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最終話

 「朝倉直之は革マル派のメンバーだった」カクテルグラスを片手に真壁健吾が言った。

 宗右衛門町にあるバー『バッカス』は轟周平の行き着けの店であった。バーテンの星崎に金を渡せばすぐに貸切にしてもらうことができ、話が外に漏れることはない。

 「24日、朝倉直之と大和田雅樹は東京に向かっている。朝倉直之は東京大学時代に学生運動の影響を受けた。当時は学生運動も下火になり、朝倉直之自身は目立った活動は行っていない」

 「古道に来たとき、警察権力の及ばない村だと思っていたが全く逆だったんだな」轟はグラスを手にして言った。

 浪江会自体が公安警察職員により設立された団体だった。

 そして澤村千尋も真壁の協力者だったわけである。

 「悪く思うな。革マル派のアジトを解明するのが俺の任務だったからな」

 「朝倉直之は何もしらなかったのか?」轟の質問に真壁は轟と視線を合わせるだけだった。

 「東映館、上野にある小さな映画館だが、そこが革マル派の一次集結場所だった。澤村千尋からの情報により革マル派の計画は頓挫した」

 「結果、朝倉直之はセクトにより、エスの疑いをかけられ粛清されるはめにあった」遠野公明の受けた仕打ちがまさにそうだ。

 轟たちが監禁されていたのは篠宮土木所有の資材倉庫で、朝倉直之もしばらくここで監禁されていたのだ。

 ただ事件はそれで終わりではない。

 「朝倉直之を殺害した実行犯はまだ別にいる」

 「どういうことだ?」

 「松本悟は朝倉直之を殺害したのは同胞だと言った。しかし革マル派による内ゲバであるはずの外傷が一つとしてない」革マル派が内部統制のために行う粛清を内ゲバといい。複数人により鉄パイプなどでの必要に殴打されるなど過激なことが多い。

 「それに靴だ」

 「靴?」

 「ゴム底の浅いスニーカーは雪道には向かない。犯人は雪の少ない都心部に活動拠点を置いていた」澤村千尋が気にしていた点を指摘する。

 「しかし、九条貴史なる人間は革マル派には存在しない」

 轟は鞄の中からリストを取り出した。

 「なんだこれは?」

 「朝倉直之が勤めていたT社の社員名簿だ」轟はリストの中から指で指し示す。「ここに九条貴史の名前がある」

 「九条が朝倉直之を殺害したと?」

真壁の言葉に首を横に振る。

 「九条貴史は今年の1月に上野駅のホームから飛び込んで自殺とも他殺ともとれる方法で亡くなっている。朝倉直之より先に亡くなっているんだ」

 真壁との間で沈黙が走った。この程度のことを公安警察が把握していなかったとは思えない。現に澤村千尋は九条貴史の死に疑問を抱いていた。そしてそのことを真壁には告げずに、轟に話した。

 真壁はグラスを手に取った。

 「朝倉直之の死と九条貴史の死が無関係だとは思えない」 真壁は無言だった。

 「朝倉直之は革マル派に不審を抱いていた。そのことを澤村千尋はキャッチし、公安警察はその情報を元にテロを未然に防いだ。そして朝倉直之と取引を結ぶことにした。朝倉直之を取り込むことに成功したんだ」

 真壁はグラスに口をつけると一気に飲み干した。

 「取り込んだはずの朝倉直之をどうして殺す必要がある?」

 「朝倉直之の持っていた情報があまりにも危険だったからだ」

 「危険?」

 「国家の存亡を揺るがす事態になりかねないからだ」

 真壁はじっと轟を見つめる。

 「これは推測だが、福島第2原発で事故が発生したのではないか」 福島でチェルノブイリと同じく原子炉の炉心融解、すなわちメルトダウンが発生した場合、福島第2原発を中心に半径10キロに放射線物質が降り注ぐことになる。

 「実際はそうはなっていない。それは日本の原発の安全性を示しているからだ」

 「朝倉直之が福島第2原発の事故を告白すればどうなる?」

 「不必要な議論だが、社会不安を引き起こし、パニックになるだろうな。日本のエネルギー産業は大打撃を受け、毎夜遊び惚けている成金連中は一斉に首を吊り、膨れ上がった日本経済は泡のようにはじけ、街には職を失った人間が溢れかえる」

 「犯人はいったい何人の命を救ったのだろうか?」轟は訪ねた。

 「命の重みをくらべられるのか?」真壁が尋ね返してきた。

 「犯人に葛藤はあったのか?」轟は真壁を見つめて言った。

 「ボールド・ヘッドを知っているか?」真壁は唐突に言った。

 「ボールド・ヘッド?」

 「公安警察でもっともはじめに教えられる言葉だ。偽りのない頭で考えろ。すなわちボールド・ヘッド」

 「偽り?」

 「自分の信念を偽るなという意味だ」真壁は立ち上がりカウンターに一万円札を数枚置いた。

 「多いぞ」

 「次の依頼分だ」真壁は背を向けて言った。

 「俺に公安の犬になれと」

 「先生しだいだ。この国には先生のような人間が必要なんだ」

 そしてこれが怪奇の時代、平成の幕開けだったわけである。



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