第百三十二話 どうでもいい景色をよく覚えていたりする
「おぉ、もしかして、その後ろ姿は……海斗ではないか?」
「……?」
突然背後から声をかけられる。
質感は女性のもの。
彼女が海斗を知っているように、この厚みがあり、全てを貫かんとする声を、彼もまた知っている。
それは懐かしい記憶と共に鮮明となる。
彼の記憶に染み付き、こびりついたそれは簡単に引き剥がす事ができないものだ。
彼はそれらを感じながら、抵抗なく後ろへと振り返った。
他の四人も同じ行動をとる。
彼らの目の先にいた人物は、白い長髪の女性。
黄金の瞳の奥底に漆黒が存在している……決して気を抜いてはならない緊張を醸し出している。
四人は目と首を傾げたが、海斗は一驚を含めた親しみの表情で返した。
「おま……シアじゃねェか……!」
「久しいな、生きていたんだな海斗」
「勝手に人を殺すな。俺もお前が生きていた事に驚きだよ。どっかでのたれ死んでるのかと思ってたよ」
「ヘタレで男として死んでいるお前に言われたくないな」
「相変わらず減らず口は直ってないようで」
対面した彼らから出てくる言葉は悪口の類のものばかりだったが、どこか再開の嬉しみが込められている気がした。
その証拠に表情は柔らか。
完全に二人だけが作る事ができる空間にいた。
他の者が見えないかのようにーーーー
それに耐えかねたバルが、二人の会話に割って入った。
「魔王様、どなたですか?」
「んー?あぁ、こいつはな俺の……あー……旧友?かな。名前はアナスタシア・澪羽。昔の知り合いだ」
「初めまして……なんだ海斗。ハーレムを形成させたのか?ヘタレからたらしに進歩だ。よかったな」
「やめてくれ、こいつらでハーレムなら、ライオンの雌を並べただけでもハーレムだ」
アナスタシア、そう呼ばれる彼女は軽い挨拶をとばした。
それをこちらも返そうと四人もしようとするが、そうする前にまた会話が始まってしまった。
ふかしたエンジンの行き場所は弱い会釈だけになってしまった。
些細な出来事でも、ここまで会話が発展されるというのは……本当に仲が良いらしい。
今も会話を続けている。
「で……何故海斗はここに?」
「俺はクエストをこなして資金稼ぎをな……いらん人数が付いてきたから半分食べ歩きのようになっているがよ」
「なるほど……私も同じような感じだ。お金は大事だからな」
「あ、あの……ぉ……」
ここでシウニーが止めに入った。
このままで永遠に話が続きそうだと感じたからだ。
彼女の介入に二人は会話をやめる。
海斗は意図が分かったようで、僅かに慌てた様子で進展を早めようとした。
「あ、そっか。すまんシア、依頼を見つけなけりゃあいけないからよ」
「そうだな、こちらこそすまない。懐かしくてついつい話し込んでしまった」
これでようやく終わる。
海斗は四人を連れて離れようとしたーーーーーのだが、アナスタシアが静止させた。
それと同時に提案を持ち出したのだ。
「ちょっと待て……詫びといえばなんだが、私は今、依頼を持っていてな……」
「却下する。お前が持ってきたもんは信じられん」
「聞くだけでも良いだろう!?報酬は弾み弾み!合わせて六人ならすぐ終わるぞ!」
「……」
「聞くだけ聞いてみましょうよ魔王様」
「……分かった……」
彼は渋々承諾した。
それでもアナスタシアは嬉しそうで、にこやかに、満足そうに微笑んだ。
これからも彼女との関わりは続くらしい。
嬉しくもあったが、嬉嬉ばかりもしていられない。
彼女との、昔あった事を思い出すそぶりを見せる海斗……
心配そうであった。
ーーーーー
彼女、アナスタシアは内容を語ってくれた。
主な内容は、とある国の城に潜入するのだと。
聞くところによれば、城の主は自由奔放な行動をし、挙げ句の果てには民を使ってストレス発散、豪遊を繰り返しているらしい。
できるだけ彼の情報を持ち帰り、瓦解を計画する組織に渡すことが、彼女に依頼されたもの。
おそらく彼女の実力を見越してのことなのだろう。
その大きさは、海斗が一番理解している。
ふむ。
内容を聞く限りでは、それほど難しいことではない。
その上こちらは姫に堕天使、騎士団団長に配下の守護者ーーーー猛者ばかりだ。
失敗する理由が見当たらない。
間違いなく成功に終わるだろう。
作戦遂行時間は真夜中。
皆が寝静まった時を狙う。
なるほど、必ず成功させようとする意気込みを感じさせる。
これはもう間違いない。
それまでの時間に達するまで、六人は中央街を歩き回り、暇をつぶしたーーーーー
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ーーー
時間だ。
ただいま夜の十一時。
太陽など見る影もなく、その恩恵としての形で満月が地上へと光を反射させながら浮かんでいる。
中央街はまだまだ賑やかに血を通わしているが、他の国としての機関はもうほとんど眠りに落ちてしまっている。
すなわち今が好機。
向かうべき時ーーーー
時間がそうしているように、彼らは動き出した。
中央街から出立ーーーー目標地点までまっすぐに足を動かしてゆく。
己の意思であるがままに。
依頼というものの執着に従うがままに。
彼らは着実に一歩一歩進んでいった。
とは言っても、アナスタシア以外に目標地点を知る者はいない。
内容だけを渡されたのだ、無理はない。
故に、彼女を先頭に歩いている。
少なくとも海斗は、知らない場所を歩いている。
歩いている……
歩いている…………のだが。
のはずなのだが、どこか知っている道。
なぜだろうか。
全容、全て、この尽くは知らないが、頭の中に大きな欠片として残っている。
それも、ごく最近のものとして。
どうやら自分が知っている場所に行くらしい
しかし、こんなことがあり得るだろうか。
……いやあり得ない。
魔界で海斗が知る国など、ない。
ほぼない。
名前はよく聞くが、直々に向かった場所などないのだ。
なのに何故、通り道が己の記憶として刻まれているのか……
「……さぁ着いたぞ……ここだ」
そう彼が思案していると、アナスタシアが五人に到着を告げる。
気づけば正門の前に立っていたのだ。
危険ではないかと感じたが、門番がいない。
果ては見回りもいない……不用心な国だ。
自分勝手に振舞っていながら、自分の守りができないとは……笑止。
だが立派な国だ。
レンガで丹念に作られた外壁ーーーーそうそう崩れはしないだろう。
正門が開いていなくとも目に入る城ーーーーそうそう陥落はしないだろう。
ここから思い浮かぶ民、兵達ーーーーそうそう敗れはしないだろう。
忍び込むのが億劫になるのが普通。
彼もその一歩手前までに至った。
……だが、その一歩を現実は許さなかった。
ん?
なんかどこかで見たことあるぞ。
という思いが。
レンガで丹念に作られた外壁?ーーーーそうそう、そんな感じそんな感じ。
正門が開いていなくとも目に入る城?ーーーー内装が思い浮かぶぞ……
ここから思い浮かぶ民、兵達?ーーーーすごく明確に思い浮かぶんだが。
……ていうか、この国……
「俺の国じゃねェかァァァァァァァァァァァァァッ!!!」




