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再生<2>

「起きた?」


 ちらちらと揺らぐ陽光が、まどろむスーノの顔に差す。眩しさに顔を顰めながら、スーノは身体を起こして当たりを見回した。

 半分崩れかけたビルに絡みつくように成長した大木、どうやら知らぬ間にその根元にもたれ掛かるように寝かせれていたらしい。


「無理しないほうが良いんじゃない?」


 スーノの隣で、和服を動きやすく改造したような着物の女性が座っていた。


「<帰還呪文>でアキバに帰ってきたら、ちょうど目の前で倒れたのよ。無視して道の真ん中で寝かせとくワケにもいかないしね」


 今の居る場所はアキバの入場門から程近い廃墟のビルの入り口だ。緩やかな風にそよぐ木漏れ日が廃墟の中を照らす。


「特に怪しいバッドステータスも無さそうだし、とりあえず木陰で休ませていたんだけど、大丈夫?」

「うん」


 結局あの後、気を失ってしまったのか。スーノは目の前に表示したステータスを確認して、その後自分の身体に視線を送る。ステータスには何の状態異常(バッドステータス)アイコンも無く、身体を見回しても問題は無し。それもそのはずだ、スーノは生き返ったばかりなのだから。


「ありがとう、ホントに助かったよ」


 立ち上がり、改めて女性の姿を見る。自由に髪の色を選べたエルダーテイルではあまり選択するプレーヤーはいなかったが、彼女の髪はリアルの日本人と同じ黒だ。それも墨を溶きそこに一滴青の絵の具を混ぜたような艶のある黒髪だった。

 そのパチもの臭い改造振袖と結い上げられた黒髪、そして黒髪を飾るかんざしに、スーノは既視感を覚える。


「……もしかして月詠か?」


 スーノは彼女のステータスに目をやり、名前を読む。案の定、そこに記載されている名前はスーノの予想通りだった。


「ええ、そうだけど、あなた誰?どこかで私あなたと会ってるかな?」

「そうか、この姿じゃ分からないよね。菅原直人だよ。今の身体はセカンドキャラだ」

「……菅原君?ってことは守護戦士のビクター!!マジで!?」

「うん、マジで」


 月詠は目を丸くし、上から下まで舐めるようにスーノの身体を見る。そしてなんとも情け無いものを見てしまったかのような、呆れ顔をした。


「まったく、私の周りの男共はどうしてこんなのばっかなのよ」


 スーノの姿を一通り見た後、月詠は何故かウンザリした様に肩を落とし、小声で独り言を呟く。


「こんなのばっか?」


 彼女が深くため息をついているのを、スーノは不思議そうな表情で覗き込む。


「そっ、こんなのばっかよ……」


 月詠は肩を竦め、手を額に当てて空を見上げる。そして指の隙間から気づかれないようにスーノの姿を隠れ見た。

 女の子としてはごく普通の身長、小豆色の色をした肩に掛かるかどうかのショートヘアーで水晶のイヤリングをしていたりする姿に、あんたには女装癖でもあったのか?と突っ込みたくなる衝動が湧き出てくる。


「そうだよねぇ女装癖じゃないんだよね。身体は本当に女性なんだからねぇ……」


 ぼやく声は小さくスーノには聞き取れないが自分のことを言っているのだろうと、スーノは「何?」というように首を傾げた。


「だからいちいちカワイイ動作をするんじゃないよ、もう。中身は男なんだからさ~」

「カワイイ?何が?」


 本人にはそんな気持ちは更々無いのが返って性質が悪い。リアルの菅原直人を知っているからか今のスーノの姿とのギャップに拭い去れない違和感を感じ、さっきから何度目かのため息を月詠はつく。


「こんな座り心地の悪い気分をまた(、、)味わうなんて、あんたらはまったく……」








「なんだ、あっさり白状しちまうんだな」


 ボソボソと独り言を言っていた月詠の背後、木の陰から現れたのは背の低い髪の毛を逆立てた男だ。


「遅い!!やっと来たのね」

「遅いって、コッチは朝まで人使いの荒い爺さんにコキ使われてたんだぜ。少しは仮眠ぐらいさせてくれよ」


 それは私だって同じよ、と月詠は目を細めて抗議の声を上げる。


「ちょっと待て、白状ってどういう意味さ?それより、アンタ誰だよ?」


 胡散臭げなスーノの視線が、男に刺さる。

 険しい顔つきで睨みつけるスーノと、からかい半分な涼しい顔のモヒカン頭、そんな二人を前にして月詠は「全くあんたらは……」と頭を抱えて独り言ちた。新たに現れた、骨太ではあるが小柄な男を指差して「話がややこしくなるから、あなたは余計なこと言わないで」と厳しく言いつけると、男は苦笑し両手を挙げて従った。


「状況を整理するけど、あなたは菅原君でいいのよね。で、今のアバターの名前は……スーノね」


 ステータス表示を読んだのだろう、月詠がスーノの名を呼ぶ。


「で、この世界じゃ、どの名前で呼べば良いの?菅原君?それともビクター?スーノ?」

この(女の)身体だし、アバターの名前のスーノでいいよ。最近はそれが慣れてきたしね」

「了解、じゃ、私も<月詠>でいいわ。それで、コイツだけど」


 背後で参ったというように両手を挙げたままの男を指差す。


「誰か分からない?」


 スーノが男の姿を頭のてっぺんからつま先までマジマジと見回す。身長は今の自分の身体であるスーノと大体同じくらいで気持ち男のほうが高いぐらいか、体格はがっしりとしていて小柄な身体でも力強そうな印象を受ける。おそらく種族はドワーフで間違いないだろう。髪は黒に近い茶色で、サイドを高く刈り上げたソフトモヒカンの髪型。簡易な革の鎧に腰には短剣を二本刺している。

 ステータスを読むと、やはり種族はドワーフでレベル90の<盗剣士>(スワッシュバックラー)、名前は<メルセデス>と表示されていた。


「全く分からん」

「ほ~、オレはお前のことを知ってるぞ。本名は菅原直人。神奈川県横浜市出身で現在二十六歳の独身、中学までは剣道をやっていて、今は、そこって東京?っていうかほぼ埼玉じゃんって言いたくなる場所の安っいアパート住まいで、仕事は土木の設計屋。エルダーテイルのキャリアは結構長くて、メインキャラクターは守護戦士のビクター。でも最近は仕事が忙しくてログイン頻度は落ち気味。だろ」


 男は顎を手で擦りながらニヤつく顔を隠そうともしない。そんな男の態度に不愉快な気分にさせられるが、男の語るスーノ/菅原直人の略歴は間違っていない。ここまで自分のプライベートのことを知っている人物で、エルダーテイルのゲームを遊んでいた人間の心当たりは、スーノには二人しか思いつかなかった。

 一人は目の前にいる<月詠>本名は田代真琴。彼女は高校時代からの友人だ。そしてもう一人は……スーノの脳裏に一人の人物の姿が浮んでくる。


「もしかして、巧か?」

「正解!!」


 男はおちゃらけた態度でサムアップの形で握る拳を突き出す。


「マジかよ。フレンドリストの<かんたるふ>の名前はブラックアウトしてたし、巧はこの異変に巻き込まれていなかったとばっかり思ってたけど」

「そりゃ違うアバターでログインしていればブラックアウトしてておかしく無いだろ」

「……確かにそうだな」


 <タクミ>、フルネームは高瀬巧といい、スーノ/菅原直人とは小学生時代から付き合いのある幼馴染だ。小中そして高校も同じ学校に通っていた友達というか、腐れ縁が切れない仲とお互い嫌な顔をして紹介しあう関係だった。ゲーム好きなのも同じで、MMORPGであるエルダーテイルも同時に遊び始めている。


「言われてみれば、声はそのものだよな。だけど声だけじゃ結構気づかないもんだ。で、なんでその身体なんだ?」

「まあ、何て言うか、直人が新しいキャラクターを作って楽しんでいるのを見てさ、オレもやってみようかと思ったわけさ」


 巧の本来使用しているアバターは人間の<妖術師>(ソーサラー)の<かんたるふ>だ。某ファンタジー大作映画の魔術師をイメージして白髪に顎鬚を伸ばした老人の姿をしたキャラクターで、学生時代に廃人寸前までやり込み当然のことのようにレベルはカンストの90だった。

 女性アバターを製作してネカマ状態で遊んでいることを知人に公表することが恥ずかしくて、スーノのフレンドリストはほぼ空欄だったのだが、スーノのリストに書き込まれていた数少ない名前の一つが<かんたるふ>だった。そして彼にはスーノのキャラクターを成長させるのを手伝って貰ってもいた。


「なるほどね。しかし新しいキャラクターで、もう既にレベル90なんだ」


 スーノのレベルはまだ80だ。自分より後に製作され育て始めた筈のタクミのアバターは既にカンストまで成長されていて、装備している防具や武器にしても、<魔法級>は当然として、中には<秘法級>のアイテムも混じっている。


「地方公務員は休日が充実してるからな。残業に追われる一般企業の会社員に比べればやりこむ時間はあるってことよ」

「役所勤めは良いご身分で、こちとら小っちゃな会社に必死にしがみ付くことしか出来ない貧乏人ですから」

「うむ、きりきり働いてしっかり納税せよ」


 うらやましいことです。と、毎度聞き飽きているやり取りをいつも通り繰り返す馬鹿二人を呆れたような目つきで睨んでいるのは、先ほどから無視されている月詠だ。


「相変わらず、あんたらバカね」

「お前様はそんなバカと何十年付き合っているんですかね~」

「何十年なんてわけあるか!!……でもそうか、もう十年近くの付き合いなんだね」


 指を折って年月を数える月詠を年寄りくさいとバカにする二人。そんな二人に声を荒げて抗議する月詠。その光景は彼らが高校時代からずっと続けてきたものだった。それは現実世界でも、エルダーテイルのゲームの中でも変わらずに存在したものだ。

 そしてこんな異世界に取り込まれていても、その光景は変わらない。そのことがスーノは嬉しく、彼女の心に忘れていた安らぎを与えてくれた。


「で、巧はなんて呼べば良いんだ?やっぱりアバターの名前の<メルセデス>?……っていうか、確かメルセデスって女性の名前だよね」


 ドイツの自動車会社の社名の由来が確か……それに昔のゲームでそんなキャラクターがいたような?

 斜め上に瞳を向けて、記憶を掘り起こすスーノ。


「<タクミ>だ。ステータスに出てる名前は忘れろ!!」


 険しい顔つきでキツく断言するタクミに、スーノは「そうか、まあ良いけど」としどろもどろに答える。


「え~メルセデスで良いんじゃないの。ね~メルメル」

「煩っせえぞ、メルメル呼ぶんじゃねぇ!!」


 スーノの背中に身体を寄せて肩越しにタクミにからかうような声を掛ける。肩に回された手で抱きしめられたスーノは、背中に感じる暖かさにどう反応したモノかと目を白黒させる。


「良いじゃない。今は女同士なんだから。誰かさんも女のままだったらもっと仲良くしてあげたのに」


 スーノの頭に?の文字が飛び交った。


「……もしかして」

「そうだよ~タクミ君はホントウはメルセデスちゃんで、実は女の子だったんですよ。ね~メルメル」


 上目遣いにタクミを見て、おちょくる月詠に、憮然とした態度でソッポを向いた。

 詳しく話を聞けば、タクミの今のアバターはもともとスーノと同じように女性だったそうだ。だが、<大災害>に巻き込まれた後、流石にその状況が我慢できなかったらしく外観再決定ポーションを使って男性に戻ったらしい。「オレだってかわいいキャラクターでゲームしたかったんだよ!!」と開き直るタクミの姿は、スーノは一月近く前に何処で見たような気がした。そしてその気持ちが心底良く分かるスーノだった。


「カワイイ女の子のドワーフが泣きついてきたから誰かと思ったら、まさかあんただったなんてね」

「仕方ねえだろ、オレは外観再決定ポーションを持っていなかったんだし」


 スーノと同じく(女性アバターを知られるのが恥ずかしかったから)空欄のままだったフレンドリストのため頼る仲間を見つけられずに、大災害当日<ホネスティ>のギルドタワーの前で月詠を待ち伏せしたのだった。


「スーノといい、あんたといい、私の周りの男共は情けないっていうか、恥ずかしいっていうか、ネカマやるなら堂々と胸張ってやれば良いじゃない」

「「ごめんなさい」」


 タイミングを合わせたかのように二人同時に頭を下げる。


「だったらネカマプレイ、認めてくれた??」


 下げた頭を傾げつつ持ち上げて上目遣いに月詠の表情を伺うスーノ。


「うん、無理!!ネカマ気持ち悪い」


 月詠は晴れやかな表情で、有無を言わさず言い放った。


「「ですよね~」」


 二人の声は気持ち悪いくらいシンクロした。













「それで、大災害から一月近く経ってるど、スーノは今まで何処に居たの?アキバじゃないよね。ミナミ?それともススキノ?」


 月詠の質問を聞き、ハッとした顔を見せてスーノは目を覚ましたように表情を変える。

 そうだった。自分が今何をしなければいけないのか、それは忘れてしまって良いことではなかった。

 スーノの顔色が先ほどからは打って変わり青白く変色する。


「ゴメン、僕はやらなきゃいけないことがあったんだ。だからちょっと行くよ。またアキバに帰ってくるから、そん時またな」

「ちょっと待った!!」


 そう言って、その場を立ち去ろうとするスーノを月詠が呼び止める。


「私、朝あなたが倒れる一部始終を見てたよ。あれは普通じゃ無かった。なにか”あった”んでしょ」

「……」


 その問い前にして言葉が出てこないスーノ。足を止め地面を見つめて立ち尽くす。そんなスーノの様子を見て何かあると感づいたタクミが、スーノの前に歩み出てその進路を妨害するように腕を組み仁王立ちした。月詠が背後からスーノの両肩にそっと手を置いて話しかける。


「子供の頃から私達は仲間だよね。この世界はゲームなのか現実なのか良く分からない歪な世界だけど、それだけは変わらないよ」


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