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9話

 昭和天皇の崩御に伴い平成元年2月24日新宿御苑にて葬儀にあたる大喪の礼が行われた。大喪の礼に対して、極左暴力集団は「大喪の礼爆砕」を主張し、昭和天皇の崩御した昭和64年1月7日から平成元年2月24日までに11件の爆弾事件、全国29都道府県166箇所計1万3600人がデモ、集会などを行っている。(平成元年警察白書より抜粋)

 「汝は公安の犬か?」轟は目を覚ました。身体の自由は利かず、上半身裸のまま椅子に縛りつけられていた。

 薄暗い部屋の中に十数人の人間が円陣をくんでいた。あるものはヘルメットをかぶり、あるものは麻袋を被っていた。共通して言えるのはみな顔が見えないようにしているということであろう。

 そしてサークルの中央に轟と同じように上半身裸の男が椅子に縛りつけられていた。

 「汝は公安の犬か?」黄色いヘルメットにタオルで顔を隠した男が言った。

 「違う」椅子に縛り付けられた男が首を振った。聞き覚えのある声。

 「ならどうしてこそこそと探偵と会ったりしたのか?」

 記憶が蘇ってきた。電話ボックスで松本悟に襲われたのだ。そしてこのヘルメット男こそが松本悟に違いない。

 松本悟が椅子に縛られた男の顎先を手で持ち上げる。

 思わず声を上げそうになった。

 椅子に縛られていたのは農協職員の遠野公明である。

 「議長。審判を」松本悟が麻袋を被った男に言った。

 「判決を言い渡す。判決は死刑」

 周りからどっと歓声が上がった。麻袋の男の声にも聞き覚えがあった。村役場の堺慎之介だ。よく見るとみな、古道の若者ばかりである。

 「そんなことはやめるっぺ」馬場元彦の声がした。馬場も轟と同じように上半身裸で椅子に縛られている。みなは一瞬、こちらを注視するが、まるで聞こえなかったかのように遠野公明に向き直った。

 いつの間にか松本悟の手には黒い塊が握られている。時折、バチバチと音を立てている。あれが轟を電話ボックスで気絶させたスタンガンであろう。

 「欧米に習って、死刑は電気椅子とする」堺慎之介が高々に宣言する。

 遠野が子供のようにいやいやと首を振る。

 群衆の一人が遠野の口にタオルを巻きつける。

 すると松本が一歩、また一歩と近づきスタンガンが遠野の左腕に触れる。

 バチリと音がして、遠野が背中をそらせた。椅子が音を立てて軋む。遠野はシャウトするかのように頭を上下させる。

 松本がスタンガンを身体から離すと遠野はぐったりとうなだれて動かなくなった。

 そこでようやくみなの視線が轟に集まる。

 何かをしゃべりたかったが声が出なかった。そこではじめて自分が口にタオルをかまされていることに気づいた。

 薄暗い部屋で行われる粛清。

 数人係りで轟を持ち上げるとうなだれた遠野公明の横に置かれた。

 「汝は公安の犬か?」松本が轟に問いかけた。轟の猿ぐつわが外される。

 無意識に新鮮な空気を吸い込もうとむせ込んだ。

 「自分たちのしたことがわかっているのか?」

 群衆が顔を見合わせる。

 「そうやって、朝倉直之を殺害したのか?」群衆にざわめきが起こる。

 松本悟が左手を横に広げると群衆が静寂を取り戻した。

 「朝倉直之は公安の犬であったために同胞により粛清された」

 「あくまでも自分たちではないと」轟はため息をついた。「何をしようと言うんだ。テロか?」

 「革命だ。我々は天皇制の廃止し、新たな人民による国家を樹立させる」堺慎之介が言った。

 「朝倉直之は大和田雅樹と東京に向かった。目的は昭和天皇の葬儀である『大喪の礼』を狙ったテロだったと言うわけだ。しかし、それが事前に警察に漏れており、計画は頓挫した。そんなところか」再び、群衆にどよめきが起こる。松本が手を広げるが今度は静まらない。

 「考えが浅はかなんだよ。警察はてめぇらの考えなんてお見通しなんだよ」松本が右手を広げると群衆が次々に壁に立てかけてあった鉄パイプを手に取った。

 朝倉直之は過激派のメンバーであり、テロの実行犯であった。しかし、作戦に失敗し、組織に粛清された。

 松本が右手を真っ直ぐ上に上げる。

 松本が右手を振り下ろした途端に襲ってくることが想像できた。覚悟を決める。轟はゆっくりと目を閉じた。

 「そこまでだ」強い光が差し込み、複数の武装警官が突入してきた。群衆は蜘蛛の子を散らすように逃げまどうが、多勢にはかなわず次々に捕まってはマスクをはがされていく。堺慎之介と松本悟が連行され、ようやく轟の縛られていたロープが解かれた。

 「悪かったな。遅くなって」ロープをほどいて警察官が言った。

 「アニキ遅いっぺよ」馬場元彦が言った。

 「アニキ?」振り向くといつものスーツに身を包んだ。真壁健吾が立っていた。

 真壁は内ポケットから手帳を取り出した。

 「警視庁公安総務課真壁健吾警部」轟は背もたれに寄りかかった。


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