48時間(6)
(6)
「おや、君はこの前うちに来た人だよね。ここで何をしているんだね」
正利が宮崎に向かってこう言う。宮崎はうつむいているだけだ。代わりに私が言う。
「彼は私の友達です。心配してのぞきに来ただけです」
そう言いながら、正利、こいつさえ来なければ宮崎に雪のことを聞けたかもしれないのにと思った。残念だがこれ以上宮崎に何かをお願いすることは難しいだろう。正利が宮崎に向かってこう言う。
「友達思いなんだね。だが、ここは勝手に来ていいところではない。咎めないからさっさと持ち場に戻るがいい」
「わかりました」
宮崎はそう言って階段を駆け上がって行った。正利が言う。
「さて、これでわかってもらったと思いますが無事保護していますよ」
私に向かってではない江見に向かってである。江見は碧子をまず見て「足かせは必要なの?」と言った。そして私の方を見て鼻で軽く笑った。この扱いの差は何だ。首相の娘とその婿の違いか。江見は言う。
「ま、安全は確認できました。ではこのまま連れて帰ります。そこにいる名前も知らない彼はどうでもいいですが、首相の娘はこのデータと引き換えでお願いします」
江見さん。私の名前知っていますよね。突っ込みを入れたくなるがこの場は黙っていた方がいいように感じる。正利が言う。
「まだデータの確認もできていませんし、これから定期的にデータをいただける保証もありません。なので今日はお帰りいただきたい」
正利はそう言って江見をエスコートする。江見が言う。
「ならあの男性だけでも解放してもらえませんか?」
そう言ってペンで私を差す。そのペンがこっちに向かって飛んでくる。とっさに受け取ったが、支給されたあのペンだ。しかも紙が折りたたまれている。今気づかれるわけにはいかない。こっそり隠そう。正利を見る。ペンには気が付いていないのか首を横に振るだけだった。江見が言う。
「わかりました。では、今日の所は帰ります。けれど、またこちらには来させていただきますから。近いうちに」
そう言って江見は正利と階段を上がっていく。耳を澄ましてずりずりと何かを動かす音を聞いて暗くなったのを確認してペンを取り出す。薄暗いがどこからか光が漏れているみたいだ。階段からうっすら光がある。蓋が完全でないのだろう。私はペンに挟まれていた紙を開いた。そこにはこう書かれていた。
「分解して赤いボタンを長押し、ピッという音が鳴ると起爆スイッチの合図。速やかにペンを投げろ」
それだけだった。ほかに何かが書かれているわけではない。とりあえず、これは発信器にもなるが肌身離さず身に着けていないといけないものでもある。見えないようにズボンのポケットにしまい込んだ。爆発の度合いがわからない。壁に投げて穴が開くレベルなのか、建物が吹っ飛ぶくらいなのかがわからない。ただ、脱出のために使ったとしてもすぐに捕まるだろう。使いどころを考えないと。とりあえず体力温存のために眠ると決めた。
横になっただけでも気分は楽だ。ただ、ひんやりとするコンクリートの床にひかれたござだけでは体が冷える。目を閉じても眠れそうにないと思っていたが疲れているのか、一度に色んなことがありすぎて脳の許容範囲を超えたのかわからないが気が付いたら眠りについていた。
ずりずりとする音がかすかに聞こえる。だが、そこまで大きくない。初めは気のせいかと思っていたがやはり音がする。目を凝らしてみても光は入ってこない。寝入っていたせいか今が何時なのかわからない。かろうじて光が入っていた時に比べると夜なのかもしれない。そう思っていたら、ギシ、ギシと階段を降りる音がする。ゆっくり歩くその足音が周りに気が付かれないようにしているのがわかる。そして、もう一つうっすらと光が差し込んできた。光に注目する。降りてきたのは男性のようだ。ペンライトで照らしているため相手の手は見えるが顔はよく見えない。
「兄様?兄様なの?」
「ああ、そうだよ」
MINAKがそう言った。声の先にいたのは佐波玲だった。佐波は言う。
「MINKA、待たせてごめん。でも、今は無事を確認しにきただけだから。ほかに誰かいるのか?」
いつもと違ってものすごく優しい声をする佐波がいる。本当にシスコンだったんだなと思った。MINKAが言う。
「就職塾での友達がいるって。兄様が来ることを教えてくれたの」
鉄格子から手を出してふる。同じように碧子も手を振っているが佐波は私の方に来た。
「七海か?ってことは、この横の子は阿久根首相の娘か」
「そうよ。わかっているなら早く助けてよ」
だが、佐波は首を横に振りこう言った。
「明日また来る。だから待っていてほしい」
そう言ってMINKAに近寄っていく。そして二人がキスをしたのを見てびっくりした。
「待ってますわ。兄様」
MINKAの声も甘く優しくなっている。カツン、カツンと碧子が鉄格子をたたいている。たたきたい気持ちはわかるが私はそっとしておこうと決めた。佐波はそう言って出て行った。だが、翌日私たちの状況はさらに変わる。少なくとも私には大きく変わったのだった。
またしばらく目を閉じていた後、音がして人が降りてきた。朝食だと言って渡されたのは椀に入った米と魚の味噌汁だ。持ってきた男性が言う。
「とれた魚で商品にならないものは俺らのものさ。あんたらにも同じものを出すのだからありがたく思いな」
確かにおいしかった。味噌の風味と魚は何かわからなかったが食べごたえがあった。食べていると上から正利が降りてきた。正利が言う。
「食事が終わったら、移動してもらいますから。MINKAさん」
そう、MINKAだけ連れ出されていった。そしてMINKAは戻ってこなかった。しばらくして、こっそり宮崎がやってきた。宮崎はあまりいられないからと言ってペットボトルにお茶をまたもってきてくれた。私は宮崎に言う。
「あの日、喫茶店で正利と一緒にいた女性のことだけれど、この島にいるか?」
そう言ったら横からカツン、カツンと音がし始めた。宮崎が言う。
「城間だよな。大学にいた。びっくりした。この島にいるかどうかわからない。おれは司令部に入ることすら許されていないから。そこにならいるかもしれない。正利様だけじゃなく、平良様も城間義一様もそこにいるらしいから」
そこに雪がいるかもしれない。宮崎に聞く。
「その司令部ってここから遠いのか?この島の構造がわからないんだ」
船から連れてこられた時に見えたのは集落があったことだけだ。この島には人が住んでいるという集落とかつて人が住んでいた場所、過去軍が使用していた場所の3か所くらいしかない。潜入を考えていた時は軍が使用していた場所を監視しようと思っていたくらいだ。だが、今の私は捕虜として捕まっているだけだ。そこまで広い島ではない。だが、宮崎はこう言った。
「この島の大きさはわからない。地下がかなり広がっている。地熱を利用した農園まであるくらいだからな。俺が立ち入れるのはこの村だけなんだ。だからこっそり七海にも会いに来られている。けれどそろそろやばいな。行くわ」
そう言って宮崎は階段を駆け上がって行った。
カツン、カツン。
碧子が鉄格子をたたいている。ずっとたたいているので碧子に「どうした?」と声をかける碧子が言う。
「まだ、あの女、城間雪が気になるのか。どうして。どうして。だってキスしたじゃない」
確かにキスをしてしまった。場の流れと言うかなんというか、でもしてしまったことは事実だ。自分自身でもよくわからない。碧子に惹かれるときもある。けれど、心の真ん中にずっと雪がいるのも事実だ。忘れることなんてできない記憶、思い出。月日が経っても雪だけは特別なんだと思ってしまう。碧子に向かって私はこう言った。
「確かに碧子のことはいいなと思う。魅力的だし、いつも私のことを考えてくれている。多分。けれど、やっぱり雪のことを忘れることはできない。それに今のこの状況を雪が望んでいるとは思えない。だから会って聞きたい。どうしたいのか。それでこれが、この現状が、雪が本当に望んでいることなら雪のことはあきらめる」
言ってから思った。もし、この現状を雪が望んだことなら雪は変わってしまったと思う。環境が人を変えることもある。多分どこかで踏ん切りをつけたいんだ。雪に会いたい。前とは違う思いで私はそう思った。ずりずりと音がする。降りてきたのは見知らぬ男性だ。男性が言う。
「これから当主が面会をするとのことだ。粗相のないように」
そう言われて足かせはつけられたまま外に出させられた。階段をんを上がるときはこの鉄球を手に持ってあがる。私は大丈夫だが、碧子はかなりつらそうだ。だが、手伝ってあげることもできない。フラフラしながら碧子も階段を上がる。この鉄球をどうにかしない限り脱走することもままならない。地上に出ると碧子は私の鉄球の上に自分の鉄球を乗せてきた。
「お願い、ちょっとでいいから、思いを受け止めて」
こんな弱気な碧子を見るのは初めでだった。だが、重いのも事実だ。弱っている碧子の負担を減らすために碧子の鉄球を乗せたまま横歩きで進んでいった。道は舗装されている。歩くこと20分くらいで大きな建物についた。奥に通される。まるで王室の謁見の間みたいだ。正面に男性が座っている。この人物が城間義一なのだろうか。そして、その横にいるのは平良作人だ。資料で顔を見たからわかる。左右を取り囲むように人がいる。10人くらいだ。その中に正利がいる。そしてもう一人知っている顔、会いたかったはずの雪もそこにいた。




