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School of Savage VS.  作者: 真坂倒
Episode.1
2/19

Game.01 特別な人間たちによる、普通の出来事

『続いて、先日の代表戦の結果をお伝えします』


 午前七時一分。ハンガーに抱きついた学生服が、差し込む日光を弾く。

 晴れを告げる天気予報が終わった。キャスターが喋る、大きな液晶の向こう側。

 食い付かず、無視もせず、テーブル隔てた程よい距離感で、テレビと少年の距離は保たれていた。

 有機的なモノを映し出す無機的な黒い箱は、今日も今日とてデタラメ人間による世紀のびっくりショーの模様を人々に送る。画面の向こうの人々は武器を出し、火を出し、水を出し、風を起こし、雷を落とし、浮き上がり――。

 常識的に考えるならば、映画や特撮などの『CGを駆使したフィクション』と認識せねばならないのだろうが、残念ながらこの映像に限っては現実で起こった事象であり、朝の情報番組が伝える、ありのままの事実でもあって。

 ゴージャスな外観から想像させぬほどの汚れぶりは、高級マンションの箔を大きく落とすことだろう。

 教科書や漫画、ゲームに衣類など、雑多な物で散らかり放題の室内に、トーストの軽い音が響く。


『聖鎧学園のエース、火鷹は二年に進級してもその実力は健在。島内最高レベルの念動力で、今シーズンも最高の形でスタートを迎えました』

『聖鎧の生徒は安泰でしょうね。少なくとも、生徒会がこのメンツで回る限りは。というのも、あの学園の戦闘スタイルは絶妙なチームワークを活かした集団戦であり――』


 テレビの中では、女子がスタジアムのようなだだっ広い空間で、手にした剣を振り回している。鉄同士がかち合うと、乾いた音が空気を大きく揺らした。

 よほどうるさかったのだろう。少年が三白眼を細め、テレビのボリュームを下げる。

 テレビに映える彼女が身に纏うのは、スカートにブレザー――学生服らしい。三日月型の水の刃で彼女とつばぜり合う男子も、学生のようだ。もちろん判断材料は制服である。

 少年が冷めた視線を逸らし、横になって伸ばした掌で欲するのは、リモコン。

 人間の限界を完全に度外視した映像をこうも毎日見せつけられると、時として現実と夢のボーダーラインが曖昧になるというものだ。

 そんな嘘みたいな現実からの逃避と自己のリフレッシュも兼ねて、チャンネルを全国ネットの番組に切り替えようとした。


『聖鎧はいつまでこの独走状態が続くのでしょうか。今後も注目が集まります』


「まあ、せいぜい頑張ってくれ」――少年が『我関せず』といった面構えでそう独白した。

 画面をでかでかと占領したランキングは、「○○学園」や「○○高校」、或いは「○○中学」と、学校名で飾られる。

 されど看過を決め込む少年は背筋と手を精一杯伸ばし、微妙な遠さのリモコンを取らんと踏ん張った。面倒くさがりなのだろう、未だその場から動く気配はない。


「はい」


 雪を思わせる白い手は視界の外より現れ、リモコンを取った。そして声と共に、そのままそれを彼へ届けた。


「ああ、悪いな」


 トーストを咀嚼しながら、少年は礼を返す。

 切り替わったチャンネルで放送されるニュースを、しっかりと見やる。「現実に戻れた瞬間だ」と、卓上のマグカップに入った牛乳を一口。


「しっかり手の届く範囲に置いとかないと駄目じゃないか。整理整頓は大切にね」

「すまん……、こうやって(・・・・・)一人暮らし(・・・・・)してると(・・・・)、どうしても物を置きっぱなしにしちまいがちで」

「気にしないでよ」


 己への戒飭に対して、ばつが悪そうに答える。


「あはは」

「ハハハ」


 なんでもない、いつも通りの朝の食卓の一コマ――。


「――なんだお前は!?」


 の、はずだった。隣に座る金髪の少年さえいなければ。牛乳を吹き出した少年が、不法侵入への戸惑いから思わず怒声を浴びせる。


「あーこらこら、牛乳は布に染み込むと臭うんだよ。まったく、困るなぁ」

「人様の家に勝手に上がりこんでおいて、何が『困るなぁ』だ! こっちのセリフだボケ!」


 反省も無しにふてぶてしい我が物顔で話す少年は、煌々とした輝きを放つ綺麗な金髪が印象的だ。長いまつ毛をぱちくりと動かし、足元の物を片付けながら、


「鍵、開いてたんだもん」


 そう言った。直前に「だって」と付け足してから。


「んなめちゃくちゃな言い分が通るか! するとお前はアレか、目の前で痴女が露出したからって『はいそうですか』と写真に収めるのか! ちなみに俺は収める! かもしれないッ!!」

「ああ、僕も収めるよ。おまけに保存用と観賞用とアレ用で、計三つの外部メモリに保存するかな」

「使い道なんざ聞いてねーよ!!」


 彼の言う“アレ用”が何用なのか実に気になった少年だが、構わず糾弾する。


「……なんで勝手に入った。理由を四〇〇字詰め原稿用紙二〇枚分ぐらいの文字数で簡潔に述べよ」

「それ重大な矛盾を孕んでるよ」


 忌々しげに、ちっ、と舌を打ち鳴らす少年の眼光を涼しい顔で受け流し、足の踏み場を整えていく。室内が中途半端に広いだけに、片付けの際は余計に手間がかかる。

 起こる光の反射は、彼が金髪を揺らしたことによるものだったりする。男子にしては繊細が過ぎる白魚のような指が一本、立つ。


「そうそう、すぐに物を散らかさないようにね。だらしない男はモテないから」

「テメーはどこのオカンだ」


 おせっかいも、美少女ならばな。

 そう言わんばかりに、彼は大きく長い嘆息をついた。屈んでから手をいっぱいに伸ばして、ベッドの下の物を拾う姿も、男ならば別にかわいくもなんともない訳で。

 不承不承に、出ていけと退去を促す。


「まま、堅いこと言うなよ。せっかくこうして入学という形で出会えたんだ――仲良くしよう、羽々斬(はばきり) 颯人(はやと)くん」

「あいにくだが、出会って一週間で不法侵入するような奴に無警戒でいられるほど、俺の精神セキュリティは甘くない。セコムなめんな、夜暗(よぐら) (くぐい)くんよ」


 やる方ない手が、つむじを掻いた。中肉中背の黒い髪をした少年――部屋の主の名は、羽々斬というそうだ。

 大変愉快そうに鼻で一笑した彼は、数秒の間を置いてから発話する。


「ご冗談を。僕ら、いいお友達になれるような気がするよ」

「まさか。おホモ達の間違いだろ」

「うーん、それもいいね」

「おまわりさーーーーん!?」


 ――知っては、いる。関わりが浅いだけだ。

 羽々斬が、夜暗と呼ばれる同い年の少年と知り合ってから、時間にしてまだ一週間しか経っていない。

 部屋の出入りを許すほど仲が良くなければ、これといった接点も無い。まして、面識だってついこの間までなかった相手だ。

 それを加味してみれば、この光景の異様さも伝わるというものだろう。

 この春に晴れて中学を卒業し、幕を開けた真新しい高校生活だが。彼はとりわけ刺激を求めたわけでもない。

 恋人を欲さなければ、新しい友人だって作ろうとも思わなかった。

 ただ、不易と平穏と無事を一度に願い、いつだって面倒事を避けて生きてきた。無論、そのスタンスは進学しても変えないつもりだった。

 しかし残念ながら、最初に合わせた顔が不運にもこの男のものだったのだ。

 一週間前の入学式で、大遅刻した上に新任の女教師へセクハラ発言を連発――終いには泣かせてしまい、大目玉を喰らう。

 そんな派手な新生活の切り出しをしてしまったのが運のつきである。以降は夜暗に興味を持たれ、暇さえあれば話しかけられるようになった。

 夜暗の顔は決して悪くない。むしろ同性から見ても整っている方だ。性質もことに嫌われるようなものでもない。ただ「人懐っこい」とも取れる、軽薄でなれなれしい振る舞いが、付き合う人間を選んでしまうのかもしれない。


「てめ、いやホントに風紀委員呼ぶぞオイ」

「ややっ、手錠によるSM拘束プレイかい!?」

「少し黙ってろ!」


 ずぶといのか、単に鈍いのか。自覚の有無すら不明な様子で、平然と軽口を開く。


「ああ、知ってると思うけど、今日は島内一斉学力調査があるよ」

「へえ、成績にはクソも響かないテストか」

「ぶっちゃけだるいよねえ……、寝ちゃおうかなぁ、とか思ってるよ」

「だらしねえな。絵に描いたような無気力現代っ子だよ、今のお前は」


 誰よりも無気力そうな目で、羽々斬はそう言う。そしてそのまま立ち上がり、尻の埃を払う。


「――嫌なものから逃げてちゃ、いつまで経っても成長できねえぞ」

「ええ?」


 先刻より耳朶を打つ小鳥の囀りにも負けぬように、声を申し訳程度に大きくする。

 彼から紡がれる一言一句で、空気はきりきりと引き締められた。


「よく聞け。向上心を忘れた奴の人生ほど、つまらねえものはない」

「いいこと言うじゃないか」


 最後に――。


「――というわけで俺はこのあと二度寝するんで、欠席の連絡をよろしく頼んだ」

「ごめん、気のせいだった」


 悪い寝相故に、外れたパジャマのボタンを締め直す仏頂面。それを終えて「大体な」と、羽々斬は偉そうに講釈を垂れ始めた。


「実にもならん事をして何になる。物には寿命があるんだ、脳も然り。そして寿命は使用により消耗される――細胞分裂によって縮んでいくテロメアのように。従って脳も不要な活動によって終わりが早くなる。つまり学力テストは無意味に自分の限界を早める、ある種の死に急ぎ行為とも云えるだろう。いや、そうとしか云えない。おまけに、いちいちのコンディションで変わる人間の物事を一度の調査で把握しようなんざ無理があるんだ。よって俺は出ない」

「ここまで高等な駄々を宣える君の舌を尊敬する」

「ほっとけよ。だるい眠たいめんどくさい。とりあえず寝るからな」


 腹も満ちたところで、羽々斬は食器も片付けずにベッドへ歩み、目を閉じ再び布団と戯れ始める。

 が、程なくして起きた轟音が、彼の睡眠を妨げた。


『ズッ、ドドン!』


 ――突如、星が震えた。

 訪れた数瞬の妙な浮遊感は、きっと世界中の皆が共有したのではなかろうか。重く大きく響く音は、まるで大槌が大地を叩き鳴らしているみたいで。

 羽々斬、夜暗、家具、その他諸々。室内のありとあらゆる物がまとめて飛び上がったのは言うまでもない。

 この地響きはマンションのみならず、ここら一帯を巻き込んで起こったものだと――一体どれだけの人間が理解できたか。

 事態を飲みこめなかった二人が、顔を見合わせる。


「なんだ!?」

「…………」


 開いた窓が、朝の風を部屋へ通した。

 二人は緊迫した面持ちでマンションのベランダへ出たが、その向こうの有様を見て即座に納得した。

 黙りこくったまま、一人は心底迷惑そうに、一人は仕方なさげに笑う。否、笑うしかない。

 この『島』では何も不自然なことじゃない、寧ろ日常茶飯事とも言える出来事に。


 数十メートル先で、戦闘行為が。


 それも現実とは著しくかけ離れし力を駆使した、特別な勝負。

 土、だろうか。

 茶色の物体で形作られた、全長にして二〇メートルはくだらない人形が、その広大な(かいな)を振りかざした。そうして伴った環状の陽光は、見る者に神々しさを感じさせる。

 間髪容れずに溜め込んだ力が解放されると、土色の握り拳がまっすぐに振り落とされた。


「――――ッ!」


 再び、大地が獣よろしくけたたましい咆哮を上げる。

 耐えきれずに耳を塞いだ二人を、揺れるカーテンが撫でた。

 駆け抜ける衝撃が人工の足場を粉砕すると、中から土が顔を出す。バラバラになったアスファルトは四方八方に飛散して、なんとも濃い黄土の煙が周りに立ち込める。

 視界が悪い――。

 煙を切り裂いて、帯びた土の残り香を振り払う者が一人。その存在は飛翔する。


「もっと、よく見て狙いなよ!」


 少女だった。それも、学生の。身に付けているものでよくわかる。

 それだけじゃない。土の巨人の肩に乗り、それを使役しているであろう青年も詰襟の学生服を着ている。

 学生対学生の構図――それ以外の何でもない。


「肩に乗るとか、『狙ってください』って言ってるようなものだよ、ねっ!」


 ニヤリと口角を引き上げ、巨人の周囲をちょこまかと飛び回りつつ、肩の青年目掛けてライフルを何発も発砲する少女。激しいローリングは、ともすれば見ている方が平衡感覚に狂いを来たすことだろう。

 派手ではある――のだが、銃身による短い叫びは届かない。

 青年が巨人の手の甲に守られたが故に。すかさず、空いた手が反撃のために土の弾を連ねて撃ち出す。

 降り注いだ茶の雨に、重なる激突。

 少女に当たらなかった弾丸は、またしてもアスファルトを傷付ける。粉々の土塊が儚げに転がった。


「うわあ、――っと!」


 風がまとわりつく。鳥とすれ違い、真っ逆さまにフリーフォール。それからの地面スレスレのブースト、次いで急速旋回。

 人智を凌駕するアクロバットで、少女は見事に大地の猛攻より生還して見せた。


「ちっ、ハエかよ……化け物が!」

「人の事言えないでしょうにー?」


 翼やロケットも無しに、ただ踊るように優雅な高速機動を披露する姿はまさしく化け物。


「いい加減負けを認めちまえってんだよ、このクソガキが!」


 建物の谷を駆け抜ける少女を追わんと、巨人は歩みを進める。

 一歩、また一歩と地面を踏みしめる度に、車が瞬間的に浮き上がった。


「まだまだ!」


 再び宙空に舞った少女が、振り返る。次に飛んだのはピンを抜かれた手榴弾。

 その手から離れ、巨人の片腕へ届くまで――。


「!?!?!?」


 五秒。

 瞬間的な爆発が、巨人の手首から下を破壊に至らしめる。

 吹きすさぶ土煙は、彼らがいるマンションの四階にまで達する程。


「くっそ、朝からド派手にかましやがって……、お前らみたいのがご近所トラブルの火種になるんだよ」


 と、顔を庇い立てながら出た羽々斬のぼやきも、伝わるはずがない。

 どうやら他の部屋の住人も騒ぎに気づいたようで、次々に開く窓がそれを証す。


罪千(ざいぜん)高校と、雀瞬(じゃくしゅん)学院か――なかなか退屈しないカードだ」

「雀瞬って、総合成績二位の?」

「おいおい、いくら個人戦って言っても……」

「でも、罪千の生徒もなかなか善戦してるぞ」


 矢継ぎ早に出る情報が絡まって、耳元でがなり立てる。

 錯綜したそれを大変やかましく思った羽々斬は身を翻し、急ぎ足でベッド上に駆けこんだ。寝ずに物色した枕元から、タッチパネル式携帯情報端末が現れ出る。

 今風の言い方をすれば『スマートフォン』というやつだろうか。艶有りの処理を施された黒の機体に、ブラックアウトしっぱなしの画面が持ち主の顔を映し出す。


「うるせえな、ホンットに」


 一人ごちに呟きその電源を入れると、瞬く間に液晶は輝き、携帯は起動する。

 幾本かの光の線が駆け抜けた。


『VS‐Drive,All Green』


『Savage』

『Support』

『System』

SSS(トリプルエス)――standby』


 無機質な電子音声が、隔絶された空間に優しく解けた。

 指先で操作し、『Battle Search』という項目をタッチ。直後に『検索中です』という画面が表示された。


『現在行われている戦闘の検索を完了しました、一覧に表示します』


 かと思えば、再び電子音声が聞く者の意識を引く。その間、一秒足らず。

 忙しなく変化する画面では、人名のマッチングとリストアップが行われる。所狭しと並ぶ名前に、学校名が添えられて。

 そして羽々斬は「夕凪 涼香 VS 稲村 剣正」と記された、一番上の組み合わせをタッチ。

 切り替わった液晶には、外で行われている戦闘のさらなる詳細が書かれていた。

 参加者の所属校に加え在籍クラス、その出席番号。リアルタイムで戦闘が行われている住所、果ては使用している“特異な力”の名前まで――。

 しかし、その中で最も目を引いたのが。


「……夕凪の方は、143万か」


『Point』という文字と、それに付随する数列。

 夕凪の名の下に1430000ptという表示がある。


「対する稲村くんは12万だね。格下でありながら、頑張ってる」

「いたのか、お前」

「まあね、見に行こう」


 いつしか、横で同じく端末を覗いていた夜暗が「決着みたいだ」と、羽々斬を外へ引き戻す。


「能力だけなら、『大陸の巨人(エァーデ・リーゼ)』――稲村くんの方が強いんだけどね」

「……まあ、そうだわな。自分の五〇メートル圏内の土を自由に操作できるからな」

「対する夕凪さんだけど、彼女は念動力で浮き上がるだけの力、『空間念位(サイコムーヴ)』だからね」


 窓を開けば先ほどの続きのように、巨人が大量の手榴弾で何度も攻撃を受けている。しかし、土は地球上にごまんとある資源だ。そこから成る巨人モノの欠損箇所など、いくらでも修復ができる。

 無尽蔵の再生力が発揮される傍らで、稲村が高笑いする。

 そんなものも構わずに残りの手榴弾を全てばら撒き、夕凪はすぐに上空へ上がった。目を大きく見開いた、険しい表情が物語る。「これで決める」と。

 何度目かも分からぬ爆発で砕けた巨人へ、またしても土が浮遊し、その身に集合する。


「やらせない――!」

「な……!?」


 ある程度の高さまで上昇した後に、急降下。


「ここで()まる」

「だろうな」


 夕凪は太陽を背に、螺旋を描くような軌道で猛スピードを味方に落ちてくる。

 長い髪は激しく揺らぎ、食いしばった歯がぎりりと音を立てた。緊張が走る。

 無論、丸腰でそんな真似をする訳がない。では何をするか。ライフルの引き金を何度も引く。空気の抵抗でぶれる照準をどうにか両手で御し、排出される弾丸。

 絞った的は言わずもがな。


「はっ……早く再生を!」


 今更焦燥に駆られど、もう遅い。

 撃つ。

 撃つ、撃つ。

 撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。

 撃つ。

 カラン、カランと一発の銃撃の度に空薬莢が吐き出され、銃口は熱くなる。

 細長の金属が何度も真上から彼を襲い、掠める。これこそ雨――そうだろう。

 肩へ、頬へ、脚へ。制服の一部を削いで、通り過ぎる弾丸。


「――この、野ァ郎おおおおッ!!」


 完全に再生した巨人の腕――自己にかかる、光を遮る掌の影に気付くも、彼女はそんなことを意にも介さない。

 なぜなら、


「そこだ!!」


 勝利を確信したから。

 男女が上下ですれ違う一瞬、時が止まった。


「ぐああああ!!」


 その際に確かな一発が、肩に叩き込まれた。


 獲物を狩った狩人の瞳はキラリと輝き、空にも負けぬ青の軌跡を描く。

 痛みで集中力を欠いた稲村が、己が手で巨人を崩壊させる。

 夕凪は真っ直ぐ降下した後、今一度地面に激突しそうな高度で急激な方向転換、水平飛行で離脱する。

 最後の空薬莢が、凹凸だらけの地を転げた。

 “巨人だった土”と敗者、そして住人達の歓声を遠い背に、夕凪は手を振り飛び去っていった。


「すっげえ、さすが雀瞬だ!」

「朝からいいもん見たなァ」

「おっとっと、リプレイ上げとかねーと」

「……………………」


 羽々斬が一瞥した、端末に映るマッチング詳細ページ。の夕凪の名に、『WIN!』の四文字が重なる。

 そして、『LOSE』を冠した稲村の名の下にある『120000』という数字から、24000が差し引かれる。

 最後に、その数字は夕凪の数字『1430000』に加算され『1454000』となった。

 荒れ果てた地面に、倒壊した一部建物。死傷者はゼロだった――が、十分惨状と言ってもいいのではなかろうか。まあ、居合わせた者らは、未だ沸いているのだが。

 ここがもし仮にうつつに囚われた世界ならば、この事も現在放送されているニュースで「速報」として取り沙汰されていたことだろう。

 でも、残念ながらここは現実から最も遠い世界で。そんな場所では、このようなことはザラなのだ。

 なんでもない。当たり前。だから誰も止めない。

 特別な人間たちによる、普通の出来事。

 端末をポケットに放り込んだ羽々斬が、物憂げにベランダの柵に頬杖をつく。視線は海と空の境界を捉えていた。

 自由で不自由な、この世界の境界を。






 今より数十年前――ヒトの遺伝子異常の産物として世に出た、常軌を逸した不可思議な力。


 それを行使する存在を、人は先駆者サベイジと呼んだ。

 そして先駆者は今に至るまで増加の一途を辿り、いつしか一般に認知されるものにまでなっていた。

 人はそんな先駆者たちを集め、研究・解明する場を作り上げた。


 それがここ、人工島『方舟(はこぶね)』。


 ここで財産は必要ない。金に代わるものが予め用意されているからだ。

 ここで地位は必要ない。全く以て意味を成さないからだ。

 ここで名誉は必要ない。持てる者は自ずと持つことになるからだ。


 真に持つべきはその身に宿る力と――課されし“戦闘の義務”に対する、忠誠心のみである。

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