1か月(2)
(2)
宮古先輩が次に向かった先はすでにアパートには誰もいなかった。
「やられたかもしれないわ」
宮古先輩は電気メーターを写真で撮っていた。宮古先輩が言う。
「この数日でメーターが動いていないようなら逃げられた可能性は高いわ」
私は気になっていたので聞いた。
「でも、逃げるってどうやってですか?まさかさっき言っていた『赤い翼』が動いたんでしょうか?」
『赤い翼』が雪につながるかどうかはわからない。けれど、調べない限り知りようがないのも事実だ。
宮古先輩は少し考えてこう言ってきた。
「赤い翼かどうかはわからないけれど奈良原所長には報告しないといけないわね。あの人が一番赤い翼の情報に詳しいと思うわよ。それ用の部署の責任者も兼務してるくらいだし」
そう言われてちょっとびっくりした。
いつも何もしていない雰囲気しかない、やる気のない人としか思っていなかったからだ。ということは佐波の上司も奈良原さんなのだろうか。
少し聞いてみたいと思った。だが、データベースも情報も奈良原さんが持っている。どうやったら情報を聞けるのだろうか。
私はそんなことばかり考えていた。
「とりあえず一旦戻りましょうか」
何の成果もなく戻るときだってある。仕方がないことだ。
気が付くと何も話すこともなくただただ静かなだけの移動だった。
事務所に戻って私は「平良作人」という人物を調べた。今の竹中首相が掲げた人頭税に最後まで反対をしていた政治家ということがわかった。元々は同じ政党だったのだが、掲げる政策が異なるため離党し、新党を立ち上げたそうだ。だが、議員数を伸ばすこともできず失速。その後、政局運営に何もできないことがわかると議員辞職をしてそこからは行方知れずとなったという略歴だけはわかった。
それともう一つ。同じく人頭税に反対をしていた議員がいたこともわかった。それが「城間義一」だった。
だが、城間の記述はほとんど残っていない。不思議だった。同じようなことをした二人なのに一人は記述が残っている。だがもう一人は残っていない。ただ、同時期にこの二人が動いていることから一緒に行動をしているのではと仮説してみようと思った。
「あ~何を調べているんですか?」
不意に後ろから声をかけられた。奈良原さんだ。
「所長、今日知った『赤い翼』ということについて調べていました」
確かに間違いではない。けれど、今日知りえないはずの「城間義一」の資料の説明にはなっていないと思った。奈良原さんは「ま~そういうことですか」とだけ言って去って行った。びっくりした。
だが、今度から注意しようと思った。
そんな時、八重先輩が携帯でテレビを見ながら叫んだ。
「これ、大問題になるぞ」
そこに映っていたのは中国と日本の境界線、そう佐波が言っていたあの場所付近に中国軍、日本軍、アメリカ軍の軍艦がにらみ合いをしている画だった。
一瞬島が写った。ナレーターが言う。
「日本人がいます。あの島に日本人がいるようです。大丈夫なのでしょうか?」
そこに映っていたのは、今日ずっと資料で見てきた顔「平良作人」と若い男性、そして黒い長いコートに身を包んだ雪がいた。
携帯が鳴る。佐波からの電話だ。
「もしもし」
事務所を出てトイレ近くに移動して佐波の電話を取った。佐波からは「テレビ見たか?」と質問があった。電話がかなり遠いのがわかる。ものすごい風の音がするから外なのだろう。だが、今日は嵐や風が強いなんて予報はでていない。すくなくてもこの東京近辺でないことだけはわかった。
「どこにいるんだ?」
何かを佐波が言っているのだが聞き取れなかった。ただ、わかったのは「七海も早くこっちにこい」ということだけだった。
どこにいるんだ。しかもどうやったらいけるんだ。あまりに雑音が激しくその後に携帯は切れた。折り返したらもう圏外になっていた。事務所に戻ると奈良原さんが私の机の前に立っていた。
「あ~気になりますか?ま、気になりますよね」
ゆっくりと話してくる。ドキリとする。だが、何もなかったように私は「何がですか?」と答えた。いつもは無関心な江見も私を見ていた。何かを言おうとしてけれど、声に出せないような感じだった。奈良原さんは続ける。
「ま、今回の結果が出れば中村さんにはちょっと話さないといけないことがありますかも。しれないですね」
それだけ言うと奈良原さんはまた消えた。背中に妙な汗が流れる。奈良原さんのことがどんどん怖くなってきた。席に座ると横にいた八重先輩が言う。
「どうしたんだ、顔色真っ青だぞ。まぁ、奈良原所長は変わり者だけれどよく人を見ている。そして、ちゃんと調べるんだよな。物事のすべてを」
そのセリフで私のことも調べられていたのではと思った。特に雪との関係のこと。雪が言う「別れましょう」の意味がやっとわかった気がした。
こんな時は仕事に集中しよう。
資料を見て、大学時代の友達の名前を見るとやはり胸が痛くなった。だが、同時に思った。彼らならひょっとしたら『赤い翼』に接点を持っているかもしれない。
私は携帯で「吉井」「宮崎」にメールをした。吉井からは「家業が厳しくてかつかつなんだよな。これってなんとかならないかな?」と帰ってきた。リストを見ると吉井は今回は大丈夫かもしれない。宮崎からのメールは「結局どこにも就職できなかった。けれど大丈夫。なんとかなる。ちょっと遠くに行くから連絡ができなくなるかもしれないが」とあった。
私は宮崎の奥に「赤い翼」を感じた。いや、感じた買っただけかもしれない。
「久しぶりに会わないか?」
宮崎にメールをした。「いいよ。ただ、今晩遅くに用事があるけれど」とあった。明日はあの近辺の人を集めての国営農場見学ツアーだ。
だからこそ今日の夜なのかもしれない。私は仕事を早々に切り上げて宮崎の家近くに向かった。
大学があった場所近く。そこに宮崎は住んでいる。
この場所は雪との思い出も多く残っている。今から行く喫茶店も雪とよく話をした場所だ。
あの喫茶店で出てくるエスプレッソがかなりおいしいのだ。雪と二人でよくあの喫茶店にいったものだ。
少し照明が落ちていて雰囲気のある店。
その店で宮崎と待ち合わせにした。懐かしい思い出と触れることで雪と会えるような気がした。先に店についたようだ。
店には奥に二人組の男女がいた。
女性はこちらに背を向けていた。男性は私と同じくらいだろうか。多分大学生なのだろう。しばらくして宮崎もやってきた。あいかわらず筋肉質な体だ。
肩を怪我したらしいが野球はできないけれど、他のことはできるらしい。それに筋トレをしていないと不安だというのも聞いたことがある。
「いきなり呼び出してごめんな」
そう言って宮崎を見て思った。就職が決まらずに憔悴しているかと思ったらそうでもなかった。
「いや、俺も会いたかったんだ。本当はもっと色んなやつに会いたかったんだけれど。俺明日からしばらくいなくなるから。でも、きっといつか戻ってくる。だから」
ガタッ。
その時、奥にいた二人が立ち上がった。振り向いたが、その時には奥にいた男性がなぐりかかってきた。よけたつもりが顎に軽く当たったみたいだ、頭が揺れるような気がしたがまだ大丈夫。私は男性に向かい合おうとしたときに横にいた女性に目を奪われた。そこにいたのは雪だった。ずっと会いたくて、会いたくて、会いたかった雪がそこにいた。雪は泣きそうな顔をしていた。雪に手を伸ばす。だが、雪は目を閉じてどこかに行こうとした。その後強い痛みが頭を襲った。そう、私は気を失ったのだった。
雪がいた。このまま雪が私をどこかに連れて行ってくれたらいいのに。そう思った。
目を覚まして最初に出会ったのは奈良原さんだった。
「あ~中村さん、起きましたかぁ。大丈夫ですか?」
ここはどこだろう、ベッドに眠っている。頭に包帯が巻かれているから病院なのかもしれない。
ということは、あの店のマスターが連絡をしてくれたのだろうか。
だが、そうであるのなら暴漢に襲われただけで奈良原さんが病院に来るとは思えない。普通なら両親がこの場所にいるはずだ。奈良原さんが言う。
「中村さん」
今までのやる気のない声でなかったのでびっくりした。ずっと奈良原さんが私の目を見つめている。その目線に耐え切れず私は目線をそらした。奈良原さんが話し続ける。
「推測で話すのは好きじゃないのですが、中村さんは私に何か隠していませんか?別に無理に話せとはいいませんが、不安で押しつぶされそうなら話したほうが楽になりますよ~」
口調はゆっくりでいつもの通りなのに、なぜか背中にいやな汗をかく。さらに奈良原さんが言う。
「では、普通に普通のことを聞きましょう。誰に殴られたんですか?いや誰を見かけたと聞いた方が正しいですかねぇ?ちなみに、マスターからの証言もあります。そして、もう一つ中村さんのことも少しばかり調べさせてはいただいていますよ?」
わかったうえで聞いているだ。私は観念して話した。だが、話したのは宮崎に会ったこと、そこで二人組の男女にあったこと。女性が知り合いだったことの3点だ。
奈良原さんは私の話しを聞いてこう言ってきた。
「まあ、今日はそういうことでいいでしょう。では、中村さんにプレゼントです」
そう言ってペンを渡してきた。少し重厚感のある銀色のペンだ。持ってみるとずしりと重い。機能性はあまりなさそうだが、値段はすごく高そうな印象を持った。私がペンをみていると奈良原さんがこう言ってきた。
「そのペンには通信機がついています。中村さんがどこにいってもわかります。身に着ける場所は胸ポケットにしてください。ちょうど体温もそれではかれます。
寝るときとかはとっていただいて構いませんが、長時間動かなかった場合、今回みたいに襲われたと判断して助けに行きますから」
私はペンをまじまじと見た。奈良原さんが言う。
「もし何か思うことがあるのならこれから結果でしめしてください。そして信用を勝ち取ってください。ちょうどもうすぐ朝です。今日はこれから仕事があるのでしょう」
窓から朝日が入ってくるのがわかる。私はベッドから起きてスーツの上着を探した。上着の袖には少しだけ血がついている。私はどこか怪我をしているのだろうか。だが、殴られた頭が痛いだけで特に傷のようなものはなかった。その様子を見て奈良原さんが言ってきた。
「その血はあの店にいたマスターのものですよ。まぁ、目立つわけじゃないですが気になるのなら着替えるといいですよ。時間があればの話ですが」
「マスターの怪我は?」
奈良原さんは首を横に振りながらこう言ってきた。
「あの喫茶店で生き残っていたのは中村さんだけですよ。後は男性客一人とマスターと思われるものの二人の死体があっただけです」
一瞬固まった。さっきマスターからの証言があると言っていたから。
「あのマスター、それともう一人の男性。名前は宮崎という人かな。銃で撃たれていました。でも、どうして中村さんだけ撃たれなかったんでしょうね。まぁ、いいですか。それでは、職場で会いましょう。まぁ、死体が物語ってくれることは多くありますからね~」
そう言って奈良原さんは病室から出て行った。
私は部屋を出て気が付いた。ここは病院じゃない。職場の休憩室だ。今まで使ったことがなかったから気が付かなった。携帯で時間を見るともうすぐ9時だ。早く職場にいかないと。私はそのままのスーツで職場に走りこんだ。
胸ポケットにあるペンがやけに重く感じた。
「おはようございます」
そう言って職場に入ったら江見も同じペンを持っていた。私に見せつけようとしていたのだろうが、私が左胸にペンをさしているのをみて固まっていた。
このペンが意味することを私はまだ知らなかったから無邪気にわらえていたんだった。




