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あゆみさんはサンドイッチだ。ハムとレタス、卵、ポテトサラダ、ジャムなどの定番。雅さんは筑前煮、切干大根、ひじき、出汁巻き卵、かぼちゃの煮物、煮つけてある野菜の肉巻き、具は分からないが白いおにぎり…何か煮物多いね。と言うか流石強敵、品数もすごい多いし気合入っている。私はミニ煮込みハンバーグ、チーズを入れたミニオムレツ、鮪の竜田揚げ、アスパラの胡麻和え、トマトたっぷりスパゲティサラダ、牛蒡と牛肉のしぐれ煮、鮭のほぐし身と刻んだ大葉と白胡麻に酢飯の小さいサイズのおにぎりだ。いざ尋常に勝負!
「雪夜君、召し上がれ。雪夜君の為に心を込めて作ったのよ。」
「雪夜君、あゆみのも食べてぇ。今日は早起きして頑張ったんだぁ。」
「私のも良ければ食べてね。」
「ありがとう。頂きます。」
雪夜君は手を合わせて頭を下げた。
雪夜君に使い捨てのお絞りを渡してあげる。サンドイッチとかおにぎりとかあるから手を拭いた方がいいだろう。雪夜君はお礼を言ってお絞りを使った。
雪夜君は物を食べる時、自分の嫌いな物から食べる(冷めるとか関係ない場合のみ)。真っ先にあゆみさんのサンドイッチに手を付けた。あゆみさんの料理壊滅具合は事前に聞いている。手に取ったのは卵サンドだ。
口に含んで咀嚼する。素早く飲み込む。私はサッとお茶を差し出した。雪夜君はお茶を受け取ってごくごく飲む。
「雪夜くぅん。おいしい?」
「…藤森、お前味見した?」
「え?ううん。一番に雪夜君に食べてもらおうと思ってぇ、味見は我慢したのぉ。」
料理する者としてそれはちょっとない発想だぞ。
「辛い。」
「え?」
「ものすごい辛い。あと卵の殻入ってる。味見はした方がいいと思うよ。」
雪夜君はそれでも手に取った一切れは何とか食べきった。そして口直しにお茶を飲む。辛いかぁ…塩辛いのか、本当に辛いのか…雪夜君のニュアンスから言うと後者な気がするんだけど、何入れたんだろう?
「雪夜君。この煮物食べて?自信作なの。」
雅さんが箸で煮物をつまんで雪夜君の口に近付ける。雪夜君は眉を顰めた。
「自分で食べられるよ。」
いつまでたっても雪夜君が口を開けてくれないので雅さんは諦めて箸を下した。雪夜君は割り箸を手に雅さん自信作の筑前煮の里芋を口に放り込んだ。里芋は煮崩れてたりはしないで形も綺麗だ。
「どうかしら?」
「おいしいよ。上品な味付けだね。」
雪夜君に言われて雅さんは自慢げだ。勝ち誇った目であゆみさんを見る。あゆみさんは悔しそうだ。本当の所雪夜君は煮物は味が染みてちょっとやわやわに煮崩れてるくらいの方が好きなのを私は知っている。
「切干大根も食べて?」
雅さんはあれを食べて、これを食べて、と自分のお弁当をしきりに食べさせている。そして逐一感想を聞いては喜んでいる。
「そろそろ結衣のお弁当も食べたいな。」
多分和食系の煮物に飽きたんだと思う。雪夜君はお茶で口直しして私の作った煮込みハンバーグを食べる。
「あ、これおいしい。オレは好きだな。」
「本当?良かった。」
「こっちは何?」
「鮪の竜田揚げだよ。」
「へー、おいしそう。」
次々と箸を伸ばす。どれも喜んでもらえてるみたいで良かった。
「オレだけじゃなくて皆も食べてよ?」
言われてお絞りで手を拭いて、自分のお弁当を口に運ぶ。うん、いつもの味。雅さんが煮物を大量に作ってきたので、私の煮物は減らないと踏んで牛肉と牛蒡のしぐれ煮を食べる。本当はちょっぴり雅さんのお弁当も食べてみたいんだけど、そんな事言ったらすごい嫌な顔されそうなので言わない。
鮭のほぐし身と刻んだ大葉と白胡麻に酢飯のおにぎりを手にとって食べる。さっぱりしていて美味しい。私、これ好きなんだよねえ。
「結衣、そのおにぎりおいしそうだね?」
「うん。鮭のほぐし身と刻んだ大葉と白胡麻を酢飯に混ぜ込んであるんだ。さっぱりしてるし、鮭のうまみが出ていて美味しいよ。」
「じゃあ一個貰おう。」
雪夜君はおにぎりにかぶりつく。
「わ。旨い。大葉がいい香りだね。食が進む。いくらでも食べられそう。もう一個貰っていい?」
雪夜君はぺろりと一個おにぎりを完食してもう一個に手を伸ばした。
「ふふ。いいよ。いっぱい食べて?」
雪夜君は喜んでおにぎりを食べている。雅さんがギロリと私を睨む。
「雪夜君、あんな女の作ったおにぎりじゃなくて、私が心を込めて作ったおにぎり、食べて?」
自分が作ったおにぎりを差し出す。なんだか結構大きなおにぎりだ。がっつり食べるタイプ?
「何が入っているの?」
「塩混布よ。」
「ふうん?」
雪夜君は手にとって食べる。感想は「うん、おにぎりだね」だった。普通のおにぎりって言うことだろう。雅さんがもう一つ勧めていたが、「お米ばっかりだと飽きるから」と言って断られていた。雪夜君は雅さんと私のお弁当をそれぞれつまんで食べた。あゆみさんのお弁当は完全に除外されている。あゆみさんの恨みがましい視線を受ける。こわいよ。でもあゆみさんも自分の作ったサンドイッチを食べて顔を顰めている。多分まずいんだろう。勝負を挑むにはまだちょっとスキルが足りなかったね。
あらかたお弁当が片付いた。
「おいしかったよ。ありがとう。」
雪夜君が笑顔で皆にお礼を言う。
「雪夜君、まだお腹に余裕ある?」
「ん?まだ大丈夫だけど?」
「デザート作ってきたの。良かったら食べて?」
デザートはいちょう切りした林檎をバター、シナモンやレモン汁で煮込んだものを餃子の皮に包んで揚げたものだ。一口アップルパイかな。
「へえ、どれどれ?…揚げ餃子?」
「アップルパイなの。」
まあパッと見揚げ餃子に見えるよね。
「ふうん。いただきます。」
雪夜君はアップルパイを口に含んだ。もぐもぐと咀嚼しているが、感想は聞かなくても表情で分かる。雪夜君の表情が緩んでる。見ているこっちまで美味しそうだ。
「すっごいおいしい。何コレ。シナモンがきいてて林檎がジューシー。皮もパリッとしてるし。普通のアップルパイみたいに厚い皮じゃないからお弁当食べた後にも無理せず食べられる。もたれない。」
「そう?良かった。」
「もう一個食べてもいい?」
「勿論。」
雪夜君はもぐもぐアップルパイを食べている。気に入ったようだ。雅さんとあゆみさんに憎悪の目線を向けられる。こわいって!
雪夜君と私がアップルパイを食べ終わると、雅さんがおもむろに切り出した。
「雪夜君、誰のお弁当が一番美味しかった?」
それが一番聞きたかったんだろう。他の二人に比べて自分が優れていると示したい。雅さんからはそんな欲求を感じる。正直雅さんのお弁当を食べていないので雅さんのお弁当と私のお弁当、どっちが美味しかったのか分からない。あゆみさんはランク外だと思うけど。
料理はそんなに不得意ではないけど、雅さんは自分の料理に相当自信がありそうだ。負けたくない…雪夜君に一番おいしいって思ってもらいたい…
「うーん、結衣のお弁当が一番オレの口に合ったかな。」
雪夜君はさらりと答えた。私の心がぱあっと明るくなった。
「そんな!?あの女のお弁当に私のお弁当が劣っているというの!?雪夜君!!」
雅さんが絶叫した。私に負ける事など微塵も考えていなかったという顔だ。
「劣ってはいないよ。神崎さんのお弁当もおいしかった。オレが結衣のお弁当を気に入っただけ。」
「ど、どこが…?」
「結衣のお弁当はね、バランスがいいんだよ。主菜も副菜もバランス良く入っているし、揚げ物、焼き物、煮物もバランス良く入っているし、彩りも鮮やかだったでしょ?実際色んなもの食べてみても飽きなかった。おにぎりも小さかったでしょ?あれ、きっと今日色んな人のお弁当食べると思ってわざと小さくしてくれたんだと思う。おにぎりとか大きいと他のもの食べる余裕なくなちゃうからね。そういう気遣いがいいなあって。おいしいデザートもついてたしね。だから俺は結衣のお弁当が好きかな。」
確かに雅さんのお弁当煮物ばっかりで全体的に茶色っぽかったよね。おにぎりやたらでかかったし。雪夜君、やっぱり私の考えてる事ちゃんと理解してくれてるんだな。小さいサイズのおにぎりの事とか。私は嬉しくなった。雅さんはまさに絶望…と言った顔をしているが。
「そんな…誰に食べさせても一番だって言われてたのに…」
雅さんはぶつぶつをうわごとを呟いている。
「まあ、おいしい事はおいしかったよ。」
雪夜君が困った顔をする。雅さんはしばらく下を向いてぶつぶつ何かを呟いていたが、やがて顔を上げて雪夜君を見る。
「そういうことね!?そうなのね!?」
「えっ?何が?」
「あの女に、あの女のお弁当が一番美味しいって言えって脅されたんでしょう?でなければ雪夜君があの女のお弁当を選ぶはずないわ!なんて卑怯なのかしら!女の風上にも置けない…!!可哀想な雪夜君。でも分かってるわ。本当は私のお弁当を一番喜んでくれたのよね。大丈夫よ。私はいつも雪夜君の味方だから。」
勝手に自己完結したらしい。私は唖然とし、雪夜君は呆れた目で雅さんを見ている。あゆみさんはずっと下を向いたままだ。
「……る。」
「え?」
あゆみさんが何か言ったような気がする。なんだろうと顔を向ける。
「帰る!あゆみもう帰る!なんなのよ!転んで怪我するし、雪夜君は全然あゆみのお弁当食べてくれないし、こんなの楽しくない!全然楽しくない!!山なんて嫌い!もう帰る!!」
あゆみさんはブチ切れてしまったようだ。大声で喚き散らしている。
「勝手に帰りなさいよ!私は雪夜君と一緒に山を散策するんだから。アンタは邪魔!」
「ふざけないで!雪夜君はあゆみと一緒に帰るの!!雅さんは一人で山にいれば!?」
「ふざけてんのはアンタよ!なんで雪夜君が帰らないといけないのよ?!勝手な事言わないで!アンタ一人が帰ればいいでしょう!あ、朝比奈さんももう帰っていいわ。」
二人はギャーギャー言い合う。当然ながら注目も集めている。
うーん、どっちも自分勝手だと思うけど。雪夜君の意見とか聞かないの?でもまあ、あゆみさんは可哀想かな。自分の好きな相手が自分のお弁当に辛口評価を下して、他の女のお弁当美味しいって食べ続けてたんだから。
「雪夜君、どうする?」
雪夜君の意見を聞かなければ始まらない。こんだけ大変なデートならさっさと切り上げて帰りたいと思ってるかもしれないし。
「うーん……藤森、ソフトクリーム奢ってあげようか?」
「え?」
「さっき売店で売ってたのを見た。今日お弁当を作ってくれたお礼に3人に奢るよ。もちろん藤森にも。好きでしょ?」
てっきり帰るって言うのかと思った。意外だ。
あゆみさんはポカンと口を開けていたが、理解すると嬉しそうに頷いた。
「嬉しいっ!雪夜君!」
雪夜君の腕に飛びつく。
「でも今は弁当食べてお腹いっぱいでしょ?もう少し散策してからソフトクリームにしよう?いい?」
「うんっ。」
泣いた鴉がもう笑った訳ですね。あゆみさんはすぐにご機嫌になった。雅さんは渋い顔で舌打ちをしている。
それからしばらく周囲を散策した。紅葉が本当に綺麗で家に持って帰りたいくらい。でも紅葉の葉は去年雪夜君がお土産にくれたのがあるからね、我慢しよ。蓑虫がいるのを微笑ましく眺めたり、野草を観察したりした。
「結衣、こっち来てごらん?」
「うん?」
雪夜君が手招きするのでそちらへ向かう。雪夜君は一羽の鳥を見ているようだ。
「ジョウビタキだよ。体の下面がオレンジ色だからオスだね。今の時期越冬のため日本に来てるんだ。」
大きさはスズメくらい。黒い羽根に白い班がある。頭を下げるお辞儀のような動作をしている。
「へえ。かわいい。普段はどこの国にいる鳥なの?」
「うーん、繁殖するのは中国東北部とかかなあ。」
国を超えてきている鳥なんだね。凄く可愛い。
「雪夜君詳しいのね。流石だわ。」
雅さんが目を輝かせて詰め寄る。雪夜君が一歩引いた。
「たまたま知ってただけ。」
「でもすごぉい。」
あゆみさんも感激している。こういう所で男が上がるのか。勉強になるねえ。
他にも野鳥を見つけて詳しく聞いてみたりした。雪夜君詳しい…
日が傾いてきた頃雪夜君が「そろそろソフトクリーム食べる?」と聞いてきた。皆が頷く。ソフトクリームはバニラとチョコとミックスと、何故かお豆腐味があった。何故豆腐…
雅さんと雪夜君はチョコを、あゆみさんはミックスを、私はお豆腐を頼んだ。変わり種ソフトクリームって地雷なこともあるけど、私は見ると選ばずにはいられないタイプだ。
見かけは少し黄色がかった白。恐る恐る口にする。
お豆腐味。めっちゃお豆腐味。
「結衣、一口チョーダイ。」
「いいよ。」
雪夜君が私のソフトクリームをぺろりと食べる。
「すっごいお豆腐味だね。」
「ねー。」
バニラと比べると私はバニラの方が好きだけど、たまに食べる分にはこれも結構美味しい。
「オレのも一口食べる?」
「うん。」
チョコを一口貰う。うん。安定の美味しさ。
「雪夜君、私のも一口食べる?」
「同じ味じゃん。」
雅さん撃墜。
「雪夜くぅん。あゆみのも食べてもいいよぉ。」
「いらない。フツーのミックスでしょ?」
あゆみさん撃墜。
二人はギリギリと私を恨めしげに見る。自分の好きな人が目の前で他の女と食べさせあいっこなんてしてたらたまんないよね。私は二人にちょっと同情した。
ソフトクリームを食べ終わると夕焼けだった。
「山間に夕日が入る所見よう。」
雪夜君が言うので移動する。立体的な山間に夕日が沈んでいく。山と夕日が接する一面が茜色に輝き、神々しいばかりに綺麗だ。これは感動もの。カメラを構えたが、上手く撮れているかどうかは分からない。不意に携帯が震えた。
雪夜君からメールだった。雪夜君の方を見ると携帯を握りしめてチラッとこちらを見た。
『この山に来たことのある友達が、山に沈んでいく夕日がすごく綺麗だって教えてくれた。だから結衣と一緒に見たかったんだ。気に入った?』
雪夜君があゆみさんにキレられても山を下りなかったのはこれの為だったのか。私はすごく嬉しくなってしまった。
『すごく気に入った。嬉しい。ありがとう雪夜君。だいすき!』
私もすぐに返信した。雪夜君は携帯を見てちょっと笑った。
それからはロープウェイで下って行って、更に徒歩で山下りである。帰る頃には夜。私はくたくたになってしまった。どう考えても争いが起こるので雪夜君は誰の事も送らなかった。来た時と同じようにバス停で解散。でも雪夜君からは『気をつけて帰ってね。何かあったらすぐ連絡して。』とメールを貰った。嬉しい。
後日雅さんとあゆみさんが争っていた。どうやらあゆみさんと雪夜君のツーショットの写真はあゆみさんの顔が半分に切れて写っていたらしい。あゆみさん、本当、散々だったね。




