48時間(7)
(7)
凛とした空気が痛かった。歓迎をされていないのはわかる。多分見世物小屋の中にいるのがこういう気持ちなのかもしれない。そう思ってしまった。10名のほとんどがこの場を歓迎していない。いや、珍しそうに見ているだけのものもいるが敵意を、いや悪意を感じる雰囲気の中にいる。目の前にいるのは城間義一だ。見ると目鼻立ちがはっきりした、正利と同じように日に焼けた肌をしている。眼光はするどくまるで猛禽類のようだ。黒々とした髪は短く刈られており、政治家に見えない体格をしている。城間義一が言う。
「中村七海君よ。会いたがっていた雪もいる。少々誤解があるようだからこうやって面談の機会を設けた。正利は口が悪いからいらぬ誤解を与えているなら先に謝ろう。だから今までのことはなかったこととして我らの目的を聞いてもらいたい。そして、我らとともに歩むか決別するかを決めてもらいたい。雪もそれでいいな」
雪を見るとゆっくり頷いている。その表情は読み取れない。感情を殺しているように見える。だが、確かにここに雪はいる。それは確かだ。城間義一が言う。
「まず、我ら『赤い翼』が目指しているものは各国との共存だ。現在航海をするならある程度の大型船で主に物資を運んでいる。だが、それもかなりエネルギーを使用している。大型船だとある程度海が荒れても持ちこたえるからだ。だが、あんな大きな船で漁業は出来ない。魚も逃げてしまうからな。そこでこの平良君が天候不順なこの海でも航海できる中型船を開発した。といっても、昔ながらの知恵の応用みたいなものだ。転覆しないように船の形を変える。その船の見えかたから我々のことを『赤い翼』と言われるようになった。だが、島国では本土のような富は得られない。深刻な水不足に物資も輸送費用から本土より高い。だから我々はノウハウ提供の変わりに要求を出した。せめて人頭税だけでもなくしてほしい。人頭税など課せられたら島民の生活はなりたたない。だからこそ発起したのだ。日本からの独立を要求したのだ。別段本土がほしいわけじゃない。時に中村七海君。日本にはどれだけの島があるか知っているか?」
いきなり質問をされたのでびっくりした。日本が島国なのは知っているし、習ったような記憶がある。ただ、興味がなかったのですぐに忘れてしまった。黙っていると目の前からの眼光に押しつぶされそうだ。私は息を吐いてこう言った。
「100くらいですかね?」
周りにいる10名のものからも落胆のため息が聞こえる。城間義一が言う。
「日本には6852もの島がある。だが、そのうち人が住んでいるのが400程度だ。我々は漁獲量をあげるため人が住んでいないもしくはかつて人が住んでいた島を我々に提供してほしいと言った。いうならば使われていない場所だ。そこに拠点をつくり漁をする。獲れた魚介類については各国に適正な値で輸出する。つまり国として認める動きをしているのだよ。いうならば独立戦争だ。テロなんかではない。我々にはノウハウがある。販売ルートも日本だけでない、各国にある。後は各国が我々を認めるかどうかだ。それともう一つ。担い手が少ないのだよ。だから日本にいる、働きたくても働けない人に我らとともに働いてほしいんだ。そのための協力をお願いしている。これはね、世界のためなんだよ。中村七海君も今まで魚を食べていただろう。今の日本の魚介類の6割が我々が獲ったものなのだ。高値であったかい?」
そう言われて思った。肉料理が食卓に出ないことはあるが、魚料理が食卓に出ないなんてことはない。城間義一が言う。
「われわれは別に独占して高値で売るつもりはない。むしろ安価で提供できるようにしている。それは日本だけじゃない。世界を見ているからだ。そして過去のように乱獲もしない。捕獲する量も種類も決めている。沿岸部では養殖をしているものもあるが、われわれは自然の恵みをそのまま生かしているのだよ。わかってもらえたかな」
正論だと思う。だからこそ疑問がある。疑問を城間義一にぶつけた。
「すごく正論だと思います。理にかなっているし、賛同を得られるとも思います。では、なぜ人質を取って交渉をするのです?」
城間義一の表情がさらに険しくなる。そしてこう言ってきた。
「中村七海君、君にならわかってもらえると思う。雪が日本でどういう風に扱われていたか。雪が日本に残ると言ったときは皆で反対した。だが、社会は日本は雪を拒絶した。だから私は雪を取り戻した。そんな日本がまともに交渉するとでも思っているか。中村七海君は日本がまっとうな国だと思うか。ならばどうしてあのような管理施設『B』などという施設が存在する。まっとうな相手であればこちらもまっとうに対応する。だが、相手が異常であれば、こちらも異常な手段を取らざるを得ないだろう」
田島に雪は不遇だった。誰よりも頑張っていたが報われることはなかったかもしれない。管理施設『B』だって人道的な施設かと言われたら疑問は多い。だが、どこか納得がいかない。
「そんなの詭弁よ」
黙っていた碧子が叫ぶ。平良作人が言う。
「そこな女子の口をふさげ」
そう言って横にいた男性がタオルを碧子の口にねじ込み後ろで縛った。こういう所だ。納得がいかないのは。私は心に決めてこう言った。
「今のを見てわかりました。独立を叫ぶのなら王道であるべきだ。だが、あなたが行っているのは王道ではない、覇道だ。邪道に近いかもしれない。それでは人は去っていく。私にはあなたがたの行動は独立戦争と言うよりただのテロに見える」
周囲がざわつく。城間義一が言う。
「ここまで言ってもわかってもらえないか。ならば仕方ないな」
「まってください。お父さん」
今まで黙っていた雪が声を上げた。その表情は今にも泣きそうにも見える。雪が言う。
「彼と、七海と話しをさせてください。二人きりで。お願いします」
深々と頭を下げる雪。城間義一が言う。
「わかった、10分だけやろう。奥を使うがいい」
そう言われて、指差された場所に私は雪と進んでいった。そこは小屋だった。小屋の中には多くの書類と本が置かれていた。古い紙のにおいがする。まるで学生時代に図書館で雪と勉強をしていた時を思い出す感じがした。雪が言う。
「会いたかった。こんな形でもうれしい」
そう言って雪が抱きついてきた。その肩をゆっくり抱きしめる。高まる鼓動が抑えられない。私も雪を抱きしめた。そのままの姿勢で雪が言う。
「おねがい、『赤い翼』の一員になるって言って」
まさか雪にそう言われると思っていなかった。雪がさらに続ける。
「七海の立場はかなり厳しいの。お父さんはああ言っているけれど、それは私がわがままを言ったから。そうでないと人質の価値のない七海は生かしておく必要がないって。私には七海に死んでほしくない。だから納得していなくても『赤い翼』に加わるって言って欲しい」
震えながら話す雪。確かに私には人質としての価値はない。碧子もMINKAも人質として十分すぎるくらいだ。
「雪はいいの?雪が笑っているように思えない」
雪が笑っている所を見ていない。それがずっと引っかかっている。何とも言えない、いや、泣き出しそうな表情をしている雪ばかり見ている。雪が言う。
「だって、しょうがないじゃない。私にはここしか行き場所がなかったのだから。どこにいったって『城間』の名前はついてくる。たまに思うよ。何のしがらみもない誰も知らない世界で七海と二人っきりになれたらって。でも、そんなの夢物語だもの」
「逃げよう。世界の果てまで」
力強く抱きしめた。だが、雪は私の両肩を押すように向き直った。
「無理よ。それに私にはもう行く場所がない」
雪は泣いていた。笑って欲しいのに私の胸で涙している。日本に戻っても雪の居場所はない。雪とどこか遠い国へ行くとしても手段がない。アメリカは寒波の影響でかなり苦しい州が増えている。ソビエト連邦も同じだ。EUは好調なのはドイツだが日本から遠すぎる。日本から近いところで景気がいい国が少ないのだ。どこも厳しい。だから国外逃亡をすることが難しい。行く先としたらそう、『赤い翼』になってしまうのだろう。そういう意味では独立したら一番人が集まりそうだ。だが、行動が乱暴すぎる。人質を取って交渉をするのなんて納得できない。
人質で思い出した。MINKAはどこにいったのだろう。佐波はMINKAを助けるために来ている。佐波について行けばドイツに行けるのではないだろうか。可能性は低いかもしれないが佐波にかけたい。
「雪、佐波を覚えている?就職塾で一緒だった。あいつMINKAの兄なんだ。佐波は絶対にMINKAを助けに来る。佐波と一緒にドイツに行かないか?」
確証なんてない。けれどここではないどこかに行けるかもしれないのならかけたい。雪が言う。
「行けたらいいね。でも私にとってあんな親でも親だから。でも、私が大事なのは七海。七海には生きてほしい」
「わかった。入るよ『赤い翼』に」
そう、そして、雪を抜け出させる。この袋小路から。もう一度雪を抱きしめた。雪の耳元にそっとささやく。
「大丈夫、なんとかする」
「お願い、助けて」
小声でささやく雪の声が本心のように思えた。すぐ後ろの扉が開く。振り返るとそこには城間義一がいた。城間義一が言う。
「ようやく決心したな。ならついてくるがいい」
その時わかった。私が監視されているのと同じで雪も監視されていたのだ。雪は泣いているが口元が笑っている。絶対に助けてみせる。そして、この袋小路を抜け出してやる。
そう思った時にどこからか爆発音がした。城間義一がさっきいた謁見の間に戻る。私も雪とともに戻る。城間義一が言う。
「動いたのは日本か、中国か、アメリカか」
走ってくるものがいる。若い男性だ。若い男性が言う。
「わかりません。けれど潜水艦のようです」
周りがさらにざわつく。城間義一が言う。
「いまどきディーゼルでうごく潜水艦なんてそんなにないだろう。それに日本も中国もインドもアメリカも動かしたなんてきかないぞ」
正利が言う。
「まさか、この前博物館から盗まれたというドイツのヴィルヘルム・バウアーじゃないですか?」
「まさか、あんな第二次世界大戦時の骨董品を動かすやつがいるものか」
だが、そのセリフを聞いて思った。これは佐波なんじゃないかと。城間義一が言う。
「とりあえず、そこな女子は牢に戻しておけ。新たに仲間が増えたのだ。そう中村七海君が我ら『赤い翼』に参加をした。皆快く迎えよう。中村七海君、早速だが、そこにいる郡司とともに海岸を偵察してきてくれ。本当にヴィルヘルム・バウアーが来ているのかどうをな」
郡司と呼ばれたのは屈強な体格をした男性だ。まだ年は20代半ばくらい。日によく焼けた肌をしており、大きな目と四角い輪郭をしている。「よろしくな」と握手を求められた。握手をして私は郡司と海岸に向かった。そこにあったのは灰色の潜水艦が海面から出てきていた。それがヴィルヘルム・バウアーなのかどうか私には判断つかなかったが、ゴムボートで陸に上がってきているのが日本人でも中国人でもないのだけはわかった。郡司が言う。
「まずい、陸に上がってくる。一旦戻ろう」
郡司は携帯で潜水艦を撮影してから来た道をかけ出した。私も遅れないように走っていく。そう、戦火の渦に巻き込まれたのだ。




