大地人と冒険者<1>
冒険者は僕の憧れなんだ。
すっごく強くて、まものを退治してくれるんだ。
父さんは、アイツらは何を考えているのか分からない連中で、まともに話も通じないし到底信じられないと言ってるけど、村の仲間達、特に男子にとっては冒険者はヒーローだったんだ。
僕にとってもそうだった。
僕は冒険者みたいになりたかったんだ。
だから畑仕事や家畜の世話の合間に、大人たちに隠れて訓練をしてたんだ。
いつかあんな風に強くなるんだって剣代わりの木の棒を振り回していた。
そりゃ、大地人では冒険者のようにはなれっこ無いことは分かっているけどさ。
そんな僕の憧れだった冒険者の様子が一月くらい前に変わった。
話しかけても、なんか言葉が通じてないみたいな、違う世界に住んでいるみたいな様子が無くなった。
僕は嬉しかったんだ。
もしかしたら村にやってくる冒険者に剣を習えるかもしれない。
もしかしたら冒険者の仲間になれるかもしれない。
そうすれば、大地人でも冒険者みたいに強くなれて世界中を旅する事ができるかもしれない。
でも、そうじゃなかったんだ。
僕の考えは大地人のクセに生意気だったのかな?
僕の願いは間違っていたのかな?
◆
タクミと月詠の二人は、スーノからアキバに帰還した経緯の説明を受けた。
大災害の時、理由は不明だが何故か多くのプレーヤーとは違い現実世界の山形、月山の麓の村に転移したこと。そこで杏奈というプレーヤーと出会い共にアキバに向かい旅を始めたこと。ヒロセの神殿街を抜けた後<門に至る深き森>というゾーンに迷い込み、まものとの戦闘になったこと。
そして、その戦闘から杏奈を逃がした後スーノは敗れ、アキバの大神殿に”死に戻った”こと。
話を聞き終えたタクミと月詠は視線を合わせた後、小さく頷き合う。そして二人は、それぞれ動き始めた。
「アキバから、<門に至る深き森>だっけ?その戦闘したゾーンに行くルートね。タクミ、最新の地図持ってる?」
「ああ、三日前に更新したヤツがあるよ」
大災害当初の混乱からどうにか立ち直った後、このセルデシア世界に転移させられた冒険者達の生活でいくつかの問題が挙がっていた。
一つは食料問題。食べる食事に味が無いというものだ。
もう一つは、やることが無いという問題だった。
生活をするにあたってこの世界ではあまりにも手間が掛からなかった。
たとえば住居。
冒険者の身体は頑強で、野宿をすることに抵抗を感じるものは多く居るかもしれないが、肉体的にはさして問題は無かった。更にアキバの街中には廃墟となったビルが立ち並んでおり、贅沢を言わなければ雨風を凌ぐ場所に困ることは無い。野宿に不満を持つ者も、大地人が営んでいる宿に宿泊することができるし、そのことに掛かる費用は一般的な冒険者にとっては大した額ではなかった。
そして食料に関しても、一日に必要な分を購入する費用は大したものではなく(味は無いが)、宿泊費と合わせてもアキバ周辺の低レベルゾーンで脅威度の低いまものを倒せば十分取得できる程度の額だ。
……ただ、これにはまた別の問題も孕んでいるのだが。
話を戻すと、要するにこの世界の冒険者は、ただ生きるだけならば労働らしい労働をする必要がほぼ無いといえる。
そんな状況でも”やること”を自分で見つけ、無聊を慰めることが出来る者はそれでよかった。
だがそうでない者が問題となる。
人間というものは難儀な生き物だ。忙し過ぎれば体力的にも精神的にも負担が大きくなるが、するべきことが無いということも、人間を腐らせる原因となる。
そして”やるべきことが無い”、そのことはアキバという街の治安の悪化に繋がった。
法の無いこの世界では、どのような行動をしようとも、それを行う冒険者を取り締まる根拠となるものが無く、その上に取締りを行うべき存在がいない。
このことは、冒険者にとって大して益の無いPKという行為(パーソナライズされたアイテムは奪うことはできず、自由に出来る金貨にしても、通常は所有する財産は銀行に預けている冒険者の手持ち金貨はそれほど多くないため、PKを行っても得るものは少なかった)が増えた大きな要因と言っても良いだろう。
このような状況を鑑みて、多くのギルドもそうであろうが、<ホネスティ>でも所属メンバーに仕事を提供していた。
ホネスティで行っていたのは、ギルドの特色ともいえる情報収集の仕事だ。一見ゲーム時代と変わらないように見えるこのセルデシア世界だが、本当にゲーム時代を同じなのだろか?
その疑問を確認する目的もあり、アキバの周囲のゾーンや大地人集落の調査を行っていた。やがてはマイハマを始めとする大地人都市へと調査の手を広げていく予定を立てている。
まものとの戦闘が現実となったため、簡単には調査が進むわけではなかったが、それでもアキバ近郊から始り徐々に周囲のエリア情報が集まってきている。
タクミはその情報が書き込まれた地図を鞄から取り出し、広げる
「ずっと旅して来たんだ、お前も地図持ってるだろう。見せてみろよ」
「そりゃ持ってるけど、何で……」
自分の鞄から地図を取り出しながら、スーノは困惑の眼差しをタクミに向ける
「なんで、ってオレ達もその”杏奈”ちゃんを迎えに行くからだよ……遠くのエリアの情報を結構書き込んであるじゃん、流石に旅してきただけあるな。これはすごい」
二人から少し離れ、誰かと念話をしていた月詠が念話を終え、二人の会話に入ってくる。
「十条さんに話したら、OKだってさ」
「十条さん?」
「ああ、こっちの世界に来てから、オレ達はもっぱらあの爺さんの指示で動いてるのよ」
「十条さんもスーノのこと心配してたよ。でも何か変なのよね。こっちの世界に菅原君が来ていたことを私が教えても、しかも女の子のアバターだって言っても余り驚いて無かったし……もしかして十条さんとは連絡とってたの?」
「まぁ……だけど、ちょっと待ってくれ、お前達も仕事があるんだろ、十条さんの指示で動いているって話だし、そんな僕の問題に手を貸して貰うなんてわる……」
月詠の手がスーノの頬をギュッと挟んで、スーノの顔を上から覗き込む。二人の身長差はおおよそ十センチメートルで、この身長差は現実世界と変わらない。
青みがかった黒色の透き通った瞳がスーノを見つめる
「”来なくて良い”とか言ったら承知しないわよ」
月詠が睨み付けた視線そのままで、スーノの頬を摘まみ引っ張り、おまけに捏ねくりまわした
「……痛いよ」
「そりゃそうよ、わざわざ痛がるようにやってるんだから」
どうして?とスーノが言い返してくるのを邪魔して言わせないように、月詠の手がスーノの頬を強く抓る。
「心配だからよ。私があなたの心配しちゃいけない」
「いや、ダメなことは無いけど……」
「じゃ、いいわね」
月詠の瞳を見返していたスーノの目線が下に落ちる。その口が発する言葉はモゴモゴと篭って形にならない。
「二人して何してんだ。行くぞ、おい」
ルートを確認し終えたのか、広げた地図を鞄に収納したタクミの声が掛けられた。月詠はスーノの手を取ってタクミの後を追った。そしてそのまま三人の姿はアキバの門を抜けて、街の外に消えていった。
◆
三人の向かう先は、杏奈と離れ離れとなったゾーン、<門に至る深き森>だ。
アキバからそこに向かう最短ルートは、現実世界でいえば外堀通りから目白通りを抜け、関越自動車道を通るというものだ。だが、二分の一に縮小されているセルデシア世界では、現実世界の主要道路が完全に再現されているわけではなかったが、それでもイケブクロを抜けて北西に向かう道が存在していた。
陽光の塔を仰ぎ見て数時間後、日が西に傾きそろそろ召喚した騎乗馬の召喚時間の限界が近付いてきた頃、三人の行く先に一台の馬車が道の路肩に止まっている。街道の左右は黒い森が迫ってきている。森の奥には古代の文明の遺跡なのか、朽ちた建造物が木々の隙間からその姿を見せている。
「薄気味悪い廃墟が道の左右にあるけど、これ何?」
樹上から覗く廃墟の塔を見上げて月詠が尋ねる。
「<神代>の文明の遺跡だとさ。名前は西側のが<リカ派錬金術師の館>東側が<魔導機械研究所>。どちらも内部に入るとまものが居るらしいぞ。一応ギルドの調査が入ってるみたいだな。結構レベルの高い敵みたいで、内部の詳しい調査は断念したそうだ」
器用に地図を広げる馬上のタクミが、「……なるほど、この付近の調査チームはシゲルさんのところか。必要な情報を入手したらそれ以上危険なエリアには首を突っ込まない判断は的確だな」そんな風に、頷きながら呟く。
「左右の廃墟両方ともダンジョンなんだ。その真ん中に街道が通っているの?なんか無茶な道の造りだよね~この道安全なの?」
「街道には高レベルのまものはポップしないって設定がゲームにあったろ。でもこの街道自体ダンジョンの内部だって言われても文句言えねぇよな」
会話を続けながらそのまま進むと、馬車との距離が近付く。
馬車の御者は大地人の老人だ。幌の屋根つきの荷台は麻袋がぎっしりとすし詰めになっている。
その馬車の周囲を二人の冒険者が徒歩で随伴している。
積んでいる麻袋の中身は農作物のようだ。収穫物を移送しているのだろうか。向かう先はイケブクロか、それともアキバの街か。おそらく冒険者はこの荷馬車の護衛を大地人から依頼されたのだろうと、タクミは判断した。
アキバの冒険者の中には徐々にではあるがアキバの街から出て、積極的に大地人と関わろうとする者も少数ながらも増え始めている。
更に近付くと二人の冒険者が荷馬車の下回りに顔を突っ込んでいるのが見えてきた。車軸の辺りを指差して何か話をしている。
「ご苦労さん」と片手を上げてタクミが挨拶すると、馬車に同行する冒険者たちが手を上げてそれに答える。
「どうしたんだい、なにトラブルか?」
「はい、馬車が故障したみたいです」
「手伝いはいるか?」
「いや、大丈夫ですよ、すぐに直るんでおかまいなく」
手を泥で汚して馬車に取り付く彼らの様子をタクミが見遣ると、修理にあたっている冒険者の一人がチラッとタクミに視線を向けた。
何か警戒されているような彼らの様子と、決して目をあわせようとしない御車台の大地人の老人の振る舞いに妙な気配を感じ、首を傾げるタクミだったが、しつこく付き纏うのは失礼だろうと考え、その場を立ち去ろうと馬を前に進めた。タクミにの後で、月詠みも馬を進め続く。
だが、スーノは続かなかった。スーノの視線は、修理を行っている冒険者たちにではなく、荷台の荷物に向かっていた。
スーノは目を細め荷物の隙間を見つめる。そして山積みされた麻袋の僅かな隙間から子供の姿を見つける。子供達は小さく縮こまっていた。微かに見える子供は男の子と、その姉だろうか良く似た顔立ちの少年より若干大人びた少女だ。その顔は引きつり、何かに怯えたようなオドオドとして俯いていた。僅かな隙間から差し込む日の光が少女の顔を照らす。スーノの視線を感じたのか少女が顔を起こし、彼女の瞳が隙間の向こうのスーノの視線と重なった。
「ちょっと良いかな?」
声を掛けたスーノが馬から下り、荷馬車に近付こうとすると冒険者たちがスーノを取り囲んだ。何故なのか、スーノを荷馬車に近づけようとしない。
「コッチに構わずに、先行って頂いて結構ですよ」と、冒険者たちがスーノの周りに集まり、荷馬車に接近することをさりげなく妨害する。女性アバターとしては取り立てて背が低いとはいえないスーノだが、周りの男性冒険者たちに取り囲まれ、身動きができない。様子が怪しいと気づいたタクミと月詠も馬を降りてスーノの元に駆け寄る。
「彼らの邪魔してどうすんだよ。コッチもノンビリしてらんないだろう」
スーノの肩に手を掛けて振り向かせようとするが、スーノはそれに従わない。
「おじいさん、申し訳ないけど被っている麦藁帽子と頬被りにした手拭いを外してもらえますか?」
「おい、お節介だぞ」
堅い表情で老人に声を掛けるスーノを、タクミが諌める。肩を強く引いてスーノの顔を自分に向けさせるが、タクミは真剣なスーノの視線に一瞬たじろぐ。
だがそれ以上に冒険者たちの態度が変化した。そして目を細めスーノを見睨みつける。
「お前ら関係ねぇんだから、口出しすんじゃねえよ!!」
今までとは口調すら一変し、チンピラのようにスーノを脅しに掛かった。
「助けてください!!私達誘拐されたんです!!」
荷台から女の子の張り裂けんばかりの声が飛んでくる。それがきっかけになったのか、麻袋の壁の上から少年が顔を出して叫んだ。
「こいつら村を襲ったんだ!!馬車の中には十人いる。お願い助けて!!」
少年が力いっぱい麻袋の壁を押して突き崩すと、馬車の中がはっきりと見通せるようになる。
馬車の中には少年の言う通り子供が十人、手錠で繋がれた状態で身を寄せ合うように座っていた。それも殆どが若い女子だ。中には幼いと言えるぐらいの子供すら居る。
子供達の訴えとその状況を見て取れば、なにが起きているのか誰でも直ぐに理解できるだろう。
タクミの目つきが針のように尖り頭髪が逆立った。
「ちょっと、コレはいったいどういうこと?あんた達何やっての!!」
後ろから様子を伺っていた月詠が、顔を真っ白にして叫んだ。
そして近くにいた冒険者の男にタクミが掴みかかる。喉元を締め上げて、その男の顔を無理やり引き寄せた。
怒りに満ちたタクミを睨み返してていた冒険者の男が、気を抜いたようにフンっと鼻を鳴らして馬鹿にしたように顔を背けた。
「あんたら何真剣になってんの?バカじゃねえの。こいつらNPCじゃねえか。人間じゃねえんだぞ。何やろうと構わないだろうが」
「何やろうと構わない?お前らこの子供をどうするつもりだよ!!」
「どうするって、分かんだろ。いや~やっぱゲームのキャラクターだからかNPCでも美形ぞろいだよな。結構良い値で売れんだぜ」
タクミに喉元を締め上げられながら、へらへらとイヤらしくニヤけて男が答える。周囲の冒険者たちも下卑た笑い声を立てた。
「お前ら、自分のやってることが何か分かってんのか?これは人身売買だぞ!!」
「人身売買って、相手が人間ならな。さっきも言っただろ。こいつらNPCだぜ。人間じゃないただのゲームのキャラクターじゃねえか」
「……確かにこの子らはNPCで人間じゃ無いけど」
その言葉がタクミの怒りに水を差した。
「だろ、NPC相手に何しようと俺らの勝手だ。ゲーム時代もNPCを所有できる設定だったらもっと面白かったんだよ」
「”所有”とか、おまえ何気取ってンだよ。要するに”奴隷”さ」
「そうだそうだ。ゲームだった頃もR18にして、そういうプレイもできるようにすりゃ良かったんだよ」
「だよなぁ、どっかのオフラインRPGゲームみたいにMOD追加でな」
「異世界に取り込まれた状況だけど、こういう自由度が上がったところはサイコーだよな」
開き直ったように、下品な笑い声を上げてからかい合う冒険者の男達の態度に、タクミは呆然とする。そして自分の見ている光景が信じられない、そう言いたげな月詠が男達を見据える。
二人は、治安の悪化するアキバで自暴自棄になるプレーヤーの姿を数多く見てきた。気力を無くし路上に座り込む者、自制を失い周囲に当り散らす者、街の外でPKを行う者の姿も見てきた。
だけれど、これはあまりにも酷い。相手はNPCかも知れないけれど、見た目は自分達プレーヤーと全く同じだ。違いは表示されるステータス表記くらいしかない。
そのような相手を、所有?奴隷?そんな発言を繰り返す目の前の男達に、月詠は吐き気を覚えた。
「あんた達、信じられない!!奴隷にするとか、それでも人間!?」
「なんだよ。じゃあオレ達は何が悪いんだよ。ここは日本か?この世界に<奴隷はダメですよ~>なんて法律があるのか?」
「法律が在るとか無いとかじゃなくて、普通はこんな下品なこと考えないよ!!」
「普通なんか知るか!!そもそもこの世界自体普通じゃねえだろ!!こっちは望んで(この世界に)来たワケじゃねぇんだよ。好きにやって何が悪い!!」
「ちょっと待て!!」感情をぶつけ合う論争の輪から一歩離れて、今まで沈黙を続けていたスーノが声を上げる。
男性とも女性ともどちらとも言い難いスーノの中性的な声が喧騒の中響き渡り、スイッチが切れたように言い合いが一瞬収まった。
「NPCだから何しても良い?ふざけんな!!お前達ちゃんと目が見えてるのか?良く見てみろ。彼らは大地人だ。僕らと同じ人間だ。僕達と同じように生きてる!!」
興奮し怒りを抑えきれない様子でスーノは一気にまくし立てる。実は彼女の怒りの矛先は、冒険者の男達だけでは無く、タクミと月詠にも向かっていた。
冒険者の男達とタクミと月詠、彼らの争点は大地人を所有、要するに奴隷にすることが良いか悪いか?という点だった。大災害に巻き込まれ、法律も無いこの世界で大地人を奴隷にすることは罪ではないと主張する冒険者の男達に対して、タクミと月詠は、法律があろうと無かろうと奴隷を持つことはモラルに反すると非難していた。
しかしスーノの怒りの原点はそこにはなかった。
スーノにとっては彼らは自分と同じ人間だ。”NPC”ではなく、大地人と呼称されるこのセルデシア世界本来の住人だ。大災害以降の今までの旅の経験が、このスーノの認識を強固なものにしていた。
能力は違えど、大地人は自分達冒険者と同じく生きている。その認識は決して譲れるものではなかった。
「ちゃんと大地人と話をしてことあるか?一緒に行動したことあるか?そうしたことも無いクセに勝手に決め付けんな!!彼らも僕らと同じように食べて寝て笑って怒って考えて悩んでいる。僕達と同じ人間だ!!」
興奮して涙すら流して声を荒げるスーノの迫力を前にして、冒険者の男達だけでなくタクミと月詠も言葉を失う。
男達の一人が、迫力に欠けた声を静まり返った空間に投げかける。
「はは、何言ってんの?NPCが人間なわけ無い……」
しかし、男の台詞は途中で遮られることとなった。
質量を持った風が男が居た空間を吹きぬけ、瞬間移動したかのように、男の身体が吹き飛ばされた。
この場の全員が間が抜けたように呆気に取られ、何が起きたか理解できない。
いったい何が起きた?
吹き飛ばされた男を追って顔を向ける。そこにあったのは、巨大な岩だ。直径一メートルくらいの大きさ、重さはどれくらいになるのか見当もつかない。その岩の向こうに、男が倒れ苦痛に唸っている。
岩が自然に飛んでくることがあるか?無論そんなことは無い。何かの原因がなければ物体が動き出すことはなく、この大きさの岩が風に吹かれて飛ばされることなどありえない。
となれば、なにか岩を飛ばした原因が存在するはずだ。
タクミは岩が飛んできた方向に視線を向ける。そして森の中には大きな影が存在していた。
「敵襲!!数一つ!!でかいぞ、散開しろ!!」
タクミの指示が響く。
その指示とほぼ同時に、タクミの身体の前後左右四面に淡い橙色のエフェクトが現れる。これは<神祇官>である月詠が投射した<禊の障壁>の守りの壁だ。自分の指示と同時に障壁が展開されたということは、月詠は指示する以前にこの特技を詠唱し始めていたということだ。ゲーム時代から長い付き合いだが、この世界でも頼りになる仲間の存在にタクミは安心する。
森の中から現れたのは、表面に錆が浮き出た巨大な鎧だ。兜の中は闇に包まれ何も見えず、動きも機械じみたぎこちないものだ。確認できるステータス表記は<彷徨う鎧> 。
「レベル80ノーマルランクか、ゲーム時代なら雑魚だったんだがな」
緊張を解きほぐすために、意図的に笑みを浮かべるタクミの隣に重量のある足音を立てて大きな影が現れた。
圧倒的な質量を持った焦げ茶の毛皮の猛獣。スーノの従者<フォレストベア>のケンポウだ。確か防御に特化した成長をさせているという話を、ゲーム時代にスーノから聞かされていたことを思い出す。
「お前らも少しは仕事しろ!!って、いねえじゃん!!」
「とっくに逃げて行ったわよ、あいつら。ほんと情け無い男!!」
「いっそ清清しいほどの下衆だな!!」
つい先ほどまで居たはずの大地人を拐かした冒険者の男達の姿は既に無く、一目散に逃げ出したヤツらの走る姿が街道の先に見えた。岩になぎ倒された仲間を置いていかずに担いで逃げていることだけは、唯一評価できるかもしれない。
「タクミ、馬車は壊れて動かないし、子供達は手錠でくくりつけられてて馬車から離れられない。逃げ出すって選択はNGだ!!」
荷馬車の中を覗き込んで状況を確認したスーノの隣には荷馬車の御者を務めていた大地人の老人の姿がある。
「お頼み申す、子供達を守って下され!!」
老人が声を枯らして訴える。子供達を残して逃げることが出来ない。
「街道沿いには、高レベルモンスターはポップしないんじゃなかったの?」
「知らんよ。ゲーム時代とは設定変わったんじゃね?」
言い争うタクミと月詠の二人にスーノの声が飛ぶ。
「add3!!反対側から<時計仕掛の蠍>レベルは60近辺。このままじゃ囲まれるぞ、どうする?」
地を這うように六本の足を素早く動かし、<時計仕掛の蠍>が馬車を包囲しようと移動し、一番前の脚の鋭利な鋏を此れ見よがしに翳して威嚇している。
荷馬車を挟んで反対側から現れた新たなるまものに察知したスーノの報告を受け、タクミの脳裏に戦闘プランが組み立っていく。
ゲーム時代ならまだしも、この状況はかなりヘビーだ。
「こりゃ楽しくなってきたぞ……」
タクミは、乾いた唇を舌で舐め上げた。




