幕間その一 アキバの夜
このあたりでアキバの様子も描いておかないといけない気がしてきたので、今回は幕間のお話として書いてみました
そして新しいキャラクターが出てきます
お気に召していただけたら嬉しいです
そろそろ、名前だけでなくがっつりとギルド<ホネスティー>の構成員をお話に出そうかなと考えています
先生とかね
アキバの街に夜の闇が訪れてから一時間といったところか、重く垂れ込める雲が夜空を覆い、月光も遮られ星の姿すら見えない。
現実の秋葉原なら昔ながらの電気店のネオンやビルの外壁に掲げられた広告を照らす照明、そして通りを照らす街灯とで、この時間ならば昼と見間違うほどの明るさを誇っていたが、このセルデシア世界のアキバでは日の光が消えると一気に暗闇が街を覆いつくす。
辛うじて魔法職のプレーヤーが召喚した魔法の明かりが墨で塗り潰されたかのような世界に抗い周囲に光を放っているが、街に住むプレーヤーの気持ちを表しているかのようにその光は儚く、闇に飲み込まれ人々の足元を照らすことすら適わない。
プレーヤー/十条=シロガネは、ひとり大通りを外れた小道を歩いていた。その姿はエルダーテイルの世界に似つかわしくない、タキシードを着こなしている。もともとゲーム時代からその姿で通していたので、大災害以降も十条のポリシーに変化はないようだ。
周囲には旧世界に造られたのだろうか、建造物が骨格を残しただけの化石のような姿を晒し、むなしく立ち並んでいた。
大災害から三週間、アキバは未だ治安を回復することが出来なかった。未だ大手や中規模ギルドは自らの勢力を守ること、所属するギルドメンバーの安全を確保すること汲々としている。
結果として最も割を食うのは力の無い者達、少数ギルドに所属する者やギルド無所属のプレーヤーだ。
建物の影を注視するとプレーヤーと思しき人影がふたつ、お互いの背中にもたれ掛かるように座り込んでいた。そしてその表情に色無く顔を伏せた姿に力は無い。
そんなプレーヤーはこの闇の中探せばいくらでも見つけることができた。
その様子に十条は心を痛めるが、しかし彼には数多くいる力なき者全てを救い出す能力も無く、アキバの治安を回復する手段も無い。
彼自身、運良く大手ギルドである<ホネスティ>に所属していたため、この世界では恵まれた環境にいるだけであり、状況によっては街路に力なく座り込んでいたのが自分だった可能性が在ったことを十分理解していた。
そんな十条の耳に、言い争いの声が入ってくる。それは若い女性の悲鳴と男達の威嚇の怒声。
眉を顰め、周囲を探る。その声は次の十字路左手から聞こえてきていた。
気配を殺して曲がり角の先に意識を向ける。その先は袋小路になっていて、突き当たりに揃いの和装に身を包んだ女性が二人と、五人の男達がいた。
その様子に十条の眼差しが厳しさを増す。あまり好ましい状況ではないようだ。嫌がる女性の手を掴み無理やり連れて行こうとする男達の顔はイヤらしく、歪んだ口元からは涎が流れ出そうにすら見えた。
悲しい話だが、治安の悪化により被害者となるのは現実世界でもこのセルデシアの世界でも変わらず、やはり弱者であり、それは若年者と女性となるだろう。現実の身体と異なり、プレーヤーキャラクターの姿となっているため、見た目の年齢やもっと言えば性別ですら現実とは同じとはいえない可能性があるのだが、それでも人間の本質は隠せないということか。
現在のアキバの街には法など無い。在るとすれば、街の中でのPK行為の禁止、だけであり、それも<衛兵>による取り締まりだけだ。その基準もかなり大雑把なもののようである。
実際にHPを削るような攻撃をしなければ衛兵の干渉を受けることも無く、"脅し"やHP減少に繋がらない痛みを与えるだけの行為は、現状それこそ"やりたい放題"となっている。
そして今目の前で行われているような、女性を拐かすような行為もやはり"それ"に当たらず、そこに付け込んでこのような行為に及ぶ不届きものがアキバの夜の闇には潜んでいる。
「嘆かわしいですな。嫌がる女性を力ずくで思い通りにしようとするとは、男子の風上にも置けないだけでなく、人として下劣としか言いようがありませんな」
袋小路に立ちはだかる男の影に五人の男達が視線を転ずる。疚しいことをしているという自覚はあるのだろう、一瞬だけ焦る男達だったが、そこにいるのが一人だけだと分かると安心したのか、目を剥いて威嚇する態度で十条に歩み寄る。
「なんだ、どこのヒーローが現れたと思ったら、ただの痩せこけた爺さんじゃねえか」
リーダー格だろう、図体だけでなく態度も大きい男が十条の前に歩み寄って来る。その背丈は二メートルを超え、頭一つ分十条より高い。がっしりとした体躯であり、おそら<武闘家>であろうその男は、上体を仰け反りそして舐めるように十条を見下ろした。
武闘家の男の後ろに隠れていた仲間の男達も、相手が一人でしかも年寄りだと侮り、ニヤけながら十条の周囲を取り囲んだ。
「おやおや、穏やかではありませんね。最も街の中では戦闘行為は禁止となっていることは皆さん存知ですね」
肩を竦めおどける態度で男達に対する十条の姿に、周囲の男達の視線がキツくなったのが見て取れた。馬鹿にされていると感じたのだろう、この手の手合いは面子を大事にする。というか、それだけが価値基準といっても良い。甞められる事は自分の存在からして絶対に許さない。
しかし、武闘家は流石にリーダーを張るだけであり、他の男達より余裕があるようだ。茶化すような十条の態度にも怒りを表にすることもなく、冷静な顔色のままだ・
「そうだな、”アキバの街の中”では戦闘行為は禁止されているな。でもギルドが所有した区画内なら別だな。そこなら、エリアの所有者が決めたルールが絶対だ」
そう言いながら酷薄な笑みを浮べ、武闘家の男が十条の首元のワイシャツを掴む。そして黒い蝶ネクタイを引っ張り、十条の身体を引き寄せた。
そのまま十条を自分が所有する区画に力ずくで連れ込んでしまえば、後は好きにできる。このカッコつけのジジイをどうやっていたぶってやろうかと考えているのか、武闘家の男は醜く顔を歪める。
ステータスを見ればこの男のレベルは九十であり、そのレベルの武闘家の腕力をもってすれば、痩身の十条の身体を片手で持ち上げることなど造作もないのだろう。首を吊られて爪先立ちになる十条だったが、その行為に恐れ顔を強張らせることもなく、その表情に全く変化は無かった。
その様子に武闘家の男の自尊心が傷つけられる。
牙を剥くように唇を引きつらせて武闘家の男が十条を吊り上げようと右腕に力を込める。その瞬間だけ不愉快そうな表情を見せた十条の右手が武闘家の拘束に抵抗し、首元の男の拳に伸びる。
その場にいた者は、誰もが武闘家の男が右手一本で十条を吊り上げて宙に浮いている画を想像しただろう。男達は酷薄な笑いを浮べながら、そして絡まれていた女性二人はその瞬間を見たくないというように目を堅く閉じながら。
しかし、次の瞬間の状況は誰もが想像したものとは全く違っていた。
武闘家の男を地面に這い蹲らせ、背中越しにその右腕を極めている十条の姿がそこにはあった。
手首を極め脇を固めて、手首と肩を可動域を超える方向に捻り上げられれば、いかに力が強かろうとも反抗はできない。
流れるように武闘家の腕を絡めとり捻りあげて地面に打ち倒した十条の動きを正しく理解しているものは、この場にはいない。
それは現実世界の武道や、護身術といった体術の動きだ。現実世界でそういう技術を習得する経験が、十条という人間にあったのだろう。
少なくとも、この場に衛兵が現れないということからしても、今の動きが彼の職業である<暗殺者>の能力で無いことが分かる。
その激痛に唸り声を上げる武闘家の男。
「街中では戦闘行為は禁止されてますが、あなた達もご存知のようにこの程度なら衛兵が現れることはないですね」
十条は武闘家の男の腕を締め上げ、そして油断無く周囲の男達に目を配った。リーダーであり一番腕っ節が強い武闘家の男がいとも簡単に取り押さえられてしまったことは、男達に衝撃を与える。咄嗟に武器攻撃職の者は自分の武器に手を伸ばし、魔法攻撃職の者は術を行使するべく意識を集中する。だが、その後が続かない。武器を取り出し、もしくは魔法を詠唱し攻撃を繰り出せば当然だが衛兵による粛清を受けてしまう。そして衛兵と戦おうとも勝ち目はない。
男達と十条の睨み合いが続く。どちらも引くに引けない状況だ。
その時、周囲の建造物や大通りから目を眩ませる強力な光の束が袋小路の奥の男達に浴びせられた。
闇に沈んだアキバの街の一画がスポットライトで照らされ強烈に浮かび上がった。女性を拐かすような行為は、闇の中で行うからこそできるのだろう、流石にこの男達も衆目が集まったこの状況で下劣なことをする勇気はない。
腕を痛めたリーダー格の男を助け起こし、男達は逃げるように走り去っていった。
お約束のように「おぼえてろ、ジジイ!!」の捨て台詞を残して。
タキシードに着いた埃を払い、引っ張られ形の崩れた蝶ネクタイを直して白髪を整える。
紳士たる者、どのような場合であれ女性を前にして身嗜みに隙を見せてはならない。ゲーム時代から続く彼の美学だ。
そして、袋小路の先に座り込んでいる女性二人に視線を向けた。
震える身体をお互い抱き合い、身体を強張らせた二人が十条に向き合う。
「もう大丈夫です。お嬢さん方、怪我はありませんかな」
十条の問いに答えようとする二人だったが口を開けど言葉が出てこない。恐怖で身体の自由が利かなくなってしまったのだろう。
それに助けてくれた恩人ではあるが、十条も先ほどの暴漢と同じ男性である。この状況ではその姿を目にして身を竦ませてしまうのは仕方のないことともいえる。
その様子に困惑する十条だったが、背後から近寄ってきた人影に気づく。
「十条さん、相変わらず無茶しますね。フォローするこちらの身にもなって下さいよ」
「毎度毎度お世話になりますね。月詠君」
そこにいたのは、身の丈170センチメートルを超える、着崩した和服のようななんとも言いようの無い衣装を身に纏い、墨を溶いたような艶のある漆黒の髪を結い上げ派手な鼈甲の簪を刺した女性である。その女性が十条を前にして、腰に手を当てやれやれといったように身体を逸らして呆れる。スリムな身体でその姿勢をとると、白を基調とした服に染め上げられた桜の柄が特に目立つ。
そしてもう一人、こちらは骨格がしっかりとした背の低い男性だ。
袋小路の入り口で、三人の男女に頭を下げ挨拶を終えた男性が、十条の元に走り寄って来る。
「いや、助かりましたよ。流石に月詠の<燈明招来>のスポットライトだけじゃ迫力に欠けますからね。彼らの助けがなけりゃ、あの暴漢連中もあんなに上手いこと手を引いてくれたかどうか・・・」
暴漢を照らしたスポットライトの光束は三つか四つだったか。おそらくドワーフの男の依頼に応えて先ほどの彼らも特技を使用して魔法の光を召喚してくれたのだろう。光の数が多ければ多いほど、周りから注目されていると”脅す”ことができるのだから、彼らの助けはこの救出劇のキーポイントだったのかもしれない。
「しかしまあ、あの手の連中は増えましたね。治安の悪化に引っ張られて自分の欲望を押さえ込めないなんて、子供かっつうの・・・まあ、ホントに中坊あたりの子供かもしれないか」
この世界では"見た目"だけじゃ分からんもんな~などと言いながら、首を振って肩を竦めているのは、ドワーフの男だ。黒に近い茶色の髪のソフトモヒカンの髪型、トップだけ華やかな金色に輝いているのが目に付く。ドワーフの特色の髭はもみ上げからあご髭のみで、老成して見られることの多いドワーフの男性にしてはかなり若い外見をしている。
黒髪を結い上げた女性は名を<月詠>、ハーフアルブの<神祇官>。そしてドワーフの男は<タクミ>という名で、職業は<盗剣士>である。二人とも十条と同様、ギルド<ホネスティ>に所属している。
「君達も運が良かったよ。おせっかいなおっさんが偶然通りかかったのも ラッキーとしか言いようも無いな」
そう言いながらドワーフの男タクミが被害者の女性二人に目を向けた。怖がらせないようにしたのだろう、にへらっと顔を緩ませると、もともとの性格が現れるのか人好きのする笑顔が現れた。
「さて、お二人はどこかギルドに所属されているのですかな。このように治安のよろしくないアキバの街ですからお送り致しますが」
このような時、十条の抑揚の抑えられたバリトンボイスというのはとても役に立つものだ。その声を聞かせるだけで、相手の心を落ち着かせることができる。
「私たち、どこのギルドにも所属していません・・・」
どうやら、彼女達はゲームを始めてそれほど経っていない初心者の状態で<大災害>に見舞われしまったらしい。学校の仲間で一緒にエルダーテイルを始め、まだギルドには所属していないそうだ。そして大災害、仲間でその時間にログインしていたのは今いる二人だけで、この世界に転移してからは、お互い助け合い隠れるように廃墟を転々としながら暮らしていた。
ということは、大災害から今まで、頼る者もないこの廃墟の中で二人だけで肩を寄せ合って耐えてきたのだろう。
女性二人は、助けられた今でさえ頼り無げで肩を寄せ合いオドオドとした表情を見せている。自分がここにいていいのか問い続けている子供のようなそんな二人の肩に、月詠は手を回して堅く抱きしめた。
「あなた達、今まで本当に頑張ったよ。辛かったね」
月詠の優しい言葉に二人の瞳から大粒の涙が流れ落ちる。そして月詠の胸の中で二人は嗚咽を漏らし、しばらくの間泣き続けた。
やがて落ち着いた頃を見計らって、十条が今後のことについて話を進める。
「となると、お二人は帰る場所が無いということですね。これは困りました・・・」
「この娘達はウチで保護するしかないでしょ。とりあえずマダムのサロンに連絡します」
そう言い、月詠は念話を繋げる。
マダムとは、ギルド<ホネスティー>の主要メンバーの一人である<菜穂美>という女性だ。ギルド内の女性メンバーから人望を集めており、<ホネスティ>で逆らってはいけない人トップスリーに入る、とギルド内で(特に男子から)もっぱら噂されている。
そして念話を終えた月詠が指でOKサインを作る。それを見て頷く十条。
「ではお二人とも、私たちのギルド<ホネスティ>で今夜だけでもお休みになられたら如何でしょうか」
「えっ・・・いいんですか」
「ええ、もちろん。なかなか頼りがいのあるお人が待っておりますので、今後のことも相談されるのがよろしいでしょう」
不安げに顔を見合わせる二人に、十条は大きく頷く。
「それじゃ、お願いします」
深々と頭を下げた後、安心いたのかどちらかともなく笑いあう二人だった。
そして月詠に連れられ歩き出す。
彼女らを見送る十条の隣に、ドワーフのタクミが近付く。
「いつまでこんな”ヒャッハー”な状況なんですかね」
十条の隣でタクミがぼそりとこぼす。大災害以降、初期のアキバは無秩序状態といえる状況だっただろう。だが最近はそれも徐々に変わってきている。大手ギルドの締め付けもあり徐々に秩序を取り戻しはじめ、当初頻繁に発生していたPK行為も減ってきているようだ。
だがそれも大手ギルドの力によって成される秩序だ。その結果としてギルド同士の勢力争いが行われ、より力の強いギルドがアキバの権力を握る。
要するに個人の力比べか、それとも組織の勢力争いか、この違いがあるだけでやっていることは変わってはいない。割りを食うのは弱者である勢力争いに割って入ることの出来ない中小規模ギルドだ。
「有力ギルドの<ホネスティー>に所属しているオレがこんなことを言っても説得力無いですが、今のアキバはあまり気持ちの良い街ではないですね」
んじゃ、オレも彼女らのお守りしてきます。と言ってタクミは走り出し、先を進む三人の後を追っていった。
必要なものは、自らを律することの出来る"法"、なのだろう。しかしそれを成立させるにはアキバの住人の一定以上の同意がなければならない。そしてそれを成立させるのは結局は”力”になるのではないか。そう考えれば、力を求める現在の大手ギルドの行いが間違いとは思えなくなってくる。
やがてどこかのギルドか、それとも誰か個人なのか、アキバの街に本当の意味での秩序をもたらす者があらわれるのだろうか・・・
「残念ながら、私の手はそれに届くほど長くはないですね・・・」
十条は深くため息を吐いて歩き出した。もう少し夜の街を歩いてみよう。全てを解決する力がなくとも、今アキバで何が起きているのか見ておかなければいけないような気がする。そしてそこで見るものにもきっと意味はあるだろう。
アニメでマジックライトの魔法をスポットライトのように使用していたのを思い出して、使ってみました
自分内設定では、通常の照明として使うより、スポットライトとして使用するときは魔力の燃費が非常に悪い、としました
お話には入れ込んでませんけどね
もちろんこの設定はこのお話の中だけの捏造設定です




