第百三十九話 縛りすぎは注意が必要
「あぁ。……姫さんが断ってきた数多の男の中の三人……そいつらが、この街の真のトップや」
トップ。
札生は、自分以外に、上に立っている者がいるーーーーそう明かした。
中央街の頂点と囁かれていた男は、自らそれは虚偽であると、そう海斗達に言い放った形となる。
それが真実だ。
嘘を言った顔つきにあらず、海斗は紛れもない真実だと受け止めた。
……だが、おかしい。
トップがいる事に、不思議に思うしかないのだ。
何故ならば、彼は中央街を知る時に、どこの国にも所属していない街……とバルから聞いていたからだ。
「……トップ? ここにトップが? 中央街はどこからも支配されない場所と聞いてたんだが?」
「だからこそ付け入る隙がある。 当然各国から出店しに来とるけんども……たかが一、二店舗や。 誰かが潰しにきても、それだけのためだけに軍隊を動かすと思うか? 奴らはそこを利用した。 誰も支配していない、商売人にとって自由の街を支配しようとしとるんじゃ」
「……」
なるほど、合点がいった。
要するに、この街は手薄すぎるのだ。
支配されていないという事は守る軍隊もおらず、各国からの商売人しか来ていない現状には、攻め込まれたとしても抵抗手段がない。
それにより一つの資金源がなくなるのは確かだが……それのためだけに資金をつぎ込んで反抗するまでのものではないのだ。
「それにな、何度も言うがここは商人の街。 しかも、姫さん達のように、各国からの客がぎょうさんくる……やり方によっちゃあ顧客なんていくらでもつく。 そこから生まれた資金で、三人は武力を蓄えようとしとる……」
「……理由は」
「分からんか? あんたの国や。 それが理由……魔王さんの、姫さんの国には誰がおる? サタンやルシファーなどの七つの大罪に魔界屈指の武力を誇る騎士団。 アイナっていうのが騎士団長におるやろ? どれもこれもとんでもない強者や。 わても真正面から突っ込んで勝てるなんてとても思えん。 だから資金を貯め、ありったけの武装、兵器を蓄えとるんじゃ」
「気に入らねェ奴らだな……トップでそんな腰が引けてんのか?」
「いや、それでも三人は強い。 各国が何の手も打ってないのは、軍隊を動かすのが嫌なだけではない……三人とも、国を持っとった魔王やったからや。 面倒くさいとともに、どれだけの害を被るか……それがあるから国は何もせんのやろうよ」
「……本気でバルを攫おうと……?」
譜第は静かに頷いた。
三人は、恋心を折られた事をまだ、未だに根に持っている様だ。
復習しようとしているのか、無理やりワイザの様に結ばれようとしているのか……どちらにせよ迷惑極まりない。
海斗は鼻でため息をついた。
「だからな……頼む、魔王。 わてもこいつらも、こんな形やけど商売に本気で打ち込んできた……そのつもりや……! あんたはワイザを打ち負かしたと、風の噂で聞いた。 だから頼む! 力を貸してくれ……!」
彼は頭を下げた。
続き、部下も頭を下げたーーーー
男が頭を下げる価値を、彼は重々理解している。
それは間違い無く本気。
やわな覚悟で挑もうと、助けを求めようとしているのだ。
分かる。
分かっている……
確かにバルを、はいそうですか、と、差し出すわけにはいかない。
彼は様々な、これから起こりうる事象を少々考え、間を空けたーーーーその時。
道の隅から声が発せられた。
「そうか……そんな事が今、魔界で起きようとしているのか……」
女性の声。
海斗には聞きなれた声。
というか先ほど妙な会い方をした者の声。
マテスだ。
全員がそちらに向くと、まだ亀甲縛りのまま、屋根に吊るされた格好をしている。
側近のエウニスも鞭を持ち、赤いベネチアンマスクをつけている……
「やはり、世界には暗いことがたくさんあるのだな……悲しいものだ」
「そうだな、悲しいな。 その格好でなけりゃあもっと悲壮感漂ってたんだがな」
「悪しき事を考える輩がいるとは……しかも被害に遭いそうな人物が目の前にいる……あぁ、胸が苦しい……」
「そうだな、苦しいだろうよ。 その格好はさぞ苦しいだろうよ。 物理的に締め付けられてるよ」
「姫様が苦しんでおられる……! 何かしたいが……私では力量不足! 何もできない……!」
「いや解いてやれよ! それ解いたら苦しみの九割は解消されるよ!」
二人共、頭を悩ませる様に目を閉じ、首をゆっくりと振っている。
とても苦悶し、心配してくれているのだろう。
格好が格好なだけに、あまりそうとは思えないのだが……
だが、マテスはどこか確信したようだ。
少し下を向いていた頭を、海斗の方へと向け、輝いている瞳を当てた。
「しかし……相手は三人。 狙う者は三人。 ならば、こちらもバルバロッサ様を守るトップは三人ではないか……戦力は現在のところ、拮抗しているのではないか?」
「……なんや、あの人は……」
「あぁ。 失礼。 名を言っていなかったな……私はエルフの姫。 マテスだ。 そして彼女は我がエルフ騎士の長、エウニス。 話は聞かせてもらっていた。 中央街の頂点に君臨する者は三人……そして海斗と其方と私……頂点はあちらもこちらも三人。 上等だろう? 海斗……」
「……」
海斗はそれを聞き、瞼を閉じて軽く微笑んだ。
そうだった……と。
覚悟を決めていたのは彼ら二人だけではなかったのだと、今の言葉で気づかされた。
彼女も人の上に立つ者ーーーーならば、人の役にたとうと、救おうとするのがそれの性。
己も苦しんでいた時期があるのなら尚の事。
他人が危機に立たされているのなら、喜んで手を差し伸べよう……彼女は、そんな性格であった。
よく知っていると思っていたが、その強い思い込みにより忘れ去っていたのだ。
マテスと海斗は、目を合わせる。
札生も、そこから固い信頼が築かれているのが理解できた。
どれだけ相手が強大であろうと、どれだけ困難が待ち受けていようと……心配はない。
そう思えた。
そう思えるほどに、三人の存在は肥大していったのだーーーー
「その格好でなければもっといいんだがな」
「さすがに私もキツイと思っていたところだ」




