第百六十五話 熊に鈴の音が効くのか未だに疑問
六話構成ーーーー五話目
「流石アイナ。 転落した先に洞穴を見つけるとは」
白狼の群れは、二人の少女によって粉砕された。
雪の上に残ったのは数多の白狼の死骸……
莫大な魔力を当てられたのにも関わらず、姿は綺麗に残っていた。
そこで、少女二人はこれを食すことを勧めた。
確かに、救援部隊が来るとはいえ、どれだけ雪山で待たされるかは分からない。
故に海斗達はこれを承認。
その中から数匹に厳選して運び移動したーーーー
数十分後、白狼退治の際に崖から落ちたアイナと再会した。
彼女は転落先で洞穴を発見し、そこに身を置いていたのだ。
今はそこで、薪を集め火を起こし、白狼を剣で捌いて焼き、胃を満たしていた。
「そうだな。 あの時落ちていなかったらここは発見できなかっただろうな」
「そうよ? だから私に感謝することね悪魔。 あれは神が与えた奇跡の一手だったのよ」
「いやほぼ博打の一手だったぞ! それで勝った私の運が奇跡だわッ!」
だが、運良く洞穴を見つけたアイナは転落の衝撃を抑えるために体力を使っていた。
その上洞穴までの道を一人で寒さに耐えながら……
そのためか心底疲れているように見える。
それでも転落を引き起こしたカノンは悪びれる様子を見せず、むしろ感謝しろと上から目線で口を開いた。
「うま〜」
「美味しいですねこれ」
「おいひぃ」
「誰も私の意見に賛同する奴はいないのかァッ!?」
「すごい頑張った。 帰ったら撫でてやるよ」
「え!? いいの?............それだったら、苦労した甲斐があるな!」
「それでいいのね……」
花音も呆れるアイナの純情。
外見の黒々しさと男勝りの性格からは感じられない程の素直さ。
しかもその欲は浅く、頭を撫でられるだけで納得してしまうほど。
その姿を彼女は横目に見ながら、十分に焼かれた串に刺さる狼肉を頬張った。
「ていうか洞穴といえども寒いもんは寒いな……この火だけじゃ震えてきたんだが」
「そうですよね〜。 あの出入り口を防げればいいんですが〜」
「じゃあシウニーを扉として使うか」
「だから私板じゃないです! 風を凌げる場所があるだけ我慢してください!」
「生き物っていうのはな……自分の第一欲求が満たされると次のを欲したくなるんだよ……お前だって 『胸』 という概念を手に入れたら、 『巨乳』 が欲しくなってるだろ?」
「『胸』 っていう概念は最初からありますから! なに板からの進化で悪魔になったみたいな言い方してるんですかァッ!」
「だいたいその通りだろうが」
「元から悪魔ァッ!!!」
またもや胸。
シウニーときたら板。
胸と板を結び付けられ、やたらとそれを話題にされるーーーー
その話題が生じる度に、彼女は脳の血流を早めていった。
「……で? ずっとここにいるんですか? 居心地はベストでしょうけど、場所的にわかりにくくないですか?」
そして彼女は心配事を口にした。
胃を満たした自分達ーーーーあとは救助隊を待つのみ。
だが位置情報は最後に信号を送った場所になっている。
すなわち動き始めた場所だ。
しかしもう何百メートルも歩いてしまっている。
それに今身を置いている所は洞穴だーーーーもしかしたら見つけてもらえない可能性がある。
彼女はそれを懸念した。
「シウニー君? 遭難した時にあれこれ考えるのは禁物だ。 自分が作る運命の分岐点を数多く作るのは厳禁……体力をつけた今、ここは動かないを選択する」
「あれだけ最初に動き続けるとか言ったくせに……」
だが海斗はそんな彼女の心配を跳ね除け、動かないという結論を出した。
「うむ。 私達二人もそれに賛成だ。 ここから外を見る限り、雪の様子も激しくなってきた……あまり不用意に外に出るのは危険だ」
「一理ありますね〜」
しかしながら彼のその結論に、誰も批判をする者はいなかった。
誰もがここに居座り、救助の手を待とうと考えたのだ。
シウニーはそう同意した彼女達の表情を見て、自身の心配が薄れていく感覚を覚えた。
そうだーーーーここには人材が揃っている、いざとなったら動ける人材が。
最初からそう心配する必要はなかったのかもしれない……そう彼女は胸中で言い切った。
「そもそもこんな寒い中を歩くのが厳しいんだよ」
「確かに。 私には荷が重いです」
ーーーーズ……ッ。
「お前は普段歩いてないんだからここで歩いとけ。 雪の妖精になってこい」
「無理です。 寒さで毛細血管全部閉塞しちゃいますので無理です」
……ズ……ッ。
「…………?」
「では私とはどうだ海斗。 姫騎士とのランデブーを楽しんでみないか?」
「お前とのランデブーはシンデルーになるから。 無計画すぎてのたれ死ぬのがオチだから」
「いや我らとはだいぶ相性いいぞ海斗。 姫騎士というのは魔王に陵辱され、孕ませられるのがオチ……」
「そうそう! アノミアの言う通り! だから次こそ 『海斗は女騎士を襲ったーーーーくっ、殺せ!』 という編名をだな……!」
「まだそれ続いてたの!? 年賀状のみのくだりかと思ってたよ!」
……ズ…ッ!
「……」
何かの音が先ほどから間を縫うように割り込んでくる。
それをシウニーは気づいていた。
しかし周りは誰一人不審に思っていない。
だからこそ彼女はより一層不安を覚えた。
何より、それを増幅させるのは 『洞穴』 自体の構造にある。
今彼らがいるのは外から近い場所ーーーー
洞穴はもっと奥に続いているのだ。
だが真っ暗なために、探索はしないようにしていたのだ。
……ズ……
その奥から、正体不明の音が小さく、小さく木霊する。
「……」
彼女はそれを知るために、恐る恐る顔を向けてゆくーーーー
海斗達の和気藹々とした空間ーーーー
その奥にはいつの間にか吹雪となっている外の光景ーーーー
寒さでコケも生えていない洞穴の壁ーーーー
視線をずらす度に、ただでさえ外の微弱な光が届かなくなり暗さを増してゆくーーーー
そして、遂にーーーー元凶の方向へと視線がたどり着いた……すると。
「く……く……」
「それはないって……ん? どうしたシウニー。 何かあんのか?」
ここで彼女の異様な素振りに気が付く海斗。
やけに震えているのが見て取れる。
「く…………熊、が……!」
「へ?」
ゆっくりと、震えながら彼女は暗がりの方へと指さす。
そこにはーーーー
……ズ……ッ!
「uuuuu…………」
「く、熊です魔王様ァァァァァッ!!」
「アァァァァァァァァァッ!」
そこには黒く、目が赤く輝かせている熊の姿が。
しかも巨きく、立てば洞穴をふさぐ音が出来るほど。
これはダメだと悟った海斗は、逃げろと声高らかに、全員を外に連れ出した。
「ダァァァァァッ! やはり神などいないんだァッ! 天は二物どころか一物さえも与えてくれないィッ!!」
「海斗の言う通りィッ! 完全な神などいないのォッ!」
「お前がそれを言ってどするんだ天使だろォッ!」
「ちょっと待ってください! 置いてかないdーーーーッ! キャッ!」
バフッーーーーといきなり雪が音を出した。
それは女性の声が途切れたと同時に発生したのだ。
海斗がその方へと振り返ってみると。
「シウニーッ!!」
シウニーが転んでいた。
慣れない雪での走行ーーーー故に全力で逃げるのは無理があった。
そんな状況下に置かれている彼女に対しても、熊は無慈悲に走り、近寄ってくるのだ。
「シウニーダメだ食われちまうよ!」
「ダメだ海斗! お前まで行ったら両方が食われてしまう!」
助けに行こうとした海斗を、シェイラは慌てて抑制する。
「だけど……! あのままじゃまな板が……ッ!」
「諦めろ! 騎士には覚悟を決める時がある……! あの板であっても同じこと! いらぬ慈悲を与えるんじゃない!」
「でもあの木材は優しかったんだよぉ……ッ!」
「だが……心を固く閉ざさなくてはならない! あのビート板だって百も承知のはずだ!!!」
「どんどんグレード落ちてません!!? その間に助けてくれてもいいんじゃないですかァッ!?」
助けを心から欲する声。
荒々しさもあり、尚且つ助けを求める女性のか細さも混ざっているようであった。
しかし……それは海斗達の心に届く前に、熊の耳に入り、より一層警戒を産ませていたのだ。
故に熊はこれを威嚇と捉え、ますます走りの速さを上げてゆくーーーー
「イヤァァァァァッ!! 近いィッ! もう無理だぁ! 私はまな板のまま死んでいくんだぁっ!!!」
シウニーの叫びが雪の上を走りだすーーーー
大きく、鋭く、恐怖を一直線に表しているようだ。
目の前に存在する、もう回避不可能なのではないかとも思われる場所まで来ている恐怖に、彼女は耐え切れないようでもある。
だが、その声はより一層強い威嚇だと感じる熊。
故に速度を上げ、いち早く仕留めようとするのだ。
走る。
走る。
走る。
こけて、尻もちをついている彼女に対し、無慈悲に行われる動き。
そしてーーーー遂にシウニーの眼前にまで到達してしまう。
「シウニィィィィィッ!!!」
熊は彼女の喉笛に手を伸ばしたーーーー
ーーーードッ!
「ーーーー」
刹那、鈍い音が響く。
鈍く、しかし内には大きな鋭さがあった。
その音が響いた後、白雪に真っ赤な血が狭い範囲に塗りたくられる。
血は傷が開けられた証拠。
その上嘘割れていたのはシウニーの方。
故に、その血は彼女のもの…………
だがーーーーシウニーはしっかりと目を開けていた。
見開き、できる限り情報を得ようとしていた。
そしてその目は……吹雪の中で立ち、血を腹から流す熊を捉えていたのだ。
「な……?」
熊はあまりの出来事で、突然すぎる痛みによって頭が働かなくなったのだろうーーーーシウニーを襲おうとした体勢から一つも動こうとしなかった。
腹から 『一あた』 程度顔を覗かせている剣の切っ先。
そこから熊の血が、弱くひねられた蛇口のように出続けている。
誰だ……?
いったい誰が熊をこうして止めたのか。
海斗……?
違うーーーー彼は後ろにいる。
バル、アイナの二人……?
いや違うーーーー彼女達も海斗の近くにいる。
花音、姫騎士の二人……?
それも違うーーーー三人と同じ方向にいる。
ラーファとエリメ……?
これも違うーーーー遠距離魔術を駆使し、狼と同じように倒したのか、とも思ったが、熊には剣が刺さっている。
魔法ではない。
なら、誰が……?
「大丈夫でしたか? シウニーさん」
すると熊の後ろから声がする。
女性の声だ。
透き通った、やわらかな声……聞いた相手を安心させる声。
シウニーはこれを知っている。
国を、国に住む悪魔全員を守り、それによって大勢の悪魔と触れ合う彼女にとっては、もはや聞き慣れすぎた声。
「アスモ、デウスさん……」
国の重鎮、七つの大罪の色欲ーーーーアスモデウスであった。
彼女はシウニーを救うため、洞穴を形成している小高い山の頂上から急降下。
剣による一撃で熊を絶命させるに至った。
五話目終わりーーーー六話目へ続く




