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始まりの地<3>

 杏奈はゲームとしてのエルダーテイルのことは、ほとんど知らなかった。あくまで兄のやっているゲームを後ろから眺めたことがあるだけで、詳しいことは何一つといっていいほど知識を持っていない。

 しかし、ゲームに取り込まれたような状況の今、エルダーテイルの詳細を知らないことは死活問題となりかねない。

 一時の混乱から立ち直った杏奈に、スーノはゲームとしてのエルダーテイルのことを説明していく。冒険者のこと、大地人のこと、まもののこと。

 そして、スーノの説明はプレーヤーキャラクターの話に進んだ。


「ステータスの見方は分かったろ。自分のステータスを見てみな」

「えっと、名前は<カトー>、守護戦士レベル90で、所属ギルド<ブラックモア >だって」


 スーノは顎に手を添えて考え込む。


「そのギルドは、聞いたことがないな。たぶんアキバやシブヤのギルドじゃないと思う」


 ということはその他のプレーヤータウン、ミナミかナカス、それともススキノのどれかだろう。

 その情報を聞き、スーノの脳裏に今後の行動の障害となる問題がひとつ浮上してくる。


「今後のことなんだけど、やっぱりこんな混乱した状況だしプレーヤーが集まっている街に移動したほうがいいと思うんだ」


 スーノはそう言うと、ヤマトにある5つのプレーヤータウンを順に挙げていく。

 ススキノ、アキバ、シブヤ、ミナミ、ナカス。

 そしてどこの街に行ったとしても、そこにいるのは基本的に日本人なのだからおそらく大きく変わることは無いだろうと予想していた。


「それで、ここからが問題で、今いるこの場所は実は現実世界では山形なんだ」


 転移してきたときのエンジとの思い出の場所、それに村人との世間話から、スーノはここが現実世界の山形県南西部だということを確認している。


「山形って東北の?」

「そう」


 スーノは東の方角を指差す。その指し示した先には険しい山肌の、頂上付近に雪を頂いた山が見える。


「あの山は現実世界だと月山。知ってる?」

「聞いたことあるような・・・」


 ハーフガイアプロジェクト、エルダーテイルの世界は現実の地球の地形を二分の一に縮小した設定となっている。

 どこのプレーヤータウンに向かうにしろ、そこにたどり着くには数百kmの道のりを移動しなければならない。しかもその道のりには現実世界のような交通手段が在る訳ではなく、険しい山道を実際に自らの足で進まなければならないない。そしてこの世界にはまものがいて、それらを排除しなければ先には進めないことだろうことも。


「その距離を歩いて、ですか」

「いや、実際は召還馬を使うことができるから、すべて徒歩じゃないけどね。でも現実のでの電車やバスを使うみたいな楽な旅にはならないだろうね」


 この説明を聞いて、杏奈もようやくこのエルダーテイルの世界での移動の困難さを実感したようだ。


「でもさっき帰還呪文って魔法を教えてくれましたよね」

「ああ、あれを使えば、苦労して移動することなく街に帰ることができるんだけど・・・」


 スーノの表情を曇らせるひとつの懸念、プレーヤーの特技の一つ「帰還呪文」。

 それは最後に立ち寄った大神殿がある街に転移することができる冒険者の重要な特技だが、ここで問題がある。


「杏奈、君が最後に立ち寄った街がどこか、とうぜん分からないよね」


 杏奈のキャラクターはもともと彼女の兄のキャラクターだ。その行動を杏奈が知っているはずも無く、帰還呪文を使用した場合、杏奈がどこに転移するかは、ここにいる誰にもわからないのだ。


「帰還呪文を使った場合、スーノさんはどこに帰還するんですか」

「僕はアキバだね、ホームタウンでもあるけど」

「それだと、帰還呪文を使うとここでお別れになるかもしれないんですね」


 杏奈の顔が不安に翳る。その不安を感じ取ったのか、エンジが杏奈に擦り寄ってきた。杏奈はしゃがみ込んでエンジの顔を覗き込み、少しの間、無言でエンジの頭を撫でていた。


「アタシはこの世界のこと、よく分からないです。もともとゲームをやっていたのはお兄ちゃんで、ゲームのことは殆ど知らないし、フレンドリストっていうのを見ても知らない名前ばかり」


 スーノには、しゃがみ込んだ杏奈の姿が迷子になった幼い少女のように見えた。


「できればスーノさんと一緒はダメですか」


 そう言うと、その姿勢のままスーノを見上げる。その瞳は縋るようにスーノを捕らえて離さなかった。

 一見ゲームに取り込まれたように見えるこの世界、スーノ自身は、あくまでここはゲームであるエルダーテイルの世界であって、どのような技術かは分からないが、自分たちはコンピューターの中に取り込まれている、と考えている。

 だがそれが絶対に正しいとは、流石に思ってはいなかった。もしかしたらゲームに取り込まれたのではなく、現実世界とは全く関係の無い別世界に転移させられているのかしれない。

 そのことは、杏奈にもスーノにも分からないし、今後どのような展開になるのかも全く知る由も無い。それこそ、この数秒後には現実世界に戻れるかもしれないし、反対に今後永遠にこの世界で生き続けなければならないのかもしれない。

 そして、この異常な状況では、少しでも知っている人間の傍にいたいと思うのは無理からぬことだろう。それがたった数時間のなれそめだったとしても、会ったことの無い、名前だけの存在よりは。


「ああ、いいよ。一緒に行こう」


 スーノは右手を差し出す。

 その手を取った杏奈を引き上げ立たせようとするが、身長差から途中から逆に引っ張られるようにスーノが前につんのめってしまった。

 格好がつかないなと、二人はお互いの顔を見合わせると、その顔はどちらも恥ずかしさに真っ赤になっていた。二人は照れ隠しに苦笑いする。


「よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく」














 スーノはひとりで村を出て森に向かっていた。


 スーノと杏奈の二人は今後の方針を話し合い、その結果まず第一にプレーヤーが集まっている街へ行くこと、そしてその行先がアキバだということが決まった。

 このような状況では、人の多い街のほうが情報も集めやすく、そして自分のホームタウンであるアキバなら、仲間もいるのでより安全だろうと思う。とのスーノの言葉に対して、杏奈には異を唱える要素は無かった。

 しかし、杏奈の帰還呪文の行先が不明なこの状況では、帰還呪文を使うことはできない。となれば、現実の足を使ってアキバへの道のりを行くしかなく、その過程では戦闘が避けられないだろうということは想像に難しくない。


 そう考えたスーノはこの世界での戦闘を試すことを決める。

 ここはゲームのようでゲームとは違う世界。特技を使うにしても、おそらくゲーム時代の常識は通用しないと考えたほうが間違いないだろう。その状況での初めての戦闘で、まったくの素人の杏奈を連れていくのは無理があると考え、杏奈は村に残してある。


 向かうところは村から少しいった森だ。ゲーム時代の記憶から、そこは低レベルのまものが現われるエリアで、現在レベル80の神呪遣いのスーノがひとりでも、ゲーム時代ならば安全に狩ができる場所だった。


「さて、ゲームのようにできるかどうか・・・」














「行っちゃったね」


 杏奈は横にいるエンジに話しかけるように言った。

確かめたいことがある、とスーノはひとり村を離れた。日が落ちるまでには帰ってくる、とは言っていたが、不安そうな顔を見せる杏奈のために、スーノはエンジを杏奈の元に残してくれた。

 ひとりになった杏奈は、とにかく腰を落ち着けようと、スーノに教えてもらった村の食堂に向かう。そこには木造のこじんまりとした建物がそこにはあった。扉を開けて杏奈は恐る恐る入る。

 時間はおおよそ昼頃、店の中は数人の村人がテーブルを囲んでいた。村人の視線が杏奈とエンジに向けられた。その視線に躊躇するが、それでも気にせずに杏奈は一歩踏み込む。


「冒険者さんだね、いらっしゃい」


 丸顔の中年の男性が近づき、杏奈に声をかけてきた。腰にエプロンを巻いているところを見ると、おそらく店の主だろう。


「お邪魔します。この子、店の中に入れていいですか?」


 別れる時の「杏奈のことを頼むよ」というスーノからの指示があるからか、エンジは護衛するように杏奈の傍から離れようとしなかった。

 杏奈はエンジの頭を撫でながら店主に尋ねると、彼はエンジに目を向け愛想の良い笑顔を見せた。


「ああ、いいよ。どうやら行儀の良い子みたいだしね。でも悪さをさせないように気をつけてね」

「はい、わかりました」


 素直な返事に店主は笑顔で答える。


「ところで、さっきまで変な男の冒険者が広場にいたけど、知り合いかい」


 突然大声を上げたり、泣き出したり、あれは不気味だった。と店主は世間話を話すように杏奈に話す。

 実はあれはアタシなんです。

と言ったところで当然信じてもらえないだろうなぁ・・・。

 杏奈は苦笑いを見せながら「そうだったんですか?」なんてしらばっくれる。思い出せばあの取り乱した姿は非常に恥ずかしかった。無論店主には先ほどの男の冒険者と、今目の前にいる杏奈が同一人物などと、わかるはずも無い。


「で、何か注文あるかい」

「お茶いただけますか」


 注文を請けると、店主は厨房に戻っていく。

 椅子に座って腰を落ち着けると、ようやく杏奈の心に余裕が生まれてくる。店内を見回すと、ちょうど店の反対側の壁際のテーブルに二人、そしてカウンターに一人客がいた

 彼らは店に入るとき視線を向けただけで、どちらも杏奈に興味を持っておらず、カウンターの客は給仕だろう娘と軽やかに会話を楽しんでいて、テーブルの二人は黙々と食事を取っていた。その食事の姿を見て、ようやく杏奈は自分が空腹を感じていることに気づいた。


「緊張していたんだな・・・」


 杏奈は呟くと、すみません、と給仕の娘に声をかけた。「は~い」と元気の良い返事をし娘がやってくる。

 まだ齢十を超えたくらいの赤毛の娘で、笑顔が眩しい。たぶん店主の娘だろう、店主とよく似た愛嬌のある雰囲気を醸し出している。


「あっ、わんちゃんカワイイ!!」


 足元のエンジを見つけると、しゃがみ込み満面の笑顔で嬉しそうにその頭を撫でている。エンジは一瞬迷惑そうな目の色を見せるが、それ以上は嫌がらずに黙って娘のするがままにさせていた。

「遊んでないで、ちゃんとお客さんの相手しろ!」厨房から先ほどの店主の叱責が飛んでくる。

 娘は不満顔を見せるが、「わかったわよ!!」と厨房に向け叫んだ。

「全くうるさいんだから・・・で、なんでしょう?」不満顔を瞬時に営業スマイルに戻すその姿に杏奈は感心する。


「何か軽く食事できるもの貰えますか。あとこの子にお水をいただけますか」

「は~い」


 歌うように返事をして、娘は厨房に行く。

少し待つと、娘がサンドイッチと木製のマグカップに注がれたお茶を並べた。


「 ごゆっくり」と娘はにこやかに言うと、その後、水の張った皿をエンジの前に置き、頭を軽く触る。エンジの無愛想な態度にもかかわらず、「ごゆっくり」とエンジにも人好きのする笑顔を見せた。


 杏奈は足元に座り込んでいるエンジに視線を向けた。


「愛想良くしなきゃ駄目だよ」


 その言葉を聞いても、エンジは興味なさそうな態度で皿の水を舐めていた。

「まったくもう」と、杏奈はエンジの愛嬌の無さに困り顔をするが、それも仕方ないと諦める

 テーブルの上を見ると、そこにはサンドイッチとお茶が並んでいた。サンドイッチは見たところレタス的な葉とトマト的な赤い果実、それとグリルされた鶏肉らしきものが挟まれている。野菜は瑞々しく、こんがり焼けたと肉の色合いも良くなかなかおいしそうだ。お茶はなんだろう、濃い茶色をしているから緑茶ではなくて紅茶か、それとも独特な茶葉を使ったものかもしれない。

 その食欲をそそられる見た目に、杏奈のお腹が、早く食べろ、と催促するように、ぐう、と音を鳴らす。


 誰にも聞かれてないよね。と、ほんのりと頬を染めあたりを見回すが、給仕の娘は店に入ったときと同じようにカウンターの男と雑談をしているし、テーブルの客もこちらに興味を示している様子は無い。杏奈は安心して皿の上のサンドイッチを手に取り口に運んだ。



 杏奈の頭に、?マークが現われる

もう一口、と口に入れ咀嚼するが、現われた?はさらにその数を増やし、もう頭の中は?マークの洪水状態だった。


「なにこれ・・・」


 杏奈は手の中のサンドイッチを覗き込む。見た目は先ほどの印象通り、とてもジューシーでおいしそうだ。自分の舌がおかしいのかな?と、次にマグカップを手に取り、お茶を飲む。


「えっ・・・」


 サンドイッチと、お茶、杏奈にはそのどちらからも味を感じることが出来なかった。


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