第百二十五話 小さい嘘を吐いて笑い合える友を作れ
四話構成ーーーーー4/4
「良かったですね魔王様……あなたはこの神殿に認められたようですよ」
国に持ち帰れば、ありとあらゆる安定をもたらせてくれる卵。
それは神殿の最も奥に存在する。
彼らはそこにたどり着いた。
……卵を守る最後の番人、そいつは神殿を訪れた中で一番の強者になる。
彼らの手から卵を守護せん、と立ちふさがったのは海斗。
どうやら神殿が会った中で、海斗が最も強いらしい。
光栄なのか落胆なのかーーーーどちらにしろ、彼の分身と戦わなくてはならない。
バルやシウニーは乾いた表情を前に出す。
彼は、彼の目をただ真っ直ぐに見ていた。
「やっぱり魔王様って強いんですね〜」
「知るかよ、こいつが勝手に決めた事だ……適当な尺度ででも測ってるんだろ」
「謙遜しちゃって〜、良かったですね〜。 この神殿に訪れた中で一番の猛者って認められたんですよ」
「何も嬉しくない。 これだったらシウニーのスポーツブラを見た時の方がまだ嬉しかったぜ……」
「なに変なこと言ってるんですか…………エェ!? 見たんですか!? 私のブラ見たんですか!?」
「見たよ〜? エレイナとルシファーのブラの丁度真ん中に干されてたよ」
「アァァァァァッ!!! 公開処刑ぃぃぃぃ……」
実際にそう吊られていた。
二本の洗濯バサミに挟まれ風になびかされ宙を舞っていた。
両隣はふわふわ踊っていたのに対し……
中央のダンサーはヒラヒラ、何一つ変化をつけずに、元気そうに踊っていた。
それは一旦木綿のようだった。
海斗は目に映し、清々しく笑みを浮かべたのだ。
思い出すだけでまた顔が乾いたそれになってしまいそうになる。
彼は必死にこらえた。
その姿を見ないためか、現実を忘れようとするためか、シウニーは両手で顔を押さえて縮こまっている。
しょうがない、そればかりはしょうがない。
お前はまな板のキャラを突き通すために胸が発達しなかったのだ。
「……で、俺達全員であいつをフルボッコにすればいいのか?」
海斗はもう一度、もう一人の自分に目を向ける。
いくら強者と言われても、現状は多勢に無勢……
数には負けてしまうだろう。
弱者が束になっていれば分からないが、こちらには分身の大元となった人物と数人の猛者がいる。
勝利は目の前。
負ける理由が見当たらない。
……だがそれは、バルの思わぬ一言により決壊する。
「いえいえ、最後の戦いは神殿に選ばれた人だけで戦うんですよ」
「……ん?」
「今回は魔王様が選ばれました、ですから魔王様が戦うんです」
「えぇ……」
「魔王様が魔王様と戦って、どちらの魔王様が魔王様により倒されるまで終わりません。 魔王様が魔王様を倒せば卵を手に入れられますが、もし魔王様が魔王様にやられちゃうと卵は手に入りません」
「魔王様がゲシュタルト崩壊するわ。 もうドロドロだよ、原型が頭に残ってねェよ」
「つまりはそういうことです。 この部屋は二人のために設けられたもの……決して他者が横槍を入れつつ戦ってはならないのです」
「マジかよ……」
片目を歪ませる海斗。
自分と戦う羽目になるとは……全体的に脱力感しかない。
「では私達は廊下で休んでいますので〜。 あとは任せます〜」
「え、ちょっ! 外は敵がいるんじゃ……!」
「最後までたどり着くと外にはもう敵はわかないんです〜。 それでは!」
バルは笑いながら、全員を引き連れ部屋を出て行った。
厳しく分厚い扉を、緩徐なる動作でーーーーー閉めた。
閉扉による音……身体の芯だけを揺らすそれが部屋を走る。
だが決して長くはない。
数秒後に残ったのは余韻だけ……
すぐに二人の視線だけが、この世界の全てになった。
「……」
「……」
無音。
余韻が時間によって抹消される。
何も動かず、何も発さずーーーー己と同じ形をしたものを目の前にして無反応。
この状況で、やっと声をあげたのは本体だった。
「……しけた顔してんな……この神殿は、そっくりそのまま俺を作り上げたのか。 ありがた迷惑な話だよ全く……」
「……」
「悩みでもあんなら聞いてやろうか? 俺はお前の道を辿ってきたんだ……少しばかりの慰めできると思うが」
「……」
「……あれ? 俺ってこんな無愛想だっけな……」
急に普段の姿を見直したくなる。
尋ねに対してこんなにも無愛想なら反省しなくてはならない。
本体は頭を軽く掻く……それを確認すると、偽物は腰にかけた木刀を引き抜いた。
「……あらそう……やっぱりそうなるんだな……」
「……」
またしても無反応。
本体は呆れる。
「……全く……完璧だなこの神殿は……本当に俺を再現してやがる……」
心のそこから呆れる。
目の前にいる偽物が真なる原因。
「正確すぎるよ。 なんせ、昔の俺そっくりだからな……よかったな、お前は奇跡を引き当てた」
本体も木刀を抜くーーーー
二人は狭い世界で二振の木刀を拮抗させる。
それはいくばくか、本体の方が優勢に見える。
腕に込められる力が強い……
何故ならば、己が顛末を知っているからだ。
顛末をひっくり返そうと足掻く自分を目にするのは痛ましい。
「|テメェ(神殿)に再現される程ッ! 俺は強くねェんだよ!! その目にそう移っちまったならば仕方ないことだがなァッ!!」
木刀が互いを傷つけ始めるーーーー
自分の癖に気付いている両者だからなのか、避けはできるのだが……
それでも攻めが一歩上回ることが多かった。
あぁ……嫌になる。
現在にまで過去を押し付けられるなど、笑えてしまう。
笑いなんて次元が違う……むしろ無表情でいられるかもしれない。
もうそれ以上かもしれない、頭が働かない。
偽物は心を持たずに動いているように見えた。
ただ単に、己の直感だけで捌いているように。
本体による頭に対する横払いーーー
簡単そうに身を低くし迎撃に当たる。
本体もそれをわかってかすぐさま後ろに引き、防ぎの構えをとる。
そんな状況が交互に続いた。
このままだと共倒れ……
偽物にスタミナがあるのならばそうなってしまうだろう。
しかしながら、本体の何かが勝った。
攻撃を防いだ瞬間すぐさま胸ぐらを掴んだのだ。
あっという間のことだった。
偽物はわかっておらず、目を白黒させている。
純粋な戦いの合間に曲がった方法を無理やり押し付けられれば、そうなるものだ。
本体はそれを狙った。
理解して狙ったのだ。
「……お前はもう現実に出てくんな……お前の住処は作ってやっただろう」
本体は偽物を地面に叩きつける。
それだけで重度の脳震盪が引き起こされるほど。
「お前は、俺の中で生き続けろ……」
本体を見つめただけで動かなくなった偽物の顔に、海斗は木刀を打ち当てた。
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ーーーーーーー
ーーー
海斗隊は卵を手にすることができた。
彼以外は、特別傷も負わずに帰国できた。
大成功といってもいいだろう。
卵はもう既に国の安定へと姿を変え、素晴らしい支柱になってくれている。
これから一年は、民の笑顔が絶えないことになるのだろう。
王としてこれ以上に華やかでうれしいものはない。
それを、城のバルコニーから海斗とバルは見下げていた。
「……なぁ、本当にあの卵は意味があるのか?」
「ありますよ〜。 私は明確に、確実に目にとらえてきていますので! そこはご心配なさらず!」
胸を張るバル。
しかしまだ彼は半信半疑だ。
「嘘じゃないだろうな〜? もう嫌だぞ? 危険な目にあって、その上俺と戦うことになるなんてよ……」
「大丈夫ですって〜。 だって、三年前は経済が周りに回りましたし……一昨年は災害がゼロだったんですよ…………それに去年に手に入れた卵で……」
いつもの笑顔が消える。
顔をしたに向かせ、口を数秒閉ざす彼女。
海斗はそれを横目で見ている。
不思議な時間が流れたーーーーーー
「貴方が来てくれたんですよ……? 魔王様」
「……」
なるほど、彼女が自信を持つのもおかしくはないのかもしれない。
確かにこうして、奇妙な出会いをしたまま隣に二人がいる……
それも卵の仕業……なのだとすれば……それはとても凄まじい。
そして彼は、もう一つの疑問が浮上する。
「そういやぁ……俺が最後の敵になる前には、誰が卵を守っていたんだ?」
「私ですよ」
答えはすぐさま返ってきた。
とてつもなく、腹を何の防衛手段をとらずに殴られたようーーーー
「マジでか!! お前が一番強かったの!?」
「そうですよ〜。 私結構強いんですから〜。 あ、あと、選ばれた人だけが戦う……なんてルールないですから。 私の時の場合は七つの大罪連れて行ってボッコボコにしてましたから」
「本当かよォッ! テメェ嘘つきやがったなァ!!」
「おほほほほ! 騙されましたね魔王様〜」
「テメェ待ちやがれェ! 今日という今日はゆるさァん!!」
バルコニーから城内へと消えてゆく二人。
怒号が唱えられるが……どこか楽しみがあるように思える。
早速、卵の効果が現れたようだーーーーーーー
終わりーーーーー




