第百六十三話 額に666と書かれた悪魔はブリッジが上手い
六話構成ーーーー三話目
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白くーーーー白くーーーー白く。
空間は白く、物質も白く、何もかもが白く塗りたくられていた。
それは少しだけ影を落とし、少々灰色に濁る場所も見える。
そして、空も白く分厚い雲が覆っている。
それさえ無ければ、太陽の光が今の世界を照らしていれば、真っ白と化していただろう。
「ーーーー」
ここで、一人の女性がこの世界を初めて目に入れる。
ただ横たわっていただけの身体は、この世界を見て疑問を生じさせたーーーー
どこ……でしょう…………ここ……
彼女の赤と青の目に入る情報だけでは、全てを理解するには足りなかった。
それはそうーーーー彼女は冷たい雪の上に仰向けの状態で横たわり、空の白しか目に入ってきていない。
そこから多くの情報を手に取ろうと身体を動かそうとするが、全身が痛み、思うように動かせない。
その上、寒さを遮るために厚着をしているためにますます動きに制限がかかる。
そして倦怠感が降りかかる。
これらから、身体を起こすのには時間がかかった。
ーーーー十何秒程の時間を使って漸く上半身だけを起こし、周りを軽く見回した。
そこから入ってきたのはーーーー木。
木が乱立し、この極寒の地で生を全うしていた。
そしてそれは自身がいる場所だけ生えていないーーーー運良く、良い場所に流れついたようだ。
……と、いうよりも、雪崩に巻き込まれたと言うのに助かった、と言うのが何よりの奇跡。
どのくらいの時間気を失っていたのだろう…………
彼女は先程よりも鮮明になってきた思考を働かせ、考察を広げてゆくーーーー
そこで新たに生まれた疑念が一つ、それは当然のことであったもの。
『他の者達はどこに行ったのか』
率先して皆を庇おうとした魔王様はどこに行ったのかーーーー
同じく盾になってくれた三人もどこに行ったのかーーーー
そして……自分が守ろうとした子供二人もどこに行ったのかーーーー
まだうまく動かせないからに鞭を打ち、彼らを探そうとするバル。
よろめく身体は、すぐに脳からの信号に反応しない。
少しずつ、少しずつ動きが滑らかになった時、顔を動かす余裕が生まれる。
そこで身体だけでは見えなかった背後に目を向けた…………それで見えた光景はーーーー
「……」
積もった雪の塊に、針山に刺さった待ち針の様になった彼らであった。
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「全員よく生きていた。 これは奇跡だ……と、いうわけでこの奇跡をまた起こして国まで帰れるようにできる者はいないか?」
「そんな可能性あるわけないでしょう……あって死なないようにする奇跡だけですよ」
気を失い待ち針となった彼らを引きずり出し、なんとか目覚めさせるまでに至った現状。
しかし全員の知恵を絞り出しても、ここから脱することはできそうにもなかった。
そうだーーーー彼らは 『遭難』 してしまったのだ。
ここがどこなのか全くわからない。
コテージがあった場所から凄まじく離れているようだった。
それがあった場所は山の中腹……その山の周りには広大な森が、樹海と化していた。
その入り組んだ場所に、雪崩によって運ばれてきてしまったのだ。
「あ、そうだ! お前ら翼あるよな! それ使ってなんとかならねェか!?」
「ゴメンなさい魔王様……私、雪崩に飲み込まれる直前に、ダメ元で翼を開いたんです。 その時に雪の所為で折れてしまってですね……出すことができないんですよ……」
「私も姫と同じです……折れてしまいました……」
「右に同じだ、海斗」
「私も……片方が折れてしまって……」
「……そうか。 それじゃあ、しょうがないな」
そこでとっさに浮かんだ海斗の打開策。
だがそれはいとも簡単に光を失ってしまう。
翼を持つ悪魔と天使の四人がそれぞれ翼を負傷してしまっていたのだ。
バルは、せめて子供達だけでも助けようと。
シウニーとアイナは誰かを助けようと。
花音は海斗を空に持って行こうとし、折れたのだ。
全員が誰かを思っての行動ーーーーそれ故に、海斗は文句の一つも言うことはなかった。
「じゃあどうする。 何か案はないか?」
「はーい! 案じゃないけど、すごく寒いでーす! 寒さを弱めるものが欲しいでーす!」
海斗の問いに、バルが元気よく反応した。
その内容は、バル以外も感じていたものーーーー雪崩に飲まれたからより強く冷たく感じる気温、風。
助かる前に、まずそれだと、それを解決してからだと納得できた。
「じゃあまたかまくらですね! かまくら作るの手伝いますー!」
「作る。 大きいのがいい? 二つに分ける?」
その不安要素を取り払おうと、ラーファとエリメが声を上げる。
そうして意見を聞いた海斗は、二人の発言に少し自分の思いを挟み込んだ。
「いや、大きいのとかはとにかく……ここでずっとかまくらに籠るのは得策じゃない。 だから、可動式のかまくらがいいな。 それだと移動しながら寒さをしのげる」
「可動式? どうやって作るんだそんなもの。 ここにはベリアル殿もいない。 そもそもそんな機材がないじゃないか」
「木……ならあるが、それだけでは無理だしなぁ……どうするんだ? 海斗」
皆、可動式には賛成であったが、そこまでに行き着く材料がない。
ここにあるのは建設材料の雪と、大量の木が存在するだけーーーーとても可動式にまで持っていく事は出来ないだろう。
「何言ってんだ。 あと一つ材料があるだろ。 エンジンにもなるし、かまくらを動かす足にもなる。 それはな……」
エンジンにもなり、足にもなるーーーー
そんな夢のような材料がこの極寒の地にあるのか?
彼女達は海斗の考えに耳を傾けた。
「シウニーだ」
「何故ェッ!!?」
「そりゃそうだろう。 かまくらという住居を動かすには土台がいる。 でもここから気を板に返るには時間と労力を使わねばならない……そんなこと、この極寒の地で許されることじゃない。 となるならば最初から板に加工されたシウニーを使うことにした」
「そこも許すなァッ!! 大体! 私が土台になってもどうやって運ぶんですかァッ!!」
「洋画で 『エクソシスト』 っていうやつあるだろ? それに出てくる悪魔に取り憑かれた女性がブリッジしながら移動してたから。 そんな感じで、胸の上にかまくら乗せて歩いてくれればいいよ。 大丈夫。 お前純粋な悪魔だしできるって。 大丈夫大丈夫、できるできる」
「その要素だけでできる判断しないでください! 無理ですから! そんな技術ないですから!」
海斗の提案にただただ驚愕を隠せないシウニー。
そんなこと、無理だと誰しもが分かる筈なのに真剣な面持ちで言い放つ海斗。
それを見ながら必死の抗議を行った。
「分かってるって。 な? 冗談だよ。 でも、お前にしか出来ないことが確かにある。 それをやってもらえるか?」
「う……まぁ、それでなければ、いいですけど…………」
「よしきた。 じゃあ今から言うことをやってくれーーーー」
まぁ、うん、やはり冗談だったらしい。
そりゃそうだ、そんなこと絶対に出来ない。
しかし彼は、本当の提案は他にあると言った。
それが無理な内容でなければやる、と承諾した彼女であったが…………
ーーーーー
「……」
ズルズルーーーーズルズルーーーーズルズルズルーーーー
何か、この無限に広がる雪の上から異様な音が発せられている。
引きずるような、引き摺り回されているような……質量のあるものがそうされているような音だ。
そう、例えば、ソリのようなもの、というのが表現するに妥当だろう。
いや、違う。
その音は、一人の人物から発せられていた。
それは、シウニー。
彼女は仰向けの状態で、海斗に両足を持たれ、胸と腹にラーファとエリメを乗せ引きずられていた。
「いや〜。 ありがとなシウニー。 こんな雪の中、長いこと子供を歩かせるわけにはいかないからさ。 本当に助かるよシウニー。 お前がまな板でよかったよかった」
「本当ですよ〜 私たちじゃできないですからね。 やはりまな板のシウニーだからこそ成せる技ですよ〜」
「全くだ。 お前がいなければ、子供達は足を痛め、進行に滞りを見せていたことだろう! お前というまな板を部下に持てて、私は嬉しいぞ」
「まな板って凄いですね。 悪魔でも役に立つという事実……まな板として具現化した悪魔、便利です」
「これ凄いです〜! 乗り心地最高です!」
「安定の乗り物ー」
「……」
そんな彼女の姿に、皆、感嘆の声を上げ続けた。
自分には出来ないと。
貴女だからこそできた偉業だと、褒め称え続けた。
その声達に、彼女はーーーー
「もう本当……最高です」
真顔でそう答えた。
三話目終わりーーーー四話目へ続くーーーー




