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大地人と冒険者<2>

 その時、僕は初めて冒険者の戦いを見たんだ。

 そして、僕は冒険者にはなれないってはっきりと分かったんだ。

 どんなに訓練しても、絶対に冒険者のようには戦えるようにはなれないんだって。

 馬より大きなサソリの化け物が、荷馬車に迫って来る。

 鉄でできたカラクリ仕掛けの脚をキリキリと擦れ合う音を立てながら動かし、信じられないスピードで荷馬車に近づいて来る。


 僕は男だ。

 男は女の子を守らなきゃいけない。それが男の役目だって、父ちゃんからも爺ちゃんからも言われて来た。

 僕の後ろには、女の子達が一塊になって抱き合っている。

 僕は絶対まものを荷馬車の中に入れさせるもんかって、化け物に立ち向かう。

 背中越しに、姉ちゃんの声が聞こえてきた。

 危ないから、コッチに来いって言ってるけど、みんなと一緒になって頭を抱えてたって、なんの解決にもならない。

 誰かがみんなを守んなきゃならないだ。


 冒険者なんて当てになんか出来ない。

 アイツらは、村でやりたい放題に暴れまわって、村で蓄えた食料を奪って、その上僕達を脅して誘拐したんだ。

 アイツらはヒーローなんかじゃなかった。

 薄汚いただの乱暴者だったんだ。


 機械仕掛かけのサソリの動きは生き物離れしていて、見ているだけで寒気がしてくる。

 化け物の腕が高々と掲げられて鉄の鋏が僕の目の前でギラリと光った。


 僕は男だ。

 男は女の子を守らなきゃいけない。僕は荷馬車の荷台に転がっていた木の棒を握り締めて構える。

 でも、ダメだよ。

 僕に、こんな大きなサソリを撃退することなんて出来っこない。

 あの黒光りする大きな鋏が僕の頭を目掛けて振り下ろされたら、僕は八つ裂きになってしまうのだろう。

 目の前に迫る恐怖に目を閉じてしまうその瞬間、何かの影が僕の目の前を通り過ぎた。









 タクミの視界に、荷馬車の中で肩を寄せ合って丸くなっている大地人の女子と、そして<時計仕掛けの蠍>クロックワーク・スコーピオンから彼女達を守るように立ちはだかる少年の姿が入ってくる。

(カッコイイじゃねえか。やっぱ男の子は女子を守ってナンボだよな。それがどんだけ無茶だろうが、そうでなきゃ男が廃るってモンよ)

 少年はなんでもない木の棒を構えて鉄の化け物に相対する。膝はガクガクと震え、軽い木の棒だって今にも取り落としてしまいそうだ。

(やせ我慢、大いに結構!それでこそ男の子だ!!)


 全力疾走でクロックワーク・スコーピオンに接近しながら、タクミが<盗剣士>の特技<クイックアサルト>を発動。タクミの両脚が爆発的な突進力を発揮し更に加速がかかる。そして、ひと瞬きする時間も掛からずにクロックワーク・スコーピオンの懐に潜り込み、両手に装備した短剣を振り抜いた。タクミの剣筋が少年に向けて振りかぶっていたクロックワーク・スコーピオンの第一脚に走る。


「<ヴァイパーストラッシュ>!!」


 更に連続して攻撃を繰り出す。鉄で出来た機械仕掛けの化け物であるクロックワーク・スコーピオンの堅い外皮に覆われた脚の、唯一守られていない関節部に短剣の軌跡が走った。振りかぶったサソリの腕から力が抜け、関節から黒い体液が噴き出した。





 少年の目の前に黒い影がある。

 男の種族の特徴だからか、その身長は高くは無い。少年の父親よりも小さいだろうし、もう数年も経てば少年自身も彼の背丈を簡単に追い越してしまうだろう。

 だが、逆光を受け影となった冒険者の背中は、少年にはあまりにも大きく見えた。

 その影が肩越しに少年に振り返る。

 逆光の所為で、その人がどんな顔をしたのかは少年には良く見えない。

 だが白い歯を見せて、「良くやった、少年!!」と声を掛けてきたことだけは、少年にも分かった。





 片腕の機能を殺されたクロックワーク・スコーピオンも、そのまま黙っているつもりは無いようだ。右側第一脚はタクミの一撃で切断しかかり、状態異常(バッドステータス)を受けている。だが、鋏を有するもう一方の腕はまだダメージを受けているわけではない。無事な左側の鋏を振り回し攻撃を仕掛け、タクミの頭上に振り下ろした。

 少年に振り向いていたタクミは、その攻撃に気づくのが一瞬遅れる。

 回避は間に合わない。咄嗟にそう判断を下し、タクミは両手の短剣を交差してスコーピオンの一撃を防御するべく構えた。

 バギャンッ!!と金属が叩き付けられる重い衝撃音が響き渡り、タクミの身体が吹き飛ばされた。


「あんたバカ?!なにカッコつけてんのよ!!」

「ここは見せ場だろ、絶体絶命の危機に颯爽と現れて少年少女を助ける剣士!!く~っ決まったな!!」


 タクミの身体の前面で<禊の障壁>のエフェクトが光る。短剣を交差したまま、スコーピオンの一撃で数メートルほど押しやられたが、月詠の投射した障壁に守られ、タクミはダメージを受けていない。


「油断して攻撃を食らうなんて、マヌケもいいとこじゃないっ」

「このまものも風流を解せないとはツマラン。”見得を切ってる”時は攻撃を控えんのが礼儀だろ、悪役の風上にも置けん!!」

「脳の中に虫でも湧いてじゃないの、このスットコドッコイ!!」


 その一撃によってタクミがノックバックされ後退する。馬車とクロックワーク・スコーピオンの間を阻むものは何も無い。それが一瞬の間だったとしても、防御の術を持たない荷馬車には致命だ。荷馬車を引く馬よりも大きいスコーピオンの攻撃を受ければ、荷馬車は当然として中で怯えているNPCの子供達の身に危険が迫ることは間違いない。

 タクミに一撃を加えた腕を再度振りかぶり、クロックワーク・スコーピオンが荷馬車の少年に再度打ち掛かろうとした。

 が、それはできなかった。

 クロックワーク・スコーピオンが鋏を振りぬく直前、光を纏った半透明の狼のような獣の頭部が襲い掛かる。打撃音と共に狼の姿が霧散すると手にした日本刀を振り下ろした月詠の姿が現れた。


「<犬神の凶祓い>!!バステ持ちのお前には痛いだろ!!」


 激しい動きに結い上げた髪が乱れ顔に掛かる。その解れ髪の間からまものを睨む月詠みの鋭利な視線。クロックワーク・スコーピオンは攻撃の出掛かりを潰される。

 月詠は刀を打ち下ろした姿勢のまま、全力で後退しクロックワーク・スコーピオンとの距離を取る。

 月詠のメイン職は<神祇官>(カンナギ)だ。前衛職とは違い防御能力は高くは無く、まものの矢面に立つのは彼女の仕事ではない。後退する月詠と入れ替わり、タクミがスコーピオンと正対した。


「主役の見せ場をキチンと待てない無粋なヤツにはお仕置きをしなきゃな。覚悟しろ!!」


 腰を低く落として、短剣を構えた両手を左右に大きく広げ、タクミが不適な笑みを浮かべた。


「<エンドオブアクト>!!」


 大気を切り裂く疾風の踏み込みからクロックワーク・スコーピオンの脚に斬撃を加える。その勢いそのままに身体を回転させ両手の短剣をリズミカルにクロックワーク・スコーピオンの残る脚に連続して叩き付ける。まるで舞い踊るようなその動きは残像を伴い、あたかも分身しているようだ。








 タクミの動きを正確に捉えることは、大地人である少年には不可能だった。

 少年に見ることが出来たのは、タクミが剣を構えた瞬間だけだ。そして次の瞬間、彼の姿が少年の視界から消失する。少年に知覚できたのは、リズミカルに響く金属音のみ。それはクロックワーク・スコーピオンの鉄の外殻に剣を打ち付ける斬撃の音だろう。その後消えたタクミの姿を少年が再び捉えたのは、クロックワーク・スコーピオンの直前で剣戟を開始する構えに戻った瞬間だ。

 剣戟の嵐が収まり、脚を止めたタクミの周囲を土埃と共に風が舞う。そして腰の後ろに交差させて括り付けた対の鞘に短剣を収めた。

 時が止まったように動きを止めたクロックワーク・スコーピオンと、その直前のタクミ。キンッ!!と金属の打ち合う澄んだ納刀の音が静寂に満ちた空間に鳴り響くと、クロックワーク・スコーピオンの全ての脚が根元から切断された。

 そして、重い音と土煙を上げて鉄の巨体が地に崩れる。


 少年の胸が高鳴る。彼にはタクミが行った攻撃はハッキリとは認識できていない。確かに分かっているのは目の前の鉄で出来たカラクリ仕掛けのサソリの脚を全て切断し、打ち倒したということだけだ。

 だが、少年にはそれで十分だった。

 少年はタクミの後姿を輝く瞳で見詰めた。その姿は、少年が憧れていた超常の能力を持つ冒険者のそれだ。弱者を助ける強き戦士の姿だ。あれこそが本当の冒険者だ。

 少年の顔が紅潮し体温が上昇する。頬を赤く染め羨望の眼差しでタクミに視線を送る。

 熱い視線を感じ取ったか、タクミが肩越しに少年に振り返り口角を上げ「どうだ!!」とでも言いたげな不敵な笑みを浮かべた。





 僕の憧れは、間違ってなかった!!

 その瞬間、少年はそう確信した。そしてこうとも悟った。

 僕は冒険者のようにはなれない、と。

 僕達大地人がどうのように己の肉体を鍛えようとも、どうやってもあんな動きは出来ない。とても冒険者のようには戦えない。


 決して届くはずの無い憧れの背中を眩しそうに見つめる少年の表情は、どこか寂しそうでもあった。






「タクミ、上!!」


 その時、月詠の叫び声が跳ぶ。

 四対の脚全てを切断され活動を停止していたかに見えたクロックワーク・スコーピオンだったが、まだ死んでいるわけではなかった。最後の力を振り絞り、尾の先端の刃をタクミの頭上から振り落としてくる。


「ヤバッ!!」


 既に勝った気になっていたタクミは、その一撃に全く反応できない。真上から迫るスコーピオンの尾の刃がタクミに直撃するその瞬間、タクミの頭上に橙色の光が出現した。刃が光の壁に突き当たり、カンッと乾いた硬質な金属音を立てた。橙色の光の壁の表面に眩い火花が飛び散る。

 ダメージ遮断魔法<禊ぎの障壁>の効果によってクロックワーク・スコーピオンの一撃はタクミに辛うじて届かずに済む。それでもその尾の攻撃は必殺の一撃だったのか、レベル90の<神祇官>である月詠が投射した<禊ぎの障壁>の耐久度が限界をむかえ、ガラスが割れるような甲高い破砕音と共にあっさりと砕け散った。

 その場に鬼の形相で月詠が飛び込んで来る。そして手にした刀を腰だめにした月詠の鋭い踏み込みがダンッと地面に突き刺さり、タクミの背中越しにスコーピオンの頭部に向けて突き立てた。


「だからさっきも言ったでしょ!!調子に乗って油断してるからよ、このバカ」


 月詠の刀はタクミ脇の間を抜けスコーピオンに突き刺さっていた。深く腰を落とし踏み込んだ月詠の額が、ちょうどタクミの背中の肩甲骨の辺りにあたる。


「決まったと思ったんだがなぁ」

「確実に止め刺さないとこっちがヤラれるって、いい加減学習しなさいよ。一回死んだほうがアンタのためかもね」


 タクミが背中越しに振り返ると、腰を落とした姿勢のまま顔を上げた月詠の目はまるで火を噴きかねない勢いだ。タクミは睨み返してくる彼女の瞳に恐る恐る視線を合わせる。


「まさかオレごと突き刺してやろうとした……なんて事は無いよな?」」

「そんなわけ無いでしょ……やっぱ、そうしときゃ良かったな」


 タクミの視線を切り身体を反転させて、月詠はクロックワーク・スコーピオンの頭部に突き立てた刀を引き抜いた。サソリの鉄の外殻にぽっかりと綺麗に空いた穴から黒い体液が勢い良く噴き出て、タクミの顔面を襲った。


「うわっ、きたねぇ!!マジか!!」


 浴びせられる体液を避けるため腕で顔を覆うタクミの目の前で、完全に絶命したクロックワーク・スコーピオンの身体からテンションが抜け、タクミの頭上で止まっていた尾も支えを失い落下する。重力にしたがって真っ直ぐ落ちる先は、当然ながら真下に居るタクミの身体の上だ。口に入った体液を吐き出すことに気を取られてたタクミにサソリの尾が圧し掛かる。勢いは無いが鉄で出来た尾の重量はバカにできず、彼の身体を押し潰した。

 鉄の尾の下で亀のように這い蹲り「たすけて~」とタクミは泣きを入れるが、「自業自得」と月詠は相手にもしない。


 しかし、クロックワーク・スコーピオンはまだ二体残っている。仲間を倒され警戒しているのだろうか、遠巻きにしながら荷馬車を包囲している。


「残り二体。アタッカー、遊んでないで仕事しなさい。スーノのほうもいつまでも押さえ込めるか怪しいからさっさと片付けるよ」

「遊んでね~よ。サポートよろしく!!」


 圧し掛かる鉄の尾が重く動くことができないというのは”フリ”だったのか、タクミは身体に圧し掛かっている鉄の塊を軽々と跳ね避ける。そして接近してくるクロックワーク・スコーピオンに攻撃を仕掛けた。












 タクミと月詠が荷馬車を襲う<時計仕掛けの蠍>クロックワーク・スコーピオンと死闘を繰り広げているころ、スーノは従者<フォレストベア>のケンポウと共に<彷徨う鎧>(リビングアーマー)と対峙していた。

 リビングアーマーはその名が示すとおり、仮初の命で動く主無き鎧のまものだ。大きさは、以前ケンポウが<マウントリムの隧道>で戦った<牛頭大鬼>(ミノタウロス)と同じくらいだろうか。

 違う点は、その名からすれば当然であるが全身が強固な金属の鎧で守られていること。そしてレベルが高いことだろう。

 あの時のミノタウロスのレベルは五十。今目の前に迫ってくるリビングアーマーは、それよりも段違いに高いレベル八十だ。ゲーム時代ならばミニオンクラスの従者であるケンポウとその主である<森呪遣い>のスーノが共闘すれば勝利の可能性は十分にあった。だが、現在の現実となったこのセルデシア世界においてはこの戦闘の勝敗の行方は微妙であろう。

 戦闘に入る直前、スーノがタクミに託されたことは、クロックワーク・スコーピオンを打ち負かしたタクミと月詠が合流するまで時間を稼ぐことだ。スーノとケンポウが自身に備わっている能力をしっかりに発揮し防御に徹すれば、勝て無くとも、彼らが合流するまで時間を稼ぐという役目を果たせるだろう。


 リビングアーマーが重い金属鎧が見た目通りの重量感のある足取りでスーノとケンポウに近付いてくる。その太い脚が地面を踏みしめるたびに、地響きを感じるくらいの重い足音を響かせる。

 その腹に響く重低音に、スーノの記憶が呼び覚まされる。

 それは昨日の、時間にしてもまだ二十四時間も経っていない<門に至る深き森>の深い霧の中の出来事。どうしようもない暴力に立ち向かう術も無く、ただ陵辱されるだけしかなかったあの光景がスーノの脳裏に蘇ってくる。

 スーノの身体が微かに震え、背中に冷たい汗が滲み出る。リビングアーマーの重い足音が響くたびに、その思考が恐怖に支配されていく。


 怖い。もう嫌だ。あんな思いは二度としたくない。


 しなければならない役目を放り出して、その場を逃げ出したくなる気持ちが心を覆い尽くし、スーノはオロオロと挙動不審に振り返りながら、助けを求める視線を辺りに飛ばした。

 背後を振り返ると、クロックワーク・スコーピオンと打ち合っているタクミと月詠の姿が目に入る。

 二人に縋りつくようにスーノが声を上げようと口を開けた時、彼女の視界に大地人の少年の姿が映った。小さなおそらく十歳を越したかどうかの少年が、荷馬車の前面でスコーピオンに立ち向かう。離れているこの場から見ても、少年の膝が大きく震えているのが分かるが、少年は決してその場から逃げようとはしなかった。

 少年は役に立ちそうも無い只の木の棒を手にして、仁王立ちになって背後の少女達を守っている。勿論、その行為は無駄でしかない。少年がクロックワーク・スコーピオンから少女達を守ることなどできはしない。重い鋏の一撃で少女達諸共、潰され切り裂かれてしまうだけだ。そんなことは少年にも分かりきっていることだろう。

 それでも、少年は逃げない。

 目を見開いて歯を食い縛った少年の表情がスーノの瞳に焼きつく。


 彼は大地人だ。冒険者とは違い失った命は戻ることは無い。その大地人の少年が、圧倒的なまものを目の前にしても、逃げずに立ち向かっている。


 少年は”死”という現実を理解していないだけだ。

 死は全ての終焉だ。

 勇敢に立ち振る舞おうとも、死んでしまえば全てがおしまい。卑屈に逃げ隠れようとも、生き続けられればその後に汚名を返上することは可能だ。行き続けることが全ての可能性の源だ。

 命を投げ出す道を選ぶのは、少年がまだ大人になれていないだけ。


 そんな考えがスーノの思考を占拠する。

 そうだ、無謀な行いをするのは、子供だからだ。死ぬことがどんなことか分かっていないだけだ、と。





 いや、ちょっと待て。

 あの少年が”死”をどう考えているかは、どうでもいいことだ。今考えるべきことは、それじゃ無いだろ。僕は”逃げ”てないか?

 

 大地人は死んだらそれで終わり。それが事実だ。

 だが、僕達冒険者は?

 この世界の冒険者には”死”は無い。

 僕は昨日死んだはずだ。

 でも今この場で生きている。生き返ったんだ。

 スーノは<マウントリムの隧道>でのまものとの戦いの後、杏奈が話してくれたことを思い出す。



ーうん、怖かったよ。怖かったけど、大地人(みんな)を守りたかったから。だって大地人(みんな)は死んじゃうけど、アタシ達(冒険者)は死なないんでしょ。死なない身体を持っているんだから、アタシが戦わなくてどうするの?って……ねー



 それでも守れなかった、と杏奈は瞳を涙に濡らしていた。

 そう、あれは<ソノハラ水門市>から上流に分け入った川辺の出来事だった。湯に脚を浸し、火照った身体を涼しい夜風に晒しながら、夜空の月を見上げた杏奈の姿を覚えている。







 そうだ、冒険者は死なない。それは絶対の事実、生き返った僕自身が証明だ。間違いは無い。そんな死なない冒険者である僕が戦いから逃げてどうするんだ。少なくとも彼ら(大地人)が死の危険に瀕している時に、逃げてどうするんだ。

 それは卑怯なことだ。

 自分が小心者だということは、我が事ながら良く分かっている。だからこの戦いから逃げて大地人を見殺しにしてしまえば、僕はきっと後悔する。そしてこの後、大地人を見殺しにしたという自責の念に苛まれながら、この世界で生きるなんて僕には出来そうも無い。情け無いけれど、そんなことには僕の心は絶えられず、きっと壊れてしまうことだろう。





「おまけに冒険者は死なないんだからね。壊れた心を抱えて永遠に生き続けるなんて考えるだけでおぞましいよ」


 (冒険者)は生き返るんだ。ならば、せめて仮初めの死を迎えるその瞬間まで彼ら(大地人)を守って戦おう。


「自分だけで覚悟を決められた杏奈のほうが余程肝が据わってるよな……僕はヘタレだ。カッコワルイ」


 そう、自分に言い聞かせるように呟き、そして泣き笑いのような表情を浮かべながら、スーノは決断した。

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