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     必殺技は、インフレしすぎないように考えるのほんとに難しい

 何秒か叫びあげたあと、天を見上げたまま放心状態になった海斗を、サタンは担ぎ上げて国の外に出て行った。 おもしろそうに微笑を浮かべて、それについていくルシファー……その二人の背中を、野次馬たちは国外に出るまで、心配そうに見つめていた。

 サタンは、少し出たら、腰掛けるのにちょうど良い岩があることを知っていて、そこに海斗を座らせた。

 しばらくの間、彼はうなだれたままであった。

 腕組み見下ろすサタンの目には、もはや闘気などなく。 深くため息をついた。


「そんなに、必殺技を使いたかったのか……」


 海斗はをおいて、浅く、力なく、頷いた。 そして遅く、口を動かし始めた。


「魔界に来たんだから、そういうのがあるかもしれない……技とかスキルとか、RPG的な要素があるのかもしれないって思って、バルたちに聞いた……結果はお前と一緒……無いって……」


「……悲しかったのか。 でも、必殺技なんてなくても戦えることないかよ?」


 サタンのこの言葉を皮切りに、海斗の感情は暴れ出し、ぐわっと彼女に、それらすべてを混ぜ込んだ視線をぶち当てた。

 サタンは気圧されて、ほんの小さくのけぞった。


「だって他の異世界転移者のほとんどがレベル上げてそういうの獲得してんじゃん!! なんで俺にはないの? ってなるじゃん!! なんかすごい不平等じゃん!!」


 目をひん剥いて力説する海斗は、次第にサタンを圧し始めた。

 ルシファーは微笑で、一歩引いたまま、これを眺め、ふっと口を開いた。


「なら、どんな風な技を、どんな風に獲得したいのか、語っていただきましょう」


 海斗とサタンは、眉をあげ、やおら彼女を見た。


「そうしたら、その鬱憤もいささか鎮まるのではないでしょうか? 貴方が考えることを、どうかお聞かせ願えないでしょうか?」


 ルシファーは、未だ面白そうに微笑を浮かべたまま、海斗に近づいて、腰を曲げ、顔を近づけた。

 海斗は眉間にシワを寄せて、不機嫌そうに小さくのけぞった。 なんだこいつ……とは思った彼だったが、考えてみれば、どれだけ不気味で楽しそうに見えても、案外彼女が行っていることは正しいのかもしれない。 いつまでも、すべてを心に閉じ込めておくのも、なんだか気持ち悪いと、次第に思うようになった海斗。


「……じゃあ、聞いてくれるかよ」


 ルシファーはにっこりと、頷いた。

 サタンは頭の後ろで手を組んで、遠く彼方の空を眺め、たまに海斗に視線をぶつけた。



 まずはドラゴンから、国を守るところから始まる。 そして自分よりも格上のドラゴンと戦うことによって、守るべきものを、改めて認識し、覚醒して、まずはレベル1の必殺技を覚えるってーこった。


「へー、ちゃんとストーリー構成はしっかりしてんな」


「妄想力強大すぎるだけでは?」


「で? そのドラゴンはどんなんだよ」


 これ。


挿絵(By みてみん)


「お、なんか強そうじゃん。 これなら必殺技獲得のトリガーに」


挿絵(By みてみん)


「チッセェ!! 必殺技じゃなくて釘バットで倒せよ!」


 誰でも最初は弱いモンスターと戦って強くなってくだろ? ドラクエの主人公だってスライムから倒してくだろ? そういう立ち位置のヤツだよ、分かれよ。

……でも、百を超す大軍なら、国を壊滅させるに事足りるドラゴンだ。 そして国にその危機が訪れていた……。

 ここで誰かが止めなくちゃならない……そうは言っても、この国には、何百というドラゴンに対抗する戦力など、何一つない……そう、自分以外に。


「あ〜、そういう。 で、自分一人が戦って、うまく劣勢になってくわけだ。 ほんとストーリーだけはちゃんとしてんな」


「むしろ妄想力しかないのでは?」


 村には、護りたい家族、友人、近所のおじちゃんおばちゃん、親戚のおじちゃんおばちゃん、いきつけの風俗のチャンネー。


「多くねェ?」


「妄想力しかないですね」


 駄菓子屋のおばちゃん、よく飴をくれるおばちゃん、そしてなにより……妹。 そして妹と妹、そのまた妹に、さらに下の妹。 またまた妹に、もはや自分の妹なの? この年の差で? その年でこしらえたの母ちゃん父ちゃん、と言ってしまうくらい離れた妹……全員護らなくちゃならねェ……。


「無駄なもん多くね?」


「妄想力キモチワルイですね」


 門前でドラゴンを食い止め、満身創痍になった時にそうやって流れた走馬灯のようなものの中で、はっきり見えた 「護る」 という決意。

それは、内に秘めた、自分の才覚を光り輝かせてくれたーーーー!

 無意識に、持つつるぎの切っ先を、空に突き刺し、思い切りドラゴンたちに向かって振り下ろした。


「それで必殺技を放つわけかい? どんなのよ」


奏雷天そうらいてん究極きゅうきょくいち怒鎚いかづちーーーー。 全てのドラゴンは灰燼に帰した。


「レベル1で覚える技じゃねェッ!!」


 そしてその必殺技をひっさげて、魔王を倒しにいくわけだ。


「レベル上げしなくても、もう魔王倒せそう」


 それからレベルが1ずつ上がっていくごとに、

奏雷天そうらいてん究極きゅうきょく炎舞えんぶ

奏雷天そうらいてん究極きゅうきょくさん大寒波だいかんぱ

奏雷天そうらいてん究極きゅうきょく天変地異てんぺんちい

を覚えていく。


「だから低レベルで覚える技じゃ」


 その全てが一撃必殺。


「一つでいいじゃん!! 四つ覚える必要ないじゃん!!!」


「妄想力でメシ食えそうですね」



 サタンは、腕組み、深くため息をついた。


「お前そんな頭お花畑で、あんなこと言ってたのか」


「サタンにそう言われたらおしまいですね」


 サタンに睨まれたルシファーは、微笑で顔をそむけた。 小さく舌打ちしたあと、海斗をまた見てすぐに目を閉じ、眉間に深くシワを掘った。


「……無理だよ、そんなんあるわけねェだろ」


「でも他の転移者主人公、だいたいこういう効果の必殺技覚えてんだぜ!? チート能力がないんなら、チート必殺技の一つや二つ欲しいわ!!」


 海斗のその言葉を聞き、真顔に戻ったサタンは背を向けた。 なにかを悟ったような、どこか呆れたような目を向けながら、そうした。

 なんだか海斗の心は、一瞬どきっと跳ねた。 友人と口論している時に、言葉を放ったと同時に感じる 「言い過ぎてしまった」 という気持ちに似たものを、抱いた。 でも、自分は間違っていないという強固な気持ちもあって、彼女の背中を、眉を上げたまま見つめた。


「……欲しい理由は…..なんだよ」


 海斗は目を見開かせたまま、一瞬ばかり止まって、口を開いた。


「……そりゃあ、俺ァ一応、王なんだ。 国は護りやすくなんだろ。 ワイザみてェなのが、いつ来ても、対処できんだろ」


アタシは……そんなもんでしか国を護れなくなる方がイヤだね。 この先、必殺技でしか護れなくなるとか、少しでも考えてんなら……捨てるこった、そんな考え」


 海斗は、絶えず笑むルシファーを横に、サタンが飛び去った空を見つめていた。 ルシファーも、幾らか、ぼーっとしている海斗の顔を見つめると、サタンのあとを飛び、追った。

 一人残された海斗は、変わらずまだ空を見つめていた。 しかし心は、めまぐるしく変化し続けていたーーーー自分が持ち続けていた願い、サタンからの言葉が、すぐにはほどけぬほど、もみくちゃに絡み合っていた。

 ただ、ここにいても、なにもやることはないので、彼は自室へと、とぼとぼ帰っていった。 ポケットに手を突っ込んで、視線を落とす彼に、さっきの野次馬の大部分はまだ残っていて、大丈夫ですか、やら、なにもされませんでしたか、などの言葉をかけた。 しかし海斗は生返事しかせず、野次馬たちは、ちょっぴり、しゅんとなった彼の姿を、心配そうに見つめていた。



「噴水の寿命、一日も持ちませんでしたね」


「サタンが悪い」


 自分の椅子に座り、肘つき、組んだ手を額につけて、うなだれる海斗の前に、バルは噴水の修理代が書かれた紙を置いた。


「まぁ今回の修理は一部だけなので、費用は少なくて、良かったですけど」


「サタンが悪い」


「ちょっとした騒ぎになってましたねぇー」


「サタンが悪い」


「背中大丈夫ですか」


「なにもかもアイツが悪いんだァッ!! なんだアイツ!! 魔王の俺にキックするとか、よく考えたらすっげェ失礼じゃね!? 暴力してきたりお前は認めないって言ってきたり、話聞いてくれたりアイツなりのアドバイスをぶん投げてきたり、すんげェ情緒不安定じゃね!? 更年期障害? サタンって更年期障害なの!?」


 両手を拳に、机をダンダカダンダカ叩く海斗に、「まぁまぁ、テレビでも見て落ち着いてくださいよ」 と、リモコンを取って、丸椅子に腰掛けたバル。 歯を食いしばり始めた海斗の怒りは、おさまること知らず。

 テレビから聞こえてくる、ニュース原稿を読む男性キャスターの声。 そういえば、もう夕方で、海斗は窓から見える、濃厚な蜜柑色に染まる空を見て、あぁ、と小さく呟いた。 怒りで時を忘れてしまっていたのだ。

 このまま、モヤモヤとした気持ちを抱えたまま、一日をおえるのか……それはなんだか気持ち悪いように思えてならなかった。


ーーぉ、ここで速報が入ってまいりました。


 キャスターの言葉は、海斗の視線をテレビに誘った。 横目でチラと見た時には、よっぽど大きな事件が起こったのか、もう映像が切り替わっていて、街の中でマイクを持って立つ若い女性が映されていた。


ーードラゴンのデメリュウ、ハナリュウの子どもが、二人の泥棒によって盗まれてしまった模様です。 中央街の地獄乃じごくのアナ、そちらはどうなっているのでしょうか?


「中央街?」


「魔界の中心に位置する、巨大な商いの街ですよ」


 女アナの後ろに写っている、白いビルが一瞬だけ、夕陽よりも赤く滲んだ。 人々は惑い、アナは、怖さを覚えているのは画面越しからでも明白であったが、なんとか状況を伝えようと、逃げずに、腕を反射的に頭へやっただけであった。


ーーはい! 現場の地獄乃です! 突然、ドラゴンのデメリュウとハナリュウが暴れ出しました! 原因は、泥棒に子を盗まれたからだと思われます!


「デメリュウって……朝のニュースのヤツじゃねェか。 ハナリュウも、お前が言ってた」


 海斗は、口を尖らせて見つめるバルの横顔を見て、またテレビに視線をやった。


ーーあ、あれです! 見てください! ビルの上に、両方の子どもが、何者かの手によって運ばれていきます!


 地獄乃アナが指差した方へ、カメラが滑って、よる。 確かに誰かが、困惑して手足をせわしなく振る子どものドラゴンを担いで、ビルとビルの間を簡単そうに跳ぶ姿を見ることができた。 子どもといっても、その泥棒よりもひと回りは大きな体格……それを軽々と運ぶなんてーーーー海斗は少しだけ、魔界という世界が怖くなった。

 カメラは、その泥棒をなんとか綺麗に収めようと、より続ける。


ーーあれはいったい誰なのでしょうか!?


 二人はそれを見つめる。


ーー単に、世間を騒がせ、楽しむ泥棒なのでしょうか!?


 海斗は、椅子の背から身を離し、見つめた。 バルも同じように、もう丸椅子から離れているのではないかというほど、前のめりになって、見た。


ーーそれとも、貴重なドラゴンを高く売ろうとする悪しき商人なのでしょうか!?


  すると、嫌でも犯人の姿が詳細に見てとれた。

 デメリュウの子どもを担ぐのは、全体的に赤い服、下半身には、灰色でボロボロの布をまとった者で。

一方、真っ赤に鼻を膨らませた、ハナリュウの子どもを担ぐのは、大きなピンクのリボンを二つ、白い服に、茶色いロングブーツを履いた者で。

どちらも、赤と白の長髪を、自分の服に合わせるように、夕日を背負ってなびかせていた。


 アイツらって……海斗がそう口にしたら。


ーーあぁっ! 泥棒が一直線に中央街を抜けていきました! あの方向って……ッ! アリフトシジルです! アリフトシジルがあります! あッ、見てください! 二匹のドラゴンが、泥棒にむかって、火球を放ちました!


 黄色と緑のドラゴンの背中しか、もう、とらえることしかできなかった。

 マジか。 海斗はわずかに開いていた口を閉じてそう思ったーーーー瞬間、大地を揺らす轟音とともに、一瞬だけ部屋の中が赤い光に包まれた。

ーー何が起こった?

 海斗とバルはその疑問を胸に、窓へと駆け寄ると、遠くの広場から黒煙が上がるのが、見えた。 しかも、噴水があった場所から上がっているように見えたのだ。

 そしてまだはるか先の方から、ドラゴンが一直線に、こちらにやってくるのが確認できた。 その手前には、大きく翼を広げ、小さなドラゴンを担ぐ誰かが、豆粒くらいに見えた。


「アイツらァ……ッ!! 噴水に、なんか恨みでもあんのかァァァァッ!!!!!!」


 走り出した海斗を、横目に見たバルは、すぐに後ろに振り向いた。 しかしもはや、部屋に彼はおらず、半開きで、揺れる扉へ視点をかためることしかできなかった。

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