第百四十九話 反抗
敵は千。
味方は三。
戦力は圧倒的。
その人数で、千との溝を埋めるにはいささか無理があった。
個々の力が上回っていたとしても、数という概念を上回ることは永遠に無い。
常人ならば怖気付き、今頃逃走を図っているだろう。
しかし今在る三人はそうしようとしないーーーー今も、これからも。
木刀、剣、弓矢。
それぞれの壁となりし三人は得物を構え、襲い掛かる災厄を振り払おうとするのだ。
彼らに上記の感情は非ず、ただ眼前の敵を穿たんと、意志を胸に刻む。
そしてーーーー双方は接触。
先頭を務めたのは海斗、敵は打総ではなく彼の部下。
部下達は斧や両手剣を持つ……しかしそれらは一般的なものではなくなっている。
石油など、果ては一部が魔力をエネルギーとして機能するものになっているのだ。
故に機動力が増し、並の者では防げないーーーー
そんなものが、彼ら三人を襲おうとしている。
「ーーーーゥ、ッ!!」
ディッーーーーン!
しかし、脅威となるか、と思われたそれは些細な事にしかならなかった。
海斗は後に続く二人のお手本とならんと、目の前から降りてきた両手剣を木刀でへし折って見せた。
見事なまでの破壊ーーーー相手にとって最高の屈辱であろう。
また、すぐに彼は体勢をを変え、相手の鳩尾に足を思い切り押し入れた。
そうして相手は後ろに後退(吹っ飛び)し、他の部下に直撃して海斗の前の敵の動きは僅かながらに鈍る。
その光景が一瞬のうちに繰り広げられた直後ーーーー残りの二人も雪崩掛かる。
斧、剣、棍棒ーーーーそのような得物が目に入る。
しかしながら一瞬でも怯える様子はない……特に海斗と同じ前線で剣を取るシウニーは。
敵の巨きな図体に比べれば彼女は小さい、小さすぎるかもしない。
ただ相手の行動を見破るその目は確かなもの。
しゃがみ、ワンテンポ遅らせる事での体制の崩しーーーー斬撃、斬撃、身体を奥へと押し込み、斬撃ーーーー
彼と同じように獲物を折ることは叶わなかったが、相手自信を的確に折っていった。
その勇猛果敢に攻め立てる二人の横で弓を構えるエウニス。
彼女も怯えるそぶりは一切見せず、その感覚自体を切り取っているかのようであった。
……だがおかしい、要所は 『位置』。
彼女の得物は弓矢。
弓矢は遠距離から放ってこそ真価を発揮する。
しかし彼女は思い切り前に出て来ていたのだ。
「……!」
それでも彼女は平然と、さも当然のように矢を弓につがえ、力の限り引き絞る。
矢の終点は一人の敵ーーーーその心臓。
彼も彼女の矢に気づいたのか、巨大な鎌を天に掲げる。
ニタリ……そう彼は微笑んだ。
なんせ至近距離で弓矢を構え射ろうとしているのだ、この距離でなら接近戦が優位となる。
そして鎌は、彼女の身体に刃を伸ばしたーーーー!
ブシィッーーーー!
肉の断裂音が聞こえる。
肉と肉が斬り裂かれ、行き場を失った血が大気に流れてゆく。
その発生源は、女性の綺麗な肌からーーーーではない。
エウニス、彼女が狙った男の肉体からだ。
しかも心臓……矢は男の心臓を貫いていた。
『弓から放たれることなく』
彼女がとった行動、至近距離で矢を放つという行為はフェイク。
真の攻撃方法は矢を持ち、そのまま心臓をえぐることだった。
「エルフが、弓兵が必ず矢を射ると考えるな……愚直すぎるんだよ」
心臓を穿った矢を引き抜かれ、男は息絶えた。
その瞬間また違う敵を見定め、心臓を矢で狙い続けた。
「な……なんで、たった三人でこれだけ強えんだよ……ぉ!」
人間と悪魔ーーーー
彼らに与えられた種族はそれだ。
しかし、その種族から、最も人間からは想像もできない圧倒的な強さが発揮されていた。
まさに龍。
天から授かりしこの猛威は、三人という極少数で千を飲まんとしていた。
「ーーーーッ!?」
すると僅かな時間ーーーー本当に僅かな時間、空気が歪んだ。
何か強烈な物体がすぐそこまで迫っているような感覚に襲われる。
三人はそれに気付き、己の筋力を総動員させ後ろへと退いたーーーー刹那。
元いた場所に大きな質量を保った人型の物体が落ちてきた。
地面が割れる。
空気がより一層歪む。
傍若無人の行動をした彼は打総ーーーーあまりにも突拍子のない行動すぎて、三人ではなく察知できなかった彼の部下達が巻き込まれる。
その数十名程。
彼との距離が無く、部下達は成す術無く急激な空気の流れにより花火の如く吹き飛んでゆく。
「ーーーー我がいることを忘れるな、人間。 我にとって距離など存在しないもの……どれだけ離れていても目の前にいると思え」
「忘れちゃあいねェさ……テメェの首を取るまではな」
三人は改めて武器を強く握りしめる。
各々がやらなければならない目的を頭に張り巡らせ、そこまで到達するために決意を固める。
……しかし、一歩踏み出す前に変化が進み出す。
「このままお前ら三人だけで国を死守できると?......それは誤算だな。 視野を広げてみろ。 自分の視覚に収まりきらない人数……ただ目前の敵だけ切りふせている、戦場はそんな甘いものではない。 貴様は踏んできた場数が少なすぎるんだよーーーー構え」
打総が左腕を上げるーーーーと、海斗らが相手をしていない、すなわち軍団の端にいる部下達が遠距離兵器を国を囲む壁に構え、向ける。
三人はそれに反応する……だがそこまでに行く時間はない、まさしく皆無。
そして。
無慈悲にも。
その兵器は、国目掛けて爆薬を発砲させたーーーー
壁が崩れる。
煙が上がる。
正門も、ほとんどの壁は崩れ落ち、国の中身は露呈される。
「おうー。 よく見えるなァ? お前さんの国。 こりゃあ大変だ」
「魔王、様……国が……!」
「……」
三人は振り返り、国の惨状を目の当たりにする。
今まで守り通してきたものが、愛するものが瓦解の一途をたどる。
するとまた、爆裂音が響く。
今度は正門方向ではなく、国の後方。
そこから爆裂音ーーーー地面をわずかに揺らす。
そうして数秒経てば、ここと同じく煙が立つ。
「な……ッ!」
「あぁ、そうか。 そうだった……後ろには、左近の奴が向かったんだったなァ……」
左近。
その名は、打総と同じくこの騒ぎの核となる者、札生を負かした男。
彼は国の意表をつき、瓦解の進行を早めさせた。
ーーーーーーーーーーー
「爆薬起動ッ! 左近様、お次はどうされましょう!」
「んー……ひとまず、侵入だなァ……あとは打総の野郎と挟み込ん仕舞えば、この国は落ちる……確実にな」
短髪の男。
着物を身に付け腕を組む高身長の男が、打総とは違う軍の先頭に立っていた。
彼も今、国を守る壁を壊したところ……こちらは海斗達のような守護者はいないーーーー
完全な無人、奇襲。
後方からの蹂躙が、今始まろうとしていた。
ーーーーーーーーーーー
「まぁこうならァな……お前らは終わり。 お前らの姫が芽生えさせた恨みで、この国は終わるんだよ」
打総は三人を、哀れむような目で見つめる。
そして交互に国の有り様を見るのだ。
「魔王様……!」
「海斗、これは……」
「……」
シウニーとエウニスは必死に海斗に言葉を投げかける。
しかし言葉がうまくでてこない二人にとっては、この行動は無意味。
その上海斗も国を正視したまま動こうとしないのだ。
恐怖。
打総が与えようとしていたものが一挙に押し寄せ、じわりじわりと身体を蝕もうとするーーーー
これは一直線の恐怖ではない。
誰かを失う恐怖。
目の前にあるものではあるが、変則的に動くものでもある。
その恐怖が、海斗の身体を包もうとしていたーーーー
「あんれー。 壁が破られてるじゃないか。 全く……先陣切って自信満々に突っ込んでいったのはなんだったんだか」
もうほぼ形をなしていない正門から声がする。
聞きなれた声ーーーー嫌なほどに落ち着いているその声。
その瞬間に脱力したかのような、急降下させた声が聞こえる。
刹那。
打総がまとめ上げている軍の両側に爆発が起こる。
そのまま火柱が作られ、命を完全に奪う現象が続く。
「……は……?」
流石の打総も疑問の表情。
先ほど自分達がやった事が、今まさに自分達に降りかかっているのだ。
「やぁやぁお疲れさん、魔王様。 応援に駆けつけたよ〜」
声の主がひょこりと顔を出す。
その姿は動きやすい服装、簡潔にまとめ上げられた赤い髪。
ルシファーと並ぶ堕天使にして機械バカーーーーベリアル。
彼女が彼らの前に現れた。
「魔王様。 あんたはまだ気を落としちゃあいけない……国の危機だ。 私たちだって重い腰をあげるってもんさ」
ーーーーーーーーーーー
「ここからさらに激化だなァ……うんうん……ん?」
静かに攻めこもうとする左近。
計画通りに事を運ばせようとするーーーーが、彼の眼前、一歩先の地面に一本の矢が突き刺さる。
いきなりの攻撃。
彼と同じく不意のもの。
「後方からの攻撃……絶大なる威力を誇る奇襲……それは大きな被害をもたらせる。 それを知る奴、察知する奴がいなければな」
その矢を放った者はーーーー壊し損ねた壁の上。
エルフの女王、マテス。
彼女は次の矢を射るために、弓につがえていた。
「これより貴様らを排除する。 悪く思うなよ」
国を挙げての反抗が、今、始まった。




