48時間(3)
(3)
ホテルまでの間に気になっていたZtubeの動画を見ていた。だが、話題になるようなものはアップされていない。碧子が浚われた際の手紙からだ。情報を聞いた奈良原所長はすでに想定問答を作っていると言っていた。管理施設「B」の追加情報なのではと想定していると言っていた。ニュースでもワイドショーでも今この管理施設「B」について憶測が飛び交っており、一部メディアに情報開示をするべきなのではとの意見も出ている。けれど、まだ闇が潜んでいるのだろうから開示に積極的でないらしい。そのため次にZtubeで公開される内容を見てどこまでなら開示していいのかを決めるらしい。
それとは別に珍しい人物から携帯に連絡が入った。江見だ。職場での緊急連絡網に記載した携帯を知りメールを送ってきた。その後電話もかかってきたが。江見が言うにはZtubeの放映以降国に対して批判をするものは多くはないが、国営農場へ連れて行こうとするとかなり抵抗されることが多いと言う。そのため、国営農場の一部だけでも情報開示をする可能性があるとのことだった。その情報開示先の指定が私が担当をしていた中でも優良農場と言ってもいいくらい機器や施設がそろっている所を開示するとのことだ。誰もがそういう施設は持っているのだが、担当していた人がメディアに出ていたというだけで好印象を得られるらしい。そして、その場所を引き継いだのが江見だという。簡単に言うと、書類をきちんと整理していなかったから問い詰められたのだ。だが、電話を切る際に「頑張って」と言われたからびっくりした。まさかずっと無視をしていた江見がこんな風に言ってくると思っていなかったからだ。江見のことはよくわからない。ただ、電話をしている際に明らかに聞き耳を立てていた碧子はやたらと絡んできたのはうっとうしかったが。
とりあえず、ホテルにつくまで何事もなかった。ただ、梅雨前線の影響で雪がかなり振り続けている。雪が連れてくるものは凍てつく寒さくらいのものだ。同じ雪なら会いたい雪は違う。ちゃんと覚えているよ。出国時にサインを送るから。もう、決めたのだ。何があっても失いたくない。この胸の痛みにどうやって理由を付けたところで何も変わりはしないのだから。
「暗い、何か話して」
そう言って、碧子が脇腹を殴ってきた。最近は横で座っていることが多いからブーツですねを蹴るのではなくて脇腹を殴るか頭を殴るか肩を殴るかになってきている。元気なことだ。そう思って碧子を見ると何とも言えない表情をしていた。
「どうしたの?」
つい、思わずそういうセリフが出てしまった。まるで泣きそうな表情にも見える。いつもの強気な碧子からは想像もできなかった。けれど、少し前は浚われそうになって、今度はさらに危険な中国についてくると言う。本当は怖いのだろう。それを感じられないように強気でいる。なんだか行動が理解できるようになると碧子がかわいく見えてくるのだ。碧子の顔を見ていたら「うっさい」とだけ言われてホテルの待合室として借りられている会議室へ行く。
よく考えると今日はこういう場所に連れて行かれることがかなり多い。国営農場の時から考えると何回目だっけと思ってしまう。今日はいろんなことが起こりすぎて正直整理がつかない。整理をするために考えてみた。
昨日『赤い翼』について調べるようになり、『赤い翼』の首謀者と言われている平良作人という人物、そして同時期に人頭税反対を訴えていたのが雪の父親『城間義一』だ。そして、この日中国は領海域を侵攻して○○島付近に軍艦を移動させた。いや、この時すでに竹中前首相は中国で爆死をしている。となると、この軍艦移動は中国の軍幹部が先行して行ったということになるのだろう。情報開示が遅れるため時系列がわかりにくくなっている。そして、カメラがとらえた○○島の画像には平良作人と雪らしき人物が写っていた。だが、どうしてメディアはこの状況をすぐに撮影できたのだ?やはり誰かが情報を流しているようにしか思えない。だが、この時雪だと思っていたが、その日の夜に雪を東京で見かけている以上○○島にいたのは雪ではない。画質も悪かったので見間違えたのか、それとも雪と思いたかっただけなのかもしれない。真相はわからないが状況的に考えてその日の夜に見たのが雪である以上○○島に雪がいるはずがない。
そう、テレビでの中国軍、日本領域内に侵入か?の特番があったのが昨日だ。中国側からしたら不思議であっただろう。日本の首相が中国で爆死しているのに報道されない。変わりに軍が少し動いたことは大体的に報道される。この時に密室で次の総理を誰にするのかを決めている。本来であれば内閣官房長官がその位置につくし、1名だけでなく国政大臣を含め5人を候補としている。だが、今回はその通例に従っていない。だからこそ異例中の異例なのだ。メディアでの報道で知ったのだが、竹中前首相が政策で相談をしていたのが阿久根泰三氏らしい。そして、竹中前首相が何かあった時には相談役として推挙していた背景もある。これは私個人的な意見だが、この国難に対して首相として矢面に立つのがイヤだったのではないかと思えてしまう。ニュースでは、皆が一丸となってこの国難に立ち向かうとか、皆で阿久根首相を支えようと言っている。野党も国難に対して迅速な対応をというが具体案は出てこない。どちらかと言うと思考停止に陥っているようにも見える。ここまでの激動を経験している政治家などいない。いや、自分の手で戦争にするかしないのか、それにもう一つこの人頭税や国営農場、管理施設「B」ということも問題になっている。対応を考えるともう少し前からこの展開は予想できていたのではないかとも思えてくる。だから誰も首相をやりたがらなかったのではないのか。
考えてもきりがない。情報の整理を続けよう。そうだ、昨日の夜私は大学時代の友達の宮崎と喫茶店で会った。あの時宮崎はなんて言っていた。確か『遠くに行く』と言っていたような気がする。こう考えると宮崎には「赤い翼」が接触をしていたと考える方が自然な気がする。だが、どうしてあの場所に雪ともう一人、男性がいたのだ。宮崎を狙っていたのか、それとも私を狙っていたのだろうか。雪が私を狙うなど思えない、しかもあの時の雪の何かを訴えようとしていた表情から考えると宮崎の行動を監視していたのではと思えてしまう。そして、あの時、あの場所で生きていたのは私だけだ。店のオーナーも宮崎も死んだということを奈良原所長から聞かされた。聞かされた場所は職場の休憩室。そして、このペンを持たされている。このペンには盗聴器、発信器に奇抜装置までついている。そして、家族を人質に取られた。だが、仕事中に碧子が乱入して、婚約することになる。テレビで会見をして仕事も外れている。その後外務省へ行き、中国大使館へ行く。そこで雪からの手紙を手にする。手紙自体はもう手元にないけれど、私の雪への想いが残っているのなら、出国時に手話で「雪」を2回表現してほしいと言われる。雪への想いを告げることを決めて戻ると碧子が誘拐されていた。だが、すぐに見つかったため特段何もない。
起きたことを整理しようとしたがいろんなことが起こりすぎて飽和状態だ。
「ちょっと、いつまで黙っているの?」
そう言って、碧子は私の膝の上に乗っかってきた。しかも向かい合う状態でだ。近い。そしてなんだかいい匂いがする。寒くなってから日本では香水をつけることは普通になってきている。寒いから厚着をする。でも厚着をすると汗のにおいがこもる。だからオリジナルの香水を自分で作る人もいる。ほのかに甘い匂いが碧子からしてドキッとした。
「いや、近いし」
「顔赤くしながら何言っているの。バカなの。もっと他にあるでしょう」
碧子はそう言って私のほっぺたを拳で挟んでぐりぐりしてきた。
「いや、SPもいるし」
そう、中国大使館での一件から室内に1人、外に1人SPが待機している。すぐ近くにSPがいるから余計に恥ずかしいのだ。徐々に体温が上がっていくのがわかる。
「気にしない」
そう碧子は言ってさらにぐりぐりしてきた。どうやら考え事をしている間放置していたのがよくなかったみたいだ。ノックがする。碧子はそのまま動きもせずに「どうぞ」と言った。
扉から出てきたのは母親だった。荷物を持っている。すでに碧子の荷物はホテルに用意されている。私の荷物がまだ届いていないことに少しだけいらだちながらすねを蹴られていたような記憶があるような気もしないでもない。
「ちょっと、何しているの?」
母親がごく当たり前の質問をしてくる。そりゃそうだろう。さすがに中国大使館での誘拐未遂事件のことは知らないまでも、渡航禁止とされている中国に一人息子が行くとなったらいい気はしないだろう。心配して来てみたらいちゃついているようにしか見えないのだから言いたいこともあるのだろう。碧子を持ち上げるように引き離して母親に向かう。予想通り母親から見えないようにすねを思いっきりブーツでごつんと蹴ってきた。
「荷物ありがとう」
とりあえず、今のはなかったことにして話しをしてみよう。
「婚約したからと言っても一目は気にするのよ。どんな風に育てたのかって思われるでしょう。お母さんが恥かくんだからね」
それだけですませてくれた。よく考えたら大学時代は家にいるより雪の家に居ることが多かったし、多分だらしないとおもわれているのだろうと思った。否定できる材料がないのが残念なくらいだ。
「ごめん」
総括するとこのセリフしか出てこなかった。碧子が言う。
「はじめまして、阿久根碧子と申します。本来ならばきちんと挨拶をすべきところテレビでの会見が先になり申し訳ございません。事前に当家のものから説明が行っていたかと思いますが、七海さんとお付き合いをさせていただいております」
この外面大魔王がと言いそうになった。碧子は私を見ていやらしい笑顔をしている。母親が言う。
「いいえ、何度か家に尋ねに来てもらっていたのでいい付き合いをしているんだろうなって思いました。でも、うちの息子で本当にいいんですか?こんなのですよ」
すでに母親は籠絡されているらしい。味方はいないのかといいそうになったが言葉を発すれば発するだけ自分が不利になるようにしか思えなかった。そう、碧子の笑顔を見れば見るほどそう思うからだ。碧子が言う。
「七海さんのいいところ、わるいところひっくるめて受け止めたいと思っています。それに、私もお願いをしないといけません。私は阿久根家を継がないといけませんので、七海さんにはうちに入ってもらわないといけません」
「いえいえ、いいですよ。うちはそんなこと気にしませんから」
いや、当人の意思は無視ですか。なんだか知らないうちに外堀を埋められている気がしないでもなかった。誰か助けてほしい。そう思っていたらノックがした。
「はい、どうぞ」
扉の向こうには外務省の課長補佐の鵜狩さんがいた。鵜狩さんが言う。
「そろそろ移動いたします。出国ロビーにはメディアは来ていますが一定の距離を保ってもらっています。最近はメディアの身元照会もできていませんので身の安全を確保するための処置です。専用ジェットですので関係者以外は機内にはおりません」
「わかりました」
凛とした感じで碧子が返答する。私は母親が持ってきた荷物を受け取った。
「気を付けてね」
母親からのそのセリフに力強く頷いた。耳元で「きもい」と碧子から言われたが気にしないことにした。なぜこの本性が伝わらないのだろう。そう大きな声で叫びたい。叫んだとしたら何かが終わるような気がするだけだが。
空港に向かいロビーに行く。戦闘を歩くのは相模局長、その後ろを田鴎外課長補佐と鵜狩課長補佐が歩く。そして、その後ろを私と碧子があるく。SPはさらにその後ろだ。外を見ると雪がちらついている。吹雪いているとフライトが遅れるのだが、これくらいならば問題はなさそうだ。私はひらひらと舞う雪を見ながら手話で雪を表すように親指と人差し指をくっつけて輪を作りひらひらと舞うように2回行った。
「何しているの。バカなの?」
碧子がこう言ってきたが私は「雪が降っているなってね」とだけ伝えた。返答は「バカなのね」だった。こっそり誰からも見えないように足を踏まれ続けたが。ただ、どこを見渡しても雪がいるようには見えなかった。伝わったのだろうか。私はそう思いながら飛行機に乗った。




