この仕事の意味(2)
(2)
「それでは、定刻となりましたのでセミナーを始めさせていただきます。本日は私美人講師宮古が語るやる気アップセミナーです。皆さん宜しくお願い致します」
なぜか、この文章を抑揚のないセリフで話すから怖かった。テンションをあげて、まるで劇場のような感じで行うのかと思ったらそうではなかったみたいだった。
若干言いながら照れている宮古先輩がいる。照れるのなら美人を取ればいいのにと思った。
「では、皆さん。今まで自分がしてきたことを振り返ってください。まずは学生時代に皆さんは就職活動をしてきたと思います。どうですか?その就職活動は成功だったといえますか?」
いや、成功なんて言える訳ないでしょう。だって、ここにいるのは現在職に就けていない人で会社都合で人頭税が一時期免除されていた人だ。もしくは人頭税を親が払っている人たちだ。今回は20代後半だから仕事を辞めたか辞めさせられた人、もしくは会社が倒産した人たちだ。ただ、20代後半だから社会人経験はあるはずだ。
ま、今まで親が人頭税を負担していたのなら話は違うが、20代から無職を扶養する場合の人頭税の上がり率は普通ではない。だから親もいつまでも人頭税を負担することは厳しいはずだ。それに30代以降になると親が負担することも認められていない。つまり、親のすねをかじるのも噛み砕くのも20代までしかできないのだ。
こんな法律にしないといけないくらい日本はダメになったのかと思うと少しだけ悲しくなる。
会場にどんよりした空気が流れていたが宮古先輩は気にせずに進めた。
「皆さんはちょっとやり方を知らなかっただけです。でも、大丈夫。人生はあきらめなければやり直せるのです。そこで、まず自分が何をしてきたのかを見つめ直してください。特に社会に出てから何をしてきたのかが大事です。まずは手元にある紙に書いてください」
私の手元にも紙がある。職務経歴書を彷彿させるようなものだ。ただ、会社名を聞くのではなく、行ってきた内容を書かせるものだった。左側に年数。次はチェック項目で、営業、事務、企画、販売、軽作業、運転、技術、その他となっていて、その奥が具体的に行った内容を記載するようになっている。
宮古先輩は周りを見渡して、記入が終わったのを確認してまた、話し出した。
「では、次におなじような記載をする場所がありますが、次に自分がやりたいことを記入してください」
やりたいことを書くとなると書くスピードがあがったのがわかる。
おそらく今までの自分は否定して新しい自分になりたいのかも知れない。そんなことができるのなら私だってそうしたい。でも、過去があるから今の私があるのだ。今私が雪を忘れることができないのと同じように、過去を簡単に消すことなんてできない。できたらこれほどまで胸は苦しくないし、寂しくもない
「はい、皆さん書けましたね。では、皆さんに質問です。今まで経験してきたこととこれからしたいって思っていることは近いですか?」
なんだか一気に現実に引き戻すセリフだろうなと思った。会場がざわついているので宮古先輩が言う。
「質問がある人は手をあげてくださいね」
そういうと手前にいたひょろっとした男性が手を上げた。
「僕は企画がしたいのですが、前職では書店で販売をしていました。このプログラムはやる気向上ですよね。どうしてそんな心が折れるようなことを言うんですか?」
なんだかテンションが高めな男性だと思った。だが、勇気を振り絞ったのかどうかわからないけれど手足がガクガクと震えている。宮古先輩が言う。
「まず、このセミナーは働きたいという気持ちを持ってもらい、実際に働くにはということを伝えます。けれど、それには皆さんにわかってもらうことと、やってもらうことがあります。誰かが手取り足取り教えてくれることなんてないのです。自分で努力しないといけないのです。では、さっきの質問に答えますね。まず書店で販売ということですが、そこでも企画をすることだってできると思うのです。どの本をどう置くのかだって企画です。ただ言われたことだけをやっている人を会社が欲しているでしょうか?では、私から質問です。企画がしたいということですが、この1年の間で何か企画をして実現させたものはありますか?プライベートでもいいですよ。イベントとか」
宮古先輩の言葉に男性は下を向くことしかできなかった。宮古先輩が言う。
「皆さんに夢を持つなとは言いません。でも、未経験者を取るのなら新卒がいいです。中途採用は即戦力を期待されます。未経験分野でもいいというのならば新卒より低い給料になっても仕方がないという気持ちでいないといけないです。だからこそ、今の自分が持っているスキルは何なのかを見つめ直す必要があります。先ほど言ったように販売といってもその中には提案することだってあるでしょうし、事務作業だってあります。自分の行ってきた業務を見つめ直し、自分がやりたいと思っている内容とリンクさせることが必要なのです。リンクしないというのならば、それは自分がやりたいと思っている幅を広げることが大事なのです。さっきの人にもう一つだけ質問させてもらっていいですか?」
なんだか、さっきの男性はそっとしておいてあげたらと思うくらい目が泳いでいるが断ることもできなかったみたいなので、首をただタテにふるだけで意思表示をしめした。宮古先輩は気にせずにこう質問した。
「企画ってどういう仕事だと思いますか?」
この返答は難しいと思った。目の前の男性も困っているのがすごくわかる。宮古先輩が言う。
「皆さんがやってみたいという仕事はイメージ先行型の場合が多いです。前にやっていた仕事が楽しくて、けれど会社都合でやめないといけなかった場合は別ですけれど、やったことがない仕事の場合はまず接点を探してください。接点もなく入社してから教わりたいというのであれば新卒より給料が安くなることを理解してください。もしくは、やりたいことを増やしてください。
皆さんには悲しいけれどあと1ヶ月しか時間はありません。できることを探して面接をして結果をいただく。これがこれからの1ヶ月に求められるスケジュールです。なので、今日はこれから職業安定所で求人を探して申し込んでください」
言っていることは正論だ。だが、この正論はものすごく痛い内容でもある。まるでゾンビに聖水をかけるみたいな、傷口に塩をぬりたくるような感じだ。
おそらくここにいる人たちもわかっているはずだ。だが、それができていればこんなことにはなっていないだろう。昔から就職後のミスマッチと言う言葉はあった。思っていた内容とちがったというものだ。それをなくすためにOB訪問があるし、インターンシップだってある。何もしてこなかったら頭でっかちになっているのだろう。確かに時間があれば私だって就職塾に行っていたからモチベーションをあげる方法や働くという事について理解を深めるために行ったことを告げることはできる。
だが、後1ヶ月以内に結果を出さないといけないとなると話しは違ってくる。
だからこそ、強引なことも必要なのだろう。わかるのだけれどどこか違和感がある。
八重先輩の時もそうだったがもっとうまくやれる方法があるのではと思ってしまうからだ。
「はい、では最後に1ヶ月以内に就職できなかったらどうなるのか国営農場の様子を撮影したビデオがありますので見てください」
宮古先輩の声で私は動画をクリックした。
そこには番号で呼ばれて、作業中はトイレもいけないまるで囚人のような生活をしている様子が映し出されていた。
「こういう所もあるのよ。まぁ、特殊な人が行く場所なんだけれどね」と宮古先輩が教えてくれた。確かに昨日いった国営農場だと居心地はよかったし、働きたいと思う人は多いかも知れない。
けれど、今ここにいる人に昨日行った国営農場なんか見せてしまったら、おそらく何もせずにみんな国営農場に行くだろう。
私は周りを見渡した。一人ビクビクしている人がいる。二人しかいない女性のうちの一人だ。その人がおずおずと手をあげてきた。「はい、どうぞ」宮古先輩の声でその女性が立ち上がりこう言った。
「私は学校を卒業してから今まで仕事という仕事をしたことがありませんでした。親が今まで私の分を支払ってくれていたのですが、もうすぐ30歳ということもあり自分で納税しないといけなくなり、今日きました。やりたいこともとくになく、できることもない私の場合はどうしたらいいのですか?でも、あんなところで働きたくない」
私は愕然とした。その女性は明らかにおかしかった。服装はおそらく数年間着たのだろうかヨレヨレのセーターだ。いっぱい毛玉がついている。長いスカートは安っぽい生地で、これまた汚れが目立っている。当人も化粧をしているようには見えない。黒く長い髪を無造作にまとめた感じだ。おそらく親もなんとかして納税をしたけれど、生活がギリギリになってしまったのだろう。
薄幸そうな表情が印象に残った。宮古先輩が言う。
「では、あなたはどういう努力をしたのかしら?誰かがどうにかしてくれることはないのよ」
やさしく話しているのが、内容はやさしくない。こんなにおどおど話していたのならどこの企業も採用はしないだろう。いや、一部の企業なら女性なら採用しているところはあるが、あまりいい評判は聞かないところならある。宮古先輩が言う。
「どんなところでも学べることはあるのよ。評判がいいから、いい経験ができるとも限らないし、評判がわるいから仕事をさせてもらえないということもないの。だからこれから1ヶ月頑張ってみて。それでもうまくいかなかったらまた会いましょう。その時に今後を話せたらと思っています」
ある意味最後通告であるようにも聞こえるセリフだった。宮古先輩の顔からは笑顔はない。私があの場所に立っていても笑顔で話すことはないだろう。八重先輩ならどうだろうか。あの人なら笑顔で乗り切りそうだと思った。
「では、これで今日のセミナーを終わりたいと思います。皆さんはこれから下の階で自分にできそうな仕事をさがしてくださいね。できれば1ヵ月後に再会しないことを祈っています」
私も思った。ここにいる全員が就職してくれたらいいのだ。だが、理由はわからないがわかる。すでに自信を失って、いや心が折れてこの1ヶ月特に何もせず過ごす人がこの中にいることを。そして、その人たちと私は再会しないといけないということを。
もっと時間が欲しい。いや、もっとうまく導いてあげたい。
就職活動をしていた時に思っていたことは「内定を取るだけなら簡単だ」ということだ。就職率49%の中でこのセリフを言うと誰かに刺されそうだが、この考えは変わらない。そう、「内定」だけを取るのならばだ。ただ、確実にミスマッチですぐに退職をする可能性が高いということを付け加えなければならないが。
そう、自分の思いさえ無視してしまえば仕事なんていくらでもある。ただ、誰もやりたがらないだけだ。
ここにいる人たちも誰かに守ってもらっていたから追い詰められていない。だからこそそんな仕事を選ばないかもしれない。私が考え事をしていたら2名だけまだ会場に残っていた。一人は最初に「企画をしたい」と言った男性だ。もう一人は予想通りヨレヨレセーターの子だった。宮古先輩が近寄ってきてこう言ってきた。
「カウンセリングが必要かもね。一人お願いできる?」
そういうと宮古先輩はヨレヨレセーターの子に近寄っていった。
私は「企画したい」と言った男性のほうに近づいた。男性が言う。
「僕はどうしたらいいんでしょう?」
いきなりこんなセリフからはじまる。どうしたらいいのかを勝手に決められたら楽ではある。まずは普通に聞いてみよう。
「どうしたらいいのかを決めるのはあなたです。でも、あなたが何をしてきたのかを聞くことで手助けならできるかも知れません」
「そんなかも知れないなんてことでごまかさないでください。どうしたらいいかを聞いているんです」
なんだかこの男性は切羽詰っているからだと思うが、自分で考えることを放棄しているのがわかる。
「まず、自分で考えることからはじめましょう。自分の人生は自分で決めることが大切です。私につっかかって仕事がきまるのならいくらでもつっかかってください」
そう言うと、その男性はわなわなとふるえたが、その後ゆっくり話し出した。
「私は書店で働いていました。バイトです。大学時代から本が好きででも、就職はできずそのままバイトを継続していました。けれど短時間だったのではじめは人頭税を払うくらいのお金はかせげていました。けれど、もう少し給料を上げて欲しいと思い書店に相談したらバイトの更新が終了になりました。それまでずっと『よくやってくれている』とか『さすがだね』とか言ってくれていたのに」
そりゃ、そうだろう。バイトなんていくらでも替えがきくからだ。それに褒めるだけなら費用もかからない。その気にさせることが経営者には必要だからだ。だが、こういう事実を伝えたっていいことはないし、この男性もそれを求めているわけじゃない。私は考えてこう話した。
「まず、あなたがバイトで取り組んでいたことはありますか?また短時間バイトであったため、それ以外にしていたことはありますか?」
だが、希望していたような返答ではなくこう返ってきた。
「バイトでは言われたとおり行っており、自分で何かをすることはありませんでした。社員の方が発注をし、本棚に並べた中で売れた本だけを追加することをしていました。バイト以外では家で引きこもり本を読んだりゲームをしていました。特にネットゲームでは時間を有効につかってそこでの世界では有名になったものです。大勢で集まって、、、」
そこから延々とネットゲームの話しを続けるこの男性はいきいきとしていた。
「それだけゲームが好きならゲーム業界を志望するのはどうでしょうか?」
そう話したらいきなり元気になって降りていった。あの男性が就職できるかどうかはわからないけれど、やる気になってくれたのは助かった。ふと見上げると宮古先輩がかなり頑張っているのがわかった。相手の女性が少しだけ明るい顔になっていた。
5分くらいしてあの女性も下りていった。
「疲れたね~でも、こういうカウンセリングをしている時がこの仕事の意義を感じるときなのかも」
宮古先輩のセリフを聞いて少し思った。けれど、良く考えると職安でも同じようにヒアリングをしている。私たちは国営農場という危機を見せることで無理やり動かせているだけだ。だが、それでも、こういう仕事は救われる気がした。
「そうですね。なんだか頑張って働いて欲しいって思いましたから」
私はそう言った。本当に大変なのは来月なのだということを知るのはもう少しだけ先なのだが。
「今日はもうあがりでいいわよ。送っていってあげるから」
そう言って宮古先輩に家近くのロータリーまで送ってもらった。
「それでは、お疲れ様でした」
そう言って私は家に向かった。路地を曲がった瞬間に蹴りが来た。しかも足でなくお腹にどすんときた。
「あの女だれ?」
蹲って見えたのは黒いブーツだった。ゴテゴテしたこのブーツの持ち主を私は知っている。碧子だ。
そして、頭のてっぺん辺りをコツン、コツンとブーツの先で蹴ってくる。軽く当てているだけなんだろうけれど、ブーツが硬いためか少しだけ痛い。立ち上がりながら話した。
「あの人は会社の先輩だよ」
立って確認するまでもないが目の前には碧子が昨日と同じようにコートを着て立っていた。立ち上がる。立ち上がると次はやはりすねをコツン、コツンと蹴ってくる。昨日より気合が入っているのか少し強めだ。そして明らかに機嫌がわるい。
「なんか楽しげだったよね。キモい笑顔だったし」
「いや、宮古先輩はキモくないでしょう」
碧子が膝に回し蹴りをしてきた。膝が折れ曲がる。
「違うわ。あんたよ。キモいの。デレデレしちゃって。何?」
今日の碧子はいつにまして意味がわからなかった。そんなにデレデレしていたのだろうか?
「悪かった」
とりあえず、謝った。「でも、どうして碧子の機嫌がわるいの?」そう言ったら「うっさい」とだけ言われてすねを大きく蹴るとすぐに「帰る」と言って歩き出した。
私も家に帰ろうと思った時に、手帳を買おうと思っていたのを忘れて駅に向かおうと思った。そう、ちょうど駅に向かう碧子と同じ目的地になる。碧子が言う。
「何?送ってくれるの?」
「いや、手帳を買いに駅前に行こうかと思ってね」
ガツン!
横腹を殴られた。
「私と一緒にいたいんでしょう。仕方がないから買い物付き合ってあげる」
横に並びながら腕をくむようにしてきて、肘で横っ腹をゴツン、ゴツンとされつづけた。
手帳も買って、改札で碧子を見送った後携帯で時間を確認したら佐波からメールが来ていた。それは今やっている仕事のことと妹のことだった。
それはどちらも衝撃的な内容だった。