第百一話 動物は万病に効く特効薬
プチの目の前に立った海斗。
作戦などはもう必要無いと悟ったのだろう。
自らが出向き、プチを止めようとした。
なんとかして救おうとした彼の命。
だがそれは叶わない。
ならば最後に、犬の本能が残っているこの時だけでも、最後の遊びを全力で挑もうとしたのだ。
生き物を目にしたプチは案の定、それに向かって身体を運ばせる。
かなりの勢い、避けることは難しいかーーーーいや、案外簡単そうだ。
巨体が一心不乱に本来目的があった場所に突撃しているだけ……横にそれればいいだけだった。
今の状況はまさしく闘牛士。
簡易化されたステージだ。
「どうした、こっちだぞ〜」
プチは目的に当たっていないとわかると勢いを殺し、身体を反対方向に向け、再び海斗目掛けて突進を行った。
「……」
これを路地から無言で眺めるヒロト。
海斗がプチとこうして対面してから、マモンから助からないと聞いたーーー
自分も何か、プチのためにしてあげたい……だが、彼程身のこなしが軽く無い事を知っている。
そのため、何も出来なかった。
その後もしばらく、海斗は避ける事を続けた。
プチが動く度に地面が流れるーーー空気が振動する。
まるで彼だけのために作られた空間、そう感じられた。
「マモン! レヴィ! どうせお前ら何か仕掛けてるんだろ!?」
「あらぁ……やはりばれていましたかぁ……」
「魔王様には敵わないね」
「……?」
海斗は大声で尋ねると、彼女達は弱い笑顔を作った。
ヒロトは何のことなのか近い出来ていない。
そんな彼に、マモンは先ほどあげた肉に仕掛けを盛り込んだと説明した。
それは任意の命令で作動するものだという。
故に、食べた後に何もしなかったし、痺れもしなかったのだ。
海斗の問いを肯定した彼女達ーーーーそれがわかると、彼は木刀を手に取った。
その得物を、突進してくるプチの眉間の上方部分に叩き込んだ。
そしてその部分が砕け、骨の中が見えるようになった……そこには、赤く光る宝石のようなものがはめ込まれていた。
「……えいっ……」
宝石ーーーおそらく怪物化したプチの弱点が露出した同時、間髪入れずにレヴィとマモンが魔力を送る。
終着点はプチの腹部。
平らげた肉が存在している場所へと送ったのだ。
するとそこから、黒く、紫色をまとった太い縄のようなものが皮膚を突き破って出現した。
縄は周りに林立している建物に巻きつき、プチの身体を拘束した。
その上、身体がプルプルと小刻みに震えているーーーーーレヴィが用意した麻痺薬が効いてきたのだ。
しかし、それでも動こうとするプチーーーー凄まじい生命力だ。
海斗はプチの頭に衝撃を与えた後、その勢いを利用し、後ろに回っていた。
彼は木刀を前方に投げ、プチの顔付近まで飛ばした。
すると連動するように、マモンがヒロトを魔空間でそこに移動させたのだ。
そして海斗は建物に巻きつくこと無く残った縄を掴み、動きを制止させようとしている。
「聞けェッ! ヒロト!」
「ーーー!」
「なんとかしてこいつを止めなくちゃならねェ! 俺はさっきから、こいつの弱点を探ってた……それが今見えている真っ赤なコアだ……! そいつを砕けばプチは死ぬ……! だがそれは俺のやる事じゃない……お前がする事だ!」
「で……でも……!」
「でもじゃねェッ! 最期まで寄り添いたいと思うのが飼い主だろう……! テメェが飼いたくて飼った生き物だ……テメェでケツ拭かないでどうする!」
「……」
「やれ……ッ! このままだと更に悪化して、どっかの軍隊がこいつを処理する事になる! そんな事、少なくともここにいる全員望んじゃいねェよ! まだ、まだ犬としての本能が残っている間に……こいつが愛した飼い主のテメェの手で、逝かせてやれェェェッ!!!」
晴れた日の昼ーーーー
自分が住む村の近くで、その子と出会った。
その子は、古くなり色褪せた段ボールに入れられていた。
『〜〜……?』
『クゥ……』
『お前どうした……捨てられっちゃったのか……?』
僕は、自分の目線まで持ち上げてやった。
すごい軽かったのを、今でも覚えている。
長い間ここに放置されていたのだろうーーーー掴んだ手が灰色に汚れているのがちらりと見えた。
その子を持って帰り、飼いたいと、母さんに頼み込んだ。
困った顔をしていたが、渋々了承してくれた。
子供が動物を飼いたいと言った時ーーーー初めの方は自ら世話をするが、その後は親に投げ出すといった事が多々ある。
でも、僕はそうしなかった。
それこそが自分のなすべき事だと思ったからだ。
生半可な想いで飼う方が、この子にとって失礼だからだ。
僕は、この子の事を『プチ』と名付けた。
プチは僕にすぐ懐いてくれた。
一緒にご飯を食べたし、一緒に散歩をしたーーーー何度も、何度も。
『ちょっと!走りすぎだよプチッ!」
『ワフッ!ワフッ!』
『……へへへ……元気だなもう!』
そうやって、何の特別な事がない生活を続けていった。
それだからこそだろうか、プチは瞬く間に元気を取り戻していったようだった。
いつも、向けてくれた笑顔をーーーー僕は忘れない。
ヒロトは目の前に落ちている木刀を拾い上げ
プチの、赤く光るコアにーーーー振り下ろした。
ーーーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーー
その後、プチの身体は崩壊した。
完全に消えて無くなったのではない、一箇所に塵が、砂場の山程度の固まりとして残ったのだ。
……それはどう考えても、巨体分の量ではなかった。
普通の犬一匹分のそれだ。
プチは、最後の最後で、ヒロトと築きあげていった身体に戻ったのだ。
ーーーー翌日ーーーー
「魔王様ぁ……!賞金届きましたよぉ……!」
「マジでか!」
大きな段ボールを担いだマモン、レヴィが、部屋に入室した。
箱の大きさから、一億はくだらないだろう。
そのくらい敷き詰めるのは簡単そうだ。
「賞金はぁ……」
ガムテープでとめてある開閉部分を開け、中から出てきたものはーーーーー袋状のもの。
白のベースに、茶色い動物が描かれている。
これはまさしく……
「ドックフードだね」
「……」
「………ボク達は魔王様の犬にもなれるよ」
優しさ満点のド変態発言は遠慮して下さいーーーー




