第百三十六話 急に自信を削がれた時は無心になれ
「よーし! 来ました中央街ッ! 今こそ私の華を見せる時ッ!」
国の姫、バルバロッサはモテていた。
それはそれはモテていた。
自分は高嶺の花であったし、あらゆる男の求婚を断ってきた。
まさに今生の玉輪。
天上の金剛。
誰もが欲し、誰もが成し得なかったとーーーー
本人談。
だが誰が信じようか。
それを見た者以外、誰がすぐさま首を縦に認めようか。
現にぐうたらを極めに極め、仕事をする海斗の隣でただボーッと座っているだけの彼女。
ひとまず海斗は信じられない。
いやいや本当ですと、バルもバルで引き下がらない。
信じてもらえないのなら手段がある。
それは中央街でナンパされる事。
ただ歩いているだけで男から誘いの声がかかれば信じてもらえるだろうと、彼女は提案しーーーー
今に至る。
口角をとびっきりにあげ、目は確信で染められている。
手も腰に当て、胸を張る体勢となっている。
とても自信がありそうだ。
「無理すんなよ〜、ダメだと思ったらすぐに国に帰る事だ。 大丈夫、笑いやしねェからよ」
「ご安心を。 目がハートに変わった男性をたくさん連れて帰りますので。 もう惚気に惚気た男性をね!」
「フラグにならんよう、気をつけるこった」
「それもご心配なく。 私はフラグもまな板も折る女ですので!」
「余計なもの入ってません? 後者は折っても意味あるんでしょうか姫」
フラグも折る女……
その言葉が現実のものとなればいいのだが。
「では行ってきます!」
意気揚々と中央街の入り口より歩き出すバル。
そして距離をとって歩き始める海斗とシウニー。
何かあった時の保険のようなものだ。
相手側が何かをやらかそうとした時に動く……
いや、バルの方が何かをやらかしそうだ。
その時の抑制係として彼らは二十メートル程後ろについて歩いている。
「…………!」
するとバルは一つの目標を見定めた。
前方よりやってくる茶髪の好青年。
背はバルよりも少し高い程度。
接しても害は無いと感じたのだろう。
薄ら笑みを浮かべ、大人の余裕を見せ始めるーーーー
「……お、何かするようだぞ」
それには海斗達も気づき、注意を向ける。
何か変な事をしでかすようならば止めねばならないーーーー
主にバルの。
そしてどんどん距離を詰めてゆく……
五メートル、三メートル、一メートルーーーーもう交差する、瞬間。
ハンカチを青年の前に落とした。
「……!」
「は、ハンカチ……ィ!?」
そうだ、ハンカチを落としたのだ。
それは古来より、関係の作りとして用いられてきた手法。
『あ、すいませーん。 よければお茶しませんか?』 とか 『もしかして、君、〇〇ちゃん? あ、違うかー……でもさ、ここであったのも何かの縁。 一緒にお茶しない?』 などの高度なナンパテクを持っていなくとも、男女が使える簡易な技……
それをバルはやってのけた。
彼女の思惑通り、青年はハンカチが落ちたことに気づき、それを拾うーーーー
そして通り過ぎたバルに優しく声をかけた。
「あの……ハンカチ、落としましたよ」
「え……? あぁ、ありがとうございます……気づいてくれなければ、手を拭う事すらできなくなるところでした……」
詮無い会話を紡ぐバル。
青年も滑らかな受け答えをしている……
美少女と美少年の会話、と呼ぶにふさわしいかもしれない雰囲気だ。
「……あれ? 案外うまくやってる?」
「ですね……心配しましたけど、結構いけてますよ」
初めの方で素が出てしまうと思っていたのだが……
どうやら彼らが予想した形にはならなさそうだ。
「あはは、そうですか。 それは良かった」
「えぇ……ありがとうございます。 こんな私のような女のために……」
このままいけばかなり良い雰囲気にたどり着けるのではないか?
という場所にまで行き着いているのだが……
そうは問屋がおろさないのが彼女、バルだ。
なぜか彼女は、ウインクを連発し、右手で髪をはらう仕草を連続的に行った。
お色気ムンムンというよりかは欲望ムンムン。
海斗に強気で言ってしまった所為か、どうしてもナンパしてもらいたいらしい。
青年は口をにこやかに、キョトンとしてしまってる。
「……あれは果たしてうまくいっていると言っていいのでしょうか」
「いやあれはダメだな。 ただの変質者としか視認されていない」
ウインク、バキューンバキューン。
髪を右手でさらっさら。
どう見てもモテる要素は無い。
過去の栄光が一瞬でも垣間見える部分は無い。
ナンパ待ちの女性の仕草では無い。
すごく下手。
とても拙い。
稚拙かつ幼稚……
「あは……は。 では、僕はここで……」
「ぇ……あぁ、そうですね……では……ありがとうございました……」
結果として、青年は離れていった。
微弱な引きつりを顔に残して……
突然の別れの告白に、バルは一瞬戸惑った。
これから察するにとても自信があったのだろう。
離れていった後に込めた力が一気に抜け、しおれていく様がよく見て取れる。
「大丈夫ですかね……?」
「ダメだと思う」
ーーーーー
その後も、ナンパ待ちを繰り返した。
しかも同じ手口で。
もうハンカチが落とされている回数は六度に昇る……
土で若干の汚れが付いているハンカチーーーー
いや、それよりも彼女自身が汚れているような感じがする。
行うごとに何もなかったかの様に振る舞われ、去るーーーーそれを立て続けに食らい、ほぼ満身創痍。
初めの自信は何処へやら。
彼女は脱力し、よろよろと身体を振りながら二人の方へ近づいてくる。
目に光が灯っていない。
その暗さのまま、海斗に身体を預けるが如く、抱きついてきた。
顔は彼の胸に沈み込ませているので認識はできないが、ワナワナと涙を流す姿が目に浮かぶーーーー
「……」
「あれですよ姫……見る目がなかったんですよ、男性の」
「……」
「そ、そうだな。 男の見る目が無いんだよ。 腐りきってお前が女性か男性か分からなくなる程にまでゾンビってるんだよ」
「……」
あらゆる言葉に無反応なバル。
流石にこの状態にまで追いやられた彼女に、いつもの様に罵声を与えるほど強く無い海斗。
今は優しく言葉を与えている。
「……本当に……モテたんです……よ……」
「分かった。 分かったからもう言うな。 信じるから。 アイスクリームでも奢ってやるから今日の事は忘れな。 な?」
「…………はい」
ーーーーー
かなり深い傷を負ったバル。
今も海斗の横でしがみ付き、力なく歩いている。
今日ばかりは 『暑苦しい』 などという拒否の言葉は言わない。
左腕で彼女を包み、右手で頭を撫でているーーーー
こうまでしなくては、本当に壊れてしまいそうだった。
「バル。 ナンパっていうのはな、狙ってするもんじゃねェんだよ。 真に余裕のある女性ってのは機会を待つもんなんだよ」
「……」
なんとか立ち直って欲しい。
その一心で元気つけようとする海斗。
優しく、ソフトな感じで接しなければならない……
「……では魔王様。 ああいうのはどうなんですか?」
すると急にシウニーが大通りの隅を指差した。
そこにいるのは二人の女性。
尖っている耳が特徴的な女性だ。
彼女達を、海斗は知っている。
エルフ族のマテスとエウニスだ。
久しぶりに見た気がしたーーーーが。
何かやっている事がおかしい。
マテスは亀甲縛り。
エウニスは鞭を持って、二人は会話を交わしていた。
「エウニス……冬は寒いなぁ!」
「そうですね姫! これは何か温かみのあるものが必要ですね!」
「だな!......それは、コタツでも湯たんぽでもいいんだが……何か違う……人の温かみが必要だ!」
「ですね! 姫!」
「人の温かみというのは全てを叶えてくれる……! 欲を埋めてくれる! 主に! 『か』 から始まり 『と』 で終わる人間がいいなぁ!」
「ですよね姫!!」
何か会話……の様なものを交わしている二人。
「あぁ、違う違う。 あれは世界が生み出した欠点だ。 関係を持つんじゃねェぞ。 こっちまで取り込まれるからな」
「はぁ……」
三人はこれを無視し、進んでいった。
ーーーーー
その後、三人分のアイスを買った海斗。
二人は美味しそうに頬張っているが、バルはそうではない。
暗く、非常に暗く、ちびちび舐めている。
味蕾に刺激が行き渡っていない様だ。
甘さなんて感じていなさそうであった。
「世の中何もかもうまくいかないもんだ。 このアイスクリームの様に甘く進めればいいんだがな」
「……」
ここでも励ましが入る。
それでもまだショックが大きいのか、元気の一欠片も見えない。
まだまだ暗さが心を覆っている……
「では、あれはうまくいってるんでしょうか」
またしても、アイスを頬張りながら大通りの隅を指差す。
そこには、またしても二人の女性。
先ほどのエルフ二人組だ。
しかし状況が少し違っている。
エウニスは鞭を持っているままだが、マテスは亀甲縛りのまま、鉄で作られた店の屋根に吊るされている。
「あぁ寒い! まるで釣竿に吊るされたまま放置されたマダイの様だ! 何か温かいものが欲しい!」
「欲しいですね姫ッ!」
「すごく欲しい! できれば海斗が欲しい! 海斗ォ……私をナンパしてくれないものだろうか!」
「ナンパして欲しいですね姫ッ! どんなナンパをご所望で!?」
「そりゃあもう、とろける様なナンパを欲しているぞ! 抱きつかれ、耳元で 『もう……我慢できないんだ……』 と囁かれ舌で口を埋められる……そんなナンパを!」
「いいですねぇ姫ッ!」
またしても会話の様なものを交わす二人。
ただ直感的に思い浮かんだ言葉を発しているのだろうか。
そういう風に見てとれる。
「あぁ、違う違う。 あれは甘すぎる変態だ。 元々は肥溜めから生まれたから甘さとかいう味が分かってねェんだよ」
「は、はぁ……」
またしても無視をしようとする二人。
バルは目にも入ってなさそうで、ただ海斗を目印としてついて行っている。
三人は進もうとしたーーーーが……
その方向から、五十人程度の男達がぞろぞろと歩いてきていたーーーー




