第百九話 ドミノは途中で飽きてくる
バルは依頼の関係を捨てた。
理由は海斗の安全を確保するためだ。
彼により一層の被害が加わらないように、彼女は独断で破った。
バル以外の悪魔は否定的であったが、彼女達も渋々それに従った。
エルフのエウニスとマテスも、これに反発しようとはしなかった。
2人も同じ想いだったからだ。
バル達は城を去っていったーーーー
城には傷を負い眠っている海斗とマモン。
海斗の治療が済み次第、魔界に戻ってくるようにしたのだ。
マテスはこれにも了承した。
エルフ2人は今廊下を歩き、今後の展望を話し合っている。
「姫……これから、どう対処しましょう」
「……一先ず、私達だけで乗り切る。 依頼者が受注者の危険を見定められなかった……そんな者に、また、人を募る権限は無い」
「……」
「彼にまた会えただけで、良しとしよう」
「……」
無理やりそう思うことしかできなかった。
二年越しの再会……
それを喜び、無事に帰してやるーーーーそれこそが自分らにできる最大のこと。
ただ、それだけだ。
2人はこれを最後に会話を止め、マテスは城の、エウニスは町の復旧に向かった。
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バル達は国から少し離れた森の中で歩みを進めていた。
人目に付くことなく。
エルフから離れていくように歩いていた。
「……」
「姫、本当に良かったのですか。 あんな事を言って……」
シウニーは暗く。
その他は不満を身体に充満させていた。
前者は自らの後悔により声を発することはなかったが、後者の1人であるアイナはバルに言葉をかけた。
「いいわけないですよ。 私がこのまま離れるとお思いですか?」
「? というと……?」
「この依頼は引き続き受けます。 しかし形式上は破棄となっているだけの事。 私達はこれを終わるまで続けます」
「それは……つまり?」
「魔王様の仇を討ちます」
すると彼女達の予想を超えたものがバルの口から出た。
最高の提案だった。
どうやらバルは嘘を言っていたらしい。
あの時に放った言葉ーーー私達は、私達のやりたいようにやらせてもらう。
それはあの場所から離れるためだけのものだったのだ。
シウニーはこれを聞き、普段の血色の良さを取り戻した。
アイナ達も暗さから一転、満足そうに笑顔を浮かべた。
しっかりと考えてくれていたのだ……そう強く感じる。
「しかーし、仇を討つと決心しても、情報が無い。 というかお腹が減りました、とても魔力を使いました、寝かせてください」
「最後の要求で仇打ちも何もかも崩れ去りましたが……」
初っ端から体調不良を訴えた。
「いや、できるかもしれない。 イルカは脳を片方ずつ眠らせるという。 それを応用すれば可能だ」
「乗り越えられない壁があるんですけど。 無意味で終わるんじゃないですか?」
「大丈夫なんじゃねぇの? ほらやってやるよ、姫さん頭こっち向けな」
サタンはバルの頭をこちらに持ってくるように片手で促した。
そして頭が十分に近づいたと確認すると、右脳めがけて思いっきり拳を当てた。
とてつもない打撃を受けたバル。
声を出すこともなく、後ろに立つ木を背もたれにして倒れた。
「ほら。 寝たじゃねぇか」
「いやこれ永眠ンンンン!! 一回こっきりのベッドインだからァッ!」
「気持ちよさそうにヨダレ垂らして見えるけどなぁ」
「それ血! 赤く光ってるでしょうが! 白目剥いてるじゃないですか!」
瞼を閉じることなく、口を半開きに血を垂れ流している。
一切の動きを見せない。
おまけに打撃を食らった場所から煙が生じている。
悲惨な状況だ。
「白目剥くほど気持ちいいって言うだろ? アヘ顔とか聞いたことあるぞ私」
「違いますから! 使われる場面が違いますから!」
「あぁ! それ私も聞いたことあります!」
「乗らなくていいですからエレイナさん! この人調子に乗りますから!」
シウニーの言う通り、どう見てもアヘ顔ではない。
白い部分しかない。
というか何かを感じる神経さえも無くなったようだ。
「もう! 姫を担がなくちゃいけないじゃないですか!」
バルを背負おうと近づくシウニー。
全く……と小さく声に出し、バルの身体に触ったと同時ーーーー彼女の肩にも手が置かれた。
その当事者の方向、後ろへと顔を向ける。
それはアイナだった。
無表情で彼女を見ているーーーー
「……? なんですか」
「ゆっくり眠らせてやろう……死して屍拾う者なし」
「死んでるって認識してるじゃないですかァッ!」
「ここは江戸……死んでしまったらしょうがない。 生者が投げかける言葉は無い」
「それ大江戸捜査網の中ですから! 第一死んでませんから!」
作戦を立てる暇も無くなった。
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現在午後6時ーーーーー
国では国民全員で、魔物から受けた町の損壊の復旧を進めている。
ヒビが入った住居、大きく欠けた屋根、荒らされた花壇……
ほぼ全てをめちゃくちゃにされたが、これでも最初に比べれば被害は小さいほうだ。
何より誰も死んでいない……
それだけで儲けものだ。
欲張りを言ってはならない。
皆その思いで、各々やるべき事を必死にやっている。
エウニスもその1人だ。
黙々と瓦礫を回収している。
「……」
しかしその目は虚ろ。
キビキビと動く身体に反してそれなのだ。
悔やみきれない何かを背負っているようだった。
「元気が無いな」
するとそんな彼女に、マテスが近づき声をかけた。
マテスは彼女とは違い、少しの笑みを作っていた。
「……そう、見えますか」
「見える。 大いに見える。 恒星の大群の中に地球がぽっかり浮かんでいる様だ。 何一つ輝きを放っていない。 だからお前の姿が遠くからでも一目でわかる」
「……それなら……よくわかりますね。 私もそう思いますので」
沈んだ返事だ。
後ろ向きの肯定しかしない。
彼女の落ち込み様を、マテスは不思議がることはせず、的を射る言葉を投げた。
「海斗か。 原因は」
「はい……」
「そうかそうか。 やはりあの男か。 心配するな、あいつが死ぬ姿が想像できん。 すぐにでも両足で立ってくれるさ」
これがマテスの持論だ。
過去の出来事で、それを察していた。
海斗は自ら穿ちに行く。
だが決して、完璧に倒れることはないんだと。
マテスは自信を持って言えるのだ。
……しかし、エウニスの本心はそれが全てではなかった。
「姫は……」
「?」
「その、エルフに生まれて……良かったと思いますか……?」
「……どういうことだ」
エウニスは疑問を持ちかけた。
それは前から胸に引っかかっていたもの。
エルフの弱さだ。
エルフの戦士は屈強、しかしあまりにも種族として下にありすぎると感じていたのだ。
昔、エルフは酷く人間から蔑まれたという。
エウニス達もそれにあたる。
何度も人間から罵声を浴びせられ、静かに暮らしていかなくてはならなくなった。
恐怖もあった、遺憾もあった、悔しさも当然あった。
その中で暮らしてきたのだ。
「深い意味は……無いのですが……エルフは、いつも下に見られる様な気がします。 人間から迫害された時も多々ありました……ですから……その……」
「んん……ではエウ、人間はエルフを迫害する奴ばかりだと思うか?」
「……そ、それは……」
マテスは質問を質問で返した。
その質問はエウニスを詰まらせるものだった。
そうだ、エウニスは知っているからだ。
その答えを。
「違う、な? 何故ならば私達は答えを見たことがある。 今のお前に重くのしかかっている男だ」
「……」
「エウが、エルフが疎ましいと感じている人間の中にも、優しく物分かりが良い奴もいる……それを見定め、その出会いに胸を浸らせる……それはエルフとして生を授かった中で一番嬉しく思うことだ。 無論私は私で生まれてよかったと思う」
彼女達は数え切れない人間と会ってきた。
そのほぼ全てが、エルフに対し嫌悪感を抱く者だった。
しかし1人だけ違う。
自分らエルフを、同じ種族と接するように面を合わせてくれた男が。
彼が存在する限り、エウニスの疑問は何の意味をなさないのだ、そうマテスは訴えた。
彼女もこれに頷いた。
「……ですよ、ね……エルフでも、良い事は、ありますよね……!」
「あぁ、勿論」
再びエウニスにも光が戻った。
マテスはこのために、わざわざ来たのだ。
彼女の元気を湧き出させるために……
見事にそれは叶った。
2人の間には軽い笑い声がーーーー
前と同じ空気を漂わせたーーーーーーーーしかし突然。
「ーーーー!」
「なんだ……!?」
弱くではあるが、身体を震わすには十分な揺れが彼女達を襲った。
その元凶は何かーーー?
単純明快だ。
エルフ達は門の方を見る。
その先には魔物の大群。
今度は国を囲むようにして、魔物が降ってきているのだ。
皆現状を見て唖然とする。
まだ整えきっていないのに、敵の再来。
彼女達は戸惑いながらも、武器を手に持ったーーーーー
そしてそれよりも遥か先の方から、近づく黒い影。
正体はとてつもなく大きい一匹の龍。
巨体を飛ばすのに最適な翼を仰がせながら、国に近づいてゆくその背中に、1人の男。
新兵衛だ。
「完全に立ち直る前に、もう一度斬りにいく……これは常識。 だから、来てあげたよ……今度こそ、終わらせてあげるさ……」
腕組み、真っ直ぐ先を捉えているーーーー




