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48時間(5)


(5)


 コツン、コツン。

 暗闇の中で私の頭は碧子に蹴られ続けている。碧子が蹴りながらこう言ってくる。

「信じられない、信じられない」

 さらにコツン、コツンと蹴られ続ける。

「いや、あの選択はおかしくないでしょう」

「は、何言っているの。どうして手紙が来たことを黙っていたの。私と結婚すると言っておきながら」

 あ、そっちのことですか。返す言葉もございません。けれど、拳銃を突きつけて選択肢がないと脅しながらの求婚だったじゃないですかと言いたいが言ってしまうとこのコツンがゴツンに変わりそうだ。

「ごめん」

「まあ、いいわ。私を選んだから一緒にいてくれるんでしょう」

 いや、指を切り落とすとかできるわけないだろう。それに雪が何を望んでいるのかもわからない。雪に会うまでは何も信じない。ただ、赤い翼については正利が言うとおりなのかもしれない。確かに国内での食糧自給率を上げるために国営農場は作っていたが、漁業については斡旋をしていることを聞いたことがない。それに晴天がすくないからこそ遠洋漁業を行うものも少ないことは聞いたことがある。けれど食卓に魚は並ぶし値段もそこまで高くない。だが、何かが引っかかる。それが何かがわからない。

 コツン、コツン、ゴツン。

「痛い」

 いきなりきつくなったからびっくりした。碧子が言う。

「無視しない、七海の気持ちが知りたい。キスして」

 いきなりそう言われて碧子が転がってきた。芋虫状態に近い私と碧子が移動するには転がるしか選択肢はない。暗い中でも碧子の顔が近いのが吐息でわかる。

「イヤなの?」

 碧子がにじり寄ってくる。

「イヤじゃないけれど、こういう時じゃなくてちゃんとしたい」

「私は今したい」

 碧子の吐息が唇にあたる。少し伸ばせば届きそうだ。私は目を閉じて碧子にキスをした。

「ありがとう。七海の気持ちがわかった」

 キスをしてしまった。碧子が不意に見せる優しさに弱い。いつもと違う返事が返ってくるとドキッとしてしまうのだ。碧子がさらに近づいてきて頬に頬が当たりそうになる。碧子が言う。

「守るから。私には人質としての価値があるのだから」

 薄暗い中かすかに見える碧子の目は力強く輝いていた。

 それからどれくらいが経ったのかわからない。何もできない状況で縛られている。1分が1時間にも感じる。時間の間隔がもうないのだ。何もすることが無いので目を閉じていたら軽く眠ってしまっていた。

「ついたぞ」

 男性の声で目を覚ます。外は少し暖かく感じる気候だ。この辺りまで来るとやはり暖かさを感じる気候だ。だが、穀物を育てるには面積が足りない。そう、場所は予想していた通り○○島だった。テレビで平良作人と雪のような人物が映っていた港に降り立っている。自ら断つことができないが立たせられ、すり足のように歩いていく。


「正利さん、こいつらどうします?」

 引っ張っている男性が正利に確認する。正利は「先客がいるが一緒に放り込んでおけ」とだけ言って奥へ消えて行った。連れて行かれたのは港から少し歩いたところにあるコンクリートでできた小屋だ。階段があり、地下に連れて行かれる。鉄格子がある牢屋のようなスペースが4つあり、中の一つに女性が一人横たわっているのがわかる。足に足かせが付いている。アニメとかで見かける丸い鉄球が付いている。しかもかなり大きめだ。あれだけ大きいと持ち上げるというより、動くことができるのさえ疑わしい。足に同じような鉄球付きのものをはめられた代わりに、ぐるぐるに巻き付いている縄はほどかれた。男性が言う。

「捕虜だが、とりあえず生きていてもらわないと困る。話すのは勝手だが水も食料も一日一回だけだ。ま、出してもらえるだけましだと思いな。だから大声出して脱水症状になっても知らないからな。捕虜が勝手に自決したとしかこっちは発表できないから。ま、それを相手がどうとらえるかは知ったこっちゃねえけれど。とりあえず、おとなしくしておきな」

 そう言うと男性は階段を上がっていった。ずりずりと重い音がする。階段の上を何かでふさいだろう。一気に明かりが入らなくなった。周りを見渡す。中にはトイレが設置されていて、ござが引かれている。後は床も壁三方もコンクリートだ。壁はさっきみた限りだとそこそこに分厚いのがわかる。削って脱走できそうな感じではない。私の向かいは誰も入っていない。さっきあった女性の向かいに碧子が入ったのだろう。斜め向かいに先にいた女性がかろうじて見えるが転がっているため顔はわからない。

 カン、カン。

 鉄格子をたたく音が聞こえる。斜め向かいの女性は倒れたままなので碧子だとわかる。

「どうした?」

「呼んでない。向かいの人を起こしたい。多分あの人MINKAだわ」

 そう言われて女性を見る。こちらからは顔は見えない。碧子からは顔が見えているのかもしれないがわからない。もしもMINKAなら伝えたい。私は起きているのか、当人なのかもわからないが話しかけた。

「もし、君がMINKAなら佐波玲が来るよ。君の兄だろう。連絡があったんだ。助けるって」

 すると今まで動かなかった女性がものすごい速さで動いて鉄格子のところまできた。疲れ切っているが確かにMINKAだ。何度も佐波の携帯で見せてもらったし、テレビでもネットでも見たことある顔立ちだ。肌は白く眼は灰色がかった青、すらっとした鼻をしている。耳にはピアスが付いている。MINKAが言う。

「お兄ちゃんの知り合いなの?」

 かすれているが透明感のある声はそのままだ。テレビ越しによく聞いた声だ。歌うとまた違う感じになるその声。確かにファンが付くのがよくわかる。

「うん、君のお兄ちゃんの佐波玲は大学時代に一緒の就職塾に通っていたんだ。そして、部署は違うけれど同じ職場だったんだ。日本にいたときに君が浚われたこと、どうにかして助け出すことを言っていた。多分だけれど、2日くらいまえにもメールをもらっている。多分この島に来るつもりだと思う」

 私の話しを聞き入っている。MINKAが言う。

「信じる。その言葉。お兄ちゃんは私だけは絶対に裏切れないから」

 表現に引っかかったがMINKAに佐波のことを伝えられた。

 カン、カン。

 鉄格子がたたかれる。MINKAはまた横になっているからたたいているのは碧子だとわかる。黙っていると碧子がこう言ってきた。

「その佐波ってすでに背任行為で退職させられているわ。でも、その後の足取りが不明。父さんのところにも報告書が来ていた。多分あなたのことをどうにかしようとしていたのね。でも、彼はマークされているからそう簡単にこの○○島までは来られないと思うわ。それともう一つ。どうしてただのアイドルのあなたが私と同じ人質としての価値があるの?」

 碧子はどうやら私がMINKAと話しをしていたことに怒っているのだと思った。

「MINKAは国民的アイドルだから」

「うっさい、黙れ。私は無視されるのが嫌なの」

 なるほど。私がMINKAと話しをしたことに怒っているわけじゃなく碧子が呼びかけても無視されて、私が話しかけて会話になっていることに怒っているのだ。どれだけプライドが高いんだよ。カツン、カツン何かで鉄格子をたたいている。一体何でたたいているのやら。MINKAがゆるりと起き上がってこう言ってきた。

「お兄ちゃんは来ると言ったら来るわ。それにあなたが何者か知らないけれど私は人質よ。私に価値があるわけじゃないけれど祖父がかなり動いているみたい。だからお兄ちゃんは祖父と一緒に行動をしているのだと思う。お兄ちゃんが就いた仕事からしてみれば祖父と連絡を取り合うだけでも背任になるかもしれないけれどね」

 今まで佐波の祖父についてなんか考えたこともなかった。佐波はドイツの血が入っているクォーターだ。だから肌も白く、背も高い。顔立ちも中性的と言えば聞こえはいいがものすごく整っている。だが、家族のことは今まで聞いたことはなかった。碧子が言う。

「祖父って。あなた一体何者なの?」

「ちゃんと情報を知らないのね。私はタクシス家の血を引くのよ。ま、血縁者も多いので好きにしているけれど。でも祖父にはかわいがってもらっていたしわがままを力添えもしてもらっていたから」

 そのセリフを聞いて碧子は絶句していた。記憶が確かならドイツ侯爵の一つで世界史でも習ったことがある。ハプスブルグ、サヴォイ、そしてタクシス家と言えば歴史ある財閥だ。しかも、その中でもタクシス家と言えば過去諜報で活躍をしたと記憶している。だから佐波はいまだに日本政府が佐波の足取りがつかめないのも納得できる。正利が言う世界進出とはこういうことだったのか。佐波はやってくるだろう。どういうこととしてでも。筋金入りのシスコンだからだ。しかもタクシス家の力を借りているのなら余計にだ。ならば今できることは一つしかない。

「碧子、とりあえず体力を温存しておこう。何が起こってもいいように」

「うっさい」

 碧子はそう言ったがそれ以降何の音も立てず静かだったので伝わったのだろう。だが、横になってしばらくするとずりずり物を引きずる音がして階段を降りてくるものがいた。そこにいたのは死んだとおもっていたはずの宮崎だった。


 ゆっくりと降りてくる宮崎を見て私はびっくりした。だが、宮崎はなんとも言えない表情をしている。

「よう」

 鉄格子越しに挨拶だけをされた。

「大丈夫だったのか?報道では死んだってことになっていたからびっくりした」

 奈良原所長からも新聞でも死んだとなっていた。でも、実際は生きている。どういうことなのだろうと思った。宮崎が言う。

「この『赤い翼』の中には死んだとされている人も結構いるんだ。公の組織じゃないからそのほうが都合いいんだってさ。それに死んだことになっているから税金も消費税くらいしかかかってこない。ま、保険証がないから病院が大変だけれど、別に本土にいかなくてもこっちで治療は受けられるしな。でも、俺より今中村の方が大変だろう。助けてやることはできないけれど、よかったらこれ飲んでくれ」

 そう言ってペットボトルを渡してくれた。中にはお茶が入っている。飲んでみると何のお茶なのかわからなかったがのどの渇きが潤せてよかった。

 カツン、カツン。

 鉄格子が鳴る。碧子だ。碧子が言う。

「私ももらえないかしら」

 宮崎は手に後ペットボトルを2本持ってきていた。宮崎が言う。

「あんまりできることはないけれどとりあえず作業するうえで水分補給は必要だから飲み物だけは結構もらえるんだ。こんなのしかなくてすまないな」

「いや、助かるよ。ありがとう」

 そう、話していたらさらに誰かが降りてきた。しかも複数だ。宮崎がびくっとなる。降りてきたのは正利と連れ添っていたのは江見だった。


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