第百五十一話 他人のお金で飲み食いするのは何よりも楽しい
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わては昔、ヤンチャやった。
大人になってもヤンチャしとった。
それはもう端から見れば正真正銘の餓鬼……そのぐらいやった。
街を歩いて睨んできたと悟れば喧嘩を売り、相手が集団だろうと殴りかかった。
まぁ、それができたんは腕に自信があったからや。
無論その腕を証明する様に、喧嘩にも勝っていっきょった。
気づけば両手が血に染まって、周りには微かに息をしてる血だらけの野郎共が倒れてた時もある。
さっきも言った通り、ヤンチャやった。
その言葉の域を越してたかもな。
でも、ちゃんと線引きできてたと思う。
店入る時は大人しいしよったし、喧嘩売る標的以外には親切にしてたつもりや。
そんな中、わては一つの夢を描いてた。
それは、何かで頂点をとることや。
何でもええ。
何でもええから頂点とって、何らかの功績を残したいーーーーそう思ってた。
そのために、一番わかりやすい 『暴力』 を振るってたんかもしれん。
一言で表せば、それは 『狂気』 やったかもしれん。
……もしかしたら 『考えなし』 かもしれん。
そしたらそん時、会った事のない人で、最上級の経験をした。
それは掲示板。
掲示板には毎日違う情報が紙に書き記されて貼られてた。
わてはそれをよく目にしてたんやけども、真剣に、なんてことは無かった。
普段は視界の端に入り込んでくる……そんなくらいやった。
でも一回。
一回だけ正視した事がある。
そん時は一枚の写真が貼られてある時やった。
ちゃんとした、カラー写真で、一人の女性が撮られたやつやった。
その写真の横に書いてあった、女性の名前は
『バルバロッサ・ラナ』
堂々と眼を持って堂々と前を見据える姿ーーーーわてはこれに見惚れた。
見惚れてしまった。
掲示板に近寄って、正視してもうた。
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それからや。
その女性の事を調べ出したんは。
どうしても、どうしても一回だけでも会いたいと感じたからや。
難しいと思ったーーーー簡単には調べつくせんと思った。
……でも、案外容易に情報を取り揃えることができたんや。
一国の姫であること。
姫の中でも地位が高いこと。
国には魔界で名を轟かせる悪魔が多くいること。
んで……国のトップが呼ばれる催し物があり、それに毎回呼ばれていたこと。
それが開かれる場所もわかった。
あとは、そこに行って会うだけ。
そのための勇気を出すだけーーーーそれだけでええ。
……が、会えるはずもなかった。
わては今でこそ組織のトップ。
でも昔はそうやない。
のらりくらりと生きるただの餓鬼やった、年齢だけ大人のな。
そんな奴が、頂点が集まる華やかな場所に入れるわけがない。
わてはただただ指をくわえて、光が漏れる 『架義珠門店』 を眺めるしかなかったーーーー
それでもわてはそこに行き続けた。
より深く調べてたら、それが開かれる日時も判明した。
日は一週間ごと、時間は夜の八時から。
わてはその情報だけを握りしめて行き続けた。
んだらな、会えたんや、姫さんと。
遠かったけどな。
わては姫さんが出てくる所を、少し離れた建物の陰から見てたんや。
時間は九時半頃。
夜に、より一層の暗さが足される時間。
それは……それはそれは綺麗やった。
闇の暗さに覆われても、絶対に潰されん光を纏ってるみたいやった。
大気に漂うほんの僅かな光が、姫さんの元に集っとるーーーーそう感じた。
太陽、月、花ーーーーこの世に美しいと表現される物は数あれど、わては姫さんを超える美麗なものを探せんかった。
探すのも億劫になる程。
言葉の不十分さを味わったんや。
……でも、なんか足らんかった。
姫さんは架義珠門店から出るときいつも、同じ表情をしとった。
目を七割程度閉じて、細い眼差しを少し下に向けながら出てきよった。
手は前で重ねられ、足早に帰るーーーーそして少し歩いたら姫さんの姿に気付いて、守護の女性の悪魔三人が空から降りて帰って行った。
ーーーーわてが足らんと思ったもんーーーーそれは 『笑み』 やった。
それが何回も、何回も続いた。
来る日も来る日も生気の無い表情で入っては、より一層生気を無くした顔で帰っていく。
もしかしたらやましい事されてるんちゃうか? とも思った。
そんな事を思い続けて、わては我慢ができんようになった。
遠くから見るだけではもの足りんようになったんや。
やから、姫さんが出てくる九時半ちょっと前に建物の前に立ったんや。
緊張したわ。
とてつも無い緊張を感じた。
もう心臓バックンバックンやった。
まぁ、惚れてる人に会うんやもんな……そら緊張するわな。
でもそれと一緒に、期待が胸に溜まっていった。
変な顔されても、嫌な気分にさせても、とにかく面と向かって言葉を交わしたかった。
ーーーーッゴーーーー!
その期待が最高点まで高まった瞬間……わての視界は歪んだ。
同時に頭の痛覚が反応したんや。
わては地面に膝をついて、痛みに耐えながらも元凶の方に目を向けたーーーーんだら……
男が立ってたんや。
服装からするに、多分どっかの国の魔王やと、わては確信した。
『前から……よくここに来ているな? 羽虫。 しかもある時間に来て、ある時間に帰って行っている…………もしや、お前もか? 餓鬼』
その男はそう言った。
わてを見下し、どこか自信のある声色と口調でそう言い放った。
『羽虫。 貴様、あの姫に目をつけたか』
その言葉に、ピクリと身体が反応してもた。
『あの姫』ーーーー名前は言われんかったけども、多分、わてが思い浮かんだ人やろうと思った。
『またか……また、あの姫を狙う奴が増えたか……今、取り囲む男共を払うのに必死だというのに……しかもこんなみすぼらしい餓鬼ときた! まぁ、排除するには易しいかろうが』
男はそう言って、次に拳を握りしめて上にやり、殴りかかる姿勢を見せた。
あぁーーーーわてはこれで終わるんやと、そう思った。
喧嘩には自信はあったけど、なんせ相手は一国の魔王。
魔王になるには、それ相応の力が必要になる。
権力もそうやけど、それは後……それは魔王になってからでも嫌という程ついてくる。
一番大事となってくる力は 『純粋な力』 や。
武力やな。
そんな奴に不意を突かれて、また一直線の暴力を振るわれようとしている……
どう考えても勝ち目はない。
わてはその時、潔く負けを心で認めたんや。
……やから、わては何もせんかった。
『どうなされたのですか……男性二人で』
殴られる一歩手前。
女性の声が後ろから聞こえた。
建物の方からや。
その方向から、女性が声をかけてきた。
そっち振り向いてみると……あの人がおった。
姫さん……バルバロッサが。
『姫様……ッ! こ、これは、あの……』
『言葉は何もいりません。 貴方は中に戻るなり国へ戻るなりして下さい……無意味な暴力を振るう者に耳を傾けませんので』
『ーーーーッ!......は、はい……』
姫さんからそう言われた男は、建物の中に戻っていった。
トボトボと……あぁ、あいつも姫さんを狙っとったんやな思った。
で、そこから姫さんがこっちを見た。
綺麗な瞳やった……ほんまに。
あの男は姫さんに見られて動けてたけんども……わてはどうしても動けんかった。
見えん鎖に繋がれたようやった。
『……』
その上無表情……
すんごい綺麗やったけど、同時に怖かった。
あまりにも整いすぎてる顔ーーーー目の前にしたらこれだけ強くなるんやって感じた。
……でも、でも次の瞬間見ることができた。
『……大丈夫ですか……? 立ち上がれますか?』
その無表情の顔が、少しだけ崩れたんや。
笑み……ではない。
かといって哀れみのそれでもないんや。
少し、ほんの少しだけ……柔らかくなったんや。
わてはそれにまたしても見惚れた。
見惚れてしもうた。
そしたら、見惚れてますます動けんようになったわてに、姫さんはーーーー
『ーーーーー』
手を伸ばして、言葉をくれた。
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国が壊れる。
それは、今は門と壁だけであるが、かなりの損傷。
敵に弱点を晒しているといってもそう間違ってはいない。
その前ーーーー壊れている門の前で、国の守護者は敵から国を守っていた。
千という数の敵。
目の前にいる彼らの除去は矢を番えるエウニス。
的確に一月で命を落とす部位に矢を放つ。
しかしほとんどが矢を手に持って行う突きの姿勢。
矢を番えさせて射るなんてことは滅多になかった。
それはそう。
こんな多くの敵の前にして、限りある矢を好きに打てるわけがない。
だから彼女は矢を短い槍のように扱い、敵を屠っていった。
「多い……図体がでかい分、当たりやすいからいいが!」
そして千の大部分を相手取っているのはベリアル。
彼女は、彼女が作った大砲型の殺戮兵器を二機使用し、敵を処理していた。
彼らに直撃した砲弾は火柱を上げ、悲鳴を上げさせる。
それを鬱陶しく思い、恐怖した彼らは壊すためにベリアルの方へと走り始めるものが多数。
しかし、あっさり近づけさせるベリアルではない。
彼女は兵器を動かし、迎撃を行ったーーーー
「ははは! いやー、数が多いからどうなることかと思ったけど、案外いけるもんだねぇ! これなら戦車を出すまでもないね!」
最後は敵の一つの核と肉薄するシウニー。
剣をできる限り、自分の届く範囲で振るう。
今までの、己の鍛錬、苦労を噛み締めながら。
ーーーーだが、その分厚い道を持ってしても、届かないものもある。
ギィンーーーーッ!
大気が震える。
何より剣が、耐える身体が震える。
一度互いの得物が交錯するだけで全身が震えてしまう。
筋肉が滾る太い腕。
巨大な鉄の棍棒。
対するシウニーはその真逆。
か細い腕に細い剣ーーーー力の差は明瞭に理解出来る。
……かといって、そこで手を止めるか? と聞かれればNo。
彼女は絶対に手を止めないだろう。
「女騎士……貴様とて未熟ではあるまい。 故に分かるはず。 この場に立つことがどれだけ無謀であるか。 己の身体を見ればさらに分かるだろうに」
「……ッ!」
痛かった。
彼女にとって、この言葉は何よりも痛かった。
これから起きるであろう武器による打撃よりも、恐らく彼女にとっては痛かった。
「そらな。 この言葉一つでその隙見せだーーーー」
「ーーーー!」
彼女の剣により何とか受け止めていた巨大な棍棒。
打総は態勢を変え、その棍棒の柄をシウニーの顔に直撃させたーーーー
「! シウニーッ!!!」
ベリアルの呼びかけ。
しかし聞こえるはずがない。
彼女は攻めの威力と重力の仕業で、地面に身体を幾度となくぶつけ、全ての感覚は痛覚に集中してしまっていた。
打ち付けーーーー打撲ーーーー損傷ーーーー
悪魔とはいえ、騎士とはいえ、その経過はあまりにも惨いものであった。
そしてそのまま、瓦礫となった壁に激突し終点を迎える。
瓦礫に身体が埋まり、身動き一つ見えなくなってしまった。
「シウニー! おい、シウニー! お前が……!」
慌てて瓦礫を退けるベリアル。
エウニスもその状況に一驚しながら、敵への攻撃の手を止めなかった。
しかしどちらも士気は落ちた。
仲間の脱落を見てしまったかもしれないのだ、無理はない。
そうして瓦礫を雑ながらも退けた彼女は、血を吹き流し、倒れているシウニーを起こそうとした。
「嘘だろう……!? おいシウニー起きろ! このままだと、このままだと海斗からずっと能無しのまな板と呼び続けられるぞ……? いいんだな!?」
物言いは激しく、行動は優しく起こそうとした。
しかしかろうじて目を薄く開ける程度……余力を絞り出そうとしても、身体がそれを良しとしない状態であった。
ひたすらにーーーーひたすらに血の匂いがシウニーの周りを歩き始めた。
もう……彼女は、動けない。
「血と髪の色で真っ赤になってるではありませんか。 大丈夫ですか、よく耐えましたね。 シウニー」
「…………?」
女性の声がした。
それはベリアルに非ず。
エウニスでもない。
当然シウニーのものでもない……
その声の主は、倒れている彼女の近く、一歩歩けば届く距離。
そして声の主は、シウニーの狭い視覚に入るため、ひょっこり顔を覗かせた。
彼女はーーーー国の姫、バルバロッサ。
青と赤の瞳で、シウニーを眺めた。
「ひ……め……」
「あーあー、喋らないでくださいね〜? そんな苦しそうな声で 『姫』 なんて呼ばれたくありませんし。 そもそも呼ばせたくありませんし」
覗かせた顔をあげ、敵の方を眺め始めた。
「姫様……どうしてここに。 貴女は重症で寝込んでいたと聞いてたんだけど……!」
ベリアルは心底驚いた表情を形作った。
それはそのはず。
バルバロッサも、今のシウニー同様、恐ろしく傷を負って帰ってきたのだから。
海斗が担いで来なければ、間違いなく命を落としていた程に。
「どうしても何もありませんよ。 私は不滅。 国が滅びるその時まで生きますよ。 ね?」
「そうですね〜、姫にはいつまでも生きてもらわないと。 姫の仕事が私達に回ってきては迷w、面倒臭いので〜」
「私はそもそも仕事ができん!」
「潔いサタン。 まぁボクもそうだけど」
また新たな声。
それはバルバロッサの後ろから。
ベリアルもよく知っている……いや、知って当然の三人がそこにいた。
堕天使の代表格、魔界最強と謳われる悪魔、鉄壁の身体を持つ者。
ルシファー、サタン、レヴィアタンーーーーその三人。
「……驚いたな……まさか、あんたら三人も来るなんて。 これは私にもっと働けと言ってるのかい?」
「そりゃそうとも。 私達は姫が治るまで側について、安全を確保してたんだ……これで三人の仕事は大体終わった。 あとはベリアル、お前が前に出て、その余ったモンを私達が受け持つっていうことよォ」
「……参ったな。 援軍が来るのは分かってたけど、私がますます働かされる状況になるなんてね。 一本取られたよ」
頭を掻いて面倒くさそうに溜息を吐くベリアル。
しかし楽しそうでもあった。
そうしてレヴィアタンが傷を負ったシウニーを時間をかけて立たせ、腕を自分の肩に回させた。
少しずつ、治癒のための魔力を送りながら。
「あらら……驚いたな。 姫様、貴女が地獄から這い上がってくるとは……」
打総も驚いていた。
重症で、この戦いには立てないと思っていたからだ。
しかし現状は違う。
彼女は地獄から這い上がり、この戦場に立った。
国を守る姫の意地なのか、それともただの強がりかーーーー
しかし、そのどちらであっても、彼女は意志を固く掲げていた。
「地獄……? あれが地獄だなんて、私は一度も思いませんでしたよ。 少々辛かったのは事実ですが……それでも、私は苦しくはありませんでした。 それに……一つ、いいことがありましたからね」
『いいこと』
彼女の言葉に、打総は首を傾げた。
その反応を見、バルバロッサはニタリと、笑みを浮かべた。
「他人のお金で糖分摂取するのは、何よりも嬉しいですからねぇ……」
彼女が、バルバロッサが寝ていた集中治療室に置かれてある小さいテーブルには
からっぽになったカフェオレの、紙の容器が置かれていたーーーー




