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休息

 マウントリムの隧道(トンネル)での戦闘から三日が経ちました。

 傭兵団のみんなも多くの犠牲者を出した悲しみから徐々に立ち直ってきたように見えます。

 でも、どこか無理をしているように見えるのは、仕方ないですよね。

 皆さんが立ち直ろうと頑張っているのに、団のメンバーでないアタシが落ち込んでいるのはおかしいと思うので、アタシも気を張って頑張っています。

 なにより父親であるエンリコさんを亡くし一番辛い思いをしているはずのディーノさんが、率先して団員さんを引っ張って行動しています。

 最初は、父親の死に悲しまないなんて薄情な人、だなんて思いもしました。

 でも、そんなことはないですよね。

 周りに誰もいない時にディーンさんが落ち込んだ表情をしているのを何回か目にしました。

 ぼうっと、肩を落として力なく座り込んでいる姿は、あの活動的で覇気のあるディーノさんとは思えませんでした。

 何か言葉をかけなきゃと考えても、アタシにはこんな時どうすればいいのか何も思いつかなくて、ディーノさんの前に出て行く勇気はありません。

 ・・・何も出来ない自分が不甲斐ないです。

 

 そんな大変なディーノさんなのに、あの戦闘の後、リーダーシップを取って傭兵団を纏め上げました。

 団長のエンリコさんを失ったあの時、リーダーを失った傭兵団が最悪空中分解する可能性すらあったと、スーノさんが言ってました。

 そこで積極的に声をあげて団員さんを纏め、自ら、暫定ではあるけれ団長職を引き継ぐと宣言したディーノさん。

 ディーノさんが団長さんの息子だとしても、それだけじゃきっと納得しない人たちもいたでしょう。

 けれど、ボーメさんや若手の団員のジャンルカさんにレオさんを始め多くの人の応援に支えられて、どうにか傭兵団はディーノさんを中心にして纏まることができました。

 

 ディーノさんもボーメさん、ジャンルカさんやレオさん、他の団員さんもみんな強いです。

 キャラバンの護衛任務をしっかり勤め上げ、翌日にはキャラバンは次の目的地のソノハラ水門市に無事たどり着きました。

 皆さんに比べたら悲しむ権利なんか無いはずなのに、未だにエンリコさんの最後の瞬間を思い出して、アタシは身体が硬直して何も出来なくなることがあります。



 アタシは人が死ぬところを初めて目にしました。

 亡骸が光になって消えてしまうなんて、現実じゃありえないことなんだろうけど、でもその身体から力が抜けた時に、目の前の人が亡くなったんだってはっきりと分かりました。

 そしてあの時、アタシが泣きながら縋り付いたスーノさんが呟いた言葉が耳に入ってきました。


「分かっていたつもりだったけど、本当には理解できてはいなかったんだな、”ココ”はゲームの中じゃないんだって・・・」

 

 その時のスーノさんの不安気な顔が忘れられません。いったいアタシ達はこの先どうなるのかな。

 





◆ 







 山間の朝靄の中、隊商キャラバンの馬車列がソノハラ水門市から伸びている街道を進んで行く。最後尾の馬車に乗っているラバネッリ商会の商人が見送りの自分達に向けて大きく手を振っているのが、見送りの二人にも見て取れた。そこには馬車に同乗しているリナと最後尾で護衛についているディーノ達の姿もある。

 二人は別れを惜しむように負けずに両手を大きく振ってそれに応える。やがてキャラバンは霧に包まれた森の木立の中に消えて行く。残された二人と一頭はそこはかとない寂寥感を感じつつ、ソノハラ水門市の大門の前にポツンと立っていた。


「行っちゃいましたね」


 杏奈が特に誰に言うわけでも無い様子で呟き、それを聞いたスーノも返事をするつもりも無く、ぼんやりと頷いた。

 ここでキャラバンと分かれることは、初めから決めていたことだった。ソノハラ水門市で予定の取引を終えたキャラバンはこの先、ウツルギの神前街、コオリマの街と進んでいく。そしてスーノ達の旅の目的地はアキバであり、キャラバンとはこのソノハラ水門市で別れることとなる。


「せっかく仲良くなったのに、残念」


 スーノは「ああ」と気の無い返事をする。


 マウントリムの隧道での戦闘で、折剣傭兵団はキャラバンの護衛という任務を全うすることはできたが、被った犠牲は大きなものとなる。最終的には七番隊の隊長を含む隊員六人と、そして傭兵団の団長エンリコ=バッソが帰らぬ人となってしまった。


「だけどディーノは良くやったよ。アイツがあんなにしっかりしているとはね」

「ディーノさんはもともと責任感のあるしっかりした人でしたよ」

「そうかい?杏奈。それにしてはイワフネの街でリナが襲われた事件の時にはエライ剣幕でディーノを攻めていたようだけど」

「っあれはちょっと誤解があったというか、アタシの早とちりというか・・・」


 顔を赤く染めた杏奈が、意地悪に言ってくるスーノの肩を肘でつついた。大げさによろめいて文句を言うスーノだが、その顔は優しく笑みを浮べていた。





 ソノハラ水門市の街外れに佇むスーノと杏奈の背後からさわやかな朝日が差し込み始め朝靄が晴れてくる。名残惜しそうにキャラバンが消えていった森の中、蛇行している街道の先を眺めていた二人の間に、白い体毛を押し付けてエンジが割って入り二人の顔を見上げる。

 この先は二人と一頭だけの旅が再開する。ほんの一週間ちょっとの期間であったが、傭兵団の仲間と一緒に過ごした時間の影響か、スーノは何か気が抜けたような寂しさを感じていた。おそらく杏奈も同じ思いなのだろう、腰を下ろしてエンジの頭を撫でている表情も何処と無く元気が無い。


「さて、どうしよう。僕らもアキバに向けて出発しようか?」


 膝を抱えた杏奈が顔を上げるが、あまり乗り気ではないようだ。ここまでいろいろあった。現実では経験したことの無い体験や、過酷なこと衝撃的なことも起きた。身体の疲れも勿論だが、なにより精神的な疲労が蓄積してきている。


「まあ、時間に追われている旅じゃないし、この街で少し休んでいこうか。確か近くに温泉が湧いているそうだしね」

「温泉、いいですね」


 どことなく力の無かった杏奈の顔に微笑みの花が咲いた。立ち上がり背伸びをして、杏奈はスーノの手を取る。「エンジも行こ!!」と声をかけ、そしてスーノの手を引いて進んでいった。

 











 



 

  

 街の人に尋ねたところ、ソノハラ水門市の周囲の山には無数の源泉が湧き出しており、ちょっとした入浴できる施設ならば街中や街の近くにも多数あるらしい

 だが、一番のお勧めはソノハラ大水門の上流の河原にある自然の露店風呂だ、とのこと。

 残念ながらその場所に行くにはまものが現れるエリアを抜けなければならないため、街の人間でも行った経験があるものは少ないが冒険者なら大丈夫なのでは?などと薦められ、その気になった杏奈に押し切られるスーノだった。

 

 この手の薦めに従うとたいてい酷い目に合うのは物語では定番だ。

 案の定二人と一頭は、余計なちょっかいを出して異様に大きな蜂の大群に追いかけられたり、お約束通り川に掛かった吊橋が切れて転落したり、落ちて流された先にあった間欠泉の噴出に数キロメートルも飛ばされたり、滝壺に現れた精霊<ウンディーネ>を前にしたスーノの空気を読まない不用意な発言(内容に関してはその場に現れたウンディーネの心情を考慮に入れてここでは記さないこととする)のせいで、津波と共に数キロメートルも押し流されたり、と進んでいるのか川の流れに流されているのか分からなかったりしたが。


「こんな目にあって無事だなんて奇跡だ」


 自分の腕で自分自信を抱きしめて、スーノは生きてることを感謝する。普通は死ぬよね。


「スーノさんが失礼なこと言ったりするから、あの娘本気で怒ってたよ」

「あの娘に失礼って、あれ精霊のウンディーネだよ。それに嘘は言ってないし・・・」

「精霊だろうとまものだろうと、女の子相手にあんな風に身体の特徴をアゲつらうようなこと言っちゃダメ!!」

「でもじっさい平らだったし・・・まだ僕のほうがボリュームあるよ」


 杏奈はジト目でスーノを睨む。それは汚物を見るような視線と言うか、そこまで酷い扱いされなきゃいけないかな?と思うスーノだったが、


「・・・サイテー。やっぱりスーノさん中身は男だよね。デリカシーゼロ」

「当然だよ。中の人はおっさんだって言ってるじゃん!!それに杏奈だって能天気に吊橋渡るから。言ったでしょ吊橋のロープがぼろぼろで強度が怪しいから全員一気に渡るのは止めようって。」

「だって大丈夫と思ったんだもん」

「見てなんとなく分かんないかな~、だいいち魔法具でエンジも小さくしていたし、そうなるとこの中で一番体重重いのは杏奈なんだからさ」

「・・・重いって言うな~!!」


 嘘は言って無いと言い張るスーノの態度に、キレかかる杏奈の顔は真っ赤で、その腕を振り回してスーノをポカポカ殴ってくる。

 杏奈も本気で殴っているわけではないし、現実世界の身体なら大して痛くも無い程度なのだが、守護戦士の身体の杏奈の身体能力でやられると、こんな適当な打撃でも地味にダメージを受けるしなにより結構痛かったりする。「ゴメンナサイ!!マジ痛いから、本気でダメージあるから止めて!!」とスーノの悲鳴を聞いて、ようやく杏奈が手を止める。

 そんな二人を呆れたように横目に眺めるエンジの態度が、スーノは気に障ったようだ。ちょうどいい、むーと頬を膨らませ睨む杏奈を誤魔化せるだろうと、スーノは矛先を変える。


「エンジもやらなきゃいいのに蜂の巣にちょっかい出したりするから。アレ巣の大きさも異様にデカかったし蜂の大きさも拳ぐらいあったし、良く見てなかったけど多分普通の蜂じゃないよきっと」


 ちなみにスーノ達を襲ってきたのは<暗殺蜜蜂(アサシンビー)>だったりする。現実世界でもスズメバチに襲われれば最悪死ぬ危険があるのだが、この世界の<暗殺蜜蜂>相手でしかもその数が尋常じゃない。囲まれ毒は喰らうは、ゲシゲシHP削られるはで、こっ酷い目に合って逃げ出すのが精一杯だった。

 そんなスーノの批判を受けても、エンジは全く気にすることも無く、明後日の方向を向いてつまらなそうに欠伸をしている。


「少しは反省しろ~!!」





 渓流沿いをダラダラ歩きながらぎゃーぎゃーと言い合う二人と一頭が目的地に到着したのは、結局夕方遅く日が落ちる寸前になっていた。

 聞いた話では三、四時間ほど渓流沿いを登っていけば辿り着けるという話だったのだが、何故か朝早くに出発して到着したのは夕方遅くと、一体何時間掛かったのだろうとスーノは我ながら情けなくなる。それでも目的の自然の浴場を前にするとそんな苦労の記憶も綺麗さっぱり消えてしまった。

 その温泉は渓流の流れの傍に湧き出ていて、川原の石で形作られた浴場のようになっている。その大きさは想像以上で、そしてそこに渓流の水が流れ込んでいる。足元の湯に手を差し入れてみると絶妙な温度である。おそらく温泉が湧いている場所や渓流が流れ込む場所など、場所によって湯の温度が違っているのだろう。浴場になった反対側には先客が温泉を堪能しているようだ。あれは多分猿かしら? しかし特にこちらに興味を示していないし、攻撃的でもないのでこちらから”仕掛け”なければ、問題は無いだろうと判断する。

 

「夕日に赤く照らされた渓流の温泉なんて、風流だね~。現実世界だったら、ガイドブックに載りそうだ」

「でもガイドブックに載っても、そこまで来るのに、吊橋から落とされたり、激流に飲まれたり、蜂の大群に襲われたりするんじゃ、お客さん来そうも無いですね」


 疲労を隠そうともしない杏奈が、ため息を付きつつ言った。

 その原因のひとつはあなたの能天気な行動の結果なんですけどね。肩を竦めるスーノだが、背後から粘性の高い眼差しを向けられていることに気づく。

 悪いのは自分じゃないと考えているのは、皆同じようです。


「まあ、せっかくここまで来たんだから温泉を堪能しよう。僕は今夜の野営の準備でもしているから、杏奈は先に入ってきなよ」


 杏奈は、スーノの言葉にきょとんとした顔をして首を傾げる。


「なんで?一緒に入ればいいじゃない」

「・・・いやいや”男女七歳にして席を同じうせず”って言葉もあってね、この場合の席ってのは座る席じゃなくてまあいわゆる寝所って意味があったりしたして、要するに同衾しちゃダメよってことでさ、そもそキミ、リアルで十七歳だっけ?そんな女の子とアラサーのおっさんが一緒に風呂に入るのは、ちょっとマズイでしょ。お父さんお母さんに怒られちゃうよ。というか、逮捕されちゃうんでカンベンしてくださいいやマジで」

「どうせスーノさんも女じゃない。なにも出来ないし、気にすることないでしょ。この世界にはお巡りさんもいないし」

「ちょっと待ちなさい、確かに今の身体は女性だけどさ、でもやっぱり中の人は男なワケだしそういうわけにはいかないでしょ。それにさっき僕のことやっぱり男だって言ってのは杏奈だよ・・・って、なんで鎧の留め金外すの!!っていうか服を脱がさないで~!!」


 ぐだぐだ言葉を並べているスーノに焦れたのか、杏奈はスーノに襲い掛かって、スーノの防具を外し更には服も脱がしに掛かる。ぐへへと笑いながら「良いではないか~」なんて立場が逆になってませんか?杏奈さん。

 スーノは目をぐるぐる回して自らの貞操の危機に恐怖する。メイン職の能力差から力の強さではスーノは杏奈に絶対勝てない。これはきっと女子高のノリなんだろなぁなんて思ったりするが、男性に無理やり迫られる女性の気持ちがちょっと分かった気がするスーノだったりした。しかし自らの身は自分で守らねば!!スーノは取って置きの最終手段を選択した!!


 ポンっとシャンパンのコルクを飛ばしたような音がして、もみ合う二人のすぐ傍に緑の髪と緑の服を着た小さな男の子のような生き物、スーノの召喚精霊<アルラウネ>のアサギが現れた。

 突然の呼び出しに驚き、キョロキョロと周囲を見回すアサギ。直ぐにスーノの姿を発見して、嬉しそうに抱きつこうとするが、そこにいるのはスーノだけでないし、それに何か様子がおかしいとアサギはいぶかしげに覗き込む。

 そんなアサギの姿に杏奈は口元に両拳を当て、星が飛び出しそうなキラキラした瞳で見つめる。そして


「かわいい~~~~!!この子、以前教えてくれたスーノさんの召喚精霊なんですよね、たしか<アルラウネ>のアサギ!!」


 杏奈は我慢できずに大きな声を上げて、アサギを抱きかかえる。身長五十センチ強のアサギはスケール的には子供以下のサイズで、スーノもゲーム時代に大して成長させていなかったため当然ながら力も弱い。レベル九十守護戦士の杏奈に抱きかかえられてしまえば、それに逆らうことは不可能だ。身の危険を感じて、必死の形相で抗うアサギだったが、残念ながらその努力は実を結ぶことは無いだろう。硬い金属鎧に顔を押し付けられ、じたばたと手足を暴れさせるが、杏奈はその抵抗を気にもせず


「よし、お姉ちゃんと温泉入ろう」


 と言って、アサギの服を剥がしにかかった。アサギは「み~」と悲鳴を上げて涙目でスーノに助けを求めるが、スーノは心苦しそうに目を硬く閉じてアサギから顔を背けた。


「すまん、僕のために犠牲になってくれ」



 





 良く考えてみればこの世界に来てから、もう二週間ちょっとこの女性の身体と付き合ってきているわけだし、実のところ今更恥ずかしいとか照れるとかも無いんだよね。最近ではこの身体の扱いにも慣れたものだし。

 いろいろ抵抗もしたが結局のところ杏奈と一緒に入浴することになり、肩まで湯に浸かりながら、だらしなく全身の力を抜いて独り呟くスーノである。

 夕焼けの空の下、露天温泉を堪能するなんて最高の贅沢です。自然と頬も緩んでしまう。きっと日本人には遺伝子レベルで温泉を嗜むプログラムが入力されているに違いない。


「今のアタシ達の身体は日本人とは到底思えないから、遺伝子は関係ないですね」

「あれ?また心の声を喋ってた??」

「無意識なんだろうけど、考えてること声に出すの止めたほうがいいですよ。たまにカチンとくること口にしてるし」

「たま~にだけど、後ろから頭を叩かれるのは、もしかしてそれが理由ですか?」

「・・・知らない」


 自分にそんな悪癖があるなんて全く知らなかったとショックを受け、スーノは腕を組んで考え込む。「現実世界じゃ誰からもそんなこと言われたこと無かったんだよな~おかしいな~」

 ぷいっと顔を逸らした自分を申し訳なさそうに覗き込むスーノの様子を横見に見て、杏奈は堪えきれなくなって吹き出した。どうしたの?と湯に浸かって杏奈の膝の上に座ったアサギが首を回してタオルで長い髪を纏め上げた杏奈の顔を見上げる。アサギの視線に柔らかく微笑み返す杏奈の姿を湯煙越しに見て、スーノの身体だけでなく心も温かくなってくる。

 そんな自分を見て微笑むスーノに照れたのか、杏奈は目を泳がせてあたふたと慌てた。 


「なんだかんだで、子供の扱い、結構上手だよね」

「えへへ、ウチは田舎の家なんで親戚も多くて年下のいとこも一杯いるんですよ。正月とか盆休みとか親戚が集まると、アタシが子守役しなきゃいけないし、もう慣れました」

「確かにリナへの接し方も自然だったよね。僕は兄弟もいなかったし、どうも子供は苦手だ」

「こんなの慣れですよ。難しいこと考えずに、一緒に遊んで怒って笑っていればどうにかなります」「そういうもんかね・・・っつか、アサギ茹で上がってるよ」


 杏奈が膝の上で抱きかかえているアサギを見遣る。当のアサギは全身真っ赤に茹で上がり、逆上せて目を回していた。

 あ~っ!!と叫び声を上げてアサギを湯から上げて平らな石の上に横に寝かせる。そしてタオルを持って渓流の流れに向け駆け出す。

 慌ててるから仕方ないけど、真っ裸で大股開いて走るのは色々問題あるし、はしたないからやめたほうがいいよ。なんて思っていたスーノだった。






 「ごめんね」


 杏奈は冷たい川の水で冷やしたタオルを逆上せたアサギの額に乗せて冷やし介抱する。ぱっと見の印象は人間の子供、幼稚園児くらいに見えるけど、アサギの身体はそれよりも一回り小さいから湯あたりしやすいだろうね。まあ気がつかなくてもしょうがないよと、スーノは慰める。


 「まあ、風に当てて少し寝かせてやれば大丈夫だよ。ダメなら魔法でちょいちょいっと、ね」


 気楽なスーノの物言いに、「もう!!」と不満げな安奈だったが、原因が自分の不注意からなので文句も言えない。アサギの額に乗せたタオルを乗せ変えて手のひらを仰いで風を送ってやる。その風が気持ちいいのか、アサギの表情から辛そうな様子が消えてくる。

 汗で頬に張り付いていた緑の髪をそっと撫でて整え、「ごめんね」と柔らかい声を掛けてやると、薄目を開けて大丈夫だよ、と言いたいのかアサギは弱々しい微笑を浮かべた。








 長湯になり、スーノも流石に逆上せそうになったので川原の石に腰掛け、脚だけ湯に浸かる。気づかぬうちに周囲の山の影に日は落ち、空の色も茜色から群青へと変わって来る。もう少ししたら周囲は闇に包まれることだろう。

 スーノは手を広げ照明魔法の呪文を唱える。するとスーノの掌の上に蛍の幻獣<バグスライト>が現れ、周囲をその明かりで照らす。そしてひょいっとその明かりを放り投げると、こちらの気持ちが理解できるのか、二人の間ちょうどいい位置に留まってくれた。明かりの中に一際明るい二つの目のような点があり、<バグスライト>の明かりがまるで顔のようにも見えた。

 

誰ぞ彼(たそがれ)時か。あやかしに出くわす、なんて昔の人は言ってたけど、ここじゃまものは特別でもなんでも無いか」


 日が落ち闇に包まれる薄暮の時刻、昼から夜へと世界が変わる特別な時間、古の人は”逢う魔が時”と呼び、この世のもので無い”あやかし”と出会うかもしれないと信じられていた。では、このまものの存在が当たり前で、日の高さに関わり無く闊歩している世界であるセルデシアでは、いったい何に出会うことになるのだろう。


「この世界じゃ、僕達冒険者こそ”あやかし”なのかもしれないね」


 死しても甦り、大地人とは比較にならない能力を持つ”冒険者”という存在こそが、ここでは恐怖を呼び起こす妖怪になってしまうのではないか。

 スーノは度々連絡を取っている<ホネスティー>のメンバー、十条=シロガネとの念話の内容を思い返す。アキバでは治安の悪化が進み、冒険者達のモラルが著しく低下しているらしい。その結果の冒険者同士のPKの多発。それはまだいい。それはあくまで冒険者同士の問題だ。恐ろしいのは大地人とのトラブル。

 この世界の元来の住人は大地人だ。スーノの見てきたイワフネの街、カシワザキ雷鳴街、そして今回のソノハラ水門市。詳しく調べたわけでは無いが、一つの街に住んでいる人の数は千の桁ということは無いはずだ。少なくとも数万?いやもっといるのかもしれない。とすれば、このヤマト全ての大地人の人口はいったいどのくらいになるのだろう。そしてアキバに集まっている冒険者はおおよそ一万五千人だそうだ。ナカス、ミナミ、シブヤ、それにススキノ、全てのプレーヤータウンに存在している冒険者を合わせても、おそらく大地人の数に比べれば微々たるものでしかない。

 冒険者であるプレーヤーはこの世界の存在ではない。この世界の真の住人である大地人との関係を損ねてしまえば、プレーヤーの居場所はこの世界に無くなってしまうのではないか。

 スーノは今までの大地人との関わりの経験から、そう考えるようになった。大地人こそこの世界の”人間”。自分達はこの世界にとっては居場所を借りている”客人(まれびと)”に過ぎないだろうと。 

 そして、アキバでも元の世界への帰還の方法はまったく見当すらついていない。

 

 気づかぬうちにスーノの傍にエンジが戻ってきていた。

 無理やり身体を洗ったことがそれほどイヤだったのか、丸くなって耐えながら全身を洗われた後どこかに逃げ消えていたのだが、流石に夜の帳も落ちてスーノ達が心配になったのだろう。

 走って乾かしたのか、その毛皮は既に乾燥しており、手入れを念入りにしたのだろう、毛艶も毛並みも美しくエンジも満足そうだ。音も無くスーノの隣の石の上にしゃがみ込む。

 だけれど、エンジの存在にも全く気づかずスーノは思考の海に深く潜っていく。


「また考え込んでる」


 杏奈の声に、スーノがようやく現実世界に戻ってくる。眠りから覚めた様に瞬きを繰り返し、あたりを見渡す。

 もう、とそんなスーノを気にかける杏奈がそこにはいた。もっとも杏奈も今ではそれほど心配はしていない。考え込むのは、この人の趣味みたいなものなんだろうと納得していた。






「傭兵団のみんな、大丈夫かな?」


 杏奈が独り言を呟くように小さく声を出す。


「リナも団長さんのことショックに感じていたし・・・心配」


 思考を現実に戻すためか、スーノは湯を救って顔を洗う。そしてう~んと声を出して背筋を伸ばした。


「それは僕達がどうこうできることじゃないよ。傭兵団のみんなが、そしてリナが克服しなきゃならないことだからね」

「スーノさん厳しいね」

「どうかな?厳しいのかもしれない。でもこれが紛れも無い現実だからね」


 ジト目でスーノを睨む杏奈。もうちょっと言いようがあるんじゃないかな。なんて考えながらスーノの目を睨みつけるが、スーノは一向に気にする気配はなかった。

 悔しくなって、ピッと指を弾いてお湯を引っ掛ける。自分でも子供っぽいことしていると思う杏奈だった。


「もう会えないかな」

「いや、同じ世界で生きているんだもの、会おうと思っていればまたいつか会えるよ」

「だよね!!」


 闇を照らす魔法の光に照らされ、杏奈の満面の笑みが浮んでいる。アタシも頑張ろう、両手を交差し上げて背筋を伸ばした杏奈の口から「くちゅんっ」と可愛い音が出た。

 湯あたりしないように膝下だけ湯に浸かっていたが、さすがに夜風に当たりすぎて湯冷めしてしまったようだ。杏奈はふたたび肩まで湯に浸かり、手足を伸ばした。

 そんな杏奈を見たスーノは何かに気づいたらしく感心したように頷き、そして自分の胸を見て難しい顔をして首を横に振る。


「だから失礼なこと考えてる時はすぐ分かるんだって。ていうか失礼なこと考えるな!!」

「えっ!まさかまた口に出して喋ってた?!」

「やっぱり!!一体何考えてたの?!!」

「なんだよ、声に出して無いんだろ。じゃ良いじゃん」

「考えたなら同罪です!!ホントサイテー」

「頭の中のことまで攻められたく無いわ。表現の自由を奪われても、思考の自由ぐらい許されるべきだ。僕にも人権はあるぞー!!」

「ウルサイ!!このヘンタイ!!」


 杏奈が盛大にお湯を手で跳ね上げてスーノに掛ける。頭から浴びたお湯で髪がスブ濡れになったスーノもお返しだとばかりに脚を蹴り上げて杏奈に掛け返した。

 まあ、後はお約束どおり。

 ため息を付いてエンジが二人の傍から逃げ出したり、まだふーふーと呼吸も浅く石の上で横になっていたアサギがお湯の勢いで流され、湯船に沈んで危うく溺れかかったりしたのはまあご愛嬌というところですか。























 展開した天幕の下、ディーノの前には書類の束が並んでいた。


「団長代行になったからには、きちんとその職責を全うしてもらわないと困ります」


 爬虫類じみた目つきでディーノを睨み、ボーメが書類の束を指差す。そして「今夜中に目を通してサインするように」と冷たく言い放った。

 目の前の書類を見て、げんなりと気落ちするディーノだったが、しかたねえと諦め書類を手に取る。


「サインをすればそれでいいワケではないですからね。きちんと目を通して内容を吟味してください」


 本心から嫌そうに顔を顰めさせて一枚一枚書類を手に取る。

 その書類も多そうに見えても現場に出ているのだから実際にはそれほどの量は無い。唸りながら書類を見回して不明な部分はボーメに質問を繰り返し、おとなしく処理する。

 カリカリと羽ペンが紙に擦れる音が天幕の下に響く。そして大きなため息と共に、ディーノが羽ペンをテーブルに投げ出して木の折りたたみ椅子の背もたれにもたれかかった。ボーメがテーブルに乱雑に広げられた書類をまとめ、確認する

 

「あんたの思惑通りにしてやったんだ。これからも働いてもらうぞ」


 天井を眺めながらディーノが視線すら向けずに吐き捨てるように言った。


「そうですね、仕方ないですか。もう少し働かせてもらいましょう。でも、これは私の思惑だけでは無く、エンリコの願いでもあったのですよ」

「けっ、んなことは知ってるよ。オレが気に食わないのはあんたの筋書き通りに踊らなきゃならなかったってことだ。それが癪に障る」

「それぐらいは我慢してもらわないと。結果に不満が無いのなら、その過程はどうでもいいでしょう」

「そういう醒めたところが、ガキの頃からいけ好かないんだよ」

「大丈夫ですよ。それは私も知っていますから」


 ガタンと椅子を蹴飛ばしてディーノが立ち上がる。そして天幕の出口に手を掛けた。


「親父が逝っちまって、悔しいがオレだけじゃこの団を纏め上げることは無理だ。これからも散々コキ使うから覚悟しておいてくれ」


 そう言い捨てて、天幕から去る。

 残されたボーメも書類を手にして立ち上がった。


「全く親子そろって世話が焼ける。しかし、これでいいんだろ、エンリコ」

 

 そんな埒も明かないことを考える自分自身を笑いながら、ボーメも天幕から出て行った。











 書類仕事に思ったよりも時間を取られたようだ。既にだいたいの団員とキャラバンの商人は寝入っているようで、起きているのは交代で夜番についている団員だけだった。

 ディーノは夜番の団員に声をかけ、自分の寝床に向かう。実は先ほどの天幕は団長の寝所になるのだが、まだ団長代行の身であるし、それよりも慣れたいつもの場所のほうがゆっくり休めるので、ディーノはあの天幕を当分利用するつもりはなかった。

 そしていつもどおりの九番隊の隊員が集まり寝袋を並べている場所にやってくる。いつも通り中央には焚き火があり、そしてまだ火は消えていなかった。

 ディーノがちろちろと揺らめく炎の前に座り込む。

 

「まだ寝てなかったのか。明日は朝から仕事をしてもらうぞ」


 焚き火に木の棒を突っ込み、炭化しかけた薪をかき回す。外気が取り込まれ弱くなっていた炎の勢いが甦る。

 そして隣で膝を抱えて座り込んでいるリナの頭をぐりぐり掻き回した。


「あの戦闘で団員の数が減っちまった。お前にも一人前の仕事をしてもらわないと困るからな」

「・・・うん」


 いつもの反抗的な態度で無いのがディーノには気に掛かる。まだ引きずっているのだろう。それも仕方ない。


 自分を助けるためにエンリコが犠牲になってしまった。しかも自分自身の胸の中で亡くなってしまったのは、まだ幼い彼女の心に大きな傷を残しただろう。

 あの後、リナは言葉も発せずに自分の殻に閉じこもっていた。どうにか言葉を交わせるようになったのは、今日になってからだ。


 ディーノは焚き火に薪をくべる。炎の中薪がパチパチと乾いた音を立てて燃えていく。

 隣のリナは、膝を抱えてたまま黙って炎を眺めていた。


「ねえ、リーチェとジーナって誰?」


 炎に視線を留めたまま、ディーノに尋ねるリナ。


「その名前を誰から聞いた?」

「団長さんの最後の言葉だよ。二人にゴメンって言ってた」


 額に手を当てて、ディーノが顔を伏せる。そして「そうか親父が・・・」と呟く。


「五年前に死んだ俺の妹と母親だ。ベアトリーチェが妹。ジーナが母親」

「そう・・・妹はオレに似ていたの?」

「ああ、見た目はな。それに死んだのは十三歳の時、今のお前と同じくらいだな」


 そしてディーノは続ける。自分と父親は仕事で妹の死に目に間に合わなかったこと。後を追う様に母も亡くなったこと。父と息子、両者ともそのことを後悔し続けたこと。

 それを聞いてリナが俯き沈黙する。

 エンリコが自分を助けてくれたのは、幼くして亡くなった愛娘に似ていたからだ。そうリナは考えたのだろう。たしかにディーノにはそれを否定することはできない。外観以外、立ち振る舞いや言動などはリナとベアトリーチェは全く似ていなかった。それでもちょっとした瞬間、ふと見た時にリナの姿からベアトリーチェの面影を垣間見ることができた。

 でも、父親であるエンリコはそんな気持ちでお前を助けたのではないとディーノは主張したかった。しかし、説明するべき言葉が見つからない。それでも何か言葉をかけよう口を開いたディーノに被せる様にリナが声を上げた。


「ううん、それでもいいんだ。あの時朦朧としていた団長さんが、オレのことを自分の娘と間違えたのかもしれないけど、それでもオレを守ってくれたのはホントウだ。自分の親にも捨てられたこのオレが、誰かに命がけで守ってもらえた。それだけでオレにも価値があるんだって、生きていて良いんだって思えるんだ」


 顔を伏せたままリナが話す。


「それに灰色の狼に襲われた時、ちゃんとオレの名前を呼んでくれたよ。「リナ逃げろ!!」って。だから、団長さんはこの”オレ”のことを命を掛けて守ってくれたんだ。理由はどうでもいい。団長さんが救ってくれた命なんだから、オレはちゃんと生きなきゃいけない。立派だった団長さんに顔向けできる、恥ずかしくない大人にならなきゃいけないんだ」


 そう言ってから口を真一文字に硬く閉じてディーノに向き合う。

 無理をしている。そんなことはディーノには直ぐに分かった。当人が何を考えていたのかは既に確かめる術は無い。だが結果的に自分のために誰かが命を落としたことは疑いようが無く、その事実をまだローティーンの子供がどうにか受け止めようと必死になっている。非情な現実に、ともすればネガティブな方向に捕らえてしまいがちなところだが、そうせずに前向きな考えをしてくれているのがディーノは嬉しかった。

 あんたが命がけで行ったことは無駄にはならないようだよ。ディーノは今はもう会うことができない、心の中にしか存在しない父親にそう語りかけていた。


 手のひらを開くと、そこには父親の忘れ形見となった銀の首飾りがある。鎖の先は銀のペンダントで、そこには紅い石が嵌め込まれている。

 妹に母親、そして父親、家族と呼べるものは全て彼岸へと旅立ってしまい、残されたのは自分だけ。寂しくないといったら嘘になる。

 それでも自分は独りではない。団の仲間がいる。


 ディーノはリナの頭をその胸に抱え込む。リナは嫌がることも無く、大人しくディーノの胸に身体を預けていた。



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