32
私のお誕生日である。
学校にはナッツたっぷり、ドライフルーツたっぷり、洋酒たっぷりなフルーツケーキを持っていった。クグロフ型で焼いたもので、一応3日寝かせたものだ。海外でクリスマスに食べるようなフルーツケーキは3週間くらい寝かすと聞いた事がある。里穂子ちゃん、倉持君、林田君に食べてもらったが、なかなか好評だった。プレゼントも貰った。とても嬉しい。それは良い。本日のメインイベントは次だ。
自宅に帰ると家の前に雪夜君が立っていた。家の前で待ち合わせしていたのだ。今日も家族は外出中だ。うちは家に人がいない事が多い。
「待った?」
「そんなに待ってないよ。」
いつものやり取りだ。家の周りは住宅街で、時間を潰すような所はないし、あまり待っていて心地いい所ではないはずなのにそれを全く感じさせない笑顔。優しい。雪夜君また背が高くなったな。はう…格好良い。
「どうかした?」
雪夜君が首を傾げる。雪夜君に見惚れてて反応が遅れてしまった。
「なな、なんでもないよ!」
慌ててごまかす。
「ふぅん?オレに見惚れてた?」
雪夜君が悪戯っぽく笑う。あうー。見抜かれてるううう。
私は顔を真っ赤にした。素直に認めるしかない。
「……うん。」
「ふふ。オレもよく結衣に見惚れてるよ。」
雪夜君は何を言ってるんだか。甘すぎるよ。ふー熱い熱い。私はパタパタ顔を扇いだ。
「とりあえず中に入って。」
私はポケットから鍵を取り出して鍵を開ける。雪夜君がその様子を見ている。というかキーリングを見ている。
「雪夜君?」
「そのキーリング……結衣が誕生日に貰ったものでしょう。去年。」
「え?」
このキーリングは去年の誕生日に二宗君に貰ったものだ。雪夜君は当然それを覚えていないはずで…今までもそれを指摘された事はなかった…
「も、もしかして記憶が戻ってきてるの!?」
「またちょっとだけ思いだした。結衣はそのキーリングを『二宗』ってヤツに貰ったって言っている場面。オレは二宗っていうやつがどういうやつなのか今は思い出せないけど、オレはその時二宗って言うやつを疎んじてた。結衣に構うから妬いてた。」
雪夜君はさらっと爆弾を落としていく。や、妬いてた???あんなに前から????ゆ、雪夜君っていつから私のこと好きだったの!?私の頭はカッカと燃えるようだ。煮えてるかもしれない。
「結衣?」
雪夜君に声を掛けられて我に帰った。
「と、とりあえず上がって。ごめんね、待たせて。」
「ううん。ヘーキ。」
私は雪夜君を部屋に案内する。それからケーキの用意だ。私のお誕生日だが、雪夜君に食べてほしくて焼いた。季節じゃないので苺が高かったが、苺のフレジェだ。ドリップコーヒーを入れる。いい加減コーヒーメーカー買っちゃおうかな。
用意したものを部屋に運ぶ。雪夜君は熱心に部屋を見ていた。特に変わったものは置いてないはずだが…?
「雪夜君、どうかした?」
そこで初めて私が入ってきたのに気づいたようだ。ハッと振り返った。
「結衣が初めて部屋に案内してくれた時、オレ結衣って結構見た目が真面目そうだし、月姉みたいなシンプルで実用的な部屋だと思ってた。でも実際入ったらすっごい可愛い部屋で、オレ『ギャップがすごく可愛い』って言った。」
雪夜君…それも思いだしたんだ!確か初めて雪夜君を私の部屋に招待したのは私の誕生日だったな。だからだろうか…
「雪夜君。他にも思いだせる?」
「ううん。今はそれだけしか思い出せない。」
「そっかあ…」
「ごめんね?」
雪夜君はしょんぼりした。私は慌てた。
「ううん、別にいいの。思い出してくれたら嬉しいけど、プレッシャーとか感じないで?」
「うん…」
雪夜君はしょんぼりしたまんまだ。記憶が無い状態なことに責任を感じてるのかもしれない。今ややこしい人間関係だし。こういう時はケーキだ!
「雪夜君、ケーキ食べよ。」
「うん。おいしそうだね。この季節苺って高いんじゃない?」
「えへへ。ちょっと高かった。雪夜君に食べてほしくて奮発しました。」
「ありがとう。結衣の誕生日なのにね。」
「雪夜君が美味しそうに食べてくれたらそれがプレゼントかな。」
喜んでくれたらすごく嬉しい。
「ダメ、ちゃんとプレゼントも用意してあるの。ありきたりでごめんね。はい、お誕生日おめでとう。」
雪夜君に渡されたのは細長い箱だった。
「ありがとう。開けてもいい?」
「うん。」
包装を丁寧にはがして箱を開ける。出てきたのはネックレスだった。素材はホワイトゴールドかな?形は斜めに曲がったオープンハートで、ハートの左側に青い色味の違う石が二種類と、その間を埋めるように透明の小さな石が3つ埋まっている。キレイ。多分一番大きくて深い青の石は私の誕生石のサファイアだと思う。他のはちょっとよくわからないが。可愛いのに上品!
「素敵。大切にするね?」
「そうしてくれると嬉しい。結衣が身に着けられるものを選びたかったんだ。」
雪夜君に飾られるのって嬉しい…きゅんってなる。
「ねえ、つけてくれる?」
ちょっとくらい甘えても許されるかな?雪夜君は「良いよ」と笑って私の後ろ側に立った。私からネックレスを受け取ると金具を外して、私の首にネックレスをかけ、首の後ろ側で金具を止める。雪夜君は後ろから私の耳にちゅっと口付けをして「おめでとう、結衣」と囁いた。耳触りのいい声と吐息が耳に触れて、非常にときめいた。私のときめき値は鰻登りだ。
正面に戻ってきた雪夜君が私を見る。
「とっても似合ってるよ。可愛い。」
正直着ている服が制服だからそんなに似合ってるかどうかわからない。でも雪夜君に褒めてもらえて嬉しい。
「ありがとう、雪夜君。雪夜君は次の誕生日も月絵さんと桃花ちゃんにクッキーあげるの?」
桃花ちゃんの誕生日は来年なので「今年の」とは言えなかった。月絵さんは10月10日だったはずだ。
「あ、もうその話もしたんだ?じゃあ、オレが何持ってるかも分かってるのかな?」
「えっ?もしかしてクッキー?」
「あたり。」
雪夜君は鞄からラッピングされたクッキーを取り出してきた。まさか本当に出てくるとは…雪夜君、記憶無くなっても行動パターンは一緒なのね。でもクッキーの種類は去年と違った。ココア生地のドロップタイプのクッキーが透明な袋にラッピングされているのが見えている。
「はい。結衣にプレゼント。」
「いいの?」
プレゼント2個目だが。
「勿論。結衣に食べてほしくて焼いたんだよ。実はちょっと気合入ってる。味に自信ありだよ。食べてみて。」
「うん。いただきます。」
包装を剥がしてクッキーを見る。ココア生地の中にチョコチップと胡桃が入っているのが見えるな。ぱくりと口の中に放り込む。何かふかふかしてる。ベーキングパウダーで膨らんでる系だ。咀嚼すると胡桃の歯触りがカリッとして、生地のほのかな苦みとチョコチップの甘みが舌を刺激する。美味しい!確実に去年より美味しい!
「雪夜君!すごく美味しい!すごいよ!去年よりすごい!」
「ホント?良かった。味に自信あり!とか大きな事言っちゃったけど実はドキドキしてた。結衣はお菓子作りすごく上手だからオレのクッキーなんてまずくて食べられないんじゃないかと思って。」
「そんなことないよ。すごく美味しいもの。しかも雪夜君の手作り~うふふふふ。」
笑いが止まりませんよ。雪夜君が“私の為”に作ったクッキーだぁ。誰かに作ってもらうのって嬉しいなあ。いや、親には結構作ってもらってるけどそれは別カウントで!いつも感謝してますお母様!
「これは神崎さんも美味しいって言ってたんじゃない?」
「え?」
「え?」
雪夜君がすごく不思議そうな顔をしている。なんでそんなに不思議そうな顔をする…?
「神崎さんには作ってないけど?」
「え?あれ?3人平等って言ってたからてっきり…」
わ、私だけ?これって特別なの??
「プレゼントはあげたけど。」
「何あげたの?」
つい聞いてしまう。比較してるみたいでやな感じだよね。聞かなきゃよかったと思っても口から出た言葉は撤回できない。
「石鹸3種類。」
ちょっ…思いっきり形の残らないものあげてるし!いや、雅さんの事だから大切に石鹸飾ったりしてそうだけど。じゃあこのネックレスって私、特別扱い?だと嬉しいけど。いや、あゆみさんの誕生日プレゼント聞いてないからな…雅さんが残念なだけかもしれない。
「雪夜君3人平等じゃなかったの…?」
「まあね。だから一応プレゼントもあげたし、神崎さんの家の居間で祝ったよ。」
「居間?」
部屋じゃないのか。
「神崎さんと藤森の部屋には入った事無い。」
「え?なんで?」
誘われなかったのか?やっぱり普通は男性と自室に二人っきりって警戒するもの?
「いや、なんか身の危険を感じるから…」
私はぶッと吹き出してしまった。た、確かにあの二人だと雪夜君の貞操の方が危険かも…
雪夜君も「あはは」と笑っている。冗談か?
「いや、マジ怖いんだって。迫りっぷりがもう。オレ押し倒されちゃうんじゃないかって思うもん。」
笑っているがマジらしい。そっかー。二人っきりになるとそんなに積極的なのかー。私も見習わなきゃダメ?雪夜君を押し倒す……チラッと雪夜君に目をやった。
「ふふ。何?オレの事押し倒したい?」
うあー。また考えてる事筒抜け状態!!やめて、それ!喧嘩にならなくていいんだけど、恥ずかしい。恥ずかしい。そんなこと考えてたなんて知られちゃうの本当に恥ずかしい。死んじゃうう。こんなときはケーキだ!ケーキを食べよう!
「け、ケーキも食べてみて!」
「うん。いただきます。」
雪夜君はフォークでぱくりっとケーキを食べた。
「…ん?ホワイトチョコが入ってるケーキなの?」
雪夜君は食べてすぐ気付いたようだ。シャンティ・ショコラブランに生クリームとホワイトチョコとキルシュを使っている。
「そうだよ。口に合わなかった?」
「ううん。すごく美味しい。苺も瑞々しくておいしいし。見た目もすごい綺麗。やっぱり結衣は凄いね。時々うちに持ってきてくれるケーキやお菓子もすごい評判いいんだよ?流石結衣だって。」
おお。元々雪夜君の胃袋を掴みたくて始めた事だけど、ご家族の胃袋もつかめているか。重畳。将来結婚しても上手くやっていけるかも…なーんて!なーんて!雪夜君もニコニコ美味しそうにケーキを食べている。そうだよこの顔!この顔が見たかったの!!私はにまにましてしまう。
「いつもありがとうね。結衣、生まれてきてくれてありがとう…」
「え?」
「生まれてきてくれてありがとう」は私が雪夜君の誕生日に言ったセリフだ。
「なんでかな?急にそう言いたくなった。結衣が生まれてきてくれて、出会う事が出来て、本当に嬉しい。ありがとう。」
じわじわと言葉が広がっていく。私も雪夜君と出会う事ができて本当に嬉しい。そして…多分私の言葉は今も雪夜君の中で生きてるんだ。記憶が無くても…
「祝ってくれて有難う。」
あの時雪夜君が言ってくれた言葉をそのまま返す。いつか記憶が戻りますようにと祈りを込めて。雪夜君はにっこり笑ってくれた。
それから今日の学校での出来事なんかを話した。里穂子ちゃんからはものすごく乙女チックな夏用部屋着(もう初秋なのに・笑)を、林田君からは、可愛い柄の手ぬぐいを貰った。倉持君は木の実と小鳥が描かれている折り畳み傘をくれた。嬉しい。因みに二宗君だが、コンタクト用の目薬をくれた。一ダースほど。これは夏美ちゃんの趣味ではなく二宗君チョイスと思われる。まあ沢山あっても困らないけどね。いつの間にか失くしてることの多いものだし。
「雪夜君は誕生日に欲しい物とかってある?」
12月になったら誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントを買うのだ!リサーチは必要。でもちょっと直球すぎたかな?
「うーん。去年は何くれたの?」
「お財布だよ。」
「ああ、これ結衣がくれたやつなんだ?とっても使いやすいよ。格好良いし。ブランド物だよね?センスいいね。前のはぼろっちくなってたしいい加減どうかしなきゃなーとは思ってたんだ。」
いい加減どうかしなきゃなーと思ったまんま一年過ごしたんかい!
「まあ、結衣がくれるなら何でもいいけど、出来れば形が残るものが良いな。消耗品とかじゃなくて。」
消耗品を指定されてたらひっそりと涙を流しているところだ。良かった。
「分かった。」
それから部屋で雪夜君とまったり過ごした。
後日、月絵さんと桃花ちゃんからの連名で、引き出しのノブがピンクの薔薇の花の形になっている、白いジュエリーボックスを貰った。一番上の蓋が持ちあげられる形状になって一段、その他に三段の引き出し付きで大量に収納できる。蓋の内側はミラーになってる。これは使いやすい上に可愛い!伸一さんと典子さんは大量のご馳走を作ってくれた。その日は私は料理せず完全なお客様待遇。普段料理しないという伸一さんが危うい手つきで頑張ってくれた。嬉しい。私、七瀬家のみんなが大好きだ。
神崎さんへの誕生日プレゼントは石鹸3種390円+ラッピング105円の495円でした。ワンコイン。
3人不平等があからさまです。雪夜君の人でなしーーーーー!!!




