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門に至る深き森<2>


 <コールストーム>

 スーノが歌い上げるように森呪遣い(ドルイド)の呪文を詠唱すると、身体に纏わりつくように垂れ込めていた霧に一定方向の流れが生まれ、周囲の霧がコマ送りのように渦を巻き始めた。

 始めはゆっくりとそして徐々にその勢いを増していく。

 今までは白い霧の幕が降り積もった雪のごとく周囲の音を吸収していたのだろう、音を伝えることを拒絶していた周囲の大気が、風の流れる音をスーノの耳に響かせた。

 スーノの呪文と共に静まり返った森の木々の間に突風が吹きぬけ、吹き荒ぶ風音と枝葉が擦れる乾いた音が響く。

 そして風は瞬く間に勢いを強め、スーノの頭上を中心にしてやがては竜巻のように厚く覆った霧をかき混ぜた。

 その結果目の前を覆っていた霧が遠心力によって吹き飛ばされ、限定的ながらスーノ達の視界が回復する。そしてそこに見えたものは、黒の煙幕に包まれた獣の姿だった。

 スーノに確認できた個体は二体。名は<蒼黒色の猟犬>。それがどのようなまものなのかスーノの知識には無いため、どれほどの脅威なのか今の時点では判別不能だ。

 大きさはそれほど大きくなく、体長は一メートル程。だが、あれはそもそも”犬”といって良いのか?墨のような黒い煙に包まれたその姿ははっきりと見ることはできない。こちらを挟み込もうとしているのか、黒の獣は抜け目無くスーノ達を威嚇しつつ距離を置いて左右に広がっていく。全身から滲み出すように湧き出てくる黒い煙がベットリと空間に塗りたくられ尾を引き、僅かに見える黒色の煙の切れ間からは無機質かつ先鋭な身体の一部分が見え隠れし、その尖った先端からはぬらぬらとした青い体液を滴らせている。

 その姿はどう贔屓目に見たとしてもとても名の通りの”犬”の身体とは思えないものだったが、だが姿がどれだけ異常であろうともそれでもその行動は肉食獣のそれだ。黒の獣はスーノ達を狩るべき獲物と認識していた。

 

 このひと月ほどの旅路の果てに、長い旅もようやく終わりが見えてきた。ここからならアキバはもう眼と鼻の先。出来れば無駄なリスクを負うような必要の無い戦闘はしたくない。しかしスーノ達は霧に視界を奪われ、知らぬ間にまものの包囲を許してしまっている。このままでは無傷で逃げることは不可能だろう。

 そうスーノが覚悟を決めると同時に、杏奈も獣の動きに合わせて、一歩踏み出した。 






 スーノを背後に隠すように杏奈は盾を前面に構える。直ぐ隣には心強いエンジの存在がある。

 (大丈夫、きっと皆を守れる)

 自分に言い聞かせるように呟くと、杏奈は奥歯を噛み締め、振り上げた盾の先端を柔らかな腐葉土の地面に突き刺した。


「<アンカーハウル>!!」


 杏奈が声を張り上げると彼女の身体から閃光が発せられ、その光を浴びた黒の獣達は恐らく頭部であろう身体の一部をのそりと杏奈に向けた。

 <大災害>以降、まものとの戦闘を経た杏奈は<守護戦士>(ガーディアン)の役割を理解し始めている。守護戦士である自分が一番にしなくてはならないことは盾役である自分へのまもの誘引。特技<アンカーハウル>の効果は十分に黒の獣達に浸透したようだ。


 指示をせずとも望むタイミングでタウンティングをしてくれた杏奈の行動に満足して、スーノはエンジに目配せをする。黒の獣の注目が杏奈に注がれたままなのを利用して、エンジは霧の中気配を殺しつつ獣達の左側面にゆっくりと移動し距離を取った。杏奈の目前では獣達が攻撃のタイミングをうかがい、彼女との間合いをジリジリと詰めてきた。

 その背後でスーノは特技<従者召喚>の詠唱を用意している。ここはどちらの従者を召喚するべきか。攻撃優先で<ワイルドボア>のクチハか、それとも長期戦を見据え継戦能力を重視した<フォレストベア>のケンポウか……

 

 戦いは静かにその口火を切ろうとしていた。


 そんな緊張の中、スーノは自分の背後、白の霧の壁の中に徒ならぬものを感じた。

 肩越しに視線を送って、背後の空間に意識を向ける。対峙する黒の獣達の軽い足音とは違い、地響きすら聴こえてきそうな重量感のある音がゆっくりとしたリズムに乗って聞こえてくる。そのリズムはまるで巨大な”なにか”が歩いているよう。そして重い物体が地面を引きずられ、森の土壌を抉り取っているような「ズズズッ」という音を伴い近付いてくる。

 (何かは分からない。でも、とにかくヤバイ)

 スーノは直感で感じ取る。前方にいる杏奈は黒の獣に集中しているのか背後の気配に気づいていない。黒の獣との距離を測りつつ、攻撃の機会をうかがっている。

 スーノが徒ならぬ気配に杏奈に声を掛けようとしたその瞬間、霧の向こう側より”それ”は現れた。






 霧の壁の向こうから視界に現れた”それ”、その姿にスーノの視線は釘付けとなる。

 それは巨大な肉の塊だった。

 蹄のある太く短い獣の脚が力強く地面を踏みしめ、その身体を支え前進しているが、しかし身体はその太い脚ですら支えきれないほどの質量の肉の塊。その赤黒い肉は常に腐り地面へと体液を垂れ流しつつ爛れ落ちているが、それと同時に新たなピンク色の新鮮で健康な肉が内部から湧き出していた。さらに身体からは幾条もの鞭の様な触覚が生え、それ自体が意識を持っているようにのた打ち回っている。そして胴体の中央にはぽっかりと空いた空洞があり、黄ばんだ象牙のような牙が穴の周囲に並び、獲物を飲み込もうと蠢いていた。


 何だこれは……。スーノは眼を見開いてそのまものを見た。

 脚は自然の生物としては不自然な三本脚、腐敗しながら再生し続けているその身体はあらゆる生物の器官を出鱈目に並べたよう。更にまるで本体とは別個の生命のようでもある赤黒い触手が自らの身体を鞭打ち、裂けた肉から腐った体液が噴き出ている。

 霧の中に幽鬼のように存在する肉塊のステータスは霞んでハッキリとは見えない。読み取れたのは<蹄持つ赤黒き肉塊>という名前だけだ。

 しかしその異形を前にスーノは悟る。これはダメだ。存在を眼にしただけで分かってしまう。このまものは自分達がどうにかできる相手では無い。おそらくこのゾーン<門に至る深き森>の深部に存在するダンジョンに配置された<レイドランクモンスター>の一つだろう。だが、なぜダンジョンの奥深くにいるはずの<レイドランクモンスター>がレイドゾーンの外にいるのだろうか?ゲーム時代ならレイドゾーンから離れることは無かったはずだ。

 その規模にもよるが通常フルレイド二十四人で戦うべき<レイドランクモンスター>相手に、自分と杏奈それにエンジの二人と一頭のパーティーで相手が出来るわけ無く、この戦闘を続ける限りどのように手を尽くそうとも終末は全滅以外ありえない。


 眼を丸く見開き、魂を抜かれたかのような体になって呆然としてその肉の塊を見上げるスーノ。

 

「……こんなのズルイよ。ルール守れよ。<レイドランクモンスター>の居場所ははダンジョンの奥底ってのが決まりだろ。こんなゾーンの浅い場所に出てくんなよ……」


 阿呆のように口を開けて呟く。

 その異形を前にして、スーノは動くことができない。それも無理の無いことだろう。コイツは今まで相手をしてきたまものとは全く違う。<緑小鬼>(ゴブリン)にしても<鼠人間>(ラットマン)にしても、そして<牛頭大鬼>(ミノタウロス) にしても、大きさや体色、各部の形状等々普通で無い部分があろうともあくまで人間が想像することができる”生物”の姿からありえないほどかけ離れている訳ではない。

 しかし、目の前の化け物<蹄持つ赤黒き肉塊>は違っていた。さまざまな生物のパーツを出鱈目に配置し”生”を冒涜するような存在。通常の人間が持つ生き物に対する常識が全く通用しない、言うなれば悪夢に現れるような類のものだ。

 そしてこの世界は異世界であろうとも今のスーノにとって現実世界であり、ゲームとは違う。ゲーム画面の向こう側に存在するのならまだしも、現実の目前にある”もの”として、このような理解することを拒否するような姿形をした生物を無抵抗に受け入れる度量をスーノは持ち合わせていなかった。


 その異形の姿を前にし思考が停止したスーノに向けて、肉塊の触手が矢のように疾走する。

 表面に細かい棘を生やし、粘りつく黒い粘液を纏わりつかせた触手がスーノの身体に巻きつく。それが二つ三つと続きスーノは身体の自由を失った。

 胴体を締め上げる触手の力にミシミシと骨格が軋み、鋭い痛みの信号がスーノの神経回路を走り回った。

 それが幸いといって良いのか。全身を苛む痛みのおかげで恐怖に跳ばされ呆然としていたスーノの思考が現実に帰ってくる。

 出鱈目に暴れまわる触手の隙間から肉塊の姿をのぞき見る。その身体の中央にあるおそらく口であろう牙に縁取られた空洞の上には見開いた眼があり、無機質なガラス球のようなバスケットボール大の眼球がスーノに視線を向けていた。そこには何の意識も感じられない。例えるなら一眼レフのカメラのレンズのように感情も無くスーノと正対する。

 レンズの焦点を合わせるかのような機械的な動きをする瞳孔に目を取られていたスーノは、自分の胸から発する生木をへし折るような鈍く湿った音を聞いた。

 一瞬の静寂の後、全身に走る震えが来るほどの激痛に、スーノの口から無意識のうちに絶叫が搾り出されていた。

 肋骨を何本持っていかれたのだろう、肺の中の空気が触手の圧力で自分の意思に関わらず吐き出されていく。尋常で無い痛みに目の前が暗くなり意識が消えかかる。

 さらに締め上げる触手が折れた肋骨を抉ってきた。冷たい鉄の棒を神経に差し込まれたかのような今までの痛みを上書きするほどの絶える事の無いない痛覚がスーノの思考を散り散りにした。だがその激痛が消えかかった意識に冷水を浴びせかけ、気絶することを許してくれない。

 面白いものでここまでありえないぐらいの痛みに苛まれていると、その激痛に耐える自分とは別の、変な意味で冷静になって今の状況を観察している自分が現れてくる。

 スーノの顔は苦痛に歪みまともに瞼を開けていられないが、無理やりにでもどうにか見開いてこの痛みを与える元凶である赤黒い肉塊を睨みつける。そこに見えたのは、気色の悪い肉塊<蹄持つ赤黒き肉塊>の中央にある大きな眼球に映り込む自分の姿だった。

 その眼球には何の意図も無く、感情も無い。それはスーノが苦しむ様を”観察”しているわけでは無く、単に”記録”しているようだ。

 

 「っガッ!!」


 そして何の前置きも無く、自分の左腕に巻きついていた触手が、無造作に、そう雑草を毟り取るようにスーノの腕を引き抜いた。

 その瞬間、瞼の裏に火花が散り、今までの痛みが可愛く思えるほどの理解不能な感覚が閃光のように全身の神経を駆け巡る。それは激痛という文字にしてしまえば簡単だ。だが、そんな安易に表現できるものではなかった。多分現実世界でこんな目にあったら、それだけでショック死してしまうのではないか。

 この世界での”痛み”が現実とは比較にならないほど小さくなっていることに、スーノは心底から感謝する。

 それでも、全てを認識するのが困難な程の痛みと衝撃がスーノの思考を真っ黒に塗りつぶし、こんな叫びが自分の口から出るのか、とスーノ自身が驚くほどの絶叫が自分の口から放たれ森の中に響き渡った。









「何これ、何が起きてるの?ねえ!!」


 突然背後から聴こえたスーノの絶叫を耳にして振り返った杏奈の視界に、彼女には理解しがたい惨状が写りこむ。

 気づかぬうちに忍び寄っていた異形の肉塊、それから伸びる赤黒い肉の鞭がスーノの胴体を締め上げていた。そして引き千切られたスーノの左腕。その光景に杏奈はパニックに陥る。

 目の前の<蒼黒色の猟犬>に対する警戒も防御も忘れ、ただ無心にスーノの元に駆け寄ろうとする杏奈に、肉塊の触手が矢のように伸びてくる。

 スーノと同様に杏奈の身体を絡め取ろうとしてくる触手を剣と盾を使って防ぎ前進を試みるが、打ち付けられる肉の鞭にスーノの元に近付くことができない。その距離はおおよそ3メートル。必死になって近付こうする杏奈だが、触手の弾幕にそれ以上接近することは不可能だった。

 そしてその一撃が杏奈の防御の隙間を潜り鎧に守られていない杏奈の頬を切り刻んでくる。

 肉の鞭で抉られた頬の傷のことなど気にもせずに、杏奈は降り注ぐ触手の弾幕を縫ってスーノの元に駆け寄ろうとしていた。


「……杏奈、来るんじゃない。……逃げろ」


 まともに呼吸が出来ずにその声に力は無いが、スーノは振り返りあらん限りの声を張り上げる。


「何言ってんのよ。スーノさんこのままじゃ死んじゃうよ!!」


 杏奈に見えるスーノのステータス上のHPのゲージは増減を繰り返していた。 そしてスーノの身体を緑の光のエフェクトが包み込む。それは低下したHPを回復するためのスーノ回復呪文、加えられるダメージに対抗する脈動回復の癒しの光だ。だがその均衡は長くは続かない。

 上下を繰り返すHPのゲージの動きは、やがてはある一方向の動きに収束していく。それが向かうのは”ゼロ”の数字。ゲージが左端に張り付いたとき、スーノの命が尽きる。

 杏奈は必死にスーノの元に辿り着こうと肉塊の攻撃を捌き掻い潜ろうとするが、触手に拘束されことを防ぐのが精一杯だ。盾に体を隠し焦る杏奈にスーノがか細い声で語り掛ける。


「……いいから、逃げろ。コイツには、……勝てっこない」


 触手の拘束にまともに呼吸ができず、スーノの声は擦れ途切れがちだった。


「そんなこと言って。スーノさんどうするのよ!!」

「僕はいいんだ。前話したろ、冒険者は死なないって……死んでも生き返る」

「本当なのその話、そんなのアタシ信じられない」


 スーノも死からの復活を自分で体験したわけではないし、復活した冒険者を自分の目で見たことも無い。だが、この情報を教えてくれたひとのことは信頼している。こんな性質の悪いデマで他人を騙すような人ではない。

(でも、やっぱり死ぬのは怖いや……だけど……)


 そんな二人の会話などに一切構わず、<蹄持つ赤黒き肉塊>はスーノの右足に絡み付いていた触手を動かし、スーノの股関節を本来可動出来ない域にまでねじり曲げた。それは幼児がおもちゃの人形を破壊するかのように、無邪気に悪意無く。

 骨盤が砕けるバキバキという湿った音、それは離れた杏奈の耳に届くほどだ。もうスーノには悲鳴を上げる体力は無かった。肺から空気を搾り出され吐く息を失い、声の発することの出来ないその口を大きく開けて顔を歪めるスーノの視線は(くう)を彷徨っていた。

 ボロ布のように翻弄されるスーノの身体を目前にして、杏奈は気が触れたようになって泣き叫び手を伸ばす。それでも触手の攻撃に前進を阻まれスーノに近付くことが出来ない。杏奈が伸ばした手はスーノには届くことは無かった。 

 そんな杏奈の様子にスーノは肩越しに振り返る。激痛に震える顔に無理やり笑顔を貼り付け、擦れた声で杏奈に語りかける。


「死ぬのは怖いけどさ……それでも杏奈を死なせるわけには……いかないから」


 杏奈はもともとはエルダーテイルのゲームユーザーでは無い。彼女のアバターの本当の持ち主は杏奈の兄だ。そしてそのアバターの登録された復活地点がどこなのか二人にはわかっていない。既に分かっている数少ない情報から察するに、おそらくだが杏奈の兄がホームタウンにしていた街であるミナミの神殿で復活することになるのだろう。


「約束……しただろ。……一緒にアキバに行くって」

「でも死んじゃったら、生き返ってもスーノさん、アキバに転移し(行っ)ちゃうんでしょ。アタシ独りになっちゃう」

「大丈夫、エンジがいるよ。それに、必ず……迎え、に来るから。僕は……信じられない?」


 肉の鞭を叩きつけられている大きな盾の向こう側に隠れた杏奈は顔を伏せている。流れる髪が顔を覆い隠し、スーノには杏奈がどんな表情をしているのか分からない。

 ほんの少しの間、杏奈は顔を伏せたまま動きを止めていた。でもそれはほんの少しの時間。そして全てを受け入れて吹っ切った一所懸命の微笑みをその顔に浮かべて、杏奈はスーノに向き合った。


「分かった。絶対迎えにきてね」

「……ああ、必ず」


 二人は視線を重ねる。それは短い間だった。小さく頷いたスーノに満足したのか触手の攻撃の間隙を縫い、杏奈は踵を返してこの場から逃走を図った。


「エンジ、杏奈を頼む」


 折れた肋骨が肺に刺さり、肺は穴の開いた風船のように萎んでしまっている。息を吸おうとしても思ったように空気を取り入れることができずに、肺の中に残ったなけなしの空気を使って搾り出したスーノの声は擦れ力が無い。それだとしてもエンジは主の声を聞き逃さなかった。<蒼黒色の猟犬>との格闘の只中、エンジから向けられた視線にスーノは虚勢を張っているのかニヤけた笑みを浮かべる。強がる主の姿を見て何を思ったか、エンジは二体の黒の獣に牽制をいれた後、その間隙を切り裂くように駆け出し杏奈の後を追い掛けていく。

 二体の黒の獣が杏奈とエンジを追走していったが、それを食い止める術はスーノにはもう無い。自分にできることはこれが精一杯。後は彼女らに任せるしかない。 


 杏奈とエンジが逃げていく様子を確認したスーノが、ほっとため息を付く。

 (どうにか逃げてくれたか)

 スーノのHPとMPは風前の灯。今は使える全ての回復呪文を使用してHPを回復させ死亡までの時間を伸ばているに過ぎない。そして習得している回復系の特技の全てにリキャストタイムが残っているため、現在効果を発揮している脈動回復の効果が途絶えればもう手は残っていない。

 唯の延命策でしかないが、それでも杏奈の逃げる時間を少しでも稼げるなら自分の命を延ばす価値はある。

 すると今まで動きの無かった<蹄持つ赤黒い肉塊>の触手が、スーノの身体を引き寄せ始める。既に抵抗する力を失ったスーノは、成すがままに地面を引き摺られていく。その行く先は、ぬらぬらとした体液を噴出しながら蠢く肉の塊の中央。そこにあるのは唾液にまみれ黄ばんだ牙に縁取られぽっかりと空いている顎だ。

 その光景に自分の行く末を察したか、乾いた笑いがスーノの口から零れる。

 ガラス玉のような無機質で意思の存在を全く感じさせない眼球が瞳孔の焦点をスーノに合わせ、始めと変わらずに感情など感じられずスーノという物体を記録するカメラのような視線がスーノを射竦めた。そして眼球の下にある口らしき穴の奥に招き入れるかのように、牙を並べた顎が開閉を始める。

 半分消えかかった意識の中、自分を咀嚼し飲み込むのだろうその真っ黒な穴の奥をスーノは見つめていた。










指摘されました回復呪文の件について修正いたしました


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