第百三十七話 食べ物を美味しそうに食べる女性は魅力的
ナンパーーーー
それをされる者は魅力的な女性であるという証。
する男性側にも度胸がいるし、される女性も同じくそうである。
バルはその価値を利用し、己の美貌と栄光を証明しようとした。
……だが結果は無残なものだった。
何回も何回もナンパを待ったが……全てが失敗に終わったのだ。
その所為で意気消沈。
いつもの能天気は何処へやら……
元気をつけるために海斗が彼女へとアイスをあげたが、それでも暗い顔をしながら少しずつ、チロチロ舐めている。
完全に通常のバルからかけ離れた存在になってしまっていた。
その上、また良からぬ事が起きようとしているーーーー
三人がアイスを頬張りながら進もうとした方向から、五十人程度の男の群衆がこちらへと横行闊歩しているのだ。
「……なんだあいつら。 道を広くとって歩いて……邪魔なんだけど。 人の事考えたことあんのあいつら」
「おそらく彼らは……石の騒擾......だと思われます。 最近、中央街にて勢力を拡大させている団体ですよ……どこからも支配を受けない中央街では好き放題しやすいでしょうね、これからは自分達が牛耳っていく、なんて事を大きくではないですが宣言しているそうですよ」
「へー。 周りを見えていない典型的な自己中心型だな。 迷惑極まりない」
シウニーが言うにはそうらしい。
確かに、言われるように構える店が客への呼び込みをしなくなった。
その上客自身もあらゆる方法で彼らを避けるために、店の中に入る者もいれば、背を向けて店の方へと集中している様に見せる者もいた。
シウニーもそうしようかと考えた。
だがしかし、海斗がそうしようとする素振りを見せることなく、普通にアイスを食べながら眺めていたので行動には移さなかった。
バルはバルで悲しみの中に存在し、こちらの世界で生きていない様であったために気にしてもいなかった。
というか見えていなかった。
気づいていなかった。
徐々に近づいてくる集団……
それでも三人は避けようともしない。
そしてアイスを買った店の店主も、奥へと姿を消してしまった。
海斗はこれらを物珍しく思い、ひたすらに彼らを見つめるーーーー
「……? おい! 止めてくれ!」
すると彼らの中の一人が視線に気づき、歩みを止めるように指示を下した。
彼は少々ふくよかな体型、身は百七十後半と、海斗とあまり変わらなさそうだ。
そのまま近寄ってきた彼に、海斗はいいものを食べているんだろうという感想が心に浮かび上がった。
そしてまたアイスを頬張った。
「……おいお前……何ジロジロ見てんだ……?」
「いや、邪魔だなーって思ったから見てただけですが」
「邪魔ぁ……? おい聞いたか、俺たちが邪魔だってよぉ!」
彼が後ろの集団に言葉を浴びせると、集団は静かに笑いをこぼし始めた。
それは彼が思い描く反応だったのだろう。
同じくニタリと笑みを浮かべた。
意思疎通が終わるとまた海斗の方へと振り向き直し、笑いの種となるものを望んだ。
「あぁそうかもなぁ、俺達は他の奴からしちゃあ邪魔なんだろうよ。 それがどうした?」
嘲笑をふんだんに含めた物言い。
適度な鬱陶しさが胸に刺さってくる。
彼はそれを狙って言っているのだろうし、立場を優勢にしようともしているのだろう。
策士とまでは程遠いが、挑発も適度にのっている。
後ろの集団も、共同で行っているかの様に嘲り笑う。
「……え……」
……だが海斗がそんな挑発に乗るはずもなく。
「迷惑だと知っててなんで横に伸びて歩くんですか?」
「……」
心に浮かぶ疑問をぶつけた。
当然の結果だ。
迷惑と感じているのにわざと行動に移す意味が、彼には分からなかった。
これには相手も表情が止まる。
完全なる静止ーーーー
徐々に徐々にしぼんでいる。
「なんで迷惑をかけてまで他人を邪魔しようとするんですか?人からの注目を浴びたいんですか?」
「……え……いや……そういうのではなく……」
「なんなんですか?なぜに迷惑を掛けたがるんですか?僕にはよく分からない神経をお持ちなので聴きたいんですが……あ、もしかしてドMなんですか?『邪魔だなこいつ……いなくなればいいのに』という目を向けられたい系の人なんですか馬鹿なんですか?」
「だから……そういうんじゃなくてだな……ほら、上に立つ奴らって、こういう事しない? 我が物顔で歩くみたいなさ……」
「え!? 自分で自分達が上に立つって言っちゃうんですか!?」
「あ、いや今のは言葉の綾っていうk」
「大体ね、上に立つ人っていうのは他人からそう思われてやっとたつもんなんですよ。 なのに自分から上に立つとか言っちゃうんですかバカなんですか」
「もういいから! 分かったからこっちが悪かったから! すいません! もう言いません!」
彼の言葉攻めに観念したようだ。
男は慌て、無理やり言葉を遮り、頭を下げた。
「それでよろしい。 やはり自分は下に立っていると思うのが一番いいんだよ。 偉そうな態度はとらない。 偉そうな口はきかない。 これ社会の常識」
「……」
海斗は己が思うマナーを男に叩き込んだ。
教える方も敬語、教わる方も敬語。
これでいい。
教わる事に年齢はない。
歳を重ねた者から教わる事が多い、けれども若い者から教わるというのも実際にある。
硬い考えは時に身を滅ぼしかねない……
他人の意見を受け取る姿勢を作るのが、何よりの生きる手段である。
彼はそう訴えたかった。
……しかし、やはり悪人は悪人。
素直に受け取ったかと思いきや、機会を伺っていたのだ。
最後の言葉を置きに行った海斗ーーーーそれが僅かな隙に見えたのだろう。
男は顔を見られない状態を良い事に、静かに弱く口角をあげた。
そしてすぐさま右手を握り締め、次の行動に適した態勢を整えた。
「ーーーー! 魔王様ッ!」
それにシウニーがいち早く察した。
海斗に迫り来る危機。
数秒もしない内に拳が真下から海斗の顔面に飛んでくるであろう。
ーーーーしかしながら、危機が迫る張本人が、これに気付かないはずがなかった。
彼は男の方へと目を向け、身体の中にある芯を反応させた。
その瞬間拳が下から放たれる。
海斗は怯む事無く身を後ろへと引き、躱すーーーー
そのまま行き場所のなくなった男の腕を掴み上げ、鳩尾にひざ蹴りされ、男は沈み切った苦しみの声を一瞬だけ漏らす。
滑らかな動作で、海斗は最後に背負い投げを実行した。
結構な勢い。
男の思い体重もあってか、地面が少し振動する。
海斗は何食わぬ顔で、冷静な判断を下した後にはやはり冷静な顔を作り上げる。
それにはほんの僅かな呆れの成分も入っているようにも見えた。
「て……テメェ! 俺たちの仲間に何しやがんだァ! 何手ェあげてやがる!」
「あぁ? 俺に非があるってのか? 何かの冗談だろ。 俺は正当防衛を行っただけだ。 文句があるなら先に仕掛けたこいつにいいな」
「……ッ!」
倒れた男を擁護する集団。
だがしかし何も的を射ていない。
彼らが主張する意見は全てが不可解であり、尚且つ不正確。
先に手を上げようとしたのは間違い無くこの男。
結果として痛さを与えられたのは男だとしても、きっかけを作ったのは不動の事実。
男だ。
海斗はそれを主張した。
しかし集団は何も納得していないようであった。
誰もが海斗を睥睨し、憤りを感じていた。
「クソがァ! やっちまうぞガキィッ!」
やはり、暴力に身を委ねるものはこうなってしまう。
口で勝てないようであれば、拳。
己の拳に頼るしかあるまい。
海斗もこれを理解していた。
つい先ほどの少ない口論の時から刀二振の柄に手を当てていた。
「上等だオラァッ! 何だ石の騒擾って! 難しい言葉を覚えたらすぐに使いたくなる子供のネーミングセンスと同じじゃねェか! こっちはなァ! 石の強度にも負けない、まな板の殊勝がいるんだぞ!」
「ちょォッ! 私まで巻き込まないでくださいよ! 今までの会話、私ほぼ無関係なんですからね!」
「こいつはな! めちゃくちゃ強いんだぞッ! と、いうわけでお願いします! シウニーの姉貴!」
「話を聞けェェェッ! 全責任を私に押し付けてくんなァッ!」
刀に手をかけてはいたのだが、一向に抵抗するそぶりを見せない。
それどころかシウニーに押し付けようとしている。
彼女も彼自身が戦うように仕向けるが、状況は変わらない。
きっと大人数を相手取るのが面倒くさい、と思ったのだろう。
時が下す判断にまかせようとしているのだ。
そうしている間にも集団が海斗を襲いかかろうと距離を縮めているーーーー
拳、短刀、斧鉞など……各々所持している得物を彼に向け、地面を力強く蹴り進む。
風がうなる。
怒りが加速する。
そこでようやく、海斗は刀を抜き、彼らに麺を向けて睨み返した。
もう距離はほぼほぼ無い。
どちらか手を伸ばせば届いてしまうーーーーそのような位置。
海斗は木刀を構え、集団の先頭に立つ男は短刀を
一斉に目標へと振りかかっていったーーーー!
「やめんか、埃がたつだろう」
……だが、得物の終着は、誰もが思うようにならなかった。
直撃する既の所でピタリと止まる。
聞きなれない男の声一つによって。
それは集団の後ろから聞こえた。
一度の経験、故に判断するには少々厳しいものがあるが、人間でいえば三十前半の声だろうか。
非常に聴きやすい声であった。
であるからこそ、この雑音が入り乱れた空間でもはっきりと聞こえたのかもしれない。
一切の動きが消失した集団の中を、正確に布の中を当たらず進む針の様に、海斗へと向かって来ている男が一人いた。
これが声の張本人。
おそらく……この集団の核。
そう睨む海斗の予想を裏切らず、彼は完璧に姿を明瞭にさせた。
「お初にお目にかかります、陛下。 うちの部下がご迷惑をおかけした様で……」
「……やっとこさ話の通じる人が出てきて安心したよ……で、あんた名前は。 俺を陛下なんて呼ぶくらいだから……俺のことは知ってんだろ」
「あぁそうでしたねぇ。 自己紹介がまだでした。 うちは石の騒擾の頭……金鋼札生と申します」
そう名乗った男は黒の短髪。
視線は少々切れ目。
古風な二枚目というところであろうか……
商売の頭としては向いているのかもしれない。
そんな彼は、海斗へ自己紹介を済ませた後、後ろにいる女性へと目を向けた。
それはバルだ。
まだ彼女は死んだ目で、アイスを少しずつ少しずつ舐めている。
もはや生きているのか分からない程だ。それほど心に深い深い傷を負ってしまっていたのだ。
そんな彼女に、札生は疑問を浮かび上がらせる言葉を放り投げた。
「非常にお久しゅうございます。姫さん」
「…………ぇ……?」
それには、周りを『無』と判断していた彼女も反応せざるを得なかった。
だがそれは、とてもとても弱く、数秒遅れで行った反応であった。
まだ目には光が灯っていないーーーー




