佐波
~佐波~
「今から会えないかな?」
私は佐波の携帯に連絡をして、二人で会う約束をした。
そうそれくらい私はメールの内容に衝撃を受けていた。確かにこの仕事をしていて疑問に思ったことがある。
それは、「失踪した人がいない」ことだった。
ニュースにも話題になったことがあるのを覚えている。滞納した人が税金から逃げるために海外に逃亡を考えている人がいるというドキュメンタリー番組をみたことがあった。
実際日本の周辺国は日本より厳しいところが多い。日本より豊かな国はアメリカ、ドイツ、オーストラリアくらいだ。どこも国内自給率が高く、地下資源も多い。だが、軽く移動できる場所でもない。海外旅行はかなり高価だから行く人はめったにいない。燃料費が高くなったからだ。
そのため空路での移動は少なくなり海路での移動が増えている。長時間船に潜伏するなんてことは難しいし、行った先に知り合いがいないのであればすぐに密入国がばれてしまう。
そう、佐波の仕事はこの失踪もしくは逃亡している人を追いかける仕事だ。
そして、この逃亡はある程度組織だって行われているらしい。
その組織のリーダーが「城間義一」というらしい。この「城間義一」の後継者として今息子と娘がいるらしい。その娘が「雪」に似ているというのだった。
もう一つ、佐波の妹「MINKA」は海外公演中に行方不明になっているらしい。こちらは佐波が妹に発信器をつけていて、ずっと一か所で動かないから推測だと言っていた。妹に発信器をつけていたらしい。シスコンもここまでいくと恐怖しかない。まぁ、妹も同意の上らしいのだがよくわからない兄と妹だと思った。
お互い会うのに中間地点になるのは依然通っていた就職塾の近くだった。
たまにOBが遊びに来てくれたこともあったが、今日話す内容だと寄りたいという気分にはなれないだろうと思った。
近くの喫茶店で話をしようとなった。シックなつくりのその店は初老の男性がマスターだ。一人で営業をしている。喫茶店や飲食店は系列以外だと一人で経営している人が多い。大体が定年後に選ぶ人が多いからだ。外を歩くと凍てつく寒さのためか暖かいものが暖かい場所で飲みたくなるからだ。チェーン店だと大人数でも行ける
が個人経営の場所だと大勢で押しかけると追い出されることもある。少人数で静かに話している分にはいくらいても怒られないことはすくない。
指定した喫茶店はマスターのこだわりなのだろう。壁には大量に本がおかれていて、いまどき珍しくレコードで曲を流してくれる店だ。
カラン、コロン
扉をあけると音が鳴る。店内はカウンターに席が4席だけある。一番奥に佐波が座っていた。心なしか疲れ切っているのがわかる。
配属2日目でこれかと思った。だが、私も近いようなものかもしれない。
「マスター、塩コーヒーを」
そう言って佐波のところに行く。塩コーヒーは名の通りコーヒーに少量の塩を入れたものだ。話が長くなるのがわかっていたから塩コーヒーにした。コーヒーは時間がたつと酸味がきつくなるが塩が入っているとやわらぐからだ。
今日みたいな日にはいいと思った。
席に座ると佐波が憔悴しきっているのは妹の「MINKA」のことではないかと思った。だが、違っていた。
「お待たせ」
だが、佐波の目は携帯のモニターに映ったままだった、佐波がゆっくり顔をあげる。
「七海、わるかったな。あんなメール送って。一体何から話したものだろうか」
こんな佐波を見るのは初めてだった。多分数か月前佐波は私を見たときに似たようなことを思ったのではないかと思った。
立ち直ったわけではないけれど、いろんなことが起こりすぎているから今をなんとなく過ごせている。
「まず、妹のことを聞こうか」
多分それがいいと思った。正直もう一つの組織、そして「城間義一」のことを聞きたかった。けれど、目の前の佐波を見て自分のことを優先させたいと思えなかった。
佐波が言う。
「ああ、妹は海外遠征中だったんだ。今は体調不良でツアーは中止しているが、実際は行方不明だ。船での移動中に襲われて連行されたみたいだ。今いる場所はGPSでわかっている。携帯はすでに海の底だ。乗っていた船も座礁している。耳の中に埋め込んだ発信器が正しいと思っている」
ピアスじゃなく耳の中に発信器ってびっくりした。佐波が言う。
「ああ、実は俺の耳にもついているんだ。だから気にしないでくれ。ちょっとこれには複雑な事情があるんだよ」
どんな複雑な事情があったら兄と妹の耳の中にそんな発信器がつくというのだろうか。なんだか突っ込んでいいのかわからなくなったのでそのまま流すことにした。佐波が言う。
「今妹がいる場所はわかっている。けれどそこは日本政府が手が出しにくい場所なんだ。そして、もう一つ。その場所は『城間義一』らの組織があると噂されている場所でもあるんだ」
そう言って、携帯の画面を見せてくれた。そこは中国と日本との中間のような場所だ。
「表立っては政府としては動けない。けれど、どうにかしないといけないことでもある。
そのため今いる部署では準備を進めているところなんだ。ところでちょっと頼みたいことがあるんだけれどいいかな?」
なんだか事態が大きすぎると思った。私がしている仕事なんかよりはるかに佐波がしている仕事のほうが重い。それに明らかに機密事項だ。絶対に誰にも話してはいけないことがわかる。もし、対外的に知れたら佐波の身があぶなくなるはずだ。その覚悟があって私にお願いをするのだ。私は生唾を飲み込みゆっくりと頷いた。佐波が言う。
「七海の彼女だったあの子の人頭税の支払状況を調べてほしいんだ。特に住所を調べてほしい。その情報がわかったらメールしてほしいんだ。杞憂だといいんだが」
それは私も知りたいと思っていた。だが、ファイルはあるが紙でしかあるのを見たことがない。だが、この時勢紙だけであるはずがない。どこかにデータベースがあって調べることができるはずだ。それに雪のことがわかるのなら知りたい。
「わかった」
私が言うと佐波はさらにこう言ってきた。
「探しているということは誰にも知られないようにしてほしいんだ。でないと七海の置かれる状況が変わってしまう」
悲痛な顔をしている佐波の顔が目の前にある。
「じゃあ、先に出る。できればあまり一緒にいる場所を見られないようにしておきたいからな」
そう言って佐波が出て行った。その意味がわかるのはもっと先だった。ぬるくなったコーヒーは塩が足りなかったのかやはり酸味があるように感じた。




