扉の前に立っていた従者二人が、それぞれドアノブを持った。
ーーーーギィィ……という重い軋む音を発しながら、開扉されるーーーー
海斗の視線は、徐々に開かれる向こう側の景色に当てられる。
一センチ、一センチずつ扉と扉の隙間大きくなるにつれ、心臓の鼓動もはっきりとしたものになっていく。
バクン、バクン、と、普段ならば気にもしない心臓の動きが、明確に頭に伝わってくるのだ。
その感覚に、窮屈を感じているとーーーーいよいよ扉が開き切ろうとしていた。
そこから見えたのは。
四人の女性。
先頭に赤髪の女性。
その後ろの両側に青と緑の女性。
終いに、二人の女性の後方に黒髪の女性。
四人はひし形を作るように入室したーーーー
この中でパイモンは恐らく、絶対的に、先頭で歩いている女性だろうーーーーそう思い、海斗はまじまじと彼女を見た。
真っ赤な長髪ーーーーそれは後ろで束ねられており、大きく乱れている。
よほどの癖毛なのだろうか。
そして前方の髪だけはしっかり整えようとしているのか、不思議な形のカチューシャを身につけていた。
右半分は見慣れている黒いカチューシャだが、中央らへんで細い線に変わり、それが一回転して円を形作り、目尻のあたりまでなだらかに降りて小さく渦巻いて終わっている。
目は若干つり目。
これまた、髪と同じように真っ赤な瞳である。
横髪からはみ出している耳は少々尖っており、彼女を悪魔だということを再確認させているかのよう。
服は黒と赤、白の三色で作られている。
両肩は出され、鎖骨も同様、よく見れば右の乳房の北半球も衣服で覆われていなかった。
腰、尻の部分の女性特有のなだらかな曲線を強調させるような服。
総じて、目のやり場に困る女性だった。
そんな女王を含めた四人は、海斗から七メートルほど距離を置いたところに来ると立ち止まった。
その後三人の従者は跪き、女王は三つ指をつき、頭を弱く下げて口を開き始めた。
「お初にお目にかかります、魔王様。 此度は、これより西方にあります国から参りました、パイモンと申します。 誠に勝手でございますが、私の名を覚えていただければ、これ幸いと思います。 以後、よろしくお願い致します」
彼女はそう言って、海斗を見るためにゆるりと顔を上げた。
「あ、あぁ……俺は……俺は? 俺は、最近この国の魔王に就いた、高村海斗と言う。 よろしく頼み、ます」
パイモンは綺麗な挨拶を行った、が、その整った挨拶に出鼻をくじかれた彼は、実にたどたどしい挨拶で返してしまった。
実に恥ずかしい。
『魔王』 という威厳ある役職に就いている者とは、到底思えないそれであった。
彼自身も、イメージしていたものと違う感じになってしまい、異質な 『しこり』 が残ってしまった。
もう少しうまくできなかったものかーーーーそう、少し後悔。
いや、今はそんなものはどうでもいい。
どうでもよくないが、どうでもよくなってしまっている。
そんなことは置いておきたくなる程に、彼の脳は釘付けになってしまっていた。
海斗の視線の先にはパイモンがいるのであるが……具体的には 『彼女自身』 に非ず。
彼女が持っているーーーーいや、彼女が実らせている……?
「……おっ……」
「ぱい」
「もーん…………」
乳房に視線が向かってしまっていた。
「……ねぇ、何アレ」
思わず彼はバルに問うてしまう。
「何アレって……パイモンさんでしょう。 失礼ですよ。 人をアレって呼ぶの」
「いや、パイモンさんじゃねェよ。 んなの分かってんだよ。 あの球体は何って言ってんの」
「球体……? あぁ、おっぱいですか?」
「え? あれっておっぱいなの? 虚偽のおっぱいじゃなくて?」
「アレって、失礼ですよ。 おっぱいのことアレって呼ぶの」
「いやあの、あれって本物のおっぱいなの? エレイナのより大きんじゃねェのあれ。 何詰め込まれてんのあれ」
「何って……脂肪でしょう。 おっぱいは脂肪でできていますからね」
「あれ脂肪で作られてんの? 皮膚の下でスイカ育ててるとかじゃなくて? 飢餓の時にあそこから栄養を身体に供給するために作られた器官とかじゃなくて?」
「ラクダじゃないんですよ、魔王様。 あのおっぱいは正真正銘のおっぱいですよ」
巨大すぎる乳房。
それに海斗の視線は向かっていた。
そこだけがトリミング、そしてズームされていたのだ。
まさに魔力の如く。
乳房は彼の視界を遮り、また、眼福に至らせるまでの脅威なる優しさも含まれていた。
あれが、正真正銘の乳房……
にわかには信じがたいが、偽物ではないらしい。
男の夢、まさに詰め込まれておりまするお胸。
それを持ったパイモンは、彼の太陽にも勝る熱を帯びた視線に気づくことなく、ひたすら優しく弱い笑みを作っていた。
「……。 ……? ……。 …………」
「……?」
すると、大きな乳房に視線を注いでいた海斗の耳に執筆不可能な、小さい声が入り込んだ。
とても小さな声、その中には僅かな疑問も混ざっているようで。
とりあえず乳房の衝撃からするとそれは、蟻に近しいまでの外部からの干渉であった。
ただ、その声に意識をして耳を傾かせてみると、だんだん明瞭に、しかも声質が聞き覚えのあるものに変化していった。
それは、彼に取って右から発せられていたのだ。
彼はその方向に視線を向けてみるとーーーー
「なん…………たし……のに。 ……や、わた……いさ……い。 ……が……だ。 ……だ……だ……うだ」
真っ白になったシウニーが立ち尽くし、ほっそい声を力なく放出していたのだ。
「し……シウニー……?」
「? あぁ! 今回もこうなってしまいましたか……! シウニーはパイモンさんが訪れるたびにこうなってしまうんですよ! あの爆乳を目の前にしてしまうと、まるであしたのジョーのあのワンシーンのように、真っ白に燃え尽きてしまうんですよ……!」
「シウニィィィィィィ!!!」
大きな乳房を持つパイモン。
それに対し、雀の涙ほどの胸しか持っていないシウニーは絶望を感じてしまっていたのだ。
何故自分の胸はこんな小さいのか。
何故ここまで肩に重さがかからないのか、何故せめてAからBにならないのか。
彼女は崖の末端に立ち、彼女特有の絶望に苛まれていたのだ。
「あ、あの……私、また何かしましたでしょうか……?」
三人に起こった突然の変化により、パイモンの表情と声色が心配に濡れる。
「いや大丈夫ですから! パイモンさんは何もしてませんから! どちらかというとパイモンさんの遺伝子が原因ですから! だから気にやむことなんてないですから!」
「え、は……はい……魔王様が、そうおっしゃるのならば……」
とりあえずは彼女の心配の消去は成功した、が。
このままでは、とてもではないが面会が円滑に進ませられないーーーーそう判断した海斗。
燃え尽き、灰のようになったシウニーの腕を、海斗は自分の肩に回した。
「すいませんパイモンさん! 貴女方がここに来た理由はバルバロッサから聞いておりますので! 正式な面会はここまでで! あとはこのバルバロッサが案内してくれますので! では、またお会いしましょう!」
「そ、そうですか!? で、では……魔王様もお忙しいでしょうし、ね。 はい、分かりました。 では、また……」
シウニーの免疫低下により、面会中断を声に出した海斗
急に面会の時間を切られたパイモンとその従者達は、顔をきょとんとさせていた。
が、状況を無理やり飲み込み、空気を読んで面会を終了させてくれた。
そして、海斗はシウニーの足を引きずらせながら部屋を出たーーーー
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ーーーーーーー
ーーー
現在夜の十時。
シウニーの精神汚染の治療。
残っていた書類の整理。
その他、国の経済状況に目を通すなど……あらゆる仕事を一日でこなした海斗。
彼の身体には疲労物質が溜まり、それらは癒しを求め、眠気を誘っていた。
このままベッドに身を投げ出すのもいいだろうが、それではあまりよろしくない。
今日にかいた汗は今日で流す。
そのために彼は風呂に入り、汗とともに、ある程度の疲れを落とした。
して、今はタオルで濡れた髪を拭いながら自室へとつながる廊下を歩いている。
黒いTシャツに、両側に赤いラインが入ったゆるい長ズボンーーーーいわゆる、寝間着を身につけて。
「あ〜……今日はいろんなことがあったな……いっぺんに起こりすぎて疲れたわ……早くベッドで明日を迎えよう……」
眠気に疲労を乗せながら歩き、遂に彼は自室の扉にたどり着く。
愛するベッドがある場所に。
落ち着く空間がある場所に。
彼はそれらを恋しく思いながら、扉を開けーーーー入りーーーーガチャリ、と閉扉した。
「お待ちしておりました、魔王様」
「……へ?」
その刹那、女性の声が耳に入ってきた。
急な声。
驚く彼の心臓。
え? なんで女性の声が?
彼の胸中で生まれる疑問の声。
果てしない疑問。
……いや、落ち着け、と彼はその後、自分自身に言い聞かせた。
この部屋には、言っても多くの悪魔が出入りするものだ。
バルバロッサかもしれない。
シウニーかもしれない。
アイナかも、ルシファーかもしれない……
思い出せ、数秒前の声をーーーーその声の持ち主を、それから予測するんだ……
そして、その考察から出てきた声の持ち主は……
今日の昼に会った、パイモンであった。
すると海斗のベッドから、淡い朱色の光がじわりと発生する。
その所為でベッド付近にあるものが浮き出、明瞭になっていくーーーー
「……ぁ……ぁぁ……」
ベッドの上には、パイモン、とその従者三人がいた。
それぞれネグリジェで身を包ませ、妖艶な座り方と表情で海斗を眺めていたのだ。
「魔王様。 今夜、支援のお礼として、私達が貴方様の同衾を務めさせていただきます」
彼女の頬は、魔力で生成した朱色の所為でなのか、はたまた羞恥の所為なのか……
どちらかはわからないが、弱く、火照らせているかのように紅かったーーーー




