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School of Savage VS.  作者: 真坂倒
Episode.2
8/19

Game.07 適応力

申込(アタック)!』

受付(コール)!」


 二重の声に一人の声が続く時、画面に赤色(せきしょく)の閃光が(はし)る。


『Team battle,2vs1...』

『Are you ready?』

『――Go!!』


 見物人の一人が、三人の姿をVS-Driveのカメラに収めると、第九エリアの街頭テレビにでかでかと彼らが映り込んだ。画面の隅には『LIVE』の四文字。

 女性的な電子音声が三者のVS-Driveより鳴り響き、それぞれの持ち主に戦闘の始まりを告げる。

 羽々斬は『戦闘開始』という画面を最後に、携帯をポケットにしまい込んだ。

 そして竹刀を構えると、最初に飛んできたのは攻撃ではなく、相手の雑言。


「アホな奴だよ、お前」

「公然と啖呵きってボコられるんだからな」

「大丈夫だ。公然と啖呵きってボコられそうになったら、また公然と啖呵きって逃げるから」


 答えた直後に数メートル向こうから上がる嘲笑に、羽々斬は頬を掻いた。

 同時に「いつものことだ」と自分に言い聞かせて、ため息をつく。

 相対してこの二桁のSP残高を見たのなら、こういう態度も無理がない。

 収まらぬ嘲笑はそのうち爆笑に変わっていき、二人が腹を抱えて自分を指差し笑う様にはさすがに不快感を抱いたのだろう。それは「おい、いい加減始めるぞ!」という督促からも容易に理解できた。

 だが、それに対する返事が――、


「ッ!!?」


 弾丸であることは、一体どれだけの人間が理解できたろうか。

 バン、という破裂音の後に、足元で立つ水柱――――水だ。水の弾丸。

 羽々斬は咄嗟の判断で横へ跳び、紙一重で回避した。


「――そんなモンはオレらが決めることだっつの、バァーカ」


 敵は二人、いずれも皇之木学園生徒。

 拳銃、否、『殺傷能力を持った水鉄砲』を伴った男子と、ククリを装備した男子。

 今の牽制を好機と見なしたククリの男子は、短兵急にコンクリを蹴って、まだ体勢を整え直せていない羽々斬との距離を詰めにかかる。


「――――!」


 目をばちり、と見開いて正面をしかと捉える羽々斬。竹刀を前に構え、受けの姿勢を取った。

 すかさずククリが竹の刀身を叩き鳴らす。それも一度ではない。二度、三度、四度と。その高い反応速度を弄ぶかのように重なる回数――。

 当人は例によって勝利への算段が付いていないものだから、表情は険しい。

 それでもやられっぱなしにはいくまい。

 徒に手を打つ衝撃を押し返し、前へ出て竹刀を振るう。


「調子に乗るんじゃ、ねえッ!」

「ははは、当たらねえな!」


 下に一閃、右に一閃、左に一閃。しかし男子は全て空を身代わりに避け、悠々と羽々斬の間合いから跳び退く。

「まだだ」――彼が追撃を試みた時、水塊が意気盛んにその身を掠めた。

 驚きつつも想定の範囲内。噴水まで駆け抜けた後、縁を盾に身を屈める。

 自分をすぐ後ろで追っていた跳弾音に、肝を冷やさずにはいられない。己が走ってきた跡を瞥見してみると、綺麗に水の道が出来ていた。


「逃げてんじゃねえよ、これからが楽しいんだろうが」

「うっせえ! 訳わかんねえ武器使いやがって!」


 噴水越しでそのようなやり取りが交わされる間にも、連続して射出される水の弾丸。それは地面に激突しては破裂を繰り返す。

 寄りかかった大理石に冷やされた背。飛沫が濡らすワイシャツ。緊張を煽られた羽々斬は、思考能力を低下させていく――。

 男子はそれをわかってか、引き金を引く手をより早めた。なかなか余裕を与えてくれない。

 背後の噴水が、鯨が如く水を噴いた。


「…………!」


 瞬間。合図に羽々斬は弾幕が寡少な方から勢いよく飛び出し、弧を描くように急接近する。

 強い摩擦熱を帯びた靴は、気持ち熱く感じられて。

 間に合わせで放たれた水弾など、竹の棒で防ぐには十分だ。お構いなく突っ込み、斜め下方より竹刀を叩き込め――、


「おっと」


 ない。

 ガキン、と乾いた音が鳴ったと思えば、眼前には白銀の刀身。大地を足蹴にした。

 ククリの皇之木生が、羽々斬と水鉄砲の男子の間に入ったのだ。

 竹刀は、尚もククリとかち合う。乱舞する竹の削れ滓が鼻腔をくすぐる。

 その傍らで、不敵に笑む水鉄砲の男子が見えた。銃口が自分に向いたのを確認すると、羽々斬はつばぜり合っていたククリの少年とその場で立ち回り、水鉄砲の照準を乱す。

 幻聴ではないであろう、舌打ち。


「近距離戦をお前が担い、水鉄砲の野郎が遠距離から援護する――えげつねぇチームプレイだな……!」

「要は、勝ちゃいいんだ、よ!」


 そう一蹴した少年が、掌から火を出すのは数秒後のこと。


「がっ!」


 既のところでかわしたはいいものの、代償として重々しい雫を一撃もらうことになる。

 痛い。

 まるでハンマーで殴られたかのような強烈な衝撃を腹に残し、御せぬ羽々斬の躯が後ろへ吹っ飛んだ。

 それを受け止めたベンチだが、これはクッションと呼ぶにはあまりに粗末なもの。

 立つ粉塵と、背を突き刺す疼痛にけほけほ咳き込む間にも、銃口は顔を向けて憎らしく「こんにちは」。


「――――――!!」


 エクスクラメーションを噛み潰す。

 大至急離れたベンチが、真っ二つに切断された。

 何で? 水で。

 高圧で発射された水。それがベンチを無惨な姿に変えた物の正体である。

 持った水鉄砲を振り回す少年が、開口する。


「『ウォーターカッター』って知ってるか?」

「……高圧の水で物体を切断する装置、だっけな」

「そうそう――――こういう水鉄砲(モン)の事だ!!」


 引き金がまた駆動。先ほど見受けられた球状の弾丸とは打って変わって、今度は線のように細くしなやかな水流を生み出す水鉄砲。


(こんな危ねえ水鉄砲があるかッ!)


 モノローグを吐くなど、悠長が過ぎる。

 竹刀の柄を握りしめ、歯を食いしばって駆けども、二人の視界から抜けられることなどない。

 レーザー状の水が羽々斬の足取りをなぞると、そこへ痛々しい軌跡を刻む。滴るガラス玉を払いきれぬまま、次は右方からの火球に不意を打たれた。

「ぐあ」と悲鳴こそ漏れたが、肉体が濡れていたからだろう、手酷いダメージはない。

 水の追撃も収まった頃、十分な距離を取り返す。

 肌にべったり貼り付いたシャツは、鬱陶しくて仕方がない。片膝ついて息を荒らげる羽々斬を、二人は再び笑った。


「ぜえ、ぜえ……」

「おいおい、あれだけ言って、もう立てないってことはねえよな?」

「安心しろ、倒れねえよ。少なくともテメーらからSPふんだくるまではな」


 虚勢に虚勢を重ねるが、劣勢は揺らぎようのない事実。

 損傷は確かに蓄積されていた。

 だが引き換えに、相手の手の内に迫りつつもある。

 戦闘中に彼が感じた違和感。いや、彼だけではない。見物人も同じく抱いているであろう違和感――――。


「……あの水鉄砲、なんで弾切れにならないんだ?」


 その違和感を、ついに見物人の一人が口に出す。

 羽々斬とて、それは先刻より胸で溶けきらないまま残っている疑問だった。

 サイズはよく見る、取り回しが利くハンドガン程度。それにいくら水を詰め込もうが、物を切断するほどの量と勢いの水を延々出し続けるには明らかに無理がある。

 かといって途中でリロードした様子もない。そも、水を入手できる場所がすぐ傍にない。

 持ち主は不快感を抱いたのだろう。眉をぴくりと動かしたが、それでも、


「除湿機と同じ原理だよ」


 望んでもいない解説を始めた。

 少年が掌を傲慢に天へ向けると、そこから水源のように湧き出た水。

 魔法さながらの光景に、場に居る誰もが視線を釘づけにされる。


「能力名“濡れ手で沫(ザ・スプリング)”。空気中の水分を一点に集め、H2O……つまりは水を錬成する」


 そして湧き出た水は手の上でいいように転がされ、水鉄砲の注水口をくぐっていった。


「なるほど……、要は炎と水の仲良しコンビってわけか」

「まあ使い過ぎると、空気が乾燥しちまうのが難点だがよ」

「いいのかい、教えちまって?」

「ハンデだよ。これぐらいやらねぇと張り合いねーだろうが」


 並ぶ二人は、ニタリと口角を釣り上げた。

 どこまでも見下されている。

 しかし羽々斬は怒るどころか、映し鏡のように笑いだした。


「……何がおかしいんだ? あ?」

「別に。ただまあ『のんきなもんだな』と思ってな」

「訳わかんねェよ、もっとはっきり言えや」

「だからよぉ――――」


 垂れた前髪より覗かせた眼。

 一見わかりづらくはあるが、それは確かに、


「弱者が、弱者のままでいると思うなよっつってんの」


 勝利を確信した者の『輝く眼』だった。


「……ハァ?」

「つまりあれか、いつかは強者になるってか?」

「いんや、そこまでは言わねえよ」

「だったらなんだよ」

「確かに弱者は、お前らが言うように『この世界』――いわば環境をものにすることなんざ万に一つも出来やしねぇだろうさ。故に弱者と呼ばれるんだからな」


 この自信に満ちた表情ははったりか、或いは。

 窮地に立たされ気が動転したか、それとも秘策があるのか――推し測るだけ無意味だろう。なぜなら、知るのは彼のみぞなのだから。

  

「だが環境を支配できなくとも――、適応は出来る。世界に適した自分の生き方を、戦い方を見つけることが出来る」

「へえ……ずいぶんとご大層なもんだ」

「適応力は、生物の特権だ」


 そう続け、羽々斬はへこたれた足に力を入れて、今一度立ち上がる。

 体は水に濡れ、腹は激痛に蝕まれ、酷使した骨と筋肉は呼吸のたびに悲鳴を上げている。

 その自信過剰な表情も、もう「笑み」というよりかは「引きつり」に近い。

 手向かう彼の言の葉は、やはり通らないらしい。「状況分かってねえなあ」とは、聞いた少年の一言。


「この世界に適した弱者おまえらの生き方なんざ決まってる。強者オレらのおいしい餌になるため、せいぜい肥え太ることさ」

「こういう時に備えて、な」


 容赦のない銃口が、とどめを刺さんと獲物へと面した。

 終わりを察して正直にどよめく周囲を、くるり一望。

 指は、そうっと引き金に添えられる。

 彼にはもう迂闊に走り回れるだけの体力は残ってない。ダメージだって積み重なってる。おまけに能力もなければ飛び道具もない。よしんば戦えたってじり貧、突破口などありはしない。


「諦めろ。どうにもならねえよ」

「それとも、そのアホみてーな持論『適応力』とかいうのに賭けてみるか……?」


 いまさら何ができようか。

 少年らはそう思うからこそ、ソース不明の自信に満ち溢れたその面構えが、憎たらしくて仕方ない。

 願わくは潰してやりたい。凄惨に。徹底的に。ふつくなまでに。

 だから一発――一発でいい。次の一発を確実に当てれば、勝負が決まる。

 手中から「ジャキリ」という、およそ水鉄砲とは思えぬ重厚な音が発された。


「――終わりだ!!」


 バンッ――。

 飛んで着弾、弾けて破裂。確かに、水弾が命中する音が聞こえた。

 穢らわしい歯茎を剥き出し『やった』。

 実際に発話しようとしたのは、数秒後の事だ。そしてその数秒後。


「!? ――ぐうううううう!!?」


 水鉄砲の皇之木生が口にしたのは、まったく別の言葉だった。いや、言葉にすらなっていない。呻きと呼ぶのが妥当だ。

 目に激痛が走ったのだ。

 原因もわからないまま押さえた場所から零れてきたのは、血液――。


「お、おい大丈夫か!」

「なんだ、こ、れええええぇええッ!!」


 掌で受け止めきれないそれは、己が虐げたいつぞやの弱者の血と同じように、このコンクリを汚すことと相成った。

 隣から聞こえる心配も聞かず、少年は絶叫し項垂れた。

 そしてはたと見えた足元には、手のひらサイズの石っころ。

 まさか――。


「うっし、命中ゥ!」


 少年が顔を上げた先には、ガッツポーズを取る羽々斬がいた。言うまでも、考えるまでもない。この男が数メートル先の彼の目へと石ころを投擲、見事に当てたのだ。

 そして同時に体をひねり、水弾の回避も行ったというのだから、大したものだろう。

 思った事を胸に留めておく余裕などなく、少年は半ば憤慨して問いかける。


「テメェ……、石ころなんていつ拾いやがった!?」

「あん? アレだけ動きまわってりゃ、拾う暇なんていつでもあったろ」

「……!」


「それに」と、羽々斬が繋ぐ。


「今さっきの会話の間も、ちゃーんと拾ってたのになあ」

「だ、だから片膝を……! 汚ェだろうが!!」

「早い話が勝てばいいんだろ? んん?」

「――――――ッ!!」

「……だーから言ったんだよ、『のんきなもんだな』って」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

「お、おい!」


 満面の笑みを浮かべてやると、銃撃はやはり飛んできた。

 それもひときわ激しい、弾幕とさえ表現できるほどの。

 だが羽々斬は織り込み済みだ。寧ろそうならないと困る。

 十数秒、だろうか。それくらいの時間をその場で凌いだ後に何をするかと思えば、石ころをばら撒いて身を翻し、二人とはまったく逆の方向へ走り出した。


「野郎、逃げる気かよ!」

「ああ゛殺す、ブッ殺す!!」


 ククリの少年は、すっかり頭に血がのぼった荷物を抱えつつも、その背中を追い掛ける。

 踏み蹴られた石ころが、広場を離れる三人を見送った。




 上がる黒煙。水蒸気という名の水弾の残骸が、市街地を飾り付ける。

 うねる水柱が打ち上げた車はほの明るい光芒に照らされ、三人の少年をフロントガラスへ映した。

 そしてそのまま――――落ちる。


「きゃあああああっ!」

「なんだ!?」

「戦闘だーーーー! 巻き込まれるぞーーーーッ!」


 地表を駆けずった衝撃に吃驚する者。

 盛大に飛び散るガラス片に慄く者。

 いち早く事を察して避難を促す者。

 九区の大通りは実に騒がしい。

 羽々斬は余力を振り絞り、真っ二つに割れた人の海を我が物顔のまま疾走する。

 先ほど、から――――幾度となく襲う炎球と水玉をくぐり抜け、何度目になるだろう。あてを失ったそれらは儚く消えて、終わりに派手な破壊を遺す。


「そこどけそこどけぇぇぇ!」


 逃げまどう人々とすれ違い、未だ太陽のぬくもり残る温風を切り裂き、交差点を右に。


「諦めろってのォ!」


 のたうちまわる焦げた香りを、また置いてきぼりにする。

 めまぐるしく変わる街並みにも飽きてくる、そんな頃。


「しつっけえなあ……!」

「そりゃお前の事だ! 石ころ一つで調子づき過ぎたな!」

「ここまでやっといて五体満足で帰れると思うんじゃねえぞ、ああ゛!?」


 当然だが、撒き切れるわけがない。ともすればこの行為は無駄な消耗にしかならない。彼とてそれは理解できているはずだが――。

 二人が同じタイミングで手を前に出す。

 構えた銃の前には巨大な水の球体が創りだされ、掌の前には太陽のような丸い業火が生み出された。共に三メートルはくだらない。

 狙うは、遠い後ろ姿。


「うっげ……」


 肩越しの一瞥で様子を確認し、苦々しく口元を歪める羽々斬。

 即座に「畳みかけるつもりだ」と直感した。


「へへ、家畜が生意気やってんじゃねえぞ……、食われるだけのブタ野郎がよォオ……!」


 だが、それでも、彼が今できることなんてものは限られている。

 走るしかない。離れて、距離を取って、もらう攻撃を軽くすること。それしかない。

 依然、交互に足を前に出す。残念ながらペースが速まることはない。


「ザコにしちゃ遊びがいのある個体だった。が、これで本当に終わりだ――!!」


 直後、水弾と炎球は発射された。

 轟々と燃え盛るそれと、荒々しく暴れまわるそれは、ものすごい勢いで虚を抉り立てて、一つの目標へ真っ直ぐ向かっていき――。



「っ――――!」


 大爆発した。



 ドゴオオン、という衝撃音は、居合わせた全ての人間の耳を劈く。

 水と炎による水蒸気爆発。

 片っぱしから砕け散った窓ガラス。吹き飛ぶ通行人。傾く電柱に伴い振動する電線。止まっていた鴉が、一斉に白濁の空へと逃げ出す。

 ――皇之木生らの攻撃によって、辺り一帯は滅茶苦茶となった。


「……はは、ははは」

「ふう」

「ハハハハハハハハハハ! 悪いなァ、つい本気出しちまったぜェ! 大丈夫か、オイ!?」


 二人が爆心地に駆け寄る。予想外、といったところか。

 もわもわと立ち込める水蒸気の所為で視界は悪いが、周囲を見渡し、無事かもわからぬ羽々斬の存在を探す。彼らのその嬉々とした表情が、羽々斬に対し抱いていた敵意の凄まじさを判らせる。

 ……腐っても皇之木。

 伊達に校訓が一つに『闘争』を掲げてはいない。絶対王者『聖鎧』に食らいつく五校『叛逆の五将インサージェント・フィフス』の一つに数えられてはいない。

 豊富な能力研究カリキュラムを用意し、他校以上に『戦える生徒』の育成に力を入れているだけの事はある。

 尤も彼らとてここまで無用な破壊を致したのだ、こんなことで褒めそやされるのは本意ではないのかもしれないが。

 そして何より、


「――ああ、ダイジョーブだぜ」

「!!?」


 羽々斬(かれ)はまだ、負けてない。

 水鉄砲の皇之木生は、反射的に討つべき敵の声が聞こえる方を向いた。

 そこは右でも、左でも、後ろでも、まして前でもない。そこは――。


「上だァ!?」

「ざぁーんねんでしたぁー!」


 にへら、と一笑する数メートル上方。

 跳び上がった現状は理解致せど、ここに至るまでのプロセスは一切わからない。なにがどうなって、奴が斯様(かよう)な場所にいるのか想像も出来ない。

 眼球を激しく動かして、今にも竹刀を叩き込まんと落ちてくる彼の周りを見る。

 そうして一瞬だけ、ある物に視線を奪われた。

 “マンホールの蓋”だ。


「ば、馬鹿な!」


「マンホールの蓋なんて」。このように続けた。


「あの瞬間、爆発の瞬間に、マンホールに隠れたってのか!?」

「そういうこった! ちとギリギリだったけどな!」

「小手先を!」


 最小限のモーションで水鉄砲を構え、放つ。だがその透明な弾丸は羽々斬に届かなかった。

 勇敢なマンホールの蓋に遮られたのだ。

 そう、小手先なんかじゃない。

 いくらとウォーターカッターと言えども、これだけ分厚い金属板だ。切断には相応の時間を要する。

 そこに足さえかけてしまえば空中でも固定され、立派な盾の出来上がり、というわけだ。


「オイ通れよ! 通りやがれクソッタレがァアア!」

「テメーらは強いからこそ、弱い奴等の発想が理解できない! 攻撃に石ころ使うのも! 防御にマンホール使うのも! それらを必要としない強者だからこそ思いつかねえ!」

「くそ、くそっ、クソォォォォォォォォォ!!」

「敗因はただ一つ! ――――慢心の許すままに家畜の底力を侮った、テメーらの!」


 振りかざした竹刀を、


「負けだ!!」


 脳天に叩き落とす。

 するとドコン、という鈍い音が響いた。

 相手が、悲鳴を上げる間もないまま情けなく倒れるその時に――手放された水鉄砲をキャッチする。


「ぐっ!」


 自分へ振り向いた銃と眼光で、呆然としていた意識を払拭する少年。

 かざされた彼の掌が火を吐くよりも早く、羽々斬の指は引き金を引いていた。


「ブッ飛んじまいな!」

「っ――がああああああああああああああああああッ!」


 水鉄砲が残りの水全てを絞り出すため、墨を吹くタコのように放水した。

 竹刀を放る。敵の手が遠ざかる。

 羽々斬は腕に伝わる反動をどうにか両手で抑え込み、その最後の一滴までを相手の躯に注ぎ込む。

 皇之木生も惜しげない水流に数瞬こそ踏ん張るも、最後には耐えきれず、無惨に店へと吹き飛んでいった。

 ズガン、とはその音なのだろう。


「…………が、は」


 突き破られた壁。店の奥。おしゃれな店員が驚く目先には、大の字に倒れた彼の姿。

 大量の衣服を巻き込んでいるのを見る限り、どうもここはブティックだったらしい。

 羽々斬が地を転げていたククリをおもむろに拾い上げると、VS-Driveより電子音声が聞こえた。


『You win!!』


 短く、そう云う。

 ポケットからを取り出されたVS-Driveの液晶が、六桁の数字を叩き出した。

 暫しの沈黙が訪れる。

 その端末の持ち主は画面を凝視しながら、気抜けしたように「ふう」と一息。

 そして、


「「「――やったぞーーーーーーーー!」」」


 LIVE放送で一部始終を観戦していた者らは、歓喜する。

 横柄な皇之木生らに怒りを抱いていたのか、或いは純粋に彼を応援していたのか。それは、今知るべきではないだろう。

 それより、適応力によって勝ち得た“勝利の美酒”を味わう事の方が、今は大切だ――。

 だらり、と下ろした手には『293568pt』の表示が。


「……ずいぶん増えたなぁ」


 その手はそのまま、やまない歓声を追い払う。


「おら、さっさと帰れ。見せモンじゃねーんだよ」

「いいもん見せてもらったぜ無能力者!」

「いや、だから見せモンじゃ」

「リプも再生回数稼げるよ、きっと!」

「いやあの、聞いてますー?」


 されど帰らぬ観衆に辟易しつつも、下剋上の余韻に浸る羽々斬。



「おい、後ろ!」



 己に炎が迫っていたとも知らずに。


「!」


 反応は早かった。が、認識は遅かった。

「今しがた倒れた皇之木生の最後っ屁だ」と。そう認識するのが遅かった。

 小さいが、炎は炎。視線の先には、手だけを伸ばして横たわる敵がいる。

 空気を燃やして神風が如き迫力で突撃する熱源体に、彼は為す術がなかった。


「――ッ!」


 苦し紛れに両腕で我が身を庇った、その時だ。

 ビルの谷を掻い潜った横殴りの強風が、一瞬にして炎を吹き消してみせた。

 騒然、唖然。


「(……風、か?)」


 あまりに突然であるが故の不自然に戸惑い、辺りを見回す。

 目は何となく、沸き起こる人波へと行った。

 そして、そこへと引っ込む一本の腕を、少年は見逃さなかった。視認するやいなや、それを駆け足で追い掛けた。

 こちらに突き出された手。あれは『能力を発動させた』と考えるのが妥当だ。

 急いで人をどかして、立ち去る人影を追った。


「おい、アンタ!」


 おおよその見当をつけた背中へ声をかけるも、無反応。

 彼はじれったさのままに肩を掴み、その後ろ姿を振り向かせた。


「今の! アンタ……だよな?」


 可愛い女の子、とは云えない。それでも女性。

 その背恰好は、隆起と沈降がはっきりした、均整の取れたもので。

 身長は、目測で170ほどだろうか。

 長いまつ毛から生まれる鋭い目つきは、実に凛とした強さを感じさせる。

 横一つ結びにされた赤い長髪はふわりと右肩に乗り、


「ああ、……そうだが」


 纏った聖鎧の指定ジャージは、風で少しだけ膨らんだ。

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