1か月
~1か月~
5月中はあの日、佐波とあったそうあの日から八重先輩か宮古先輩のどちらかと同行して一通りの仕事を教わっていた。
6月になり梅雨と呼ばれる季節になった。
みぞれか雨かどっちつかずのものが降り注ぐ季節だ。
その間、国民的アイドルであった「MINKA」は体調不良から引退となった。八重先輩がすごく悲しんでいたが、それ以上に今世間をにぎわしているのは、中国が日本との境界線である海域で軍事行動を起こすのではとのニュースが出ている。
同時期に韓国、ロシアも海域を伸ばそうとしてきている。世界地図の向きを上下反対にするとその思惑がわかる。どの国も貿易のため海路図を書こうとすると日本という島国がじゃまなのだ。特に輸送資源、燃料が貴重になった今は最短ルートでどこも移動をしたがる。
最近新聞もテレビのニュースもそればかり放映している。
「あぁ~こんなニュースよりMINKAちゃんのことを報道してくれよ」
八重先輩が机で新聞を見ながら、携帯でテレビをみている。仕事中なんですけれどいいのかなと思っていたら奥にいた奈良原さんがゆっくり歩いてきて八重先輩の肩をポンとたたいていた。それdかえで八重先輩の様子がかわる。携帯をしまい、仕事にとりかかる。いまだに奈良原さんという人がよくわからない。その奈良原さんが私と江見に向かってこう言ってきた。
「え~お二人ともそろそろ仕事もわかってきたかと思います。で、ちょっとお二人のうちどちらか結果を出した方には配置転換をしてもらおうと考えているんですよね~」
相変わらず棒読み口調でやる気のない話し方だ。さらに奈良原さんは続ける。
「ちょっと大変なところにいくのですが、若いから大丈夫だと思うんですよね。とりあえずこの1か月ちょっと頑張ってみてください。見ていますからね。こちらのお二人が。よろしくお願いしますよ八重さんも宮古さんも」
八重先輩も宮古先輩も何も聞かされていなかったみたいでびっくりしていた。構わずに奈良原さんは話し出す。
「え~、新人の二人がこれから回ってもらう先はこちらのリストです。似たような感じに振り分けているので頑張ってください」
そう言って奈良原さんは席に戻ろうとした。私はずっと気になっていたので奈良原さんにこう話した。
「このリストって元データはどこにあるのですか?それにどうやって抽出しているのですか?」
話した後に目の前の席からすごく睨まれた気がした。奈良原さんが言う。
「あ~データは私が管理しています。お二人がやりやすいように振り分けたつもりですが納得できないのならデータを交換してもらってもいいですよ。ま、交換したら公平になるかどうかわかりませんが、困るのは中村くんだと思いますよ」
その言葉を聞いてなのかわからないが江見がファイルを私に突き出してきた。だが何も言わない。言葉を発しなくてもリストを交換しろと言っているのがわかる。
多分私が不利になるのを楽しみたいのだろう。いや、もしくは結果を出すために交換したいのかもしれない。このまま放置しているとずっと目の前にファイルを出したままの江見が銅像のように突っ立ってそうだから私はそのファイルを受け取り、自分のファイルを渡した。
ファイルを受け取りながら思ったのはデータは奈良原さんが管理をしているということだった。雪がどこでどうしているのかを調べることはできないのだろうか。
機会を待とう。もう何か月も待ったんだから、これから待つとなってもいいと思った。
ただ、佐波のことを考えると早くしてあげたいと思った。
テレビでの報道を見る限りだと佐波の妹、「MINKA」はまだ日本には戻れていないのだろう。
この場合の人頭税はどうなるのだろうと思った。いや佐波のことだから妹の分を払っていそうだと思った。
私は受け取った資料の中にまず雪がいないかを確認した。だが、そこには雪の名前はなかった。
代わりに吉井、宮崎の2人の名前を発見した。大学時代の友達だ。
2人とも就職できなかったことがわかった。学生時代に内定をもらっていないと厳しい現実が待っている。
新卒時に内定を取っていないと後は数の減った椅子取りゲームだ。よほど気合いをいれないと厳しいのが現実だ。
だが、この2人を国営農場につれていくのは考えさせられる。なんとかならないのだろうか?
そう言えば菊野はどうなったんだろう。あいつは内定取り消しがあったからあと3か月だけ時間がある。まずはこの方面のカウンセリングを行おうと思った。
だが、期日はほぼ3か月。期日から考えると国営農場に連れて行かないといけない。面談をしたって問題はないだろう。
私はそう思って掲載されている方面の状況を調べた。1か月で結果を出さないといけない。
けれど、友達を国営農場連れて行かないといけない。しかも期日越えだと厳しいところになってしまうかもしれない。
設備の整っている場所の空き状況を調べたがやはり年齢が高い人向けだ。若い人は体力があるということで比較的きついところをあてがわれることが多い。
とりあえず、通知文を作成して各家庭に発送する準備をした。
イベントをこなすことも大事だけれど、こういう下準備も大切だ。とりあえず、今日はあてがわれた地区の職業安定所を下見してこようと思った。だが、宮古先輩から「ちょっと今日付き合ってほしいの」と言われた。
行先を聞くと狛江だった。最初に宮古先輩と行った場所だった。
助手席でその理由を聞いた。どうやら私がカウンセリングをした彼は結局内定がもらえず、あの時無駄なことを言われたからだと騒いでいるとのことだった。宮古先輩が言う。
「だからこれから彼の両親とともに話しをするの。でも私は中村くんが指導した内容は間違っていなかったと思うの。私が指導をしたとしても結果はかわらなかったと思うし。けれど色んな思いはあると思うけれどまずは話しを聞かないことにははじまらないですからね」
なんだか、複雑な心境だった。どうにか背中を押したつもりだったが逆効果になったのかもしれない。ふと気になって宮古先輩に聞いた。
「宮古先輩がカウンセリングしたあの女性はどうなったんですか?」
宮古先輩が言う。
「あの子も決まってないわ。後であの子の家にも行くから付き合ってね。こういうのって誰かと行くと安心できるのよね」
何の力にもなれませんが。しかも多分頭を下げるだけで終わりそうにも思えない。だって、国営農場につれていかれるのだ。親としても納得しきれないだろうし、当人としても納得できるものでもない。宮古先輩が言う。
「ちなみに、謝罪するのは自分がとったカウンセリング内容についてじゃないからね。そこは間違えちゃダメだから。それを謝ってしまうと大問題になるから」
謝ることもできず言われ続けるのか。私を見て宮古先輩が言ってきた。
「クレーム対応の基本は本質では謝らないこと。だから『この度は不快な思いをさせてもうしわけございませんでした』ならいいけれど、カウンセリングについては間違った選択はしていないと胸をはって言ってほしいの。そして、もう一つは国営農場での勤務について当人から同意を得ること。これができない場合は強制連行になるから。ビデオで流しているあの酷い囚人のようなところね。自発的に農場で勤務する場合には問題はないのだから。と言っても設備が整っているところは埋まっているからちょっと環境は厳しいかもしれないけれどね」
あれがちょっとなのだろうか。私はそう思った。
実際いくつか農場に行ったが設備がなく人力なところが多い。特に若い人がつれていかれるのはそういう地域ばかりだ。
効率を考えると仕方がないのかもしれない。農場に何人送り込むのではなく、その農場でどれだけの食糧が生産されるのかが問われているのだから。
自給率向上のために。
「さぁ、着いたわよ」
そこは少しひなびたアパートだった。多分両親は息子の人頭税を払うために生活を切り詰めていたのだろう。
その結果が国営農場に息子が連れて行かれて月1回の面談しかさせてもらえないようになるのだ。それも自主的に国営農場に行った場合のみだ。
親の苦労から考えると何か言いたいのもわかる。私は足取り重く車を降りてアパートの階段をあがった。2階にあがってすぐの扉の前で宮古先輩がインターフォンをならした。
出てきたのはあの男性によく似た女性、一目見て母親だとわかった。私たちを一瞥していきなり「あんたらのせいだよ。うちの息子がこうなったのは」と怒鳴りつけてきた。
だが、宮古先輩はひるむことなく「隆さんはいますか?」とその怒鳴りつけている母親の目をまっすぐ見て言った。奥から目が血走りながらあの男性が出てきた。
「お前のせいだ。お前が余計なことを言うからこうなったんだ。責任をとれよ、おい」
そのよたよたした動きが余計に怖かった。いや、何をしてくるのか予想もつかないから余計に怖いのだ。
宮古先輩が言う。
「指導は問題なく行われました。規則は規則ですので自主的に農場に行くことを選択してください」
「お前は黙っていろ。俺はこいつに話してるんだよ!!」
そう言って男性は私の前に何かを投げつけた。お断りのメールをプリントアウトしたものや不採用通知の書類だった。私は言う。
「私は仕事として最善を行いました。ただ、就職するということはご自身の頑張りであり、意識が重要になります。まず、ご自身の行動を振り返り考えてください。そして今置かれている立場を再度認識してください。あなたには自ら農場で勤務をすることを選択するか、それとも強制的に連行されるしか選択肢はありません」
私は足ががたがた震えていたが自分が言わないといけないと思い言い切った。男性が言う。
「ふん、他にだって選択はある。テレビでもやっていたじゃないか。逃亡するんだよ」
逃亡。すぐに「城間義一」の名前が頭をよぎった。だが、その名前を私が知っていることを説明できない。宮古先輩が言う。
「もし、あなたが逃亡できたとしても残された人はどうなるかわかっているの?普通の人生をおくることなんてできないの。それに逃げ切れると思っているの?どこにいったって厳しい現実は変わらない。日本だけが厳しい国政をしているわけじゃないのよ。周辺国が何をやっているのか知らないの?」
普通の人生を送れない。もし雪の父親が「城間義一」だったとしたらどうなのだ。雪は普通じゃなかったのだろうか。普通に学校にも行っていたしバイトもしていた。そんなに差なんて。
いや、もしかしたら雪が内定を取れなかったのは『それ』が原因なんじゃないのかと思ってしまった。
どこかのデータベースにはそのことが記載されていてどこかでストップがかかる。いつも不思議だった。雪がどうしてあんなに面接を落ちるのか。私からみて内定を取っていた人と比べても問題なんてなかった。いや、むしろ雪は優秀だったと思う。
限られた時間の中、精いっぱい努力をしていた。
雪との会話を思い出していた。確かに引っかかる表現はあった。だが、それは就職活動で落ち込んでいるだけだと思っていた。本当は違っていたのではないのだろうか。
だから、私の前から去ったというのか。
「うちの隆はあんな所にはいかせません。どうにかします。だから帰ってください」
母親がそう言うなり扉を、バンって音を立てて閉めた。しばらく宮古先輩はインターフォンを押したり扉をたたいたり、声をかけていたがあきらめて首を横に振って「行きましょう」と行った。
車につくなり宮古先輩は携帯をどこかにかけて「はい、説得できませんでした。だからお願いします」とだけ伝えて電話を切った。
だが、車を発進させる様子はない。宮古先輩が言う。
「多分、こういうことが起きたらすぐに奈良原所長に報告すること。そして、家を見張るの。相手が逃げ出したかどうか。誰かが接触してきたかどうかを。でも、私たちは逮捕権がないから監視するだけ。それ以上のことは危険だからしないこと」
そう言った宮古先輩はどこか悲しそうな表情をしていた。そしてさらに何か所か電話をかけていた。その間ずっとアパートを関強いていた。数分後に警察車両が来てアパートを取り囲んでいた。
すぐに警察が男性を連行していったのを確認してから宮古先輩が車を発進させた。
「宮古先輩、今のは?」
この1か月の間で見たことがない光景だった。宮古先輩が言う。
「普段はここまではしないの。でも、逃亡の話しが出たので様子は変わるは。もしあの『赤い翼』が接触をしているのならば情報を取れるかもしれないから」
赤い翼は多分組織名なのだろう。だが、雪につながる情報かもしれない。私は宮古先輩に聞いた。
「赤い翼って何ですか?」
宮古先輩は、逃亡支援を行っている団体名でまだ詳細がつかみ切れていない団体だと教えてくれた。首謀者とみられる代表はもともと国会議員で、人頭税廃止を掲げていたが国会で議案が強行採決された後に議員辞職。何名かを連れて日本からいなくなったの。でもその後にテロ集団『赤い翼』を名乗って現れたの。でもどこに潜伏しているのかわからないということだ。
「その首謀者とみられる代表の名前や顔はわかるのですか?」
宮古先輩が言う。
「平良作人という人のはずよ。後で資料を探せば顔写真もあるはずだから」
違った。では一体城間義一は何者なのだろう。
とりあえず平良作人という人物を調べようと思った。無駄になるかもしれないが知らないことが多すぎると思った。




