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     盗むきっかけは些細なことが多い

「マジかァ〜……修理費用二千万超えんの? なんでこんなに多いんだよ……」


 もう三時になった昼の刻。 海斗はまさると街中を歩いていた。

合計費用が算出され、もう一枚の紙に幾度もボールペンで往復され書かれていた。 その額 「2680万」。

 その莫大な数字を見て、海斗は頭を抱えていた。 現在、ただでさえ切羽詰まっているこの国……そんな余裕はあまりないはずである。

「まぁまぁ、そんなときもありますよ。 わたくしも日々の餌を減らしてもらいますので」 という勝の気遣いの言葉もあまり耳に入って来ず、生返事ばかり。


 まじか〜……と思い悩む海斗。 そんな彼の目の前を何かが右上から左下へと超高速で駆け下りてきて、彼は肩をはね上がらせて立ち止まった。 なにかが左の建物に着弾したようだった。 恐る恐る一人と一匹はそこを見ると、小さな穴ができていて、その周りをクモの巣のようにヒビがはいってしまっていた。

 海斗は恐怖した。

ーー鉛玉……?

 どう見ても、それは銃弾のようにしか思えなかったからだ。


「あ、ごめんなさーい魔王様ー。 いたんですねー!」


 もしかして暗殺……なんてことを考えれば硬直する身体は、かけられた声によってほぐされた。 そして銃弾の飛来先であろう右上に目を向ける。 すると、両開きの窓をあけっぴろげにして、そこからスコープをのぞきつつスナイパーライフルの銃口をこちらに向けるバルの姿があって、海斗は驚いて、激怒した。


「なんでそんなもん持ってんの!? ッあ! お前昼のあれか!!?」


 昼での会話を思い出せば、彼女はなにかが届くと言っていた。 なにが届くのかと思っていたが……まさかそんな殺人道具だとは予想できなかった。


「そうですよ〜、昼の話のあれですよ。 いやぁ〜すみません。 そこの少し黒ずんだ壁をまとにして撃ったんですが……魔王様がすぐ近くにいるとは思いませんでした、ごめんなさい」


「そんなんすんじゃねェや!! 死人がでるわ!! 射撃場くらい作れカス!! つかなんでお前銃なんか買ってんだ!!」


「だって、私って姫じゃないですかー。 暗殺されたりさらわれたりする立場じゃないですかー。 それらに対応したいと感じたんですが、まずその暗殺の技とかを知っておかないと対応ができないと思ったんです。 だから買ったんです撃ったんです」


 お前と言うか俺の命がさらわれそうになってんだろう!? しかも! こうやってどっか壊して修理費用がかさむだろうが!! と、海斗はボードの角を着弾箇所になんども突き出して怒りをあらわにした。 そんな彼の念押しにも彼女は 「まぁたまにやるだけにしときますよ〜」 と動じない言葉を吐き捨て、ひゅっと頭をひっこめた。


 なんだアイツ……と眉をひそめ困惑する海斗の周りを、強めの風が嘲笑うように通っていった。 黒髪が木の枝のようにわさわさ揺れるさまを、勝はじっと見つめていた。

 すると彼の横顔に、風に乗ってきた布がへちっと覆いかぶさるようにあたり、思わずきゅっと瞼をつむってしまった。

なに……と愚痴のような、どこかうんざりする声とともにそれを摘まみあげてみると、赤くて、ピンクのリボンが一つ付いていた。 ハンカチ? と思って両手で広げた。

 下着であった。 女性の下の下着であった。

 海斗は思わず固まった。 顔を赤らめたり悲鳴をあげたりすることなく、ただただ無表情で固まった。

 勝もじっと見つめたままである。


「なんでこんなのが」


「……洗濯モノが流されてきたんでしょうな。 風、出てきていましたし……持ち主がわかるまで持っておきましょう」


「……そうだな」


 海斗は勝の提案に頷き、ズボンの右ポケットへ乱暴にしまいこんだ。

そのあと彼は、膨大な額が書かれた紙を見下ろした。 なんとも表現しづらい感情がのった無表情を、顔にはっつける。

そして、一緒になって費用を計算してくれた勝に、ありがとな、と礼を言って、海斗は城内へと歩いて行った。 仕事始めのときより明らかに肩を落とした彼……その悲しみ溢れる背中を、勝はただ静かに見つめていた。


ーー小腹へったなぁ。


 そう思った海斗の目は、廊下の途中にかけられた、もう三時になろうとする時計をとらえた。



 結果を書いた紙を、はやく自室に置きに行く……そしたらあんなバカげたことをするヤツのケツをひっぱたきにいくと決心し、廊下を歩く海斗。 ふーっと鼻から息をもらして、瞼を閉じた。

すると、心がなんだか透明になっていく情景を、まぶたの裏に見た。 だんだんと透明が無になっていって、真っ暗になったバックに溶けていく……そんな情景を。

 そして海斗は沈んでいくだけになった肩をゆっくりとあげた。 こんな意気消沈気味な態度、王としてはふさわしくないと少しだけ思ったからだ。

心がそんなことになる原因を彼自身は知っているーーーー王ではありたくないという想いである。

 しかし現時点では、一応自分は王であり、ここでは普通の人間ではない、あってはならないという理解はかたちづくられていっているのは確か。

だが、やはり彼の胸の奥には、ここでも普通の人間でありたい、王でありたくはないという粘っこい空間があった。 だから早く帰りたい……という気持ちは浮かんではこなかった、が、ここでずっとはいられないなという気持ちはあった。

 そんな不思議な心を抱きかかえながら廊下をあるいていると、行き交う者たちが若干慌てていることに気が付いた。 廊下のはしによって二、三人で話し合っていたり、すれ違う者はなんらかの資料をつかんでいたりした。 そしてその誰もが、腰につるぎを差した者たちであった。

 なにかが起こっているのだろうか……嫌な感じがして、一人壁にもたれかかり、右手を顎にあてながら資料を熟読しているグレーの長髪の女性に話しかけた。

気さくに挨拶を交わしてから、なにかあったのか、と質問すると、にこやかに挨拶した顔に一瞬で影が落ち、眉間にしわがよった。


「じつは……下着泥棒が現れたんです。 先ほど被害があったようで」


「へ〜」


 海斗は、先ほど風に流れてきた下着を思い出した。


「今回盗まれた下着が、赤く、ピンクのリボンがついているものだそうで……」


「へ」


 海斗はポケットにしまった下着の柄を思い出した。

それは彼女の情報と瓜二つーーーー寸分の狂いもなく、海斗の心臓を跳ねさせた。


「魔王様も、なにか目撃されれば情報提供をよろしくおねがいします」


 海斗は自室に戻って、机にパンツを広げた。 同じであった。

やはりなんども見ても違いはない……赤色で、上部にピンクのリボンがついている下着である。

 海斗の汗腺の蛇口が一気にひらかれた。


「……え、ダメだろこれ、まずいよこれ。 なに? 俺下着泥棒だと思われてんの? ヤバイよそれはマジでヤバイって……ッ! 俺は返そうとして持ってたんだぜ? 流されてきたんだぜ? ……えぇ〜……」


 腕組み下着を凝視ーーーー静かな焦りを感じていると、扉が三度ノックされて、慌ててポケットに押し込んだ。 そしてイスにどっかりとすわり、激しい鼓動が叩き込まれているなかで 「はいよ〜」 と返事すればバルが顔を出した。


「失礼します……魔王様、仕事の方、どうなりました?」


「んぁ? あ、あぁ、この紙に書いてあるよ。 2680万だとよ! ったくよォ、銃を買ったんなら街に向けてないで、サタンのやつを止めるために使えよ。 こんなのイラつくたびに払わされてたらキリがねェよ、国の財政崩壊しちまうよ」


 机のそばに近づいたバルは、二重線で強調される数字が書かれた紙をつかみ、顔色変えずに見つめた。

 海斗は腕を組んで不満を爆発......させているが、彼自身、なにかを隠すように、無意識で爆発しているような気がして、奥歯を強く噛み締めた。


「そうですねー、やっぱりそうですよねー……キツく言っておきます。 中では難しいと思いますが。 あ、あとですね。 下着泥棒が出たようです」


「知ってるめっちゃ知ってる聞いたから知ってる」


 海斗は表情から感情を剥ぎ取った。


「あぁそうなんですか……只今、アイナが先頭に立ってことに当たっています。 おそらくすぐに解決するとは思うんですが……」


「へぇ〜、あいつが。 責任感強いのな」


「まぁ……彼女は団長なので」


 団長? なんの団長? と眉をひそめてバルをみつめる海斗。 すると、彼女は 「あぁ、まだ教えていませんでしたね。 失礼しました」 と細めた瞳で見返した。


「騎士団……この国を守護する役割を担う武装集団、彼女はその団長です」



「調べてみたところ、こういった事件が最近頻繁に起こっているらしい。 他国の女性の下着が盗まれ、しかし中央街などの下着売り場では盗まれない……手口が同じということもあり、同一犯の可能性がある。 そしてそれらから、女性が一度身につけたものを盗む愉快犯であるとも推測される」


 大きな畳張りの部屋が、片方に設けられた三つの窓から光を与えられる。

そんな部屋には、胡座をかくアイナの前に規律正しく並ぶ多くの騎士団員。 手渡された資料に目を通しながら、アイナの話に耳を傾ける表情は張り詰めている。


「そして、最近目撃情報が一つだけあがり、それをもとに描かれた似顔絵が二枚目の資料の上部にある」


 こすれる紙の音が一斉にしたあと、団員らの目に特徴的な犯人の似顔絵が飛び込んできた。

 黒い球体のど真ん中に、山なりに歪む大きな瞳。 身体のはしから生える腕と足は細く、背中から生えているコウモリ翼は大きく広げられていた。

彼女らの中にはこれをみて、眉をひそめたり口角を絞る者がぽつぽつと現れた。


「調査の結果、名を 『リンバ』。 俊敏な動きができるらしく、過去にも違う国で同様の悪事を働いたことがあるんだと。 一時は檻にいれられていたらしいが……ピッキングにより脱走しているらしい」


ーーピッキング……? 物品など持ち込めない檻の中から?


 団員全員が、アイナの言葉に疑問を覚えた。


「どうやらそいつの指は固く鋭く、それを利用して鍵をあけるのが得意なんだということだ。 そして盗んだ下着を、そういったマニアに高く撃っているらしい。 その他の情報もすべて書いてある。 よく頭にいれておくように」


 なにか質問はないか。 アイナは資料から団員たちに視線を移した。

 すると、団員のなかの一人が 「アイナさん」 と手を挙げて、アイナは彼女に注目した。 赤髪の短髪、頬の横あたりからおさげを垂らせた女性である。


「では、今回の事件から、見張りは二十四時間体制になるのでしょうか?」


 アイナは頷いた。


「昼間での犯行……これは初めてのケースだ。 今まで通りならば夜だけですんだが……今夜から、二十四時間体制で見張ることにする」


 なにか他に質問はないか、そう問うてしばらくしても動きはなかった。

ーーもういいか……。

 そう思ったアイナは立ち上がり、皆の視線を集めた。


「では最後に、持ち場の割り振りを言う。 二、三番隊は西門。 四、五番隊は東。 六、七番隊は南。 そして私の一番隊は、今回事件が発生した北に陣取る。 最後に八番隊は、半数を城内の警備に、残りは二人一組になって、国中をめぐり警備するんだ」


 了解ーーーーアイナの指示に応じた団員達の声で、会議は終了した。



ーー団長……? あいつそんな奴だったの?


 知らなかった事実に、海斗は少し眉をあげた。 そして新たな恐怖と不安が心につもることとなった。

騎士団が一斉に、犯人を追わんとしている……。 恐怖だった。 ただ自分は風に乗ってきた下着をポケットにしまっただけなのに、それが泥棒と勘違いされてここまで至ってしまった。

 大掛かりになってきている中、「あ、それってこれかい?」 と下着を出す度胸は海斗にはない。

 なぜあの時、これの持ち主を探さなかったのか、こんなにも後悔するとは思わなかった。


「で……でさ」


 昼ちょうどのときとはまったく違う海斗の態度がそこにあって、バルバロッサは少しばかり不思議に思った。


「その下着泥棒がつかまったら……そいつ、どうすんの?」


 海斗はそれが気がかりであった。

犯人は自分であると思い切った心は、それに対する処遇に震えてしょうがなくなってしまっていた。 そしてその担当がアイナである。 あのアイナである。 彼が彼女と近くにいた時間はまだ短いものではあるが、理解していたーーーー彼女は律儀で、それゆえ難儀であると。

悪は必ず許さない、この国に仇なすものには容赦ない……それが、アイナに対する、海斗の現時点での印象である。 もちろんそんなところはまだ見ていないが……そんな気がしていた。


ーーでも、今回は下着泥棒だ……ッ。 危害はくわえられているとはいえ、命をとるような大犯罪じゃねェ……。 だから、まだ希望はあるはず!


 海斗はまだ希望をもっていた。 飛び込んできた下着をしまい込んだことが下着泥棒だと認識されても、とんでもない冤罪をかぶせられても、まだそんな大ごとな正義の鉄槌をおろされることはないと。


「死刑ですよ」


 海斗は絶望した。


「きっと、この国なら女ばかりだし大丈夫だろう、とかなめくさってるやつでしょう?」


 海斗は絶句した。


「打ち首獄門ですよ。 情け無用ですよ。 情状酌量の余地なしですよ」


 海斗は地獄に落とされた。

 

「でまぁ、これ、ありがとうございますよ。 計測マシンがあるとはいえ、手間がかかりますからね。 最後までやってくださって、本当に嬉しいですよ」


 ほんの少し瞳を細めて、微笑するバルを海斗は見た。

思わず無反応になっていた顔に、再び血を送り出した海斗。 そして視界にはいっていた赤と青の瞳を、もう一度認識する。 すると意味もなしにどこか惹きつけられるものがあると、彼は感じた。

死刑というのは驚きで、恐怖でしかたのないものではあるが、こうして自分がやった仕事で喜んでくれるのならと、少しだけ余裕が生まれた気がした。

 しかし、ここである新たな不安要素が脳をひゅっと横切った。


「……そういえばよ」


 扉の方に歩き出していたバルが、すっと海斗の方に振り返った。


「その騎士団を動かしたらさ、どんだけお金が動くんだ?」


 これである。 海斗の世界でも、火事や犯人捕獲、怪我人救出などの活動にはかならずお金が動く。 税金で賄っているから面からは見えにくいが……じゃあこの魔界ではどうだ? と思ったわけだ。

 海斗的にいえばあまり動いて欲しくない者ではある。 なんといったって、修理費用があれだけかさんでしまっているとわかったから。


「ウン百万円ですかね」


 海斗は絶望した。


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