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もしも人間が魔王になったら  作者: キバごん
中央街騒擾編
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第百五十七話 微笑みは突然に

「過去に実らんかった恋や女一人! 引きずらねェでしっかり前見て歩きやがれェッ!!!」


海斗の怒号が部屋に響くーーーー

そして彼の持つ木刀は、ツイルの頬に直撃した。

放たれる炸裂音。

激痛溢るる攻め手に、目を見開き、衝撃に身を委ね後方へと飛ばされていった。


そのまま露台に設けられた柵へと激突する。

ドゥッーーーーと、鈍い音を立て、衝撃の威力は収束する。

しかしそうなっても、彼が動くことはなかった。


ひたすら項垂れる。

残った血液に酸素を運ばせるために、早く、静かに息を取り込み吐くーーーー

なんとも、最強の魔王と称された男には似合わない結末。

その項垂れは続き、暗さと、苦しみが積まれゆく風貌が見て分かる。

痛みを耐える……人間から、人間という下に見ていた種族から猛烈な一手をあたえられた事を悔やむ……といったものから来る風貌ではない。


人間、海斗から言われた言葉を、咀嚼しているのだ。


痛みによる苦しみもあったが、何よりそれによる精神的疑念の苦しみの方が強かった。

女性を、バルを愛したーーーー

確かに過去に起こったものだ。

しかしそれは、今の己に残留し、足枷となっていたか……?


答えは……………………ある。


そうだ。

足枷となっていたのだ。

だからこそ、彼女の国に喧嘩をふっかけた。

それ以外に理由はない。

この時まで、……この時間まで、数百年千年程前の出来事が、彼自身を縛っていたのだ。

恋をしてからーーーー断られてからもフラれてからも、この時ときまで錆びる事なく。


「…………」


彼は項垂れる。ーーーーすると。

中央街を闊歩する、一つの集団が横目に見えた。

その集団を成すのは女性達。


しかもその彼女達は普通の悪魔ではない。

バルが、海斗が統率する国の民。

先頭で歩くのは、国の重鎮であるルシファーやアイナなどの悪魔。

その中に、赤い長髪の女性ーーーーサタンがニヤニヤとした笑みを浮かべながら、二つの物体を担ぎ大股で歩いているのだ。


その二つの物体は、ツイル以外の重鎮ーーーー打総と左近である。


二人はボロボロになり、力無くだらりと意識を失っているようであった。

ツイルはそれを見て確信する。

敗北だと。

足枷になっていた過去が煮た恨み、怒り、計画は、不毛に終わったのだと。


ツイルは、より一層首の角度を落とした。


「……はぁ…………」


それを薄い目で眺める札生。

彼は部屋の隅になんとか身を置き、壁に身体を預けるように腰を下ろしていた。


「……やっとかいな……やっと終わったんか…………あー……しんど。 こんな事になるんなら、もっと早く諦めてくれればよかったのになぁ……」


そして彼は目を閉じた。

ツイル程ではないが、首を前に傾けて少しの溜息を漏らした。

……閉じた目に映るは、彼もまた過去の情景ーーーー


あの時……あの時の光景が、鮮明に浮かび上がってゆく。




ーーーーーーーーーーー


ーーーーーーー


ーーー




わては、姫さんに会いたくて……姫さんが呼ばれてた催し物が開かれてる建物に毎回行ってた。

そこに呼ばれてるのは、姫さんみたいな地位を持つ者のみ。

なんの権力も地位も持ってなかったわては、当然呼ばれることなく、建物の外でその機会を待つしかなかった。


でも……行ったからといって、姫さんの姿を見る機会があったとしても、度胸も度量もないわては話しかけることすらできんかった。

でも、何回も何回も行ってるうちに姫さんが入る時間、出て行く時間が分かったんじゃ。

ストーカーかと思った。

さすがに引いたな、自分に。

やけんども……その情報を掴めたからといって、行動に起こせるーーーーなんて事とは結び付けれんかった。


でも…………いきなりやってくるもんや。

思いがけない場面が降りかかってくるのはーーーーーーーー




『どうなされたのですか……男性二人で』


殴られる一歩手前。

女性の声が後ろから聞こえた。

建物の方からや。

その方向から、女性が声をかけてきた。


そっち振り向いてみると……あの人がおった。

姫さん……バルバロッサが。


『姫様……ッ! こ、これは、あの……』


『言葉は何もいりません。 貴方は中に戻るなり国へ戻るなりして下さい……無意味な暴力を振るう者に耳を傾けませんので』


『ーーーーッ!......は、はい……』


姫さんからそう言われた男は、建物の中に戻っていった。

トボトボと……あぁ、あいつも姫さんを狙っとったんやな思った。


で、そこから姫さんがこっちを見た。

綺麗な瞳やった……ほんまに。

あの男は姫さんに見られて動けてたけんども……わてはどうしても動けんかった。

見えん鎖に繋がれたようやった。


『……』


その上無表情……

すんごい綺麗やったけど、同時に怖かった。

あまりにも整いすぎてる顔ーーーー目の前にしたらこれだけ強くなるんやって感じた。

……でも、でも次の瞬間見ることができた。


『……大丈夫ですか……? 立ち上がれますか?』


その無表情の顔が、少しだけ崩れたんや。

笑み……ではない。

かといって哀れみのそれでもないんや。

少し、ほんの少しだけ……柔らかくなったんや。


わてはそれにまたしても見惚れた。

見惚れてしもうた。


そしたら、見惚れてますます動けんようになったわてに、姫さんはーーーー




ーーー


ーーーーーーー


ーーーーーーーーーーー




挿絵(By みてみん)


「『……よく、貴方は耐えました。 どうか……どうかその手を、感情を恨まずに、私の手を掴んでください。 貴方が受け止めた苦痛を、私は忘れませんから』」


ーーーー手を伸ばして、言葉をくれた。

そうや……丁度、こんな優しい笑顔で……


そして札生は伸ばされた彼女の手を取った。

できるだけ……できるだけ彼女に力を出させまいと、ほとんど己の脚で立ち上がったーーーーあの時と同じように。


「あーらら。 来たのか、バル。 俺も手ェ差し伸べてほしいなぁ……もうフラフラなんだけど」


「魔王様はいらないでしょー。 どうせ一人で立つんですから。 この女神のような綺麗で美しい女の手は魔王様に似合わないですしー」


「どこが女神だ。 ポンコツぐうたら駄姫に女神なんて名称似合わねェよ」


「あぁー! 折角陰ながらに手助けしたのにぃ! イケズ! イケズ魔王!」


「それお前の悪口センスの無さ露呈してるだけだから」


「……」


…………笑顔やった。

あの時も美しい笑みを作ってたけど……

好きな場所で、好きな時に笑う姫さんがーーーー本当に美しいんじゃ。


札生は、笑ったように怒るバルバロッサを見た。

彼女の手を握りしめた手を、眺め、微笑んだーーーー

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