第百二十六話 ハロウィンは一種の軽い脅し
「ご主人様……ハロインって何ですか……?」
「ハロイン?」
自室で書類整理を進めている海斗。
そんな彼の元に、エリメが訪ねてきた。
彼女は 『ハロイン』 と言った。
非常に慣れていない発言ではあるが、彼は瞬時にその意味を悟った。
十月三十一日ーーー
人間界で最も浮かれる日と言っても過言ではない。
それは決められたお祭りごとがあるからだ。
名は『ハロウィン』
しかしながらこれは、人間界だけの祭りではない。
魔界も同じ……
人間界と同じように楽しむ概念となっている。
だがそれを、エリメは知らなかった。
小さい時からついこの間まで、奴隷生活を余儀なくされ、外界の出来事、催しものなど知識としてないのだ。
それは当然かもしれない。
それを埋めるために、彼女は海斗の元に訪ねた
故に、現在の主人である海斗が教えていかなければならない。
それが彼女のためでもあるからだ。
「あぁ、ハロウィンね。エメラルドスプラッシュするのかと思った。ハロウィンってのは、今日、十月三十一日に行われる祭でな?お菓子をブン取ってもいい日なんだ」
「お菓子をブン取っても……?」
「そう。例えば、シウニーがお菓子を持っているとするだろ?それを無理やり奪い取ってもいいんだよ」
「奪い……?」
「そうだ。でも人を選べよ?サタンとかだったらお菓子を死守するからな。あいつ欲張りだから」
エリメに新しい知識を吹き込む海斗。
それは新鮮で古めかしいもの。
世界の常識になっている習慣だ。
「いえ、違いますよね魔王様。なに適当な事教えてるんですか」
すると海斗やエリメとは違う声が発せられる。
エリメよりも、もっと成長した声だ。
海斗の横に、その発生源が存在した。
赤色の髪、淡い青のノースリーブ姿……部屋の中では一番透き通っている威厳を示す女性。
シウニーだ。
彼女は海斗の話に横槍を入れた。
それは間違っている……という声と視線を彼に向ける。
「あれ? シウニーいたの?」
「いたの?じゃないですよ。 仕事手伝ってくれって言ったの魔王様じゃないですか」
「あ、そっか。 いやごめんごめん。 ただの写真立てかと思ってた」
「私の事を胸だけで認識してません!?」
「そりゃそうだろう。 お前に貧乳とツッコミ役抜いたらなにが残るんだ。 ただの赤髪が生えてる村娘Aになっちまうよ」
「あんたは本当に……! この小説での私の価値分かってます!? ツッコミ役一割しかいませんからね!? 片手で事足りるくらいの数しかいませんから! ぞんざいに扱っていいものではありませんから!」
「あぁ分かった分かった。 ありがとございます〜」
「全然分かってないよこのバカ魔王……!」
指摘を適当に流されるシウニー。
相変わらずの口論だ。
彼女に優勢が訪れる事はない……
そんな事よりもエリメの問いだ。
それを答える方が重要……
シウニーの意見はその次だ。
海斗がさらなる答えを提示しようとするーーーと、シウニーが先に口を動かした。
「ハロウィンっていうのは、子供達がお化けやゾンビに仮装して、お菓子を貰っていくお祭りなんですよ 。元々は秋の収穫を祝ったり、悪霊払いをするお祭りなんですが……でも、もうその形というより、日本では人々がただ楽しむイベントのようになりつつあります。 そんなお祭りを、ハロウィンっていうんですよ?」
「へぇ……!」
目を輝かせるエリメ。
新しい知識を得られて嬉しいのだろう。
イベントを楽しみたい……というのではなく、専ら知るという行為そのものが嬉しく感じるのだと感じる。
「俺もそうやって言おうとしたんだがなぁ……」
「全く違いますよ。 ブン取るとかいう単語出てきませんでした?」
僅かに呆れるシウニー。
彼の言い訳に、良い表情を作りはしなかった。
どれもこれも違った知識を植え付けようとしただけに見えなかったのだ。
「そしてですね、お菓子を貰う前には『トリック オア トリート』と言うのです」
「トリック オア……トリート?」
「そうです。 直訳すると、お菓子かイタズラか、になります。 つまり、お菓子をくれなかったらイタズラするぞっていう意味なんですよ」
「それも立派な脅しだよなぁ?」
「違いますから! 魔王様はもうしゃべらないでください!……ですから、今日はこれを色んな人に言うと良いと思います」
「色んな人……」
本日限りで許されるルール。
それを目の前に少々困惑気味のエリメ。
自分がそんな脅しに近い言葉を言って良いのだろうか……そんな不安と心配が入り混じっているのだ。
実にエリメらしい感情。
海斗はそれを察し、心を掃除しようとする。
「そそ。 例えば……シウニーに『|Catting board(まな板) or |iron plate(鉄板)』って言ったら野菜をくれるぞ」
「どんなシステム!? 胸を全面的に押し出しすぎでしょう!」
「カッティングボード オア アイアンプレート」
「真似する要素ゼロですよエリメちゃん! 野菜持ってませんから!」
「……この場合は、どうすれば良いのですかご主人様」
「あ〜……これからシウニーを鉄板と呼ぶ」
「分かりました」
「私が分かりません!! シウニーで良いですから!」
いつも以上にわけがわからないこの男。
もはやハロウィンの概念を逸脱してしまっている。
自分の事を標的にしなくても……彼女はうんざりしている。
「魔王様〜! トリックオアトリート〜!」
するとノックも無しに、いきなり開扉される。
開扉者はバルだ。
顔を見せるか否かのところで、彼女は例の言葉を口に出した。
やはり本日はたとえ姫であろうと浮かれるのだ。
……いつもだが。
「あぁ〜、ごめん無いわー」
「え〜……じゃあイタズラですよね〜」
指を触手のように蠢かせる彼女……顔には影が映え、企みを蓄えているかのよう。
事実、ハロウィンは彼女にとって最大の能力を与えてくれる。
お菓子も好き、イタズラも人並み以上に愛するバル……
『ハロウィン』というバフをかけた彼女は最高にブッ飛んでいた。
「いや、俺はパスで。 代わりにシウニーにしてくれ」
「なんでェッ!? 私今の会話に関わってましたか!?」
「シウニーですか……まぁ、いいです」
一つも無い。
全然良くない。
こちらとしては全く良い点が無い。
「ではシウニー。 カッティングボード オア アイアンプレート」
「姫もォッ!? 何故知ってるんですかその言葉ァ!」
「当たり前でしょう……貴女を表す最大の二項目ですから。 で、野菜ください」
「ハロウィンでもらうの野菜でしたっけ……!? もちろん持ってませんよ!」
著しく声を荒げながら呆れるシウニー。
こんなはずではなかった……
普通ハロウィンは、楽しくなるものだ。
だが違う。
今日も自分は静止役に回らなければならないーーーーー
「ではイタズラとしてこれから貴女を鉄板と呼びます」
「シウニーで良いですッ!!!」
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「よしエリメ、これから色んな奴らに 『トリック オア トリート』 と言うんだ。 んだらお菓子をくれるからよ」
「は……はい……」
あれから少し経った。
今では外に出て、先ほどのメンバーで城下町を歩いている。
街ももはやハロウィン一色。
ジャックオーランタン、お化けやコウモリ、クモのぬいぐるみなどの装飾が至る所に付けられている。
煌びやかだ。
なれば最大限に楽しむしかない。
海斗はエリメにそうするように促した。
……しかしながら、彼女は臆病、恥ずかしがり屋などの性格をしているために、中々踏み切れないでいる。
頭をしゃがんだ海斗の手に撫でられながら、目を下に向けている。
どうしたものか。
「魔王様〜」
「んぁ?」
エリメの方に目を向けている彼、その最中に名を呼ばれる。
前方からのそれに顔を向けてみると、そこにいたのはルシファーだった。
不気味にも取れる朗らかな笑顔を作りつつ、こちらへと歩いてきている。
「トリック オア トリート〜、ですよ〜」
「お前もお菓子を欲しがるんだな……」
「勿論〜、だって折角のお祭りじゃないですか〜……」
ごもっとも。
その感情を今のエリメに分けてやってほしいぐらいだ。
「ですので……お菓子くださーい」
「いや俺は持ってねェな」
「そうなのですか……では、カッティングボード オア アイアンボード〜」
「貴女もォッ!? どんだけ普及してるんですかその言葉ァ!!」
「そりゃあお前全世界共通の合言葉だろうが。 野菜もらえるだろうが」
「貰えません! 持ってません!」
ルシファーも例の言葉を言い出した。
もう何が何だかわからない。
「持ってないのならば……貴女を崖と呼びましょう……」
「シウニー!!!!」
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「魔王様ぁ……」
「トリック オア トリックだよー」
「エ゛ェ……」
ルシファーも加えて街を練り歩く。
変わらずエリメは恥ずかしそうに身を収縮させている。
対策を考える海斗……
そんな彼の前に、トラウマの一歩寸前の二人が現れる。
粘着質、ストーカー、背後からの視線の痛さ、その他もろもろドロドロ果汁百パーセント。
マモンとレヴィ、七つの大罪の二人だ。
彼女らは海斗に、友愛をはるかに超えた視線を当てる。
愛情を向けられれば嬉しくないものなどいない。
しかし彼にとってはありえないほど高くそびえる壁となる。
「今ぁ……濁点がついた感嘆の叫びが起こたのですがぁ……」
「いやそんなこと言ってねェよ? 全く言おうともしてねェよ」
「あ、わかった。 きっとあれだよ。 お菓子じゃなくて俺をあげる、とか言おうとしてたんだよ」
「そっかぁ」
「そっかぁ、じゃねェよ! そんなこと言うわけねェだろ!!」
「これが俗に言う 『ツンデレ』 だよ」
「そっかぁ」
「そっかぁ、じゃねェよ! どこに需要があんだよ!!」
声の羅列。
二人は無意識に押し切ろうとしているようだが、海斗は流されまいと必死。
「ではぁ、ハロウィンに則ってぇ、お菓子くださ〜いぃ」
「すまんな、お菓子ないんだよ」
「あらぁ、そうなのですかぁ」
「う〜ん、じゃあ、カッティングボード オア アイアンプレートだね」
「いやどんだけ普及してるんですか!? 持ってないですからね野菜なんて! 見てわかりませんか!? 私RPGの主人公みたいに異次元バッグ持ってないんですよォ!!」
「あれそうなのかい? じゃあ今から君のことをクレーターと呼ぶよ」
「もはやそれへこんでます!!!」
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「海斗、トリック オア トリートだ」
「トリート」
「あらま? お前らも来たのか」
先の二人も加え、大世帯で移動する。
エリメも、人数に紛れている所為か恥ずかしそうな顔がいくらか弱まったように感じられる。
海斗はそれを嬉しく思う。
人数が増えることで、彼女が少しでも楽しく思うのならば、粘着愛情塊の二人を外語に引き連れることも厭わない。
……厭わない。
そう固く心に刻んでいる彼の前に、悪魔ではない女性が現れる。
マテス、エウニスのエルフだ。
「そりゃあ来る。 年に一度の祭りだぞ? 海斗の元に行かないでどこに行くというのだ」
「じゃあ楽しんでいけ。 俺らはあっち行くから」
「いや待て待て! 何のためにここに来たと思っている! 海斗からの寵愛を受けに来たというのに!」
「お菓子じゃねェのかよ! そっちの甘味かよ!」
「当たり前ですよね姫!」
「当たり前だよね!」
「ハロウィンだからお菓子のために来たんだろ!?」
「……まぁそうだな、お菓子をもらいに来た」
「器用な変換するなお前ら!」
お菓子目的でこないハロウィン参加者なんているのだろうか……
少なからず甘味の魅力に惹きつけられるものなのだが。
「ここまで言って何だが俺はお菓子を持っていないんでな。 他に当たってくれ」
「そうなのか……なら、カッティングボード オア アイアンボードだな」
「世界に連絡網とかあるんですか……!? あまりにも策略的でしょう!!」
「それくらい有名ってこった。 よかったな、お前はマイケルジャクソンに一歩近づいた」
「御本人に失礼ですよ!!」
「え……じゃあ持ってないのか……」
「そうですよ! 当たり前ですよ!」
「なら、貴女をカルデラと呼ぶ」
「ヘコミのレベルが上がってきている……ッ!!」
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「魔王様〜。 トリックオアトリートです〜」
先ほどまでがそうだったように、エルフもまた加えられた。
その度にエリメの表情が和らいでいっていると感じる。
やはり自分が前に出て行くのが怖く、気恥ずかしいのだろう。
あまり大勢の前に出るという経験をしてこなかった彼女。
そうなるのも当たり前だ。
ならば今の主人としてしっかりエスコートしなければならない。
そう強く感じていると、前から現状で最も必要不可欠な悪魔が来た。
エリメの友達……の中で一番関わりがあるであろう、ラーファだ。
彼女は手を広げながら、微弱に紅潮させ海斗に近寄ってきた。
「お、ラーファ。 お菓子が欲しいのか? じゃあこれをやるよ」
「わぁい!」
彼は彼女に一枚の板チョコを差し出した。
よく人間界の市販で売られているものであるが、それでも嬉しい。
子供ならば誰しもそう思うだろう。
「えぇ!? 魔王様持ってたんですかぁ!? 私にもくれればよかったのにぃ!」
「バカ言え。 一枚しか持ってなかったんだよ、あげるのならやっぱり子供にだろ」
「私だって精神面では子供です〜!」
「自己認定済みかよ」
そうなのだ。
彼は大人にではなく、やはり子供にあげるべきだと感じていた。
それに思い浮かぶ対象はラーファかエリメ、それか二人と遊んでいる不特定多数の少女達……
一番最初に来た者にあげようと思っていた。
それはエリメだったが、楽しみをわかってもらおうと自分があげるのではなく、国全体を見渡し歩くことでの方法をとった。
故に、その次に近寄ってきたラーファにあげることにした。
バルは不満そうにしているが……
「えっと……後私、野菜も欲しいですカッティングボードさん」
「まずシウニーと呼ぼう!? あの合言葉言ってもいいからシウニーと呼ぼう!?」
小さい子からも言われるのか……
本当になんなのだろうか。
「じゃあブラックホールと呼びますね!」
「もはや無ッ!!!」
「いいじゃないですか〜。 ブラックホールなんてセンスありますよ。 とりあえず貴女の愛称は決まりましたね」
「全く親しみこめられてませんしハロウィンってそんな祭りじゃないし!」
「えぇ……? あだ名決めるんじゃないんですかぁ……?」
「定義逸れすぎでしょう! なんでそこに行き着くんですか!?」
「海斗の寵愛は!? もう今すぐにでも受けたいのだが……ッ!」
「体が寂しさで震える……!」
「勝手にやっといてください! あっちにいますから!」
ギャーギャーと騒ぎ出す悪魔達。
それは徐々に膨らんでゆき、周りにいた悪魔達も注目し出すーーーー
中でもシウニーは特に忙しそうだ。
まるで聖徳太子。
一斉に発言しないだけマシか……
それを少し離れた場所で眺める海斗とエリメ。
前者は腕を組み、後者はただ直立し目を当てている。
海斗は、彼女に黙っている彼女に声をかける。
「……」
「な、ハロウィンって、楽しいだろ?」
「……」
「……はい……!」
エリメから、微量の笑顔が漏れた。




