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もしも人間が魔王になったら  作者: キバごん
中央街騒擾編
162/293

第百五十三話 背負ったものは最後まで

広いーーーー広い部屋。

幾つもの襖により正方形と成し、床は薄茶色の畳。

全てが和で包まれる一室には一人の男。

この事態の核となる、ツイルという男である。


彼は露台に出て、魔界を覆う果てのない青空を、その下に存在する中央街を眺めていた。

その瞳は悪人じみたものは一切なく。

表情も穏やかーーーー決して怒りを見せている、とは誰もが思わないだろう。

彼は目に入ってくる風景を、ただただ咀嚼し、それを種とし、過去に思いを馳せていた。


『無』

ひたすらに無色。

彼の心は無色に染められ、瞼を閉じ立ち尽くしていた。


「……綺麗な街並みだなァ……よくこれを作り上げたもんだ。 目を開けていれば絶景が見える。 目を閉じてみれば、この街を動かす風が、匂いが身体に入り込んでくる……どちらも鮮明だ。 何もかもが鮮明に晴れ渡る」


ツイルは口を開いた。

突拍子もなく、突然の行動。

しかし、しっかりと意味を含んでいる物言いだった。

そして浅い溜め息を口から漏らしたーーーー


「長きに渡って追い求めてきた望みが、多くの者にとってはこの街にあったのだ。 だから過去の悪魔はこれを作ったのだろう。 富を生むために。 欲を手渡すために。 次の手を伸ばさせるために……」


ここでツイルは瞼を開けさせた。

入り込むのは、何も変わらない街の風景。

先程までは音と匂いと感覚だけの世界だったのに、目を動かせるとより鮮やかな世界に変化したのだ。

彼はまたしてもこの瞬間に驚嘆の意を示した。


それと同時に、遠くの背後から発し始められる音ーーーー

気のせいとしておけば意味のない雑音となるが、耳を傾けてやれば、何かが何かを打ち付ける音に姿を変える。

だがツイルは、その音の正体を知っていても尚、己の身体を動かそうとはしなかった。


「あぁ。 この街は素晴らしい。 何しろ世界を小さくまとめ上げたかのような街だからな? こんな美しい場所は類を見ない。 そして何より……この俺も、そんなクソッタレな街に溺れさせられた身だからな」


ツイルは言葉を繋げてゆく。

それと同時に聞こえる音も強さを増してゆく。

はっきりと、明瞭に音としての質を上げてゆくのだ。

しかしそれでも、彼は立ち尽くしたままであった。

何もしようとはしないのである。


「でもなァ……その全てが叶うとは言えない。 この街をもってしても。 俺はその苦渋を味わった」







「たった一人」







「たった一人を前にしてな」


彼はその言葉を口にした。

少しの悲しみと怒り、過去に対する後悔を生じながらに。


ダァンーーーーッ!


そしてその瞬間。

彼の背後ーーーー遠くにある襖。

その襖五枚程度が、瞬時にして吹き飛んだ。


原因は突風ではない。

ありえない程の衝撃波や、濃厚な魔力などではない。

それは、ツイルの部下三人の衝突によるもの。

純粋な物理でこじ開けられたのだ。


その部下三人を吹き飛ばしたのは、紛れもない男二人。

海斗と、札生。

彼らの猛攻によるものである。


「……世の情景に似合わぬものよな……お前らは」


そしてやっと、ツイルは二人を見るために身体を動かせる。

目は、力なく床に倒れる部下と、傷を負った二人を映した。

ただ、その傷は今日のものではないーーーー先日に負った傷。

包帯が服から見えている。


しかしその傷を気にも止めることなく、彼らはツイルを正視した。


「似合わなくて結構。 俺は世界に合わせるつもりなんざねェよ。 テメェも最初から分かってる筈だ。 俺に合ってない時からな」


「……そうであったな。 初めからその認識はあったよ。 あの日……ワイザが破れたあの日。 その知らせを受け取った時から、分かっていた」


海斗が魔界に現れた日。

その日に、バルバロッサを嫁に迎え入れようと無理矢理婚姻を結んだワイザを、彼は打ち取った。

それは紛れもなく、魔界全土に広がり、衝撃を与えた。


ワイザを、最強の魔王に数えられた男を 『人間』 が破った、と。


「しかも、お前は守った国の王となった。 あの民の、あの姫の上に立った……それがどれだけ俺の全身を貪ったか、お前は知らんだろうがな」


ツイルは静かに、怒りでその身を塗りたくった。


「お? 魔王さん、案外……いや、やっぱり嫌われてるなぁ! わてが思っとった通り、あんたは魔界の妬みの標的になっとったんやなぁ!」


「なんで嬉しそうに言うんだよ……はた迷惑なんだよ、こっちにとっちゃあ……俺は勝手にこの世界に転げ落とされ、勝手にあいつを助ける道に進まされただけだ」


「それが俺にとっては妬ましいんだよ。 人間の魔王」


「……」


ツイルの怒りは、二人まで届いた。

静かに、何一つ表情を変えてはいないが、果てしない底なし沼のような怒りが確かに存在していたのだ。


「何故お前だったのだ? 何故あの時だったのだ? お前は何故ここに来た……何故、お前はあいつに勝てた…………昔、俺はお前よりも姫と出会っていたのに、何故お前が姫の隣にいるんだ。 何故……!!」


「……」


彼の身体を流れる血液は温度を上げ、速度を上げてゆく。

同時に心臓も運動を加速させてゆくのだ。

もう、彼が怒りに溺れているのは明白。

放たれる殺気は未曾有とも呼べる値を、他の者達に与えていたーーーー


……しかし、その殺気を目の前にしても、二人は怖気付こうとはしなかった。









「じゃあなんでお前は、あの時あいつを助けに行かなかった」


「ーーーー!」


そして、内一人……海斗は、彼に言葉を投げかけた。


「なんで、ワイザがあいつを攫おうとした時、お前は姿を現さなかった。 お前はワイザとバルが結婚してしまうかもしれないという事実を知っていた筈だ。 なのになんで、お前はあいつを救いに来なかった」


「……」


この言葉に何も言えないツイル。

ひたすらに黙り込む。


「あいつは、震えてたぞ」


「!」


「周りにはバレないように取り繕ってたけどな……バレバレだった。 今でこそ平気な顔で物事に当たってるが……怯える小動物よりも酷かった。 でも、あいつは自分の運命に悲観してなかったけどな」


海斗は過去の記憶を蘇らせる。

そこに浮かぶは彼女の姿ーーーー今では想像もつかない表情。


「……お前に……何がわかる……」


「分からんさ。 まぁ、どうせフられたから、もう一度顔を見せたくないとかいうくだらん男のプライドがあったからとかいうやつだろうが……それは理由にならねェよ」


「……」


まだ、ツイルは黙る。

怒りを覚えているようだったが、今は彼の言葉に耳を傾けているようであった。


「そんなふざけた理由で愛した女性を見捨てるのは、過去の自分への恥の上塗りだ」


「ーーーー!」


海斗は、淡々と言葉を繋げていった。

その中で放ったこの言葉……それは彼の身体を大きく震わせた。

過去の自分へのーーーー心に一つのヒビを生じさせたのだ。


「逃げた奴が後になって、事が済んでから文句言うんじゃねェよ。 自分が選んだ道を、今こうして進んでるんだろうがよ」


「……」


「どんな理由があろうと、お前に他人を問い責める権利はねェよ」


ツイルは、今までにない感情に襲われた。

今まで、こうして他人からあまり強く言われる事がなかった。

魔王という立場があったからーーーーという背景があったからだろうが……

その経験が、人間から授かるとは思いもしなかった。


「……無い……だろうよ。 言い訳になってしまうが、俺には守るものがあったからだ。 国、民、権限、立場。 それらは不条理に俺の背中にのしかかった。 不思議な程にな……だから、手が出せんかった。 姫を守るのなら、あのワイザを開いて取らなくてはならない。 どちらが勝っても、永遠に交流がなくなるだろうしな。 それが何よりの、手を収めた懸念材料だった」


彼は黙っていた口を開かせた。

大きく、巨きく思いを語った。


「対してどうだ、お前は。 お前は別世界の住人。 この世界では失うものは何も無い…………俺は、それが羨ましかった。 だから……だから…………」


ツイルの手は震えていた。

決して大きくはなかったが、確かに震えさせていた。

行き場の無い、強制的に作られたとも思えてしまう怒り。

存在を主張する虚無感。

全てが重く、のしかかるーーーー







「そう感じるのは、お前は何も背負ってなかったからだ」


「……!」


そんな姿になった彼に、海斗は無情にも言葉を投げつけた。

またもやそれが、心のヒビを深めてゆく。


「お前は、背負うことを初めからしていなかった。 背負うってのは、大事にするっていう意味じゃねェ……守るって事だ。 バルが……あいつがしてたみてェにな」


「……」


「あいつがしょうがなくワイザと結婚しようとでも?......違う。 あいつは民を守ろうとした。 本当に大事に、大切にしていたからな。 でもお前は、大事にして、その先の事をやろうとはしなかった。 それが、お前の最大の過ちだよ、ツイル」


彼の手は、震えを止めていた。

視線は少々下に向き、思考を働かせていた。

海斗の言葉の意味。

それを短時間で何度も何度も噛み締めた。

そして脳裏に浮かぶは自分の行動ーーーーあれも、これも、あの時も。

守ろうとは……しなかったのだろうか。


ーーーー否、違う。


守ろうとした。

守り通そうとした。

……しかし、その行動が、海斗が提示する意味と違っているのならばーーーー


「……なら。 今のお前はどうする、人間の魔王。 今のお前は、あの時、姫を守ろうかと苦悩した俺と同等の立ち位置だ。 何も背負っていなかったあの時のお前ではあるまい? ここで戦えば、完全に魔界の立場は危うくなる……お前も、民も、姫も……それでも国を守るか?」


ならば、こちらからも疑問を提示しよう。

その果てにーーーー答えがあるのならば。


「当然。 それ以外考えてない」


すると海斗は、ツイルの問いに直様答えを表した。

無表情で、自信が積もった表情で。


「ならば俺も立ち塞がろう……ここでの自信が無駄にならぬようにな……」


ツイルは片腕を横に広げ、部屋中に魔力を散布した。

それはじきに床へ根を張り、新たな生命体を誕生させた。

次々に生まれる人型のモノーーーーそれらは正門の前で戦った雑兵共と同じ姿をしていた。

どうやら彼は、その雑兵と瓜二つの者達を、魔力ある限り無尽蔵に生み出せるらしい。


「あらら、魔王さん……もう最後になろうとしてたのに壁ができたで。 ほんまに守れるんか? 姫さんを」


「守るさ……何としても」


「……そうけ。 んだら、守ってみ。 わても力は惜しまん。 存分に行くで……人間!」


二人は、刀と木刀……それぞれの得物を取り、直面する壁を睥睨したーーーー

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