手にすること、失うこと
~手にすること 失うこと~
新たな法律ができ、就職率も上がると期待されていた。
けれど就職率は年々下降しており、昨年の就職率49%が改善をされるということはなかった。
海外へシフトをしていた企業は輸出入の規制によりかなり厳しい経営を迫られている。
それに物資を搬送するエネルギーコストも年々あがってきている。
少し前にバイオエネルギーがこれからのエネルギーを支えるという記事があったが、近年の異常気象により作物がそだたなくなりトウモロコシを燃料につかうなどという発想はなくなってしまった。
そんな中あらたに国が雇用政策として立ち上げたのが特殊公務員制度であった。
新たな体制を構築するために国策をささえる公務員制度として採用枠をもうけたのであった。
ただ、採用人数全国で100名という狭き門。
倍率が高いため、普通に就職活動を続けるとともに公務員試験を受けるものも多かった。
ただ、就職活動時期が後ろ倒しになり大学4年生の9月から実施。12月から2月に内定が出るスケジュールになってから、就職できなかったから留年をするという選択ができなくなった。
そう、内定が出ることにはすでに単位の修得が終わっていることが多い。
つまり、大学時代に内定がもらえない場合は留年という選択はできず就職浪人となるのだ。だが、法はニートを選択させない。
納税ができない場合は国の国営農場で勤務することがきまっているからだ。この「国営農場」のことを保護観察といっている。言葉を選ばなければただの強制労働だ。住まいも国に定められ、労働を強いられる。
そこに自由はない。生活にかかる経費は給与から控除をされる。貯蓄はできるかもしれないが、転職をするには手に技術をつけることもできずどこからも採用されることはない。
いうならば、社会の底辺に位置する。
落ちてしまったらもう戻ることはできない場所。それが国営農場「保護観察」という場所。納税という国民の義務を果たせないものは国民の資格すら与えられないのだ。
人権を叫ぶものもいたが、限られた食糧、限られた資源をつかって国民を守るには時に『痛み』を伴わなければならない。それが竹中平介総理大臣の方針だった。
反発はあったが、他国に目を向けるともっと悲惨な国もあった。外貨に頼っていた国は輸出入の制限によりもっと厳しい国政を強いられている。人減らしを実施している国すらある。また、人肉を食用として国内で販売している国さえもある。
その現実に目を向けると日本の方針はまだ良心的であった。
ただ、新卒の就職率があがらなかったのは国内の同事業会社の統合により職を失う人が多かった。
また、企業自体も余力がないため研修についやす時間より、中途で即戦力を採用することに重点をおいていっているのも事実だった。
昔と違って労働法規が変更になり正社員の解雇と給与を減額するなどの不利益変更が容易になったこともこの状況を加速させたと思っている。
中途採用者が新卒なみの賃金で働いている。給与を選ばないのは誰もが保護観察まで落ちたくないからだ。
だから学生の中では就職塾が繁盛するし、一部の企業側も就職塾を運営するNPO法人に出資をしている。出資といっても微々たる金額であるが、どの企業も良い人材を早い段階から雇いたいことには変わりはない。しかも新卒の給与は年々下がっていっている。社歴がながくなって給与は高いが技能が低い中堅層と入れ替えるためだ。
そのため良い新卒にめぼしをつけるためインターン生を受け入れる企業も増えてきているが、なかなかマッチングがうまくいっていない。そういう背景もあり私もこの周囲の風のって就職塾に通っていた。
色んな考えを持っている他大学の学生と触れ合うことは新鮮だった。今までの世界が狭かったことがよくわかった。ここで出会った仲間はある意味戦友だと思っている。
大学も別、これから働く企業も別。何もしなかったら出会うこともなかった仲間だ。
私も内定を1社もらっている。だが、本命は並行してうけている特殊公務員だ。
この結果はもうすぐわかる。
100名という狭き門。
筆記試験は合格をした。後は面接の結果だけだ。
「お祈りメール」と言われる不採用メールを大量に見てきた私にはこわいものはなかった。
一つだけ気になるのは彼女、城間雪が未だに内定をとれていないことだった。
彼女は親元から離れてくらしているため就職塾に通うだけのお金が工面できなかった。
いや、バイトをしながらだったから、就職活動にかける準備すらあまりできていなかった。
社会は平等というがはじめから背負っているものがいる人のことを考えてはいないと思っ
ていた。おそらく社会が平等なのではなく時間だけが平等なのだと思った。
ただ、その時間を自分のために使えるのかどうかがお金の有る、無しに関係しているのだと思った。
そういう意味では私は両親に感謝をした。初月給で何か両親にプレゼントをしようと思ったのは就職塾に通うこともできず独力で頑張っている雪をみてきたからだ。
確かに先輩からは「就職活動はお金がかかる。だから就職活動戦線がはじまるまえにバイトである程度お金をためておけ」と助言を頂いていのも助かっていた。
この助言があったからこそ私は遠方の説明会にも参加できたし、就職塾にも通うことができた。
だからこそ、彼女、雪に何かをしてあげたかった。
就職塾で学んだ自己分析の仕方やエントリーシートの添削のこつなどを就職塾のOBの人に聞いたりもした。
中にはボランティアで模擬面接につきあってくれる人もいた。
けれど雪はバイトがあるからといってどの集まりにも顔をだしてくれなかった。いや、ただ単に逃げていただけなのかもしれない。
だから、私が雪の自己分析を手伝ったし、模擬面接を行ってきた。
けれど、学生の目線、知りすぎている二人がどれだけやってもうまくいかなかった。
12月。
私にだけクリスマスプレゼントのように内定が出た。業界再編中でも生き残っている企業だ。
特殊公務員がダメだったらこの会社でもいいかもしれない。
そう思っていたのも事実だ。
「おめでとう」
就職塾の仲間から祝福を受けたが、雪は暗い表情のままだった。
どうにかしてあげたいけれど、何もできない自分がいた。
「七海はいいよね。うまくいって」
雪がぼそっと言った言葉が痛かった。
「気分転換しようか、もうすぐクリスマスだし」
私が言った言葉に対して雪はただ首を横に振るだけだった。このままだと雪は仕事につけなくなってしまう。アルバイトだけの生計だけで生活するのなら、準保護観察を受ける可能性が出てくる。
住まいは自由だが仕事は国営農場での勤務だ。だが、家賃を払えなくなったらすぐに「準」が取れてしまう。
ほとんどの準保護観察になった人はそのまま2年以内には保護観察に落ちているのだ。
雪の目がうつろになっている。
就職活動がはじまるまでもバイトでつかれていることはあったけれど、笑顔だった。
黒く長い髪。まっすぐに揃っている前髪。大きくてきれいな目にすらりとしたからだ。
いつも清楚な雪だったが、その頑張りは誰かに認められることもなく「現実」は雪に押しつぶされそうになっていた。
私は雪に何もできないのだろうか。
だからたまに雪の気分転換になればと思い考えたけれど何も結果に繋がらなかった。
大学の授業で出会った頃はまだ雪は笑顔があふれていた。
苦学生だったから付き合ってから雪の家で食事会をすることが多かった。
食材はいつも多めに買って私が料理をしていた。こういう時母親が「いまどきの男子は料理ができないと誰ももらってくれないよ」と言って家事全般を教わっていたのが助かったと思った。そう、こうやって少しでも雪の助けになればとサポートしてきたのだ。
私は家族のことを雪に話した時に悲しそうな顔をしたのが忘れられなかった。
「七海、私両親と、というか家族と仲がよくなくて。だからちょっと家族団らんってうらやましい」
私はやめておけばよかったのに、理由を聞いた。
「雪の家族って何をしているの?」
雪はそっと外を見ながら言ってきた。
「両親は日本に住んでいないわ。多分日本に戻ってこないほうがあの人たちのため」
雪は遠くを見ていた。それが何を意味するのかなんてそのときにはわからなかったけれど、日本で雪が頼れるのは私だけなのかも知れないと思っていた。
今から思うとおかしな話だ。
就職活動でお祈りメールばかりもらっているせいか落ち込んではいるけれど元々雪は明るい性格だった。
バイトも3つか4つ掛け持ちをしていた。うち一つは家で行う内職だったので私も二人でよくやったものだ。
二つのパーツを組み合わせて包装するのとかを延々としていた。
「七海はいいの?」
雪によく言われたけれど、二人でいられる時間が長くなるのならいいと思っていた。
ラジオを聴きながら、二人で話しながら作業を進める。
単純作業も一人じゃないから楽しめていた。二人してよく笑ったものだ。
同じ授業を取って、二人で並んで授業を受ける。彼女はなぜか集団を嫌っていた。
「だって、七海がいれば私はそれで十分だもの」
そう言って雪はあまり多く人付き合いをしてこなかった。
いや、人付き合いができるだけ雪に時間はなかった。
早朝に施設での洗浄のバイト。昼に授業。夕方から夜にかけてコンビニでバイトをしていた。コンビニを選んだ理由を聞いたところ廃棄前の商品を食べられるからという理由だった。
後は休みの日に家庭教師をしている。だから時間がほとんどない。
その合間を縫って私と会ってくれている。
家の外で会うこともあるが内職をしながら雑談をするのが日課となっていた。
だが、雪がもてないわけでもないのはコンビニでバイトをしていると3回ほどレジ越しに告白をされたことがあるという事実からもわかる。
私もよく雪と付き合えたものだと思う。運よく大学1年生の中国語の授業で席が隣になったのがキッカケだった。雪は初日から疲れきっていていきなり眠りだしていた。それをフォローしたのがキッカケで話し出し、食堂でご飯を食べながらちょうど私がバイトを探している話しから仲良くなったのだった。
最初は同じコンビニでバイトをしていたのだが、その後塾の講師を進められてコンビニのシフトがあまり雪と合わなくなったのでバイトを辞めたのだった。
私はいつも深夜で雪は夜10時まで。確かに深夜のほうが時給はよかったが雪と会えないのなら塾の講師でいいと思った。
3年生になってからはゼミの先輩から就職活動で自己PRしやすいために「何のためにバイトをしているのか、そして何を学べたのかを考えるように」と言われた。
だから、就職活動を始めるにあたり自分を見つめ直すいいキッカケとなった。
雪にも同じことを言って実践してもらっていた。正直私には雪が内定を取れない理由がわからない。
雪のエントリーシートを就職塾の先生やOBの方に見てもらいもしたし、雪と行った模擬面接の動画も見てもらった。
誰もが問題もなく、個性も伝わるいい面接だと言ってくれた。
だが、雪にクリスマスプレゼントは来なかった。
「まだ、内定の第一弾だから。それに全ての選考がダメだったわけじゃないだろう」
私はそう言った。まだ2社面接の結果待ちがあったはずだ。だが、雪は言う。
「今朝、2社からお祈りメールが届いたわ。何なの。今後の検討をお祈りいたしますって」
うなだれる雪は明らかに自信を失っていた。このままでは負のスパイラルに陥る。
私はできるだけ明るく、前向きになれるよう雪に話しかけた。それにまだこれから選考の第2弾がある。
ちょうど今から2次募集を行う企業がリクナビに出てくるからだ。昔みたいに優良な中小企業があるなどという話しはなくなっている。
統廃合を行う中で地域にある中小企業はコンソーシアムを作り団体となった。
つまり地域に根ざした中小企業は一つの集合体となって法人格を持っているのだ。
そうでないと存在ができない。それは地域だけに留まらず拡大していった。そうすることで節税が可能になるからだ。
だから、今大手企業とそれを支える地場企業という仕組みになっている。税率がかわるだけで今まで手を結べなかった企業が手を結んでいく。独占禁止法がなくなったのも一つのキッカケなのかもしれない。
ただ、価格調査だけは国が行い金額の適正を調査している。
消費者に負担をかけないためにライバルと競うのではなく国が監視を行う。
そして、ライバルは海外企業にのみに絞り込むという国策が日本を今支えている。
資本主義という考えがなくなったのは寂しいが多くの国民は確かにこの方針で救われたのも事実だ。
雪が話し出す。
「確かに、そうだけれど。もう私だめかも。この呪縛からはやっぱり抜けられないのかもしれない」
思いつめた雪から出てくる言葉は悲しいものばかりだった。
私はこう言った。
「いっそ、結婚するか?雪の分も負担するから」
人頭税二人分。専業主婦をしている人だってたくさんいる。旦那の稼ぎから家族分を負担する。
結婚し、子どもができると国は人頭税率を下げる。高いままだと出生率が落ちるからだ。
だから、独身でいる人の税率が一番高く、次に結婚をしているが子どもがいない夫婦が高い。ちなみに、両親を扶養した場合はこの限りではない。
働けない高齢者への保護がないのが怖いところだ。だからみな健康に気をつけるし、高齢でも働ける仕事をさがしている。それに、外は凍てつく寒さだ。場所を確保して高齢者が運用できる喫茶店や飲食店も増えている。それに65歳以上は人頭税も低くなるためそれ以外の個人商店を開く人も多い。特に凍てつく寒さの対策のためのビジネスは65歳以上の方が運営しているところが多い。喫茶店や飲食店などはある一定区画に配置されるよう国の施策もある。特に吹雪いている時などは暖かい場所で過ごせるのはうれしい限りだ。
雪が泣いている。喜んでくれているものだと私は思っていた。雪が話してくる。
「私でいいの?」
「当たり前じゃないか。だからずっと雪と一緒にいたのだから。でもいきなりだから指輪も用意していないけれど、クリスマスまでには用意しておくから」
「うん、ありがとう」
そう、この時はまだ楽しかった。
雪には今もらっている内定先の企業も話していた。このまま二人で過ごすのもいいかもしれない。
その時、雪の携帯がなった。雪が電話に出る。
「え?お兄ちゃん。どうしたの?」
雪が小声で何かを話している。少し離れて話しているが雪に兄がいたことをこのとき初めて知った。
今まで雪の口から家族の話がでなかったからだ。
家族は海外にいる。そう聞いていたからだ。もし近くに兄が住んでいるのなら兄に結婚の挨拶をしないといけないな。
この時はそんな気楽なことしか思っていなかった。私の電話が鳴る。見たことがない番号だった。
「はい、中村です」
電話先は特殊公務員の採用先だった。内定通知を電話でいただき、後日書類を送るとのことだった。
気がつくとガッツポーズをしていた。その私を見て雪が話しかけてきた。
「どうしたの?」
私は笑顔でこう言った。
「特殊公務員に合格したんだよ。やっぱり民間企業より安定しているからね。これで雪も安泰だよ。で、お兄さんは何だって?」
笑顔で話している私とは違って雪の表情は曇っていった。
「うん、なんでもないよ。それより今日は泊まっていってよ」
私はその時の雪の真意がわからなかった。ただ、わかっていたのはその日の夜は今までで一番だったのだけは事実だ。
暗くなった天井を見ながら雪に話した。
「クリスマスは会えるかな?」
私はその時までに指輪を用意しておこうと思った。だが、雪の言葉は想像とちがった。
「七海、もう私たち会わないほうがいいと思うの。ううん。七海が私といたら問題になるわ」
いきなりなんでこんなことを言われたのかわからなかった。さっきまでは一体なんだったんだろう。
「どうしてそんなこというの?」
不意打ちに弱い私は明らかに動揺していた。雪が言う。
「ねぇ、特殊公務員って何をする仕事か知っている?」
脈絡がわからない。いや、思考が定まらないのがよくわかる。
「新法が適正に行われているのかの確認だよね。日本をよくするために新たに設置された役職だって聞いているよ」
雪が言う。
「ニートを取り締まるのよ。私はニートになるのよ。主婦といっても仕事に就けなかっただけ。それに私は大丈夫でも私のような人を取り締まるのよ。だから七海の横にいるのは私なんかじゃなく、もっと、、」
私はそれ以上言葉が聞きたくなかった。だから雪の口をふさぐように口でふさいだ。
雪が泣いている。唇を離したら雪が言ってきた。
「別れましょう」
私は首を横に力強く振った。
「何があっても雪を守る。大丈夫だから」
雪はそっと涙をながした。その涙の意味はこのときまだわからなかった。
ただ、雪が私のことが嫌いだからわかれるわけじゃないことだけはわかった。どうにかしたい。でも、雪の思いをどうやったら変えられるかわからなかった。
だからかもしれない。力強く雪を抱きしめることしかできなかった。ただ、雪も同じように抱きついてきてくれたことが、全てだと思った。