碧子
~碧子~
職場で私のペンを見て江見がまっすぐやってきた。
「ちょっといい?」
江見にそう言われて私は江見と部屋を出た、廊下をあるき非常階段まで連れてこられた。
「一体何?」
だが、私の言葉は無視されつづけている。言っても仕方ないのだと思った。非常階段の踊り場まできて江見が手に持っていたペンを私に向けて見せてきた。そして言う、
「このペンが何かわかって胸にさしているの?」
「なんだか発信器があってと聞いたよ」
そう言ったら深いため息を江見がついてペンを分解し始めた。
小学生の時よくペンを分解して遊んだことがある。だが、目の前にあるペンには見慣れないものが多かった。江見が言う。
「これが発信器、これが多分盗聴器だと思う。そして体温計がこれ。そしてこれが起爆装置。わかる?こんなものを左胸に着けていたらどうなるかって」
ぞっとした。信用されていないからなのか。だが、それならば江見もどうして持っているのだろう。江見がさらに言う。
「実家にもこれに似たものが送られてきたわ。つまり家族を人質に取られたようなもの。もう選択肢なんて私たちにはないのだから」
江見はそれだけ言うと執務室に戻って行った。実家にも何か送られているのか。私は携帯で母親にメールを送った。
返事はすぐに来た。昨日家に帰っていなかったから心配していたらしい。ただ、奈良原さんが実家に連絡をしてくれていたのと、何か大事なものを預かっているという内容だった。
ある程度の大きさらしいので私の部屋にいれてくれたみたいだ。
おそらく原理は似たようなものなのだろう。ある程度の大きさなら勝手に動かした段階でアラートがなりそうだし、大きいのなら爆発する範囲もある程度あるのではと思ってしまった。
これが、家族が人質になるという意味なのか。だが、どうして江見も同じ状況なのだろう。
私は自分の状況がよくわからなくなった。
事務所にもどって八重先輩と宮古先輩をよく見ると同じペンをもっていることに気が付いた。
「このペンって?」
八重先輩に聞いたら返答は「もしものためのツールだよ」とだけ教えてくれた。
どうやらこの仕事をする上で必要なことらしい。起爆剤付のペンがどうして必要なのか、家族のところにも爆弾を置かれるのが必要なのか私にはわからなかった。
「ま、それだけ機密を扱うということなんだよ」
疑問をぶつけたら八重先輩からこう返ってきた。
出かける前にニュースを確認した。昨日確かに事件が2件都内で起きていた。
一つは就職先が決まらずに自暴自棄になった若者が喫茶店で銃を乱射した後自殺したという内容だった。
事実とまったく違う報道になっている。
もう一つは集団自殺を行った若者の記事だった。自殺を行ったのは男女合わせて7名。遺書があり仕事に就けない不安感からとの内容だった。これも多分事実とは違うのだろう。
そう、起きた場所が江見にとられる前の私が担当するはずだった地区だらだ。
だが、どういうことだ。
報道には雪のことも『赤い翼』のことも一切書かれていない。ここまで情報統制しないといけない内容なのだろうか。
わからない。とりあえず調べるにも時間も情報もなさすぎる。今日は本来ならば宮崎もつれていなかないといけなかった農場見学の日だ。
私は資料をカバンに入れて「行ってきます」と言葉を残して足早に車に向かった。
運転しながら今後のことを考えよう。この時はまだ呑気にそう私はそう思っていた。
駐車場に行き、マイクロバスに乗ろうとした。
その時、すぐ近くに影を感じた。ものすごい速さで後ろからマイクロバスに乗り込んでくる。
ベージュのコート。黒いブーツの女の子。そう、そこに碧子がいたのだ。碧子は私を蹴飛ばして車に乗り込んできた。
「早く出してよ。車」
そう言いながら私の脇腹をつねってくる。ポカンとしている私に変わりキーを回す。
「それともここで降ろされたい?」
一体碧子が何を考えているのかがわからなかった。だが、時間もない。エンジンもかかっているため、碧子を乗せたまま車を動かした。
「どういうつもりだ?」
車を動かしながら碧子に話しかける。碧子が言う。
「昨日、お父さんの部屋で知ったの。あんなかなり危険よ。だから来てあげたの。あんた疑われているわよ。だから助けに来たの」
車の横でちょこんと座りながら運転する私を見つめる碧子は遠くを見ていた。
「助けに来たって、どういうこと?それより大学はどうしたんだ?」
碧子は何度か会いに来てくれていたけれどいつも大学のことが聞けなかった。今聞くべきじゃなかったかもしれないけれど、自分自身が危険と言われるよりそのほうが私にとってリアルだ。だが、碧子は私の頭を力いっぱい殴った。
「あんたバカじゃないの。こんな時に私のこと心配しているなんて、バカじゃないの。バカじゃないの」
ポカポカと頭を殴っている碧子だが、目から涙が落ちている。私は碧子の頭をなでながら「すまなかった」と言った。理由はわからないけれど、碧子が思うに私には危機が訪れているらしい。
確かに昨日一瞬だけだけど雪と出会った。ということは雪が東京にいるということだ。もし、雪があのテレビで見たように『赤い翼』と関係があり、そして昨日の事件で私だけが生かされていることから私自身を疑っているのだろう。ひょっとしたら私と雪が付き合っていたことを奈良原さんは知っているのかもしれない。多分彼らは、何人が関係しているのかはわからないが、彼らは私のところに雪が連絡をしてくる、もしくは接触があると思っているのかもしれない。そういう意味では私は泳がされているだけなのかもしれない。
落ち着いてみるとわかってくる。碧子の頭をなでることで落ち着くなんて変なことだが、少しだけ落ち着いて考えることができた。
「ありがとう、碧子」
そう言ったら、碧子からは「調子乗んな、バーカ」と言われながら頭の上に置いていた手は払われ、肩をグーで殴られた。
碧子とのコミュニケーションは基本これだよな。少し笑えた。そして乙落ちつけもした。
「んで、どうするの?」
碧子が話してきた。私は「いや、何もしない。普段通り仕事をする」と答えた。そうしたら「あっそ、好きにすれば」と言って、後ろの席に座った本を読みだした。碧子に話しかける。
「昨日、何を聞いたの?駆け付けるくらいの内容だったんでしょう」
碧子は読んでいた本を閉じてこう言った。
「あの、家庭教師だったやつは餌だ。だから観測が必要だ。主要者と接触が確認できたら速やかに排除せよ。何の意味かわかる?」
今日もらったペンを見て思った。そういうことか。弁明することもなく接触しただけで爆発か。厳しいな。だが、それだけの相手だというのか。雪。一体何をそれだけ背負っているんだ。だからこその別れだったというのか。碧子が言う。
「一つだけ容疑を晴らすいい案があるんだけれどね。ふふふ。だから来たの。後はそのタイミングを狙っているの」
碧子はそう言いながら何とも言えない表情をした。目的地に着く。今日はここで何名かを農場に連れて行く。片道切符だ。農場を見せたら彼らを返すわけにはいかない。
それに今日行くのは人力ベースのところだ。機械化が進んでいないから結構体力も使う。だからこそ若い年齢層じゃないと難しい。リストを見て知った顔があることに気が付いていた。就職塾にいた安達だ。
安達はいつも自信がなくおどおどしていた。だからなかなか選考が進まなかった。それから思うと雪は堂々としていたし、話し方も悪くなかった。今思えば家庭環境、いや、『赤い翼』という名の影が尾を引いていたのだろう。そして、もし雪と結婚をしていたら私はずっと監視をされた生活だったのだろう。清く正しくないといけない。そして、接触があっただけで罪に問われるのかもしれない。
この特殊公務員という仕事だから特になのだろう。いや、どの仕事でも同じだろう。雪にはそれだけ監視があったのかもしれない。そう思うと最後の日に兄から連絡があったというのが気になる。
だからなのか。だから別れなきゃいけなかったのか。あの時、あの日、あの夜にもっと私は出来ることがあったのではないのか。
今は考えるのをやめよう。答えなんて出るわけない。私は大きく頭を振っていったんマイクロバスから降りた。すでに公民館には人が集まっている。
そこには9人いた。知った顔は安達だけだった。安達が私の顔を見て言う。
「なあ、なんとかならないかな。同じ塾でのよしみで」
だが、私は首を横に振るしかできなかった。安達は深くうなだれながらバスに乗った。ほかの者も同じだ。だれだって明るい表情で国営農場に行くやつなどいない。そう、もう入ったら出ることはかなわない場所なのだから。
全員乗ったのを確認してバスを発車させた。深呼吸をしてからアナウンスボタンを押す。
「皆様、はじめまして。本日皆様を国営農場にご案内いたします中村と言います。どうぞよろしくお願いいたします。前方にあるモニターで本日行く場所の映像を流しますのでつくまでご覧ください」
そう言って、バスの照明を少し落とす。元々窓にはスモークがかかっていて、運転席との間に衝立も置いている。場所を特定されないためだ。気が付くと衝立の中に碧子は忍び込んでいる。碧子が言う。
「後ろに車が付いてきている。ずっとつけるようについてきているわよ」
ミラーで確認をしたがスモークがきつくて相手の顔が見えない。だが、運転をしているのが男性であることはわかった。サングラスをしている。シルエットからして雪でないことはすぐにわかった。悩んだけれど結局胸にペンをさしている。多分どこにいてもそんなに変わらないのだろう。一人だけではなく周囲を巻き込むことを想定しているのならどこに身に着けていたって大差はない。私はペンを見つめながら車を走らせた。高速に乗ってしまうと分岐することができないため高速に乗る前にあの車をまこうと思った。
車を走らせながらマップを見る。あまり分岐もない。仕方がない。私はまず信号が変わる前にできるだけブレーキを踏まないようにして止まるように努めた。止まっている時もサイドブレーキのみにした。ブレーキランプをできるだけ光らせないよう気を付ける。信号が変わるぎりぎりに止まると見せかけて突っ切って振り切ろう。チャンスは1度だけ。何度もは出来ない。マップをみて信号を突っ切った後に右折できそうなところを探す。少し高速に上がる場所が変わってしまうがなんとかその条件を満たせそうな場所があったので、私は深呼吸をしてからゆっくり減速をさせた後にアクセルを踏んだ。一気に右折まで行く。ちょうどその後も運よく信号が青だったため、さらに進んでから次に左折をした。高速に乗ってから後ろにあの車は見当たらなかった。
「やったね」
碧子がバンバン私の肩をたたいてくる。うれしいのだろう。どうして碧子は喜怒哀楽をすべてこういう形でしか表現できないのだろう。だが、笑顔の碧子もいいものだと思った。
それから1時間半車を走らせて目的地についた。何度も来ているようにトンネルまで入ってから電話をする。鉄の大きな門扉が開く。門扉は2重だ。どこも同じ構造になっている。
扉があいて中に入る。しばらく走らせて駐車場に着いた時にさっきまいたはずの車がそこに止まっていた。ゆっくりその車から出てきたのは奈良原さんだった。




