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奈良橋

~奈良原~


 ダークブラウンに身を包んだその男はゆっくりと車から降りてきてこちらに近づいてきた。つけてきていたと思っていたのは奈良原さんだった。私の乗っている車の扉を開けてまず奈良原さんはこう言った。

「今日お越しの皆さん、ここから先の説明は八重と言うものが行います。あちらの建物まで移動してください」

 いつもの抑揚のない声でない。深く突き刺す声だ。一人、一人とマイクロバスから降りていく。

 いつもと違う雰囲気、なんだかピリピリする空気が痛い。碧子と二人だけになったときに奈良原さんが言ってきた。

「中村さん、ここに部外者を連れてくるなんて規定違反ですよ。困ったことをしてくれましたね。いきなり想定外のことをするのだからびっくりです。言わなかったでしたっけ。そのペンについて」

 私の胸にあるペンを見た。盗聴器、発信器、爆薬。すべてが入っているこのペンが物語っている。しかも体温センサーもついているから簡単に放置することもできない。どれだけ車で逃げ切ろうが相手が奈良原さんなら意味がないのだ。

「さあ、話しをしましょうか。それとも、二人ともこのまま管理施設「B」に直行しますか?」

 奈良原さんが迫力のある声に変わった。目も笑っていない。それに、管理施設「B」についてはいまだ知ることができていない。八重先輩も宮古先輩も知らず、管理施設「B」については奈良原さんが管轄なのだ。ピリピリする雰囲気に私は圧倒されていたが、横にいた碧子が立ち上がって奈良原さんに話し出した。

「あなたが責任者ね。ちょうどよかった。話しがしたかったからこうやってもぐりこんだの。来てくれなかったらどうしようかと思っていたところだからちょうどいいわ」

 高圧的に碧子は話し出す。だが、そんな雰囲気にのまれる奈良原さんではない。奈良原さんは言う。

「まず、名前を聞きましょうか」

「阿久根碧子よ。ま、私の名前を聞いただけではわからないかもしれませんが、父の名前を出したほうがいいかしら。ちなみに、今日、私が何をしているのかは父も知っているわ。昨日父を説得しましたから。そう、父の名は阿久根泰三よ」

 碧子の父親も国政に携わっているのを知っている。だが、その名前を聞いてから奈良原さんの様子が変わった。

「確認します」

 そう、言って電話をどこかにかけ出した。碧子が私の耳元でささやく。

「大丈夫、安心して。何かあってもあんたは私に従っていればいいんだから。いい、あんたに拒否権なんてないんだからね」

 言い終えると脇腹を力いっぱいグーで殴ってきた。なぜ碧子はいつも暴力的なのだろうか。だが、まったくもって話しが見えない。確かに碧子の父親は国政に携わっている。だが、だがどこまで力が及ぶというのだ。それに奈良原さんの様子もいきなりおかしくなった。

 しばらくして奈良原さんがやってきた。

「え~、阿久根さん、そして中村さん。少し話があるので施設の会議室へ行きましょう」

 いつも通り抑揚のないというか感情のない声に変わっていた。

 施設の中にある応接室兼施設の監視部屋に案内された。どの施設にも要人の視察向けの部屋がある。黒い明らかに高そうなソファに、大きすぎる灰皿が置かれている。今まで存在は知っていたが中に入ることすらなかった。一体何が起こったのだ。ビクビクしている私の横でソファに力いっぱい持たれている碧子がいる。

 碧子が言う。

「大丈夫、もう安心してね」

 その言葉に私は不安しかなかった。横で見えないように私の脇腹を力いっぱいつねってくる。しばらくして奈良原さんがやってきた。目の前に座って話し出す。

「え~、阿久根さん。確認しましたが、本当にいいんですか?」

「ええ、父も了承しています」

「わかりました。では、手配いたします」

 奈良原さんがそう言ってから大きく深呼吸をして私に目線を合わせて話し出した。

「中村さん、大変だと思いますが頑張ってください。今日からしばらく仕事は来なくて大丈夫です。というか、中村さんがこれから過ごす出来事に比べたら今の仕事なんて些事ですから」

 まったく状況が呑み込めていない。そんな私を横目で見ながら碧子が笑っている。碧子が笑いながらこう言ってきた。

「あんたは餌だったの。あいつを、そう城間雪をおびき出すための。でも、あんたのところには城間雪は来ないわ。でも、大丈夫。それを立証するの。それも、これからの発表で。これから私とあんたの婚約の発表もおまけだけれどやるから。メインはこっち。竹中首相の外遊先による死亡と、後任で選挙まで首相になる私の父、阿久根泰三の就任のニュースが流れるのよ。そう、あんたを監視するものはいなくなるわ。これからは私が四六時中一緒にいて構ってあげる。ちょっとSPがいたりもするけれど気にしなくていいわ。あんなのただの飾りだから。なれたらただのオブジェクトにしかみえなくなるからね」

 そう言って振り返るとそこには黒服でサングラスの男性が二人立っていることが分かった。

「いつから、彼らは?」

 碧子はくすりと笑いながらこう言った。

「何言ってるの。ずっとドライブの時からいたじゃない。ま、その時は車の屋根に彼らはいたんだけれどね。ね、楽しみでしょう。これから早く戻らないとお披露目に間に合わないから」

 絶句した。だがその私を見て碧子が鞄から何かを取り出した。かちゃりと音が鳴る。拳銃だ。碧子が言う。

「最初に言ったよね。あんたには拒否権なんてないんだから。別にここで私が引き金を引いたって誰も何も知らないし、見てもいない。ただの事故にしかなってくれないのよ。それに拒否なんてするわけないよね。だってこんなにかわいい私と結婚できるんですもの」

 そう言うなり手に持っていた拳銃で頭をごつんと殴られた。血が出るかと思ったが出ていないことから考えると碧子は加減をしているのがわかった。沈黙が続く。

「わかった。行こう。碧子と行くよ、どこへでも」

 私は深く息を吐いた。雪、どうしているかな。思い出したのは雪の顔だった。だが、その雪は笑顔ではなく、昨日見たなんて表現していいかわからないものさみしそうで、でも、少しだけ微笑んでいた雪だった。

「じゃあ、そろそろ行こう。お迎えも来たころだし」

 そう言うとどこからともなく爆音がしてきた。定期的になる音。窓の外に出てきたのはヘリコプターだ。

「車じゃ間に合わないから追いかけてきてもらったの。さぁ、行きましょう」

 それまで見守っていた奈良原さんがこう言ってきた。

「まぁ、私はすべてを信用したわけじゃありません。だからそのペンはそのまま中村さん持っていてください。これは首相となる阿久根さんも了承されていますから。まぁ、爆発に関しては調整が聞くものではないので使えないでしょうけれど、それ以外では十分に活躍してくれそうですからね」

 相変わらず抑揚のない声で話す。だが目だけはきらりと光っていた。


 ヘリコプターに乗りながら備え付けられていたテレビを見ていた。

 音声はヘッドセットから聞こえてくる。話すときはマイクを通じて話すらしい。碧子が言う。

「ヘリコプターは音がうるさいのが難点なのよね。とりあえず今朝のニュースを見ておいて。多分世界が大きく変わる日だから」

 そう言われてニュースを見ているとそこには外遊をしていた竹中首相が中国に入った際に過激派のテロに巻き込まれて爆死したことが報道されていた。

この事故は降り立った空港のターミナルの一部が爆発する事故であり、多くの犠牲が出ている。当初中国政府は事故と報道していたが、中国の過激派がテロであることを表明したことで大きく報道されている。すでに中国政府は個人が勝手に行ったことであり犯行を行った団体を確保したことで国際問題になることを避けようとしている。日本政府はすぐさま新しい首相を立てるため会談が行われていることが報道されていた。また、今回の事件についてアメリカは事実の解明と平和的解決を進めるとともに特使を派遣するという内容だ。日本国内では一部のメディアでは開戦になるのではとの声も上がっている。その場合アメリカがどう動かくのかが議題に挙がっており、アメリカの国防長官の見解としては日本支持という声が出ているのも確認されていた。また、並行して報道されているのは1週間後を予定していた日米合同軍事演習が今後どうなるのかが話題となっていた。一部では演習ではなく実戦になるのではとの意見も出ている。

また、中国と国境問題を抱えているロシア、インド、ミャンマー、ベトナムでは中国への渡航の禁止及び訪中の停止を表明している。未だに意思表明を行っていないのは北朝鮮と韓国だ。この事態を後押しするのが首相を迎え入れるはずだった中国側に誰一人として負傷者がいないことだ。まるで、危機を知っていたかのように、いや爆発の範囲もわかっていたかのような場所で待機をしていたのだ。

碧子が言う。

「わかった。今日を境に世界は大きく変わるの。城間雪は、いや『赤い翼』は中国政府の後ろ盾で活動しているわ。もう、彼らに未来はない。中国もそれどころじゃなくなるからね。でも、みんなわかっているの。戦争なんてしたくない。だからこれはすべて威嚇でありシナリオなの。だからこそこれから父が会見をするのよ。平和的解決のね。すでに中国の外交官レベルでは話が進んでいる。後は中国の胡国家主席が来日して調印すれば終了。それ以外の選択肢はないでしょうね。おそらく中国国内では反発が出て内乱になるかもしれない。そうなると先ほど意思表明をした国は国境問題にかなり有利になれる。それにアメリカだって大きくなりすぎていた中国に対するけん制にもなる。今中国に工場、農場を持っている国内外の企業や展開をしている企業には打診が行われているわ。日本政府ルートで国内への飛行プランを立っているから。治安維持ができるまでは休止させる必要があるから」

大きく世界が変わりつつある。だが、私にとっては日本がどうなるかより自分と雪がどうなるのかの方が気になっていた。ヘリコプターが降り立ったのは東京、アークヒルズの屋上だった。そのまま近くのホテルに移動させられた。途中着替えと新首相発表と今後の方針の会見後に「阿久根首相とはどういう人物か?」というテレビの特集の一環のため碧子と私が取材されるということだった。

 そこで聞かれる質問と答える内容を紙で渡された。だが、そこに書かれていたのは大学で何を学んでいたのか、どういう仕事をしていたのかという内容だった。そこに何一つ間違いがないことに恐怖を覚えた。私は一体いつから監視されていたのだろう。そして、今後については人頭税の見直しや改善に向けて尽力していきたいと書かれていた。これもまた思っていることだ。もし、この人頭税がもう少し形が違っていれば救われたものも多かっただろう。私はそう思っていた。だからこそ受け取った紙が怖かった。碧子が言う。

「何?内容気に入らなかった?そんなはずないでしょう」

 そこにはドレスアップした碧子がいた。清楚な感じがする白を基調としたワンピースを着ていた。キレイだった。華があるのがわかる。だが話しながらすねを蹴ってくるのは変わらない。

 もらった原稿は気に入らないのではなく純粋に怖いと思った。それと同じくらい思ったのは、雪は私以上に監視されていたのだろう。だが、そのことは碧子には言えない。だから言葉としてでたのは「ありがとう」だけだった。ホテルの一室でテレビを見ながら二人で待っている。これで手を握り合っていると仲睦まじい恋人に見えるのだけれど碧子はどうしてか私の後ろ側に回ってゆるく首を絞めていた。チョークスリーパーのような感じにしてたまにぶら下がったりしている。たまにくる衝撃は首が閉まって息ができないというのではなく、首が折れるのではとおもうような衝撃だ。そう、全体重をかけてくれるからだ。テレビでは阿久根首相が演説をしている。内容はまとめるとこんな感じだ。

 まず、中国での事故について原因究明とともに一時渡航の中断および中国にいる日本人の安全のために帰国の呼びかけ。次に原因究明、再発防止が確定されるまで現在まで行っていたODAを含む経済支援の凍結を表明。コメンテーターが経済支援中止による経済効果を算出していた。さらに中国からの輸入を停止するがその補てんはすでにインド、ミャンマー、ベトナムへ可能なものは移行するのではと別のコメンテーターが話している。おそらくこの流れは誘導があったのだろう。あまりにもスムーズすぎる。そして、民放キー局が阿久根首相の人となりのという特集を組んでいた。その流れで碧子と私が紹介されるのだ。アナウンサーが言う。

「中継がつながっています。阿久根碧子様とその婚約者の中村七海様です」

アナウンサーの紹介の少し前に碧子は椅子に礼儀正しく座った。碧子が言う。

「今回、父がこのような形で首相となりましたが、娘として支えられる限りのことはしていきたいと思っております。現在大学生ですが、すでに飛び級で来年には卒業できる予定です。現在研究しているのは寒冷地帯でも生産できるフルーツです。現在はビニールハウスで栽培されていますが、より安価により大量に生産できるものを考えています。なくてはならないものではないですけれど文明人だからこそより高みを目指していきたいと思います。これは父の教えでもあります。父はこれから日本をより良い方向に導いてくれると信じております」

 碧子のまっすぐな瞳はカメラに向けられていた。視聴者は知らない。碧子の本質を見抜けていない人が多い。だが、このインタビューは完璧だ。それに今回で知ったのは碧子が飛び級でかなり早く卒業をするということだ。元々勉強はできる子だった。どうして家庭教師が必要なのかわからなかった。アナウンサーが言う。

「そんな碧子様ですが、すでに婚約者がおられると聞いています。どこで出会ったのですか?」

 予定にない質問だ。碧子がなんて返事するのかと少しだけ横を見た。碧子が見たこともない上品な笑顔でこちらを一瞬だけ見てカメラに向いてこう話し出す。

「実は私の一目ぼれなのです。家庭教師をしてもらっていたのですがその時に恋に落ちました。家庭教師を付けるほど学業に困ったことはなかったのですが、私のわがままを両親に伝えたところ承諾を得られました。今では両親とそしてこれから紹介します中村七海さんに感謝したいです」

 少し頬を赤らめながら話す碧子を見ながら私はこの横にいるのはひょっとしたら別人なのではないかと思ってしまった。むしろ私の後ろにもう一人碧子が立っていて私にカメラが映った瞬間に首を絞めるのではと思ってしまったくらいだ。だが、何事もないかのようにアナウンサーは「では、その中村様にお聞きしたいです」と話してきた。私は深いため息をついて覚悟を決めた。頭の中で雪が泣きそうな顔をしていた。目を力いっぱいつむってから一気に開いた。

「皆様、はじめましてご紹介いただきました中村と申します。私自身まずこの場に立つのは場違いなのではないかと思いはなはだ恐縮しております。今回婚約者である阿久根碧子の父がこのような時期、時勢に首相になられ私自身も国のためにできることをしたいと思っております。現在は国家公務員として人頭税を管理する仕事についております。ただ、今後の国政を考えた場合この人頭税の見直しもできればと思っております。ゆくゆくは国政に携わり少しでも多くの国民の方に安心して生活していただける基盤をつくりたいと思っております」

 若干もらった原稿とかわってしまったがおおむね問題はないだろう。モニターを見ていると緊急速報が入ったのがわかる。中国の一部過激派と思われる人物と軍の責任者が共同会見を行っており、国境線に向けて軍艦を動かすという内容だった。その向かう先はそう、雪が映っていたあの島だ。すぐさま中継が切り替わり国会で緊急対策本部が設置される運びとなる。もうすでに私のインタビューなど吹っ飛んでいたのだ。目の前にいたカメラクルーも撤収をし始めている。その時携帯が鳴った。相手は佐波だ。メールが来ていた。メールの内容はこうだ。

「会見見た。おめでとうと言っていいのかわからないがとりあえず言っておく。それとこっちは48時間後に変化が起きる。詳細は七海にもそのうち入ると思うから。現地で会おう」


 それだけだ。わかったことは世界が今日を境にかわるということだった。



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