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第十六話 必殺技には食らう者よりも放つ者の方がダメージを負うヤツがある

 昼間近のやわらかな陽射しが降り注がれるアリフトシジルの木々は、一層美しく緑を着飾って、すっくと立っていた。 それらを当たり前のように、横目に行き交う人々。 台車で荷物をどこかへと運ぶ者もいる、実った野菜や果物を収穫する者もいる、なおったばかりの噴水がある広場で休む者もいる……。

 海斗が魔王になってから、それほど日数が経っていないにも関わらず、元の活気を取り戻しつつあったーーーー彼女らの適応能力が高いというべきなのか。


「まだ〜……気に入ってないんですか〜?」


 この国を取り戻した、そんな海斗を、気に入っていない者もいた。

 大量の葉っぱで、陽射しをすように、わずかな光しか届かない大きな木の中ーーーー太く別れた、なだらかに伸びる枝の上で、仰向けで組んだ手を枕にさせ、寝っ転がる女性が一人、いた。 赤い長髪がだらりと垂れている。

 彼女に、違う枝に座って話しかける女性もいた。 白い長髪がさらりと揺れた。


「……不安でしょうがねェのに、気にいるわけねェだろうが。 同じこと言わせんな」


「不安ね〜」


 白い女性が城の方へと視線を流した。


アタシは、アイツが気味悪くてしょうがねェ」


「前言ってたこと?」


「それしかねェ」


 赤い女性はそう言いながら、頬を軽く掻いた。 そして両手を組むことをやめ、左腕で両目を覆った。


「……とりあえず、アタシは絶対認めない。 姫を……アイツを助けたと言ってもだ」


 白い女性は、目を細めて弱く微笑んだ。

 風がやわらかく、吹いて、二人の髪を弱くなびかせた。

 若干、口をへの字に曲げた赤い女性の腹部を、木漏れ日が、幾度かさすって、消えた。 その様子を、白い女性は、微笑を浮かべて、いつまでも眺めていた。



「おい、マジでなんでこんな量を一気に持ってきたの?」


「魔王様ならできるかなーって」


 せんべいをかじりながらテレビを見るバルに、海斗はムカついた。 こっちを見ずに、適当な仕事量の采配を下したバルに、心底ムカついた。 ムカつきすぎて言葉にできず、ため息をついた。

 しかし、彼は終わらせなくてはならないーーーー机の上に並べられた分厚い書類の束が三つ。 それに目を向けるたびに心が焦りでキュッと締まった。 しかもこれ全部魔王である自分がしなくてはならないというではないか。 かったるく思いながら、一枚書類を見終わって、次に手を伸ばしたとき、ガリッとせんべいをかじったバルの横顔が見えて、さらにムカついた。


ーー嬉しいニュースです。 あまり出産しないことで有名な、特別保護獣に指定されているドラゴン、デメリュウの子どもが誕生しました。


 そして資料を読み始めた瞬間、女性キャスターがそう言った。 思わず海斗は、意識と視線をテレビに移してしまった。


「へ〜、子どもできたんですね〜」


 画面には、遠くから撮影したと思われる、母親と子どもらしき、黄色い鱗につつまれた、目が大きく飛び出したドラゴンが、岩山にできた洞穴の中で身を寄せ合っている姿が流れていた。


「なにデメリュウって。 ポケモン? 魔界ってポケモンいんの?」


「違いますよ。 まん丸い大きな目が出てるから、デメリュウって呼ばれてるんですよ」


「え、じゃあなに、デメキンと同じ理由なの? かわいそうに……」


「同じようなネーミングされた、鼻が大きなドラゴン、ハナリュウっていうのもいますよ。 そちらも昨日子どもが孵化したそうです」


「やっぱポケモンに出てきそう」


 気づけばニュースは終わり、今日と明日の天気予報が流れていた。 明日は雨で、寒いらしい。

 海斗は再び、資料に目を落とした。


「……でも、ドラゴンなんて、ドラクエみたいなRPG内だけの生き物かと思ってたわ……。 本当にあんなのがいるんだな〜」


 そして読みながら、独り言を呟いた。 なかば無意識に出た言葉だった。 それに、バルは、そうですね〜、と返して、かじり終わったせんべいを補給して、かじった。 木の器の上に並べられたせんべいに、バルのように手を伸ばしかけた海斗だったが、かじる姿がやっぱりムカついたので、やめた。


ーー俺も、RPGの住人と同じような感じになるたァな〜。 魔王になったこと自体、まだ実感ねェし。


 この世界は、まるでRPG。 海斗が小さい頃から慣れ親しんだ、ゲームのような世界。 そしてそんなところで魔王になった……全て自分の身に起こっているはずなのに、まるで実感がないことに、若干の恐怖を感じていた。 慣れすぎてしまっている、と。

 普通なら、こんな世界に来たら焦りでいっぱいになるだろうと、容易に考えられるのに、自分はそんな感情を抱いていないことに時々気味が悪くなった。

代わりに、普通ならばできないことがこんな世界ではできるーーーーという前向きな感情が、胸に鎮座していた。 ゲームのやりすぎなんだろうかと、海斗は頭を乱暴に掻いた。


 しかしここで海斗の頭に電流走る。


 必殺技は、この世界にはあるのだろうかーーーーと。


 親に買ってもらった過去のゲーム、古本屋で立ち読みした漫画、友人の家で読んだラノベ……そのほとんどに、必殺技があった。

 とくにラノベ。 その中でも、「異世界転生、転移」 というジャンルには、必ずと言っていいほど、必殺技、レベル、スキルがあった。

 自分も異世界転移者ーーーー男の転移者は、それをものにして、さらにハーレムも手にしている。 それは……自分は手にしているのかわからないが、転移者という枠組みならば、必殺技を使う権利を有していると、そして使ってみたいと、彼は強く思った。

 

 しかし実際にあるのかどうかはわからない、だから海斗は、「そういえばさ」 と口にした。 「はい?」 と眉をあげて顔を合わせるバル。 期待に胸高鳴らせながら、「必殺技とかってあんの?」 と尋ねた。

 答えがかえってくるまで、数秒もなかったーーーーが、その僅かなあいだに彼の心臓は多くの血流を、幾度となく全身に走らせた。 海斗は一瞬で童心を取り戻した気分になった。


「ないですよ」


 そして一瞬で大人に戻った。

 時間が止まった気さえした。 動揺が、どんと一気に押し寄せ、ただ無表情でバルを見つめた。 うまく言葉が出てこなかった。


「……え、でも、さ。 こういう世界にはさ、あるんじゃないの? 技とかって、さ。 ほら、バルだって悪魔なんだから、魔力とかあんだろ?」


「ありますけど……」


「じゃあ魔法とか使えんだろ」


「使えますけど……そんな必殺技的な扱いはしませんよ。 確かに、戦いを有利に進めるためには使ったりしますけど、特別な扱いをするようなものじゃありません」


 バルは眉をひそめて、海斗を見た。 海斗も眉をひそめ、おもわず 「えぇ……」 と、落胆の声をもらしてしまった。


「例えるなら、魔王様の木刀みたいなものですよ。 攻撃のためには使いますけど、必殺技の扱いはしないでしょう?」


「え、でも魔法打つ時とか、叫ばないの!?」


「叫ばないです」


「ファイアー!! とか」


「それ言わなくてもできません?」


「え? ま、まぁ……」


 次第に海斗は、バルと目を合わせられなくなり、視線を泳がせることが多くなった。


「それにですね? もし、放った必殺技に対する封印術を、相手が持っていたらどうするんですか? ベホマズンーッ! って味方を回復しようってなった時に、相手がベホマズン封じを持っていたらどうするんですか? 必殺技を叫ぶというのは、相手に手の内をさらけ出しているようなもんなんですよ? 即封印されますよ、味方全滅ですよ。 そういった危険性とかをちゃんと考えてみてくださいよ」


 腕を組んで、眉間にしわ寄せ力説するバル。

 なんだか少しずつ恥ずかしさを覚えるようになった海斗は、手首を机に置いて、持っている書類で、ジトリとした瞳だけを覗かせ、顔のほとんどを隠すようにした。


「それに第一、自作の技名を叫ぶなんて……恥ずかしいです」


 そして彼女のこの言葉に、海斗の希望と夢は、ド派手にことごとく砕け散った。



 窓がない城の内部の廊下には、ランプの柔らかな蜂蜜色のあかりが、充満していて、歩く者を落ち着かせる。

 しかし海斗には、そんな灯りの効果など、まるで受けていなかった。


「なんだよなんだよ……。 俺だって、ほんとに必殺技ほしいわけじゃねェよ……ったくよォー……夢がない奴」


 廊下を、行くアテもなくずんずんと歩く海斗。 上着が乱暴に揺れる。

 必殺技なんてないーーーーそう断言された海斗は、恥ずかしさによって、書類整理の手が凄まじく進んだ。 それ以降テレビを見始めたバルの無言も、なんだか恥ずかしさに拍車をかけてくるような気がして、部屋にいたくないと思ってしまって……そんな気持ちを紛らわせる唯一の仕事である書類整理が、凄まじい速度で進んでいった。


「でも、あると思うんだけどな〜。 もしかしたら無いって言ってんの、アイツだけな可能性もあるし……他の奴らにも聞いて回るか!」


ーーもしかしたら、バルは嘘を言っているのかもしれない。

 海斗はその疑いで頭がいっぱいになった。 彼女は最後に、「叫ぶとか恥ずかしい」 と言ったーーーー恥ずかしいからこそ、彼女は、ない、と言ってしまったのではないだろうか?

 ならば他のヤツらに聞いてやる。

 さっきまではなかった歩くアテ。 それが定まった今、彼の足取りはより強く、より速いものとなった。



 廊下を歩いていたら、ラーファに会った。

 必殺技があるか、聞いた。


「? ……ないですよ?」


 一瞬、八の字に眉を曲げ、首をかしげて、まん丸い純真な瞳でそう答えた。



 食堂に向かえば、夕餉ゆうげを調理班と準備をしているエレイナの姿が、デシャップ越しに見えた。

 必殺技があるか、聞いた。


「私、料理の名前以外つくったことないですね……」


 後ろにいた、調理班メンバー数人からの何気ない視線が痛かった。



 城の外に出た瞬間、昼の日差しとともにアイナを見た。 「よォ」 「あぁ」 と右手をあげて、簡単な挨拶を交わしたところで、必殺技があるか、聞いた。


「いるか? それ」


 城に入っていくアイナの後ろ姿を、彼はいつまでも見つめていた。



 無意味だと思ったが、一応、まさるに。


「なんでわたくしに聞いたのですか?」


 無言無表情で、海斗はこの場から立ち去った。



 海斗は肩を落として、噴水に腰かけていた。 行き交う者は、チラと彼を見ていった。

 全員持っていなかった。 希望を託せると思っていた者たちは皆、平然と否定した。 やはりバルの言葉は正しく、この世界には必殺技をもたず、ただ魔法は魔法として扱っていることが証明された。 それが海斗にとっては、なんだか痛ましく、歯痒く、うまく表現できない感情の渦を、胸に作りあげていた。


ーーなんでねェんだよ……。


 おもわずため息が漏れた。

 やはりゲームはゲームであり、いくらそれに似かよった世界が現実にあったとしても、そこには、なんでもあるわけではないと、思い知ってしまった。

 虚ろな目は、敷き詰められた、灰色のレンガの網目を右往左往していた。

そうやって半ば現実との境界線をひいている彼の元に、二人分の足音が近寄った。 間近にくるまで気づかなかった海斗は、二人の影をかぶった顔をゆるりと上げた。


「魔王様……ですよね。 なにをしてらっしゃるのですか……?」


 立っていたのは、赤髪のおさげを一本垂らした女性と、緑の長髪の女性だった。 彼女らの髪色がなによりもまず目に入ってきて、陽の光に照らされた、その鮮やかさは、彼の目をほんの少し細めさせた。

 彼女らの、眉を浮かせて、丸く開かせた目と合ったとき、なんだか、やるせない気持ちにつつまれて、視線を落とした。


「……君らって……必殺技とかもってる?」


「えっ……もってないです」


 予測していた言葉が返ってきた。 ため息交じりに、だよなー……と思わず口に出た。

 二人は顔を見合わせて、再び海斗を見た。


「何があったか……教えていただけますか?」


 赤髪の女性はひざまずき、海斗との目線を合わせた。

 海斗はその場で話し始めたーーーーバルに必殺技の有無を尋ねたこと、ないと言われたこと、他に尋ねても同じ言葉が返ってきたこと。 ほとんど話し終えたら立ち上がって、門の方へと歩き出した。 後ろでついて歩く二人に、振り返るそぶりは見せなかった。


「期待はずれはショックですよね……。 でも、でもでも! 自分で作る、とかで案外解消されるものなのかも!」


「誰かの技を習ってみたかった……」


 赤髪の女性は口を閉ざして、苦笑の顔で視線をずらした。


「技は技でも、剣術の技、すなわち腕を磨く、みたいな感じはどうでございましょう!?」


「自分で磨くわ……」


 さらなるフォローをした相方は、視線を落とした。

 彼女らの言葉は、今の彼には届かない。 どれだけ強靭な拳でも、こんにゃくには通じないーーーーそれだけの心もとなさがあった。

 トボトボと、段々歩幅が狭くなってきた海斗の足は、広場から幾分か離れてしまって、周囲に見える人の数も少なくなり始めていた。

 次はなんて言おうか……そう二人がなんとも言えぬ苦笑をしつつ考えていると、周りの環境音に混ざって、なにかが聞こえ始めた。

それは海斗も同じようで、聞こえる方向である空に視線を上げた。

 なにも、かわりない青空が見えたが、その刹那、なにかが降ってきて、地面を穿って砂を巻き上げた。 反射的に、腕で顔を守る三人。 猛烈な風が、彼らの周りを駆け巡った。

 なんとか降ってきた者の正体を見極めんと、海斗は腕の隙間から、膨らむ砂煙を細目で見つめた。

 次第に弱まっていく風に、三人は腕をゆっくりと下げた。 だが、落ちてきた場所はまだ砂煙で包まれていて、肝心の正体はわからぬままだった。


 すると、怪訝そうに見つめる海斗の目前に、蹴りが飛んできた。 海斗はそのまま後ろに飛ばされ、幾度か跳ねたあと、先ほど座っていた噴水を瓦礫にして、止まった。


「な……なにをしているんですかサタンさん!!?」


「相手は魔王様ですよ!?」


ーーサタン……?


 海斗は全身を強張らせ、痛みに耐えながら、聞こえた名を何度も反芻はんすうした。 それは、彼が、早くどんなヤツな見てみたい、会って文句を言いたいと、強く願っていた者の名であった。

 眉間にしわを寄せ、細めた目に写ったのは、自分に向けて足先を突き出している、赤い女性であった。 赤い長髪が、まだ揺れる風で、舞っているのが、確認できた。 ここからでも、彼女の刃物のような目つきを認めることができた。


「わかってるさ。 アイツが誰なのか、なんてことくらい……」


 サタンは慌てた様子の二人を尻目に、冷ややかな声でそういった。 ゆるやかに、上げた足を戻していった。


挿絵(By みてみん)


アタシは、そんなアイツが不気味でしょうがねェんだ。 アイツ、アタシの蹴りをそのまま顔面で受けたと思うか」


 二人の騎士は眉をあげ、目を合わせて、サタンを再び見た。 なかなか出てこない言葉を、サタンは答えと受け取った。


「受けてねェんだ。 アイツは、何かが飛んできたとわかった瞬間に、両腕を盾にしたどころか、跳び下がって衝撃を緩和させたんだ......あれが普通の人間だと思うかよ? 普通の人間が、大量の加護を受けたからといって、ワイザに勝てると思うかよ。 アタシは、そんなヤツを魔王にしておくのは不安でしょうがねェんだ。 ここまで見て、そうは思わないかよ、ルシファー」


「私は面白いとおもいますけどねぇ〜。 不安とか恐怖? とかというよりは、興味? しかありませんねェ〜」


「たまには不安も覚えろ。 お前の能天気加減は、いつかバカを見るぜ」


挿絵(By みてみん)


 サタンの言葉に、二人は固まった。 心配そうな、ちょっとばかり彼女が何を言っているのか理解できていないような目を、向けていた。

 その背後の屋根に、ルシファーは真っ黒のコウモリ羽を大きく広げながら、ゆっくりと降り立った。

 いつのまにか、サタンと海斗を囲むように、少しずつ人だかりができ始めていた。


「不気味だからって、初対面で蹴り入れるヤツが、国民にいると知った俺の方が不安でしょうがねェよ。 お前、サタンだって? ルシファーだって……? 想像以上に乱暴な挨拶じゃねェの。 怖いったらありゃしねェ」


 多くの視線を浴びながら、海斗は、水が這い出る瓦礫から立ち上がった。 軽く尻を数回はらって、しんどそうに、目元をとがらせて、サタンとの距離を埋めていった。

 サタンの目も、海斗と同じくとがっていた。 が、ルシファーはこれを、腕組み、言葉通り楽しそうに目を細めて眺めていた。


「なんだよ、その手。 震えてんじゃないか。 その言葉……嘘じゃないのかい?」


 サタンは、一度海斗の全身を、舐めるように一周、ぐるりと見た。 ここでこしらえてもらったのであろう、服を身につけていた海斗の身体は、人間にとって生き抜くのは厳しすぎるくらいに、ひょろっとして見えた。 くくった袖から見える右腕は、よく筋肉がついた腕に見えたが……それでも、ここで安全に生き抜くには、やはり難しいように見えた。

 やっぱり、この人間には任せていられない……サタンの抱いていた気持ちは膨れる一方であったーーーーと同時に、目に飛び込んできたのは、海斗の震える両手だった。 微弱であるが、確かに恐怖を覚えているかの如く、震えていた。


「あぁこええさ。 めちゃくちゃ怖えさ」


 海斗は、なんとか、震えを抑えようとした。 しかしできなかった……やはり、怖いのだ。 どれだけ堂々と立っていても、やはり、怖いものは……怖いのだ。


ーー金銭的な意味で。


 海斗は、恐怖と、それに勝る怒りで手を小刻みに震えさせていた。 まるで携帯バイブレーション機能のように、震えていた。


ーーアイツゥゥッ!! 修理したての噴水を壊しやがってェッ!! あれ高かったんだぞ!! 修理費一千万いったんだぞどうしてくれんだァッ!!!


 完全に壊れたわけではないが、一部分だけでも壊れてしまっただけでも、海斗の腹のなかを煮え繰り返すには十分であった。 そして 「バルに、また静かに怒られる……」 と、グレーになった部分もあった。 が、やはり目の前にいるサタンのことが、心底ムカついた。

 だが、魔王である自分が、国民があつまっているここで暴力沙汰を起こしてしまってはいけないことは、重々承知していたーーーーとはいっても、やはり怒りは収まらぬわけで、その行き場を必死に探していた。

 周囲はそれを、闘気として、底知らぬ殺気として受け止め、全員、固唾を呑んで見守っていた。

 サタンはかえって、おもしろそうに、ふっと微笑み、未だ海斗を鋭い眼差しで見つめていて、ルシファーはやはり、変わりなく楽しそうに、これを眺めていた。


「サタンさん……ッ! 貴女ほどの方がここで戦われたら、周りが……!」


 そして赤髪のおさげ女が、眉を八の字に、そう言った。 サタンに対する畏怖の感情をおさえこんでまで。

 周囲もその意見に賛同するかのように、自分たちの顔が、蒼白な表情になるのを感じていた。 それは、サタンの実力をわかっているからこその反応であった。 彼女がおもしろさを感じて、この近辺の建物ばかりか、最悪命までも消すことになってしまうと、暗に言ったことを、皆理解していたのだ。

 海斗はそれらを察し、小さく顔を強張らせた。 そして、赤髪おさげの焦る横顔を見つめていた。 自分が思っていた通り、サタンというのは、同じ悪魔の間でも、恐ろしい存在であるのだと理解して、再びサタンを見た。

 その瞬間、彼の心がグッと硬直した。 なにか矢のようなもので貫かれたと錯覚してしまうほどの、「ひらめき」 が生まれたのだ。

痛みすら明確に覚えたその感触を、丁寧に紐どいていけば、それは、朝から悩んでいた 「必殺技」 に関することであるとわかった。


ーーそうだ……二人ほどの実力者であるなら、あるいは……。


 そうと気づけば、行動するのは早かった。

 小さく跳ねたかと思えば、サタンに向かって土下座していたのだ。 サタンもルシファーも、野次馬も、全員が目を大きくさせて、海斗を見下ろした。


「サタン、ルシファー……俺に、必殺技を教えてくださァァァいッ!!!」


 そう叫ばれたサタンは、目を丸く、白黒とさせた。


「……んなもん、アタシたちにあると思ってんのかよ……」


 海斗の絶望にまみれた叫びが、国中に響き渡った。

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