第十二話 中途半端な希望を持つより人を惹きつける信念を持て
海斗の木刀は、激流の如く敵を砕き、呑み、穿っていった。
止めようとする者はいても、止められる者はいなかった。
海斗の雄叫びに、彼らの悲鳴が生まれた。
ワイザはにがい顔をした。
何故あんなにもいきいきとしていられるのであろうか、あの人間は、と疑問がついえぬ彼の横から、ウルウが不安そうな目を向けた。
それに気づいたワイザは、ざわつく胸中をおさえて身体の震えをおさえた。
ワイザは確信した。
もう、あの人間にかなう者は兵のなかにはいない。
「道を開けいィッ! 人間を通らせろ!!」
海斗を止められるのは、もはや自分しかいないと。
その理解から放たれた言葉は、兵たちを、モーセの奇跡が如く、割った。
そして、こちらを睥睨する海斗が見えた。
海斗も今どんな状況かを察し、木刀を強く握りしめ、ワイザの方へと歩き出した。
兵たちは十分離れているが、中にはもっと離れようとする者もいた。
「いまの貴様の力は強い。忌々しいほどに」
睨み歩く海斗を見つめ、ワイザは眉間に深いシワを掘った。
「だが、だがしかし、それは加護の恩恵。貴様個人の力ではない。
そしてその二つが混ざった貴様でも、ワシには勝てぬ」
ある程度の距離をもって、海斗は止まった。
二人のあいだに大きな風が一つ、横ぎった。
「じゃあ最初から俺を殺しゃあよかったろ。なんでそうしなかった」
「勝手に物言わなくなってしまう青虫に見えたのでな」
少しだけ、ほんの少しだけ、二人は微笑んだ。
二人を見るアイナの瞳は一直線に、ブレることはなかった。
守護者の中には、この状況に驚き、瞳を揺れさせる者もいたが、それでも加護をおろそかにしようとはしなかった。
皆、自分のこの腕に国の運命がのっていると理解していたのだ。
先ほどの乱暴な時間が一転、戦場は奇妙なまでに落ち着いたものとなった。
「あぁそう。なら、いまはなんに見えるよ」
「死にかけの、肥えた青虫にしか見えん」
海斗は微笑んだまま、木刀をより強く握った。
「そうかい。じゃあ期待してな」
海斗は走り出し、距離を一気に潰し、大地を蹴って高く飛んだ。
「すぐ蝶になって、テメェを見下ろしてやっからよォッ!」
そして木刀をふりおろした。ワイザは苦しい顔で受け止めた。
この戦いが始まった時と同じだ、またしても重い一撃をワイザは受け止めたのだ。
ワイザは盾にした杖を、木刀をなでるように下へと抜いていった。
したら小さな爆発が二本のあいだで起きて、海斗はたまらず離れ落ちた。
足がついたと同時に間髪いれず、わずかに生まれた隙を潰すように、前のめりになって、木刀の切っ先が土手っ腹を穿つように、ワイザへと突進した。
すると海斗の視界の上部から、なにか黄金に光るものが一瞬見え、思わず右足を即座に地面に突き刺し、後ろへと跳び下がった。
前を見るなり、海斗は目つきを強く絞った。
足によって激しく穿たれた地面のすぐ向こうに、黄金に輝く、表面がゆらゆらとゆらめく、自分の背丈と同程度の大剣がささっていた。
それが魔力かなにかの集合体であることなど、簡単に予測できた。
気づけば、同じものが左右前後、合計四本が彼を囲むようにして地面にうちこまれていた。
なにかやられる。そう思って身構えたとき、それぞれの輝きが増して海斗をつつみ、爆発がおきた。
四つの黒煙が互いを押しつぶし、周囲に広く、高く身体をのばした。
アイナを除く守護者たちの表情は、苦しくなる。
ワイザ側の兵は薄く笑んだ。
アイナとワイザは、鋭い目で煙を見つめていた。
海斗はまだ生きている。そんな思いが、両者にはあった。
そしてその通りに、海斗は勢いよく駆け、煙から縫い出た。
ボロボロであった。
服も大きく破れ、顔や手といった部分はくろずんでいたり、皮膚も大きく破れていた。
だが海斗は木刀を離さず、目の前にいる悪を討たんとし、身体に衰えを見せず走り続けた。
ワイザの杖から、刀が顔を出した。ただの杖に見えたそれは、仕込み刀だったのだ。海斗に抵抗するため、シャリと抜き、鞘は無造作におとした。
海斗は跳ね、木刀はワイザの頭へと思い切り振りおろした。だがそれは刀によってたやすくうけとめられてしまった。
そこからもわずかな隙をつくることなく、右足、腹、左腕、胸をつぶすために海斗は木刀を振るうものの、すべてを防がれる。
「身体のできが違うのだッ!! 人間よ!!」
海斗は、できるかぎり隙を作ろうとしなかった。だがそれは人間の範疇の隙であり、悪魔のワイザにとっての隙は存在した。海斗はそこをつかれた。
木刀を横に薙いで次の一手をくりだそうとしたとき、ワイザは刀を海斗の胸一直線に飛ばした。
貫かれる。海斗はその最悪をふせぐために、飛び下がった。
十分な距離を生んだあと、かがみ、危なかったと息を荒げながら、睥睨をワイザにぶつける、海斗の横腹は浅く裂けていた。
「そも、わしに木刀なんぞで挑むこと自体間違っておる。もちろん、一人で、というのも」
顔、腕、破けた服から見える腹や背中。露出しているところは、ほぼ血で染まっていた。
対してほぼ傷を負っていないワイザ。勝敗は決まっているようなものであった。
「最初からわかっていたろう、お前がわしに勝てぬことくらいは。
もうよい、そのまま膝をつき、死を待っていろ」
ワイザは後ろへと歩き出した。
「死んでねェ」
「……なに?」
だが、海斗はいまだ木刀をおろしてはいなかった。むしろ、その目に浮かぶ闘志はより膨れているようでもあった。
ワイザは振り向き、その面構えを確認した。
「まだ、死んでもねェのに、膝なんてついてたまるか。
それにテメェは勘違いをしてらァ……。俺はテメェに勝ちたいなんて思ったことはねェ。ただ俺は……婚約を破りたい、それだけだ」
海斗は木刀の切っ先をワイザに向けた。
ワイザは少し真顔で彼を見つめ、じきに微笑した。
「それを成し遂げるまで退かんと? 徹底的に貫くと?」
「あぁ、それがあいつの覚悟だ。救いのない場所から、苦悶しながら抱いた覚悟だ。俺ァそれを背負ってここに立った」
海斗はまた強く睨んだ。
「お前があいつの覚悟、というわけか。おもしろい。
では、海斗、といったか?」
すれば、ワイザは広げた左手を地面と平行に、手のひらを上にむけ、小さな球体が作り出した。そして大きくなって、野球ボール程度にまで成長。大きさは遠くの山を飛ばしたときに放ったものと同等であり、獅子のような顔が浮かんで、山吹色に燃えていた。
「さぁこい。殺してやろう」
海斗はそれを見て、微笑を浮かべた。




