自由都市イワフネ<3>
両開きの扉の先は、天井付近の壁に並んでいる小窓から差し込むだけ外光と、ランプの明かりが照らすだけの薄暗い部屋だった。部屋の左右両側にはそれぞれ二人ずつの男達が立ち並んでいる。そして、部屋の奥には大きく造りの良い重厚な机が備え付けられていた。
あれって会社の社長室で見たような机だよな。良く知らないけれどチークとかウォールナットとか高級材の。しかもウチの会社のより上等に見えるぞ。
喉がカラカラになるほど緊張しているくせに、そんな些細なことに目が行ってしまうのは、余裕があるからでは無く現実逃避しているからだろう。スーノの口内は乾き、ひり付く喉を潤そうにも、その口からは唾液すら出てこない。
重厚な机には銀髪を角刈りに刈り上げた壮年の男が座っており、そのすぐ横には、背の高い黒髪をオールバックにしたの痩せた男が待機するように立っていた。
その部屋はちょっとした会議室くらいの大きさがあったのだが、その雰囲気に圧倒され、スーノは部屋を見た目以上に狭く感じ、圧迫感から息苦しさを感じていた。室温すら上がっているように思える。
そして壮年の男がスーノに視線を送る。その視線は鋭い。
やっぱり裏組織だよここ。スーノの脈拍が急上昇し、手のひらに冷たい汗が流れる。
場の雰囲気からちょっとおかしな考えが頭に浮んでは消えていく。
まずいな~コンクリ漬けにされて海に投げ込まれるのかな?さすがに冒険者の身体でもコンクリ漬けにされて海に放り込まれたら、多分アウトだろうなぁ
学生時代に見た昔のヤクザ映画のワンシーンを思い出して、スーノの顔から血の気が引いていった。
壮年の男は指をクイッと曲げるジェスチャーを見せ、、スーノたちを連れてきた銀髪の男を呼び寄せる。机の向こう側、壮年の男のすぐ横まで銀髪の男が近寄り、指示を聞き取るように頭を下げた時
ぼかん!!
と、壮年の男が豪快な音を立てて銀髪の男の頭を拳で殴りつけた。
「お前、ちゃんと説明して丁重にお連れしろって言っただろうが!!また余計なことやったな。見ろ、冒険者さん方ビビッて顔が引きつってるじゃね~か」
壮年の男の突然の暴挙と怒鳴り声に、スーノと杏奈は我を忘れて目を見張った。
「いてーな、ちゃんと説明して連れてきただろ」
「じゃあ、なんでお嬢さん方、顔真っ青になってるんだ」
「そりゃ、親父の面が怖いからに決まってんじゃ・・・」
その台詞を言い切らせずに、再び銀髪の男の頭を拳で殴る。再度硬い物がぶつかり合う音が響く。その音は先ほどに負けず劣らずの豪快さだ。
人の頭を殴ってあんな音がするもんなのか。というか、あれ本気で殴ってないか?スーノも流石に心配になってきた。
「お前が裏口から事務所に入ってきてるのは知ってるぞ。なんで表口から入らん!!表には堂々と看板を出して、おまけに団の印象を良くしようと、ちゃんと受付にゃ女の子も座らせとるだろううが!!」
裏口?看板?受付の女の子?
スーノと杏奈、二人の頭に?マークが乱舞する。
「ウチは領主様からの御依頼も受けるまっとうな傭兵団だ。お前、わざと冒険者のお嬢さん方をビビらせて遊んでただろう」
「んなことねえよ。なあ」
そう言って、銀髪の男がスーノたちに顔を向ける。しかしその表情はフザけ、ニヤけていた。
「全くお前はいつまで経ってもまともに使い走りすら出来ねえ・・・それに、仕事場で俺のことを親父と呼ぶなと何回言えば」
「はいはい、分かりましたよ団長」
スーノと杏奈の二人は、二人の男の様子を目にし、ぽかんと大口を開けて呆気に取られていた。
混乱した二人には何が起きているのか全く分かっていないが、エンジはすでにこの顛末が茶番だということに気づいたようで、先ほどまでの臨戦態勢の姿勢を解き、気を抜いて床に座り込んでいた。そして欠伸をひとつして、女性人二人を目を向ける。女性陣二人は、まだ混乱から立ち直っていない模様。そのことを確認したエンジは、やれやれといった態度で、「ウォン!!」と一吼えかましてやった。その咆哮が気付代わりなったのか、ビクッと身体を震わせ二人の意識が現実に戻ってくる。
銀髪の男のふざけた態度に、壮年の男は呆れたようにため息をついて、銀髪を後ろに下がらせる。銀髪が壮年の男に見えないようにして舌を出していたのをスーノは目ざとく気づいていた。かなり不愉快な思いも感じているが、舐めた態度をとられたのは自分のせい、とスーノは無理やり納得した。
壮年の男が仕切り直すように、スーノ達一行に向き直る、
「ウチの若いヤツが失礼をした。申し訳ない」
立ち上がった男が謝罪の言葉を発し、机に手を突いて深々と頭を下げた。
「私はエンリコ=バッソ、この<折剣傭兵団>の団長をしている」
傭兵団?スーノは部屋に居る男たち一人ひとりを見回して確認する。
そう言われれば確かに、男達の立ち振る舞いが、規律と自制に制御されているようにも見えてくる。それからは軍隊的な匂いが感じられる。そう思いながら、見回すスーノの視界に銀髪の男が入ってくる。目立たないようにしているが、スーノと視線が合うと、ウインクをしてきた。
更に、銀髪と一緒にスーノたちを連れてきた男達、それに厨房からの階段の先で門番をしていた若い男とそのほか数人の男達がゾロゾロと部屋に入ってくる。和気藹々とふざけあって部屋に入ってくる男達全員の顔がニヤニヤと笑っているのを見て、スーノの頭に血が上る。
こいつら、後でみてろ。
スーノは銀髪の男を睨みつけたが、男は何食わぬ顔でスーノの睨みに怯えることなどなく、逆に笑みを浮かべて小さく手を振る余裕を見せていた。
「お二人は冒険者でよろしいんだね」
エンリコの問いに、スーノは頷きで答える。その返答を確認したエンリコは、横に待機していたオールバックの男に目配せする。それを受けたオールバックの男は、一歩前に踏み出し話し出した。
◆
オールバックの男、この傭兵団の番頭で名をボーメという。
番頭というのだから、団の財政などを取り仕切っているのだろう、実質団長に次ぐ団のナンバー2らしい。外見は開いているのか分からないほどの細目、手足が極端に長い痩身で190cm以上の身長とも相まって、失礼だがその見た目は蜘蛛のようにも見える。
「この度我が団は、イワフネの街随一の商家であるラバネッリ商会から隊商の護衛の依頼を受けました。隊商は馬車二十台と規模も大きく、団としてもこれだけの仕事は久方ぶりとなります」
その説明は簡素ではあるが、必要な情報を的確に伝えてくれる。ボーメという男の虚飾を嫌う質実剛健な性格が見えるようだ。
「ルートはここイワフネの街を出発してカシワザキ雷鳴街、ソノハラ水門市、ウツルギの神前街、コオリマの街、タイハク外城、城塞都市モガミとなります」
机の上に広げた地図を指差し、ボーメは隊商の運行予定を説明する。
現実世界の日本は、この世界では弧状列島ヤマトと呼ばれる。さらに元の世界の本州に当たる列島の西半分を神聖皇国ウェストランデ、東半分を自由都市同盟イースタルと呼称し、今回ラバネッリ商会の隊商が辿るのは、イースタル中東北部の街となる。予定される期間は三ヶ月。隊商に参加する商会の人数も百人ほどとなる。
「基本的には、通行する主たる各街道の危険性は低く、もしまものに襲われても団の戦力で十分撃退可能です」
しかし、とボーメは地図の一点を指し示す。
「注意しなければならないのは、ここ<マウントリムの隧道>です」
マウントリムの隧道、それは現実世界では関東と新潟を結ぶ関越高速道路にある関越トンネルであり、そこはゲーム時代にはレベル40以下の冒険者では通過するのが困難なダンジョンとして知られていた。
また、そのトンネルを介して進入することの出来る高レベル対象ダンジョン<波雪の地下迷宮>は、多くの貴重なレアアイテムを獲得でき、大規模レイドの戦場としても有名だった。
そのトンネルを、隊商の馬車二十台が被害無く無事に通過することは、スーノのゲーム時代の経験からすると、とても現実的とは思えなかった。
「ちょっと待ってください。このマウントリムの隧道をキャラバンが通過するのは無理でしょう。普通に峠越えのルートは使えないのですか」
スーノは現実世界の地図を思い出し発言する。関越トンネルが通っている山岳を抜ける一般道としては、関越トンネルの西側に平行して通っていた峠が在ったはずだ。
ゲーム時代にスーノはその峠を利用した経験は無く、存在しているかどうか知らなかったが、ハーフガイアプロジェクトで、正確に地形を生成したのなら、ゲーム時代にその峠が存在していてもおかしくない。
そしてそうならば、この現在の世界にもその峠が存在する可能性がある、とスーノは予想した。細目と冷静沈着な表情から、何を考えているのかとても分かりにくいボーメだが、スーノの指摘を受け、かすかに口角を上げたのがスーノにも分かった。
「<トリランデル峠>のことですね。その峠は隊商が通るにはあまりにも狭く険しいため、残念ながら使用できません」
それではキャラバンがこの峠を越えるのは不可能ではないか。スーノはそう判断する。
「実はマウントリムの隧道を安全に通行できるための魔道具をラバネッリ商会は持っているのですよ」
ボーメの説明が続く。
<天神の守礼>と呼ばれる御札がそれであり、その御札を先頭で掲げることにで、マウントリムの隧道においてまものの襲撃を抑える効果を得られる。流石にこの魔道具は貴重な存在で、所持しているのはイワフネの街の主な商会二つ(ラバネッリ商会ともうひとつの商会)、それと領主一族だけである。
「しかしながら、その効果も絶対では無いようです。マウントリムの隧道を隊商は毎年同じ時期にこの魔道具を使用して通過しているのですが、原因不明なれどこの魔道具の効果が発揮されず隊商に多大な被害が出たことが、記録上過去に二例あります。そのため毎年この隊商の護衛の仕事を冒険者に依頼しているのですが・・・」
ボーメはため息をひとつ吐いて、続けた
「この隧道を利用するときには、必ず冒険者に護衛の依頼をする決まりになっております。そして例年なら御領主様を通して依頼を出せば、その依頼に応じていただける冒険者が必ず現われたのですが、何故か今年に限って声を上げていただける冒険者の方がおられないようです」
スーノに思い当たる節がひとつあった。それが<大災害>。
エルダータイルの世界に多くのプレーヤーが取り込まれてしまった事件、これをプレーヤーの中では<大災害>と呼んでいることを、スーノは、アキバのベテランプレーヤー十条=シロガネ、との念話を通して知っていた。そして大災害からまだ10日足らずしか経っておらず、アキバでは未だプレーヤーの混乱が続いており、ゲーム時代に頻繁にあった大地人(NPC)からのクエストの依頼を現在はどのギルドもどのプレーヤーも受けてはいない、ということも聞いている。
おそらくアキバだけでなく、ミナミやナカスなどにいる他のプレーヤーも大きく変わること無い状況だろうと考えられる。現在大地人(NPC)からのクエストを受ける冒険者はいないのだ。
確かにスーノも、ゲームではこの地方でキャラバンの護衛という低レベルクエストがあったと記憶していた。
しかし、そのクエストには、そんなまもの避けのアイテムなど無かったはずだが・・・とスーノはいぶかしむ。これもこの世界とゲームとは違うという例の一つなのか。
「このような状況で、商会から護衛を依頼されていた我が団も対応に苦慮していたところ、冒険者が入門検査を受けているとの情報を得まして、御呼びたていたしました次第です」
その言葉と共に、ボーメが再び頭を下げる。確かにその状況で、この街に現われた冒険者である自分達は、まさに”渡りに船”の存在となるだろう。しかし、入門検査のときにすでにマークされていたのか。スーノにはそんなことは全く気づかなかった。
ん、ってことは、もしかして
「もしかして、あの役人が僕達のことをリークしたの?」
「ああ、役人なんてちょっと金握らせりゃ思いのままさ」
部屋の隅に下がった銀髪の男が、団長達の肩越しに飄々と話してくる。あの若い役人、さも上役が金に汚いと愚痴ていたが、お前も賄賂受け取ってるんじゃないか。そんな思いに、スーノもちょっとむかっ腹も立つが、どうせこの情報程度で手に入る金額など高が知れている、と考え直す。
一通り説明が終わると、役目を終えたボーメは一歩下がる。
「お二人には隊商の護衛の任務を依頼したい。受けてもらえるだろうか」
エンリコが尋ねてくる。これは正式な依頼となるのだろう。スーノも気安く返事は出来ない。
スーノは杏奈に視線を向ける。杏奈は静かに頷き、スーノの判断に全てを任せていた。
目を閉じて応えの文言を心の中で反芻する。失礼の無いように言葉を選び、スーノは言った。
「今、僕達はアキバに帰還する旅をしています。ですから護衛の依頼を受けることは出来ません」
周囲の男達からはあからさまな落胆の声が上がるが、スーノのその答えを聞いても、エンリコの表情に大きな変化は無かった。だが、表情には出さないが、わすかながら微妙に曲がった口元から、やはり期待を裏切られたと考えていることが分かる。
「ですが、条件付なら話は別です」
男達の残念がる声が一旦消え、皆スーノに意識を集中する。
「このマウントリムの隧道を抜けソノハラ水門市までなら、護衛の任をお受けすることも可能だと思います」
エンリコの目が光る。
「それで十分だ。よろしく頼む」
エンリコがスーノに握手を求めてくる。その手を握り握手するスーノ。エンリコの掌は大きく硬く、剣を握り続けたことでできた胼胝でゴツゴツとしていた。
戦士の掌だ。エンリコの握る力の強さに、スーノも力強く握り返す。冒険者の能力の高さから、おそらく握る力自体はスーノのほうが強いのかもしれない。
しかし、エンリコの人としてのオーラに、スーノは圧倒されていた。傭兵団の長として、数十人の団員の生命と、そしてその家族の生活を背負い立つ、その力強さに。
自分の掌は、どのように感じられたのだろうか。
いつかその問いをエンリコに問い掛けてみよう、とスーノは考えていた。
今回のお話、地名をでっち上げるのが一番の難物でした。
ですので、ちょっと短めです。
以下は、自分が捏造した地名です。
本編とは何の関係も無いことをご了承ください。
◆トリランデル峠→トライランダー峠→tri(三)land(国)峠
◆マウントリムの隧道→マウントストリーム→moutain stream(谷川)岳→関越トンネル(関越トンネルは谷川岳の地下近辺?を通っている、かな?)
これは苦しかった。いろいろ考えましたが、どれもいまいち。新潟→干潟tidal?群馬→上野の国→野field?plain?・・・
で、ぐぐる先生に、(谷川)英語変換、でお伺いを立てたらこう出ました。
私にはこれが精一杯
◆波雪の地下迷宮→三国峠にある有名なスキー場にある某グループ系のホテルでの有名歌手の定期的に開催するショーの名前から。
詳細は怒られそうなので割愛。
すぐピンときた人は私と同年代ですね(笑)
きっと年齢不肖な人間タイプ(女性)のレイドモンスターが現われることでしょう
今では、ままれ先生のネーミングセンスに尊敬の念を感じております




