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自由都市イワフネ<4>

 <折剣傭兵団>団長エンリコとの会談の後、スーノ一行の世話の役を受けたのは、銀髪の男ディーノ=バッソだった。名前を見ても分かるように、ディーノは団長であるエンリコの息子である。そして傭兵団の若手のリーダー格だ。その人選に、スーノにはどこか嬉しくない気持ちもあったが、エンリコの好意を無下に断る訳にもいかなかった。


 イワフネの街は、祭りの賑わいで人が溢れかえったいた。今夜の宿は決まっているのか?とのディーノの問いに、これから決めるとのスーノの返事を聞いて、ディーノは両手を大きく広げ首を横に振る大げさなジェスチャーを見せる。


「なに言ってるんだ。これから宿を決めるなんて、この祭りでどこも満室に決まっているじゃないか」


 しかたね~な、とディーノは同行していた団の若手に二、三耳打ちして走らせ、まかせとけと余裕をみせる。


「で、あんたら、祭りで見たいものはなんなんだ。」


 その質問に、杏奈がはいはい!!と手を上げて前に出てくる。


「お姫様!!お姫様のお披露目、見たいです!!」

「ああ、それなら明日の祭り初日、一番最初のイベントだよ。一等良い場所用意してやるから、楽しみにしてな」

「絶対ですよ!!お姫様楽しみだな~」


 胸を張って請合うディーノに、杏奈が期待に満ちた目の色をして嬉しそうに返事をする。「エンジも楽しみだよね~」とエンジに話しかけるが、エンジはまったく興味が無いようで、退屈そうに後ろ足で首を掻いていた。

 ディーノは「あんたは?」とスーノにも同じ質問を掛けるが、特にスーノには興味を引かれるものは無かったので、「お構いなく」と素っ気無い答えを返す。


「それよりも、キャラバンの出発は三日後、祭りが終了した翌日でいいんだね」


 スーノにとっては祭りよりも隊商の動静のほうが気になっている。


「ああそうだ、詳細は前日打ち合わせがあるから、それで決まるよ」

「了解。じゃあ、それまでは自由時間ということで、杏奈、宿が決まったら好きに過ごしていいけど、迷子になるなよ」


 浮かれている杏奈は、そんなスーノの言葉に口を尖らせる。


「迷子になんかなりませんよ~だ。」


 べ~と舌を出して、しかめっ面をする杏奈。はいはいと、スーノは適当に手を振る。





 ディーノの言うとおり、宿はどこも満室で、スーノは泊まれる部屋を見つけることはできなかった。

「だろ」とディーノはそれが当然といった顔でスーノを見る。そして、ディーノは二人と一頭を連れて、街の表通りを進んでいく。数分歩き、たどり着いたところは、豪華な石造りの入り口の大きな建物の前。


「ホントにここ?」


 杏奈の顔に不安の影が浮ぶ。

 石の階段を上り建物の入り口から入ると、そこは広いエントランス。床は磨かれた石で、まさか大理石じゃないだろうな。スーノは恐る恐る足を運ぶ。奥にはカウンターがあり、乱れひとつ無い身嗜みを整えた2名の男性が立っている。

 そしてディーノの姿を確認すると、鄭重に頭を下げて招き入れる。


「これはディーノ様、ご依頼のとおり部屋を用意させていただきました」

「ああ、よろしく頼む。ウチの団の大事な客人だから、失礼の無いように」


 なんだろう、この雰囲気は。スーノは目を瞬かせて周りに目を向ける。これって一流ホテルの雰囲気じゃないか。

 現実世界でスーノ・菅原直人は仕事の出張で、何故かそれなりに良いホテルに泊まる機会があり、今その時のことを思い出していた。あの時は、どうにも落ち着かなかったなぁ、なんて小心者の性格の自分が情けなくなったが、ここもそれと似たような匂いがする、とスーノの嗅覚が告げていた。

 その横で杏奈は我を忘れ棒立ちになり、そして目を輝かせて建物の内部を見回している。


 畏まりました、とカウンターの男が頭を下げると、カウンターの奥の扉を開けて若い男、ベルボーイが現われスーノたちを宿の中に案内する。その部屋は現実世界だとすれば、泊まるためには給料の何割を払わなければいけないかなんて、考えると気が遠くなりそうなほどの上等な部屋だった。ボーイが挨拶をして帰っていく。


 部屋に入ると杏奈は浮かれた様に部屋の内部を見回して、すごいすごいと言って興奮していた。


「あんたはずいぶんと慣れているだね」


 スーノは帰り際のボーイにチップを渡しているディーノの姿を見ていた。その姿からは、このような場での立ち振る舞いに慣れているのがよく分かる。


「これでもウチの団は、イワフネの街では”顔”なんだよ。こういう上等なところ(、、、、、、、、)のトラブルの仲裁を請け負うこともあるしね。裏の顔(、、、、)が無いわけでもない」


 現実世界のことを思い出す。確かに綺麗事だけで回せるほど、現実世界は暢気で単純では無いことは、スーノ・菅原直人も経験していたし、良く理解もしていた。

 この世界も、変わらないんだな。スーノの思考の傷がまた少し深くなる。


んじゃよろしく、とディーノはスーノに手を上げて部屋を出て行った。


「あれ、ディーノさんは?」

「帰ったよ」

「ふ~ん、ねえ、街に見物に行ってもいいかな?」

「ああ、いいよ」

「んじゃ、行って来ま~す、エンジ、行こ!!」


 杏奈の言葉を受けて、エンジがヨッコラショと重い腰を上げ立ち上がる。横目でスーノを見るエンジに、スーノは「杏奈のこと頼むよ」と頭を下げて拝むように手を顔の前に掲げる。エンジは、仕方ないな、といった体で杏奈の後を追いかける。


「なんかあったら、念話をしろよっ」


 スーノの声に「は~い」と元気な返事をして杏奈は部屋を出て行った。

 これじゃ保護者だよ・・・なんて考えもするが、まあ、確かにリアルの年齢から考えれば、保護者としての立場を取らざるを得ないか、とスーノも諦めた。鎧戸を開け、部屋の窓から街並みを眺める。

 部屋は三階で、この街にはそれほど高い建物は無いため、その見晴らしもなかなバカにならない。正面に見えるのは、堅牢な金属製の柵に囲まれた十分に手入れをされた屋敷林、その向こうに見るからに贅を尽くした建造物がかすかに見える。

 「あれって、もしかしたら領主の館かな?」そんなことも考えるが、この街の地理に全く疎いスーノには分かるはずもない。

 道を見下ろすと、宿の前にこの場に不釣合いな少年といっても良いくらいの男が、宿の関係者から見つからないように位置し立っているのを見つけた。スーノは記憶を引き出す。あれは確か傭兵団の事務所で見た顔だ。


 なるほどね、こちらを完全に信用している訳では無いってことだ。こちらの動ききはちゃんと監視しているってことね。あの銀髪、やる事にそつがない。


 かわかうような態度を取られていることため、彼のことがどうも気に入らずあまり好意をもてないのだが、団の若手を仕切る手腕やこのような手際の良さを見ると、仕事人としては有能なのだろう。団長である父親が厳しいのは、身内故ということか。

 そんなことを考えながら、スーノは念話をするべくステータスウインドウを開きフレンドリストを表示した。










 お祭りの思い出は、焼きそばたこ焼きチョコバナナ、綿菓子も必ず食べたっけ。

 頭に浮んでくるのは、食べるモノばかりというのは、女の子としてはダメダメかもしれないけど、アタシはお祭りが大好きです。

 現実世界でも地元の市内で開催される七夕祭りに利根川河川敷での夏の花火大会、特に秋祭りは山車やお神輿も出てそれを見ているだけでワクワクしてくる。


「ねえ、この世界のお祭りってどんな感じかな?」


 一緒に隣を歩いているエンジに話しかけるけど、エンジはあんまり興味ないみたい。

 これはアタシがお祭りの極意を伝授しなくちゃ。


「エンジはお祭りの良さを分かってないね。アタシが教えてあげるから、よ~く聞いてね」


 歩きながら、人差し指を立てる。


「まずその一は、屋台のジャンクフード!!いかにも安っぽいB級グルメだけど、これがなぜか美味しい・・・」


 なんて自分で言ってるけど、そういえばこの世界の食べ物には味無いんだっけ、と思い出し意気消沈してその台詞も尻窄みになってしまう。

 いやいや、お祭りの良さはまだまだある。


「次に、この雰囲気!!混雑した感じが気持ちを開放って、あれ?エンジ?」


 説明に集中してエンジがアタシの隣から居なくなっていることに気づかなかった。

 振り返って見ると、エンジはちょっと後ろで建物の間の路地を覗き込んだまま動かないでいた。


「どうしたの」


 エンジのそばに駆け寄って、その路地を覗き込む。

 表通りの明るさが信じられないくらい、その路地は暗かった。

 エンジは鼻ををクンクンと鳴らして、路地の先に注意を向けている。


「なにかいる」


 アタシだけに聞こえる声で、エンジが言ってくる。


「なにかって?」

「にんげん・・・こども・・・どこかでかいだニオい。イタがっている?」


 エンジは路地に入っていった。アタシもその後を追う。

 エンジはズンズンと進んで曲がり角を何回か曲がる。

 これってディーノさんと出会った時と似たようなパターンだなぁ、なんて思っていると、前から3人組の男の人がやってきた。

 なんか目つきは悪いし、服装もチャラくて、あまり一人では会いたくない人達だな。

 アタシはエンジを間に入れるようにして、3人組から距離をとる。

 男達はアタシのことをチラッと見たけど、エンジの姿を目に留めると、チッと舌打ちして、通り抜けていった。

 エンジのおかげで絡まれなくてすんだのかな?アタシは緊張して、立ち去る男達の後姿を見送った。


「なんか嫌な人達だったね~」


 その時、エンジは何かに気づいたようにアタシの言葉を無視して路地の先の物陰になっているその奥に向かって走っていった。

 エンジの後をアタシも追う。

 その先、物陰には、顔を腫らし右手を庇う様に抱え込んだ子供が倒れていた。

 アタシは駆け寄って、子供を助け起こす。


「どうしたの、大丈夫?」


 子供の顔を覗き込むと、その顔に見覚えがあった。


「キミ、あの時のスリの子!!」


 倒れこんだ子供の顔色は真っ青で、苦しそうに右手を抱え押さえ込んでいる。

 その手は親指を除いた指四本すべてがバラバラな方向に曲がっていた。


「酷い・・・これって」


 アタシの顔から血の気が引いていくのが、自分でも分かった。

 完全に骨折しているじゃない。それにこの子の痛がりようも大変だ。どうにかしなきゃ。


「だから忠告しただろう、足を洗えって。まあ、遅かったみたいだが」


 背後から聞き覚えのある声が掛けられた。

 振り返ったアタシの目に、暗がりをバックに立っている背の高い男、ディーノさんの姿が見えた。

 腕を組み首を傾げて、苦しそうに痛みに耐えている子供を見下ろすディーノさんの姿が、アタシには意地悪な嫌なヤツに思えた。


「そんなことより、この子怪我してるんですよ!!」


 アタシは声を掛けてきたディーノさんに訴える。

 ディーノさんは膝をついて、子供の右手を掴んで観察する。

 折れた指に触られるたびに、子供は辛そうに呻き声を上げていた


「指四本完全に折れてんな。このまま放っておいたら、右手の指がまともに動かなくなるな」

「じゃあ、どうにかしないと!!」

「どうにかって、なんでオレが」

「お医者さんに診せるとか、やることあるでしょ!!」


 アタシの剣幕にディーノさんが押されてるのが分かる。

 知らす知らずうちに涙が溢れている、そして叫んだ勢いでアタシの目から涙が零れた。

 興奮して自分がなに言ってるかよく分かってない。

 そんなアタシの剣幕に、ディーノさんはあたふたと混乱して、いつもの飄々とした態度は影も形も無い。


[医者だぁ~、そこらの町医者なんて適当にウソ八百並べて呪いかけるだけで役になんか立たねえよ。まっとうな医者に診て貰うなんてどんだけ金が掛かるか・・・」

「いいから、お医者さんの当てないんですか?こんなに苦しそうに・・・あれっ、気を失ってる」


 アタシがディーノさんと言い争うのに夢中になって注意を逸らしている内に、子供の意識が無くなっていて身体からぐったりと力が抜けていた。

 すると、急にディーノさんの顔が真剣になってアタシを押しのけて子供の傍に行った。

 「おい、どうした」と呼びかけながら、子供の頬を軽く叩くけど子供は意識を取り戻さない。

 ディーノさんは子供の顔の痣を確認した。


「これはヤバイな」


 そうディーノさんがつぶやくと、子供を背負って立ち上がった。

 そうか、顔に痣があるってことは、頭を殴られたんだ。

 始めは意識があったのに、気づいたら気を失っているってことは、脳に障害が出てる。


 アタシは高校一年の夏、部活で頭を打って救急車で運ばれた先輩のことを思い出した。

 あの時も、頭を打ったすぐには意識があったのに、その後少ししてから気を失ったはずだ。

 確か脳の中に血が溜まって、それが脳を圧迫して意識を失ったって聞いた。

 その時は、119番への連絡に救急車の到着、病院への搬送すべてが早くて、短期間の入院だけで先輩は何の障害も無く学校に戻ってきたけど、少しでも処置が遅れたら後遺症が残る怪我だったってコーチが言ってたし、運が良かったとも言ってた。

 あの後は、バスケ部の活動に学校の調査が入ったり、保険会社がやってきたりで大変だった。

 そしてその後は部活の練習ではコーチだけじゃなく顧問の先生も現場に居なくちゃいけなくなって、気楽に練習できなくなったのも覚えている。

 でも確か頭を打って意識を失ったときは動かしちゃダメって言われたような。


 そんなことも思い出したけど、それよりもとにかくどうにかしなくちゃって思いのほうが強かった。

 子供を背負って走り出すディーノさんの後を追って、アタシも駆け出す。エンジがアタシの後ろをついてきているのが気配で分かる。

 そして宿から出る時スーノさんに言われた「何かあったら念話して」って言葉を思い出す。

 アタシはステータスウインドウを開き、フレンドリストのスーノという文字をタップした。


「スーノさん!大変です!!」









「では、今はイワフネの街に滞在中ということですか」


 相も変わらずの渋いバリトンボイスが耳に響く。


「はい、出発は多分三日後、大地人の隊商(キャラバン)に同行するかたちでアキバに向かいます」

「了解しました。マウントリムの隧道、気になりますが十分注意をして下さい」

「ありがとうございます。また状況が変わったら連絡します」


 そういって、スーノは十条との念話を切断する。十条との念話で、新たなアキバの状況と新しい重要な情報を知ることができた。

 アキバの状況は未だあまり良くはなっていないらしい。逆に悪化しているといったほうが正解か。

 有力ギルドと弱小ギルド、ギルド間の格差が広がり、その活動に影響を与え始めている。更に言えば、ギルド未加入の冒険者の生活は輪をかけて困窮し、街の雰囲気は悪化の一途を辿っているらしい。

 そうは言っても、各ギルドも自分のところのメンバーの活動をフォローするのが精一杯だろう。博愛主義を掲げてみても、その実力が無ければ、それは絵に書いた餅だ。そして、現在のアキバのどのギルドにも、アキバのプレーヤーを纏める力は無い。

 そして、険悪な空気が原因というわけで無いだろうが、PKが頻発しているらしい。当然、アキバの街内には衛兵機構が存在するため、PK行為は禁止となっているが、街の外、禁止エリア外ではPK行為が日常化しており、多くのプレーヤーがプレーヤー同士の戦闘行為で死亡している。

 そして、注目すべき情報がもうひとつ。PKが頻発するようになったことからも分かるように、アキバで死からの復活が確認された。ゲーム時代と同様に、経験値ダウンのペナルティーは存在するが、大神殿での復活は間違いが無いとのことだ。

 流石にどれだけ投げやりになった者でも、リアルに他者を殺す(、、)ことには忌諱感を感じるらしい。そして死からの復活が確認された現在では、その忌諱感も無くなり、PKへの抵抗感も消えた、ということのようだ。

 これはある意味、この世界への甘え(、、)ではないか、とスーノは考えるが、理性を失った人間の愚かさは現実世界でも見ることが出来たことか。


 思った以上に、状況は良くないな。

 スーノは、事前に考えていたアキバの状況が、自分の予想よりかなり悪いほうにズレていると感じていた。

 考えが甘かったかな?


 西暦2011年3月、東北から関東を襲った東日本大震災、あれはスーノ・菅原直人がまだ大学生の頃だった。あの悲惨で深刻な状況でも、理性を手放さず秩序だった行動を取っていた日本人の姿をスーノ・菅原直人は覚えていた。そしてそんな日本人に誇りを持っていた。

 だからこそ、このゲーム世界に取り込まれたような異常な状況でも、日本人ならきっと理性的な行動を取るのではないか?そんな想いをスーノは持っていたが、どうやら、残念なことだがスーノの予想は甘かったと言わざるを得ないようだ。


 部屋のソファーに座りそんなことを考え込んでいたスーノの脳裏に、念話のコールが鳴り響く。









 スーノは通りを駆け抜け、表通りから傭兵団事務所の入り口に飛び込む。受付に座っている女性二人が驚いたようにスーノを見るが、背後から一緒に走って付いて来た、宿の入り口に張り込んでいた団の若手が説明するだろうと、スーノはそれを無視して、階段を駆け下りた。事務所の中には、取り囲んでいる二、三人の男とエンジの姿。その内側には、ディーノと杏奈、そしてソファーに寝かされている子供と、そのすぐ傍には長身の男、ボーメがいた。部屋に入ってきたスーノに杏奈が気づく。


「スーノさん、この子、気を失っちゃって起きないんだよ!!」


 スーノは興奮した杏奈を手で制して、傍にいるディーノを見た。


「頭を殴られて意識を失った。その後意識が戻らない」


 ディーノの簡単な説明に、何が起きたのかは分からないが、現在どういう状況なのかはスーノにも理解できた。


「ウチも職業柄怪我人の扱いには慣れているし、ボーメは医術の心得も多少持っている。で、ボーメ、どうだ?」


 ディーノの言葉に子供の傍らでその様子を診ていたボーメが、視線を子供に向けたまま応える。


「良くないですね。意識が戻る気配がありません。先ほど嘔吐もしました」


 頭を打って意識が戻らない。それに嘔吐。脳内に出血している時の症状だ。スーノの現実世界の仕事で、工事現場の調査時に外傷を受けそういう症状で病院に運ばれる人間を見ている。


 手が無いわけではない。しかし、それがゲームではないこの世界の大地人にも通じるのか?・・・いや、そんなことをあれこれ考えている余裕は今は無い。


「冒険者の能力を使う。他に怪我はあるのか?」

「右手の指が折れています。ですが、すでに整復は終えています」


 ボーメの応えを聞いて、子供の右手を確認する。その指は四本共ドス黒く変色し腫上がっていた。

 よし。骨折したまま特技を使用すれば、もしかしたら指が折れ曲がったまま接合してしまう恐れもあったが、これなら問題無いのではないか。


 スーノは目を瞑り意識を集中し、子供に向かって両手を掲げる。ステータスウインドウを脳裏にイメージして、その中の回復魔法<キュアブルーム>をタップする。

 意識しなくても、自分の口からその回復魔法の詠唱が始まっているのにスーノは気づく。そして両手が緑色に輝き、その光の粒子が子供の身体に浴びせられた。術を行使してMPの数値が減少していくのと同調し、スーノの背筋に寒気が走る。その魂を吸い取られるような喪失感に耐え、目を開けてみると、真っ青だった子供の顔色に赤みが戻っていることが見て取れた。

 ボーメが子供の様子を事細かく確認する。


「大丈夫、脈拍呼吸も正常です。血色も良くなりましたし、はっきりと断言は出来ませんが回復しているようです」


 その言葉に、杏奈がほっとしたように深く息を吐く。そして力が抜けたのか、膝が砕けて、その場に座り込んでしまった。周囲の男達も、「おおっ」っと歓声を上げる。


「・・・よかった」


 涙を拭う杏奈。その目は真っ赤に充血していたが、安心したのか笑顔を見せていた。









 スーノは念のため、と子供に対して<ハートビートヒーリング>の呪文も詠唱しておく。その結果、子供の顔色は更に良くなり、腫上がって変色していた右手の指も元通りになったようだ。

 ふぅ、と息を吐いて、スーノは傍にある椅子に腰掛けた。

 どうやら大地人に対しても、特技は有効なようだ。それに、大地人も現実世界の人間と同じように怪我をし、それが原因で命を失うことがあるということも確認できた。


 まったく、魔法なんて非常識な現象があるくせに、それ以外は現実と変わりはしないじゃないか、この世界は。


 そんなことをを椅子に座ってつらつら考えていたスーノだったが、突然聞こえてきた甲高い抗議の声に、目を覚ましたようにハッと顔を上げる。


「ディーノさん、あなたがあの男達の手引きしたんですか?」

「いったい何の話だよ」

「だからこの子を襲ったあの男達のことです!!」

「オレは関係ないよ」

「でもタイミングが良すぎます。」

「おいおい、カンベンしてくれ」


 杏奈がディーノに向かって、食って掛かっていた。要するに、子供を襲ったのはディーノの差し金ではないかと、杏奈は疑っているようだ。

 これは”言い掛かり”といっていいクレームだ。杏奈も冷静であれば自分の言っていることが理不尽な筋の通らないことだということに気づくだろうが、子供への酷い仕打ちを見て気持ちが昂ぶっている精神状態ではそれをを判断することができていない。

 それをディーノは一笑に付して、呆れたように杏奈の相手をしていた。


「そんな疑いをかけるのはいいけど、何か証拠はあるんかい?」

「証拠は無いけど・・・でも」


 杏奈が顔を伏せて肩を震わせている。気持ちが治まらないのか、その瞳から再び涙が溢れていた。団の男たちは、二人を遠巻きにしてその様子を見ていた。ボーメは腕を組んで、ディーノの様子を値踏みするように観察していた。


 パンッパンッ!!


 手を打ち合わせた甲高い音が二つ、部屋に響く。手を叩いたスーノが立ち上がり、杏奈の目の前に歩み寄る。


「杏奈、落ち着いて考えてごらん。彼がこの子に危害を加えて何か得することがあるかい?」


 杏奈の心を落ち着かせようとしているのか、スーノはゆっくりと出来るだけ低い声で杏奈に語りかける。


「それに襲撃したその場にディーノが姿を見せる必要はないよね。もしこの子の醜態を観察するのが趣味のゲスな野郎だったら、陰から見ているだけでいいんじゃないかな」


 杏奈の肩がビクッと動いて、顔を上げる。そして「でも・・・」と反論しようとするが、その後の言葉が続かない。スーノは、杏奈に語りかけるように続ける。

 本当にディーノが手引きをしたのなら、杏奈がいる現場に姿を見せないはずだ。もしその姿を現せれば、傭兵団と僕達の関係に多少なりともヒビが入る。それはキャラバンの護衛任務のために冒険者を探し続けてようやく契約できた傭兵団としては、利が無いことだ、と。


「だからおそらく彼は関係ないよ」


 話を聴き終える頃には、杏奈の興奮した気持ちも落ち着き、納得したように頷いていた。

 混乱させないようにそこまでは杏奈には話さなかったが、スーノは更に深く考えをめぐらせていた。

 子供のことなどどうでもよく、自分と傭兵団のことだけを考えるなら、ディーノはその襲撃の現場で姿を現さないのが最善の良策だったはずだ。しかしどういうわけか彼はその場に姿を現し、子供の手当てに奔走した。

 子供が指を折られただけで済んだというのも、スーノにはどこか引っかかる。もちろんそのことには根拠が無いのだが。


 ディーノに視線を向けるスーノ。その視線に気づいたディーノは相変わらずのヘラヘラした軽い態度を取っていた。だが、じっと見つめるスーノの視線の圧迫感にその軽薄を装った覆面は剥がれ、彼は誤魔化すように咳払いなどして視線を外した。

 そんな二人の姿を遠巻きに見ていたのはボーメだった。スーノもボーメの様子には気づいていた。


 なるほどね。あの人には全部お見通しで、ディーノがどのようにこの場を収束させるかを観察していたってことか。さすが団のナンバー2ってことだな。さて、ディーノの行動は彼の御眼鏡に適ったのかな。









「その女の人の言うとおりだよ。その銀髪の人は関係ない」


 いつの間にか意識を取り戻した子供が、ソファーに寝かされていた身体を起こす。杏奈が咄嗟に子供に駆け寄り、「大丈夫?」とその身体を支えてやる。


「お姉ちゃん相手の仕事(、、)で失敗したとき銀髪の人に言われたとおり、オレはずっとメルケルファミリーに脅かされていたんだ。仲間でもファミリーの言うとおりにしないヤツは知らないうちにいなくなっていた。銀髪の人の言うとおり、多分殺されてるんだと思う」


 そして子供は続けた。

 ファミリーの要求するみかじめ料を言いなり通り払っていたら、自分達の取り分など残りはしない。それは死ねと言われていることに等しい、と。子供は笑いながら涙を流していた。


「あの人が言うとおり、オレだってこんな仕事からは足を洗いたいんだ。でもどうやって生きていけばいいんだよ。親も家族もいない子供に仕事をくれる人なんてどこにもいないよ。今のオレに出来る仕事なんて、人の財布を抜き取ることぐらいのクソみたな仕事しか無いんだ。ねえ、どうすればいいのさ?」


 子供の血を吐くような独白に、皆言葉も無く押し黙っていた。

 団の男たちは、ある者は顔を伏せ、ある者は子供の姿を視界に入れないように顔を逸らせて、ある者は歯を食いしばって握った拳を震わせ、それでも静かに聞いていた。男達は皆、どこかで自分の過去の姿を見ているような気になっていたのだろう。

 現実は酷薄だ。努力をすることは当たり前で、そんなことなど関係なく、チャンスを呼び込む力を持たざる者にはそれが訪れることすら無い。自分達は実力からか運からか、それは人それぞれだが、この団に拾われ新しい人生を掴み取ることができた。だが出来なかった者も沢山いたことを、男達は忘れてはいなかった。



 子供は自分の右手を開閉して動くことを確認する。それに満足したように笑って言った。


「怪我を治してくれてありがとう。お礼はなにも出来ないけど、ごめんなさい。でもこれで仕事を続けられる」


 何も出来ない。

 スーノはその苦々しい告白を聞いて、胸が押し潰されるような思いに取り付かれるが、自分には何も出来ないことに失望する。自分はこの世界の本当の人間ではない。この子の人生に干渉する資格は無いんだ。杏奈も言いたいことがあるけれど、それを言うことが出来ない苦しさに身を焦がしていた。


 子供はソファーから下りて頭を下げ、そしてその場から逃げるように去ろうとする。

 だけど、子供はその場から動くことが出来なかった。子供の左手を誰かが掴んで離さない。子供が掴まれた左手の先に視線を送る。そこには背の高い銀色の髪の男がいた。子供は「えっ?」と不思議そうな表情をして銀髪の男を見上げる。銀髪の男は子供に視線を合わせることはせずに言った。


「仕事はある。給料は出ないが飯と寝る場所だけは用意してやる」


 その言葉を聞いても、子供には何を言っているのか理解できず、ぽかんと呆けたままだった。


「三代目!!」


 ボーメの厳しい声が響く。


「どういうつもりですか?こんな子供はこの街にはゴマンと居ます。その全員を雇い入れるつもりですか?」

「そんなこと言ってねえよ。コイツだけだ」

「そういう個々の問題を話しているのではありません。あなたの考え方を指摘しているのです」

「ぐだぐだ言ってんじゃねぇ。オレの責任で小間使いをひとり雇うってことだけだ!!」

「三代目、あなたにそれを決める権限はありませんよ。あくまで今のあなたは九番隊の隊長でしかありません。人を雇い入れる権限は無いんですよ」


 ボーメの厳しい詰問に、ディーノは反論する道筋を潰されていき、退路の無くなったディーノの表情が厳しくなっていく。二人の睨み合いに、場の空気が殺気立つ。その一触即発の状況に、皆緊張し、杏奈に至っては部屋の片隅に逃げ、小さくなって嵐が過ぎるのを我慢するように縮こまっていた。


「なんだ、この騒ぎは」


 その時、扉を開けて誰かが部屋に入ってくる。部屋に響くその声を聞いた男達は、全員直立不動になった。

 スーノと杏奈の二人は男達からは離れて、その一部始終を見ていた。


「何があった。説明しろ」


 部屋の中央に進み出て、周囲の男達を見回して発言する<折剣傭兵団>団長エンリコ=バッソ。目つきも鋭く、男達を威圧するエンリコに、ボーメが一歩踏み出し、事の顛末を話し出す。エンリコは黙ったまま一言も口を挟まずに説明を聞いていた。ボーメの説明を聞き終わり、エンリコが声を上げる。


「現在、団の下働きの人手は足りているのか?」

「はい、辛うじて足りていると言うのが現状です。」

「財政状態は?」

「可もなく不可もなく。ただこれ以上の人件費を増やす余裕はありません」


 それを聞き終えたエンリコは、腕を組んで黙り込んだ。何かを熟考しているのだろう。1分ほどの沈黙を、男達は水を差さずに直立のまま待機している。


「よし、その子供を下働きとして雇う。所属は九番隊。経費は九番隊隊長の給料から差っ引くこととする。以上!!」


 そう断言して、エンリコは部屋から去っていった。言葉を挟まずにその指示を黙って聞く男達。

 その姿を眺めていたスーノは。やっぱり軍隊だな・・・なんて気楽なことを誰にも聞こえないように呟いていた。

 

 団長が部屋から去ったのを確認した男達は、子供の傍にやってきて、笑いながら話しかけている。やはり皆どこかこの子供に同情するところがあったのだろう。子供は何が起きているのか、まだ理解できていないようだ。男達は子供の頭や肩を小突いてからかいの言葉を掛けていた。

 そしてディーノが子供の頭を掴んで、自分のほうに顔を向けさせる。視線を合わせて、「とりあえず、お前はオレの指示に従ってもらうぞ」とその目を睨みながら言った。子供はその言葉を聞いて、ようやく何が起きたのか分かったのか、目をぱちくりとさせディーノを見る。

 そして、「オレはここにいてもいいの?」と不安そうな顔色で尋ねる。

 「ああ」とディーノが答える。答えた後「でもオレの給料激減じゃねえか・・・早まったかな~」とディーノは肩を落とすが、「隊長手当てがなくなるくらいじゃねえの?」なんて野次が飛んでくると、「そんなもんスズメの涙くらいの額しかねえよ」などと怒鳴り返していた。

 

 そして満面の笑みの表情の杏奈が子供に駆け寄って、その身体を嬉しそうに抱き締める。

 杏奈の大きな身体に抱きかかえられて、顔を真っ赤にして息も絶え絶えになる子供。

 周りの男達からは、お~役得だね~、とか、その歳で良い想いし過ぎじゃね~の、なんて野次も聞こえてくるが杏奈はそれを無視し、嬉しそうに子供の頭をかい繰り撫で回していた。


「そうそう、名前まだ聞いてなかったよね?なんていうの?」


 杏奈のその質問に、子供は杏奈の大きな胸から這い出るように顔をのぞかせて


「リナ。オレの名前はリナだ」と言った。


 男達は不思議そうな顔をして、「ずいぶん女っぽい名前だな~」なんて冗談めかして言うと


「そりゃそうだよ。オレ女だもん」


 と、さもそれが当然のように胸を張って言い切った。


 一瞬、沈黙が場を支配する。そしてそれを破ったのは、ディーノの叫び声だった。


「え~マジっおんな~!!!!」









 騒ぎの続く部屋を抜けてボーメは表情を変えず団長室に入室する。

 そこではエンリコが椅子に深く腰掛け、巻きタバコを吹かしてていた。

 それに近づくボーメ。


「オレは甘いかな?」


 エンリコの小さな声に、ボーメはかすかに笑みを浮かべる。


「どうだろう・・・まあ、それでもあの場では悪くない判断じゃないか」

「だといいんだがな」


 ボーメはエンリコに薦められた巻きタバコを受け取る。そしてエンリコのタバコの先の火種を自分のタバコに移した。

 深く息をしてタバコの煙を味わい、ため息をつくように深く息を吐くと、タバコの煙が天井に昇り天井近くの採光窓から入る光を際立たせていた。





魔法の使用法について、かなり捏造して書いております。平にご容赦を

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